第325話 アラモス砦の戦い
ブアクアの檻にかなり力を吸い取られたのか。アールフォーさんの進みは遅かった。その間も蟻の襲来は続いていて、俺とアレクシスは撃退に追われている。
アールフォーさんの入れられている鳥かごのような檻は天井から吊り下げられている。底の高さはホッグスの胸の位置ぐらいか。ホッグスも入り口から手を伸ばすことはできるだろうが、何かの拍子に体の一部でも檻に触れれば彼女も痺れてしまうだろう。
俺は《ハードボイル》で蟻を追い払っていたが、ホッグスが魔法銃のスリングベルトを外したのが見えた。
それを檻の中に投げ込み、掴むように言っていた。アールフォーさんはそうしたが、震える手では力が入らないのか、ホッグスが引っ張ると指からすり抜けている。
俺は言った。
「アレクシス、手伝ってやれ!」
「無理ですよ! 360度から蟻が上がってくるんですよ! 手が離せません!」
アレクシスは時おり《ウェポンミュージアム》を発動させて、戦闘ヘリなどを使い塔の下を銃撃している。だがそれは時おりであり、彼女のスキルの持続時間の短さのため、ほとんどは魔法銃での攻撃だった。
ホッグスがタンクも下ろしてアレクシスに魔法銃を手渡す。2丁でやれということだろう。アレクシスは両手に持った魔法銃と射撃スキルで次々と蟻の頭を吹っ飛ばしていたが……。
それでも数が多い。
蟻はテラスの縁から顔を出すなりクロスボウで射かけてくる。次々と飛んでくるブアクア製の矢。俺とアレクシスは格闘スキルなども併用しながら、ホッグスと自分の身を守らなければならなかった。
《魔女は魔術を使っています。情欲の淫紋》
まったく唐突に魔女の援護射撃にさらされた。
何やらピンク色の光が飛んできた。狙いはアレクシス。彼女はそれをのけぞって躱す。
「イノシャ様、何を……⁉︎」
「当たると……性的興奮が……高まる魔法……」
「えっ!!! 何だってそんなものを」
「……そこの黒い帽子の男の人と……愛し合わせようかしらと……思って……」
「やめてくださいよ!!! 異世界人を私たちに襲わせようとしてるんでしょう⁉︎ 何で転生者同士で……」
「同じこと……どのみちあなたはこの世界で生きることになる……逃がさない。愛と欲に身をひたし……もうこの際相手は誰でもいいんじゃないかなって……」
「よくありませんよ!!! 私はもともと男なんですから!」
「今は女性……人生は今が全てだわ……」
「いやですーっ! よりにもよってあの人となんか!」
じゃあ誰なら……魔女はそうも呟いたがアレクシスはもう聞いていなかった。
「ええい!!!」
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》
同時に空に轟音。
対戦車ヘリだ。テラスの向こうからヘリが飛んでくる。
「さっさと向こうへいってください、橋を落とします!」
アレクシスはそう叫んだ。魔女は吊り橋に立っている。狙いはその橋らしい。
ひと声かけたのは脅しだろう。魔女に避難する余裕を与えたのだ。となればヘリの対地攻撃の狙いは魔女よりこちら側の橋か。
だが魔女は、飛来する戦闘ヘリをぼんやりと眺めるだけで、橋の向こうの塔へ走るでもない。
手にした短い杖の先を天に向けるようにしてくるくると小さな円を描いている。
すると、魔女の立つ吊り橋の下から無数の虫人間が飛び立った。
ミツバチの虫人間だった。そいつらは一挙に戦闘ヘリに群がると体当たり。
ミツバチ人間たちはローターにも突っ込んでいたのでブレードによってバラバラに粉砕され、手足と血液を宙に撒き散らしていた。だが数が多い。次から次へとヘリへ殺到し、体当たりし、しがみつき、ぶら下がる。
「あっ……!」
アレクシスの呻き。ホバリングする戦闘ヘリは傾き……そしてその場で水平に回転し始めた。
後部のテイルローターをやられたのだ。ミツバチ人間はテイルローターにも突っ込んでブレードをひん曲げたらしい。ヘリはぐるぐる回りながらあらぬ方向へ下降しながら飛んでいく。ついには城の外壁にぶつかって爆発した。
俺は叫んだ。
「アレクシス、気にせずもっと飛ばせ! 虫の数にも限りがあるはずだ、消耗させることができるなら同じことだ!」
アレクシスはうなずいた。さらなる兵器を召喚しようとしているようだ。
ホッグスが叫んだ。
「アールフォー殿を出せるのである! チョコを食べさせるぞ!」
振り向いてみればアールフォーさんの上半身は檻の入り口の外に出ていた。ホッグスがそれを掴み引き摺り出そうとしている。
俺かアレクシスの《ザ・サバイバー》が必要だった。ホッグスが持っているチョコレートを俺たちのスキルで調理してアールフォーさんに食べさせれば、彼女も戦列に加われるはず。
チラリとアレクシスを見やる。あちらは《ウェポンミュージアム》の兵器召喚と魔法銃の射撃スキルで忙しそうではあったが……。
「アレクシス任せた! 俺は蟻を排除する!」
兵器が自動で攻撃できるなら、アレクシスの魔法銃はいったんお休みでもいいだろう。俺の《ハードボイル》は両手から出せるので2方向までならカバーできる。アレクシスの兵器と合わせて3方向だ。
ホッグスがアレクシスのもとに駆け寄りチョコレートを手渡すと、自分は魔法銃で蟻を攻撃し始めた。アレクシスの方はアールフォーさんの方へ向かう。アールフォーさんはすでに床に寝かされていたので、そばにしゃがみ込み、
《アレクシスはザ・サバイバーの……》
まずいことが発生した。
テラスには全方向から蟻人間が這い登り侵入しようとしてきている。それはいいのだが、その向こう……空中の360度、蜂人間が滞空しているのが目に入った。
空中も包囲している。蜂人間は全て、クロスボウを手にしていた。
「ロ、ロス……!」
「少佐、伏せろ!」
俺は両手を広げてそれぞれ逆方向にマイクロウェーブを発しながら回転した。
それをやったからといって包囲の全てはカバーできなかった。マイクロウェーブが浸透して体液が沸騰し、敵が死ぬには照射してからややタイムラグがある。コマのように元気よくぐるぐる回るわけにはいかなかった。当然、まだ《ハードボイル》を食らっていない蜂からの攻撃が。
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
やむを得なかった。1度マイクロウェーブ照射を中断してクロスボウの矢を叩き落とす。
《アレクシスはザ・カラテ・クリムゾンアンドホワイトベルトのスキルを発動しています》
アレクシスも同様だった。床にふせたホッグスとアールフォーさんをかばうようにして、矢を手で払っている。
「アレクシス、食べさせたのか!」
「ま、まだですよ!」
「少佐に渡せ!」
「ちょっと手がふさがってて……!」
指笛の音が聞こえた。
魔女だった。奴は今度こそグスタフを呼ぶつもりらしい。
ホッグスが叫んだ。
「アレクシス様、油はありませんか⁉︎」
「あ、油⁉︎」
「油に火をつけて虫を一気に焼くのであります!」
「油、油……いやそうだ、ナパーム……!」
俺は叫んだ。
「ナパームじゃ強すぎる、火炎瓶にしろ!」
「は、はい!」
アレクシスは再び《ウェポンミュージアム》を発動。
トンプソンの磔台とは逆方向の空中に波紋が広がる。その中から幌付きのトラックが飛び出した。
どうやら荷台に火炎瓶を積んでいるらしい。斜めに落下するトラックは尖塔の、テラスより下の壁へぶつかるだろう。
「あっ⁉︎」
アレクシスが呻いた。
蜂人間たちが群がって、突っ込んでくるトラックをキャッチしたのだ。俺たちの位置からは、テラスの向こうに逆さまになったトラックの荷台部分が見えている。それより下へ落下しない。完全に受け止められてしまったのだ。
「う……解除してもう1度……!」
「いえアレクシス様、そのまま!」
ホッグスは叫びざま、伏せた体勢のまま魔法銃を構え、トラックの荷台に射撃を加えた。
幌に穴が空き、ガラス瓶か何かが割れる音が聞こえる。
だが火がつかない。
「少佐、魔法銃は火の魔法ではないのでは……着火してません!」
「いえ、着火してみせます!」
《クーコ少佐はフォックスファイアのスキルを発動しています》
ホッグスの姿はスレンダーな美女の姿だったが、狐耳と4本の尻尾はあらわになっていた。彼女はその尻尾のそれぞれをガチンガチンと打ち合わせる。
火花が散ると同時に3つの火球が発射された。
狙いは幌。
簡単に火がついたのは幌が布製だったからというばかりではない。魔法銃によってくだかれた火炎瓶の中身が漏れていたのだ。トラックは瞬く間に大炎上した。
車両を支えていた蜂人間たちはたまったものではなかったのだろう、トラックは落ちてテラスの縁から落ちていく。ホッグスはそこへまだ魔法銃を連射。
トラックは視界から姿を消した。と同時に爆発音。ガソリンに引火して下で吹っ飛んだようだった。
黒い煙がもうもうと立ち込め、テラスの一角は視界が塞がった。
熱もかなりのものだった。どうやら火炎瓶の燃料をぶちまけられた壁の蟻人間も燃えているようで、匂いも相当だった。
「これでそっち側は飛べんであろうが」
蜂の巣は煙でいぶして駆除するという話を思い出した。とにかくクロスボウの矢は少しだけ減った。
俺は言った。
「アレクシス、もっと同じのを出せ!」
「ですが、これ以上煙に巻かれたら一酸化炭素中毒で私たちも……」
「気にするな、アールフォーさんが復帰すれば彼女が酸素を作ってくれる!」
アレクシスは今度は磔台を見て右側、城の本棟の反対側にトラックを発現。先ほどと同様ホッグスが着火した。
爆音に混じり虫人間の悲鳴が聞こえる。
これで背後と右側の攻撃は封じた。あとは俺ひとりでもカバーできる。
手の空いたアレクシスがチョコレートを掴んだのと、グスタフが吊り橋に姿を見せたのは同時だった。




