第324話 強襲のテラス
蟻の最初の1匹がテラスの手すりから顔を出した時、その顔を最初に吹っ飛ばしたのはホッグスだった。ホッグスが俺の背中に乗ったまま魔法銃をブッぱなしたのだ。
「ア、アラモスさん……!」
「アレクシス、撃ち落とせ!」
蟻は次々と顔を出し始めていた。俺とアレクシスはそれを魔法銃で迎え撃つ。
しかし、当たらない。
アレクシスの放つ光の弾丸は、蟻を正確に捉えられていなかった。蟻は横並びに密集していたし、アレクシスも外したそばから次弾を発射していたからどれかの頭を粉々にはしていた。
だが全体的に不正確なのだ。
《ピンホールショットのスキルを発動しました》
俺の方はそうじゃない。
射撃スキルによる機械のごとき正確さで蟻をなぎ倒している。
だがアレクシスは違う。俺と同じスキルを身につけているはずだが彼女の射撃だけ振るわない。
理由はわかっている。
磔刑台の近く、風を足場にするスキルで空中に立っているグスタフだ。奴の背中のヌルチートがアレクシスを見ていて、それでスキルを封じられているのだ。
グスタフが言った。
「抵抗をやめろ! おとなしく捕まれ! でないとこいつを……!」
檻の中のアールフォーさんの悲鳴が上がる。グスタフがナイフを、磔刑台のトンプソンに突きつけたからだ。
《ハードボイルを発動しました》
俺は左拳からマイクロウェーブを発し手すりに群がる蟻を右から左へ薙いだ。と同時に右手の魔法銃を無造作にグスタフへ。
「あっ……!」
グスタフの手のナイフ、ブレード部分に魔法弾がヒット。ナイフは手から吹っ飛び落ちていく。グスタフはそれを慌てたように拾いに下りようとして……。
魔女が言った。
「グスタフ……拾いにいかなくてもいいと思うのだけれど……」
魔女の言いたいことはまあわかった。グスタフは弓を持っているのだ。トンプソンを人質として俺たちを脅したいなら、ナイフがなくてもまだやれた。
だが基本的に魔女の声はか細い。奴は聞こえなかったのか律儀に蟻の群れの中へ落ちたナイフを探しにいったのだろう。
つまり……奴の姿が、ヌルチートごとテラスの下に消えた。
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しました》
テラスの塔からやや離れた場所からローター音。
見やってみればどでかいヘリコプターがホバリングしている。機種は何かの漫画で見たことがある。ロシア製(ソ連製?)のハインドDとかいう太ったヘリだ。
その丸顔の先端部には機銃がついている。一気に火を噴いた。
ハインドは壁の側面を横からかすめるように、かつ上から下へ降りながら機銃掃射。ここからでは壁は見えないがおそらく塔にへばりつく一部の蟻はかなりの数が削られたに違いない。
銃声とローター音が消えた。《ウェポンミュージアム》の召喚時間が切れたらしい。
俺はもう一度 《ハードボイル》で手すりの蟻どもを薙ぎ倒すと、手すりの上から左腕を突き出して拳を下へ向ける。
それからまた《ハードボイル》。蟻が爆ぜ飛ぶ音が聞こえる。
「ロス!」ホッグスが言った。「腕を引っこめろ! クロスボウがくる!」
言うとおりテラスの中へ下がった。と同時に下から唸りを上げて無数の矢が。空へ通り過ぎていく物もあれば天井にぶつかる物もあった。
魔女を横目に視界に入れた。
彼女は吊り橋から身を乗り出すようにして下を見ていて、口に指を突っ込み指笛を吹いていた。
おそらくグスタフを呼んでいるのだろう。ヌルチートがいなければ、転生者はふたりだ、蟻が何匹いようが敵ではない。
となれば本当にヌルチートは今1匹しかいないらしい。
魔女はこれまでと違い転移魔法陣により帝都民を呼び出そうとしない。
在庫切れか、それともテラスが狭くて呼べるスペースがないか、あるいはテラスに魔法陣を用意し忘れたか。はたまたその全部か。
何でもいい。ホッグスが叫んだ。
「ロス! アレクシス様でもかまいません、檻を破壊して!」
檻の中にはアールフォーさんがいる。彼女は今はブアクア製の檻のため力を発揮できないでいるが、たしかに檻から解放すれば戦力を増やせる。
俺はマイクロウェーブで蟻の侵入を防ぎつつ、
「少佐、チョコレートの手持ちは? アールフォーさんを回復させるのに必要だ」
「ポケットに装備済みである!」
「よし」
問題はブアクア製の檻をどうやって壊すかだ。直接触れば俺も力を奪われてしまう。
だがアレクシスはすでにその方法について閃いていた。
「私がやります!」
「触ると君まで倒れるぞ」
「ウインチを使います! アラモスさんは引っ掛けてください、短い時間しか用意できないので急いでやってください!」
「ウインチ? ワイヤーのやつか? そんなものどこに……」
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》
突然、天井に何か重い物が乗っかったような音がした。
と同時に俺の目の前に、屋根から頑丈そうなフック付きのワイヤーか垂れ下がった。
「引っ掛けて! 扉と、反対側に!」
振り向くと、テラスの反対側にも同じようなワイヤーがぶら下がっていた。
「ロス、私がやる! 蟻を頼む!」
俺は魔法銃を肩に下げた。まだまだ顔を出してくる蟻を両手の《ハードボイル》で吹き飛ばしながらワイヤーの1本に近づいた。
突然背中のホッグスの重量が増した。頭の横から白魚のようにきれいな指が伸ばされる。ホッグスだ。ディフォルメを解除したらしい。彼女はワイヤーを引っ掴むとテラス中央、檻へと走る。
その時下から声が。
「やいおまえたち!」グスタフだ。「抵抗をやめろ! さもないと弓でトンプソンを射る! そこからじゃ僕を狙えないだろう!」
声だけだった。たしかにテラスからはグスタフの姿は見えない。
魔女は奴を呼ぼうとしていたが、奴の方では安全圏から脅しをかけることを選んだらしい。
ホッグスが一度立ち止まった。
俺は叫び返した。
「やれるものならやってみろ! おまえの大事なアールフォーさんをここから投げ落としてやる!」
「えっそんな⁉︎ やめろー!」
グスタフの声のあと、女の呟きが聞こえた。
魔女の声だ。
「……ハッタリに決まってると思うのだけれど……」
「で、でも魔女様、落としてやるって言ってる!」
「ええ、だから言葉だけ……」
「だって、落とすつもりがないならどうして落としてやるとか言うんですか⁉︎ 落とす気だから落とすって言ってるわけでしょ⁉︎」
「……えっ? いえ、彼らはアールフォーを助けにきたわけだから……」
「やめろー! アールフォーに触るなー!」
「あの……ちょっと、弓を下ろさないで、あの……」
俺は言った。
「少佐! 引っ掛けろ!」
「う? うむ……」
ホッグスが再び檻に取りついた。扉にフックを引っ掛ける。檻の反対側ではアレクシスがもう1本のワイヤーを、鉄格子に装着。
「落とします! 少佐、離れて!」
落とす……とは何かという疑問俺が抱くのと、ホッグスとアレクシスが檻から離れたのと、天井で何か音がしたのは同時だった。
テラスの外を見た。
でかい、汚れた緑色の、トラック……大型車両が落ちていった。
視界を横切った(縦切った?)トラックの前部にウインチがあって、ワイヤーがそこから伸びていたのはかろうじて見えた。そしてそこにつながっていた檻の扉が引っ張られ、派手な金属音と共に吹っ飛ぶ。
《アレクシスはウェポンミュージアムを解除》
檻の反対側もたぶんトラックがワイヤーでぶら下がったのだろう。2台の重量の均衡で支えられた檻はテラスから落ちることなく扉だけが破壊された。扉の破壊と同時にトラックは消されたのだ。
ホッグスが叫んだ。
「アールフォー殿、出てきて! 私は檻に触れないので……」
アールフォーさんは、鳥かごのような檻の床を震えながら這い始めた。




