第328話 VSブラインドグスタフ
ヌルチートは昨日で、投稿開始から一年でした。
作者はその間「もうグスタフの頭に突然降ってきた隕石がぶつかったことにして先へ進むしかない」と苦しんでいました。
「ロ、ロス、どうするのであるか⁉︎」
地面に降り立ったホッグス少佐。彼女は振り返って俺にそう尋ねた。
俺はグスタフを見やった。奴は目を閉じている。
背中のヌルチートは、自分の顔の前にある風のジオラマを見ている。
横目で吊り橋のアレクシスに視線を飛ばす。彼女はグスタフからの弓矢による攻撃を避けることで、どんどん黒い塔に近づいている。
何のスキルも発動できずにだ。
つまりヌルチートはアレクシスを見ている。
《ピンホールショットのスキルを発動しました》
俺はこのテラスから、空中に風のスキルで立つグスタフを狙撃することにした。
ヌルチートのヤモリ顔はグスタフの肩越しに見えている。当たるはず……。
「ロス、危ないっ!」
再びホッグスの声。
と同時にクロスボウの矢が飛来した。
「ちっ!」
《パウンドフォーパウンドのスキルを発動しました》
拳で打ち払う。矢はテラスの周りから飛んできていた。1本だけではない。次から次へと飛んでくる。
テラスの周囲を舞う、蜂人間による攻撃だった。
さらにテラスの手すりに蟻の方が顔を出す。
《ハードボイルを発動しました》
薙ぎ払った。しかしまた次の奴らの顔が下からのぞく。
「少佐、背中に戻れ!」
「う、うむ!」
ディフォルメ化したままのホッグスが戻ってくる間も、俺は《ハードボイル》で周囲に殺到する虫人間を迎撃した。
先ほどまでやんでいた、テラスの塔の壁にいた蟻人間が攻撃を再開したのだ。またもやテラスのあちこちからゾロゾロと這い登ってくる。
こちらは手一杯だった。やむを得ない。俺は吊り橋のアールフォーさんへ、
「グスタフのヌルチートを仕留めろ!」
そう叫ぶ。アールフォーさんは答えた。
「えっえっ、ど、どうやって……」
彼女はあたふたしていたが、すぐに表情を引き締めて、
「そ、そうだわ、私も空中を……!」
そう呟く。
《アールフォーさんはウィンド・ブーツのスキルを発動しています》
グスタフを空中に立たせているものと同じスキルだった。
吊り橋の手すりに手をかけ、その向こうへ飛び出そうとする動きを見せたアールフォーさん。
だがそれと、俺の頭にも不正な妨害によるスキル不発の知らせが入ったのは同時だった。
「アールフォーさん!」アレクシスが叫んだ。「危ないっ!」
アールフォーさんは手すりを乗り越えようとする瞬間、もう空中へはいけないとわかったのだろう、やめようとしてバランスを崩した。
《アレクシスはウルトラスプリントのスキルを発動……》
素早い判断だった。自分に対するヌルチートの視線が切れたと理解した直後頭の回転の速いアレクシスは吊り橋を走り、吊り橋から落ちそうになっているアールフォーさんの体をとらえようとした。
《不正な妨害が行なわれています。アレクシスはスキルを発動できません》
1歩遅かった。
アレクシスは前のめりにすっ転んだ。
虫の羽音が聞こえた。蜂人間たちが大勢で吊り橋へと飛んでいった。そうして蜂たちは、吊り橋の上空に陣取った。
そこから下へ……転んだアレクシスへ向けて、クロスボウを一斉に発射。
「あ、アレクシスさんっ!」
《アールフォーさんは無詠唱のスキルを発動して……》
吊り橋の手すりに乗り上げた形のアールフォーさん。ヌルチートの視線が向いていないためか落ちずにその体勢のままだ。そのまま何かの魔法でアレクシスを助けるつもりだったのか……、
《不正な妨害が行なわれています》
「きゃっ⁉︎」
グラついた。手すりの上でバランスを崩す。
クロスボウの矢は上空の8方から、アレクシスへと向かっている。
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》
倒れたアレクシスの真上に、突如戦闘ヘリが現れた。吹きすさぶ風とやかましいエンジン音。アレクシスの上で滞空するそれはローターによって飛来した矢をへし折った。
それも素早い判断だと俺は思った。
グスタフに対してもだ。ヌルチートで見る対象を瞬間的に切り替え転生者を追い詰めようとする。アレクシスとアールフォーさんの互いの連携を寸断していた。アレクシスが今のクロスボウの攻撃を防げたのもギリギリだった。
ふと。
その肝心のグスタフの姿が移動していた。
先ほどまでグスタフは、トンプソンの磔台の側で、吊り橋より高い位置に立ちアレクシスたちを見下ろしている形だった。
そのグスタフが橋と同じ高さ……アレクシスの、俺から見て右横方向に、いつの間にか移っている。
弓を構えていた。
狙いはアレクシス。
矢が放たれた。
アレクシスは床に伏せたままそれを視線で捉えていた。
空中の戦闘ヘリが左に傾いた。
ヘリの腹側を向けたのだ。ローターの強風をグスタフへ向けた。それによって矢を吹き飛ばすつもりだ。
《グスタフはアゲインストウィンドアローのスキルを発動しています》
グスタフの放った矢が小さく光をまとい始めた。
直進している。ヘリの起こす凄まじい風の中、矢はまるで無風のように飛んでいる。
そういうスキルか。アレクシスは素早く跳ね起きた。彼女の目の強い光は冷静に矢を捉えていた。
《アレクシスはザ・カラテ・クリムゾンアンドホワイトベルトの……》
《不正な妨害が行なわれています》
ギリギリだった。
アレクシスが矢を打ち払うべく、廻し受けのために右腕を下から廻し始めたその瞬間だった。
グスタフはヌルチートの視線をアレクシスへと移した。
廻し受けは矢の到来よりも早く行なわれた。そのためあっさりすり抜けた矢が、右肩に突き刺さったのが見えた。
「あっ……」
アレクシスの体が後ろに傾いた。ヘリはとっくに消えていた。彼女は何だか糸の切れた人形のように後ろへ倒れ込み、手すりに背中を打ちつけ……、
「ロス、見えたか⁉︎ ブアクアの矢であった!」
ホッグスが叫んだ。
アレクシスの右手から魔法銃が取り落とされた。彼女はそのまま、何も踏ん張るような、踏みとどまるような動きも見せず、橋の手すりから外側へ、水がこぼれるように落ち込んでいく。
「アレクシスさんっ!」
アールフォーさんがそれにすがりついた。
《アールフォーさんはザ・マッスルのスキル》
《不正な妨害が行なわれています》
「ああっ!」
アールフォーさんはアレクシスの腰のベルトを掴んでいた。だがパワーのスキルを封じられ、華奢な細腕で落下するアレクシスを支えるはめになってしまった。手すりに腹を押しつけくの字になったアールフォーさんは、その体勢のまま顔を真っ赤にしてアレクシスを捕まえている。
だがそれ以上アレクシスを引き上げられずにいた。
俺は、すぐそこへいくべきだとは思っていた。
だがテラスの周囲の虫たちが射かける矢のために足止めをくらっていた。
まったくこんなことは初めてだった。
ヌルチートは1匹しかいないのだ。だがグスタフはその視線を瞬時に切り替えることで、複数の転生者を封じたのだ。
空中のグスタフが吊り橋へと歩いていく。
必死でアレクシスを支えるアールフォーさんの後ろに降り立った。
「グ、グスタフさん……!」
振り向こうとするアールフォーさんの、金色の髪をグスタフが撫でる。
「アールフォー、君は美しい」
「グスタフさん、お願い、もうやめて……!」
「アールフォー、君が好きだ」
グスタフの手がアールフォーさんの背中を撫でた。
その手はゆっくりとだが、どんどん下へと向かっていく。
「グスタフさん、何を……?」
「お肌すべすべ」
「ちょ、やめ……今そんなことしてる場合じゃ……!」
「お肌すべすべ」
けしからないことだった。
グスタフはアールフォーさんが身動きが取れないことをいいことに、その突き出された尻を……、
「……ロス。貴様、なめられとるのであるぞ」
「ああ。ちょいとばかし有能に生まれ変わったからといって奴は図に乗っているようだ」
「私を投げろ。虫ならしばらくの間釘付けにできる。その隙に貴様が向こうへ」
「それもいいが……」
クロスボウから打ち込まれた矢がまた1本、飛来する。
俺はそれを無造作に掴み取った。
「まずはお返ししてやろう」
《ウルトラアスリート・投擲のスキルを発動しました》
周囲から迫る攻撃を捌き、一瞬の隙を作る。
その上で、掴み取った矢をグスタフへ向け投げた。
グスタフもそれに気づいたようだ。風による感知能力のためか。橋に伏せて躱された。
だがいいのだ。
矢はまだたくさんある。
何せ周囲の虫たちが親切にも飛ばしてきてくれているじゃないか。クロスボウ射出のため速度も速く、昔の日本軍のように補給が遅れてイラつくこともない。
俺は射られた矢を片っ端から引っ掴んだそばからグスタフ目がけて投げつつ、そのまま吊り橋へと走った。




