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第321話 囚われの能登夫妻


 廊下を進むと突き当たりにまた空中庭園があった。


 そこに出ると向こうにテラスの尖塔が見える。

 尖塔はこちらの城とは1階部分でのみ建物同士でつながっていた。2階や、俺たちがいる3階からは、石のブロックを鎖でつなぎ合わせた吊り橋のようなものが渡されている。


 2階と3階にひとつずつではなく、同じ物が地上の四方八方から尖塔を中心に斜めにつながってもいる。シルエット的にはエッフェル塔か東京タワーのような、末広がりデザイン。吊り橋は互いに鎖でつながり合い、三角錐の蜘蛛の巣のようにも見えた。


 吊り橋は尖塔側から、左方向にある黒い塔へも1本続いているがそれはまあいい。


 トンプソンの磔台が尖塔のやや左に見えている。どうやら石ブロックを支えにして磔台を伸ばしているようだ。


 周囲に帝都民の姿はない。俺と背中のホッグス、そしてアレクシスは吊り橋を走り渡った。


 アールフォーとグスタフがいるテラスは吊り橋からは到達できない。テラスは1階層高い位置にあったからだ。

 尖塔の壁まで難なくたどり着いたが、そこまでなぜか何の妨害もなかった。


「おかしいですね……? グスタフさんは私たちがくることに気づいてないはずないのに……?」


 壁を見上げたアレクシスがそう呟いたが、


「しっ……アレクシス様、声が聞こえております……」


 とホッグスが囁いた。


 ホッグスは狐耳。耳がいいから聞こえるのかと思ったが……しかし怒鳴り声が上がったので俺とアレクシスにも十分聞こえてきた。





「やめてグスタフさん! 頼太さんを殺すなんて!」

「離せアールフォー! こいつさえ、こいつさえいなければ……!」





 俺とアレクシスは顔を見合わせた。

 頼太はたしかトンプソンの前世の名だ。事態はかなり急を要しているらしい。俺は言った。


「先に少佐と飛び込む。君は回り込んで様子を見てくれ」

「逆です、私が先にいきます」

「何だと」

「あなたは少佐を投げないといけないでしょう」

「挨拶抜きにしてこっそりテラスに投げ込めばいいだろう」

「それを待ち伏せされてたら少佐が危険でしょう⁉︎ 私が先に顔を出して注意を引きますから反対側からいってください」


《アレクシスはゼロ・イナーティアのスキルを発動しています》


 体重を消すスキルによって、石を組んで造られた壁の隙間に指の先端を引っかけるだけでひょいひょいとよじ登ることができる。アレクシスはそうやって吊り橋から左の方へ這い始めた。


 皮肉なことにまるでヤモリのようだった。俺もまた吊り橋の右へヤモリのようにへばりつく。尖塔の下側は無数に鎖があるので落ちてもどこかに引っかかるだろう。

 

 そうこうしているうちにも上から声が聞こえてきた。


「ねえお願いやめてそんなこと……」

「冗談じゃない! こいつは君を連れ戻しにきたんだ……前世の世界へ連れにきたんだ! このままじゃ君は!」

「ねえ聞いて、違うのよ! 私は……!」

「離せアールフォー! あいつらがくる! その前にこの男を……!」


剣聖(ソードマスター)・サッキレーダーがグスタフの殺気を感知》


 やる気らしい。

 《ウルトラスプリント》で一気に跳び上がるか?

 しかしその前に別の知らせが入ってきた。


《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》


 俺はトンプソンの磔台の反対側……おそらくグスタフの背後に位置する。ここからではまったく見えないが、突然ヘリコプターのローター音が聞こえてきた。


「な、何だぁ⁉︎」


 グスタフの声だ。想像するに、アレクシスが磔台の前にヘリコプターか何かを出現させたらしい。


 《ウェポンミュージアム》は近代兵器を召喚するスキルだが、呼び出したものはすぐに消えてしまう。磔台の盾も消えるのは時間の問題だが……。


「待ちなさいっ!」


 アレクシスの声。

 ヘリで注意を引いてからテラスに上がったらしい。

 俺の方はと言えばあと2メートルでテラスの床に手がかかるというところ。


 後ろのホッグスが呟いた。


「テラスにはグスタフ殿しか見えなかったが……ということはヌルチートは今のところ1匹だけであろうか?」


 俺は無言でうなずいた。


 テラスにはグスタフとアールフォーさんしかいないのだ。たしかにヌルチートがグスタフのものしかいない。


「トンプソン殿はどうして捕まっているのであろう? ヌルチートはどうせアールフォー殿を見ているはずであるが……」

「磔台にブアクアが使われているのかもな」


 俺はそう短く答えた。

 そうしている間もテラスに登り続けている。


「……であればアレクシス様がおひとりで仕留められるか? ヌルチートは1匹である」

「念のためだ、いつでも投げ込まれる覚悟はしておいてくれ」

「うむ!」


 テラスまであと1メートル。


「そこまでです! グスタフさん、やめなさい!」

「うう、もうきやがったのか!」

「トンプソンさんとアールフォーさんを解放して!」


 アレクシスは平和的に説得を狙っているのか? それとも万全を期すべく俺が顔を出すのを待っているのか。テラスに手がかかった。


 ひと息に、手すりへひらりと跳び乗った。


 テラスの中央には鳥かごのような物が吊るされていた。その中にアールフォーさんが囚われている。

 鉄格子を掴むでもなく座り込んでいた。鉄格子は安っぽい灰色。ブアクアが使われている証拠だ。


 グスタフは俺に背を向け、テラスの反対側にいるアレクシスに弓矢を構えている。

 アレクシスの向こうには磔台でぐったりしているトンプソン。


 アレクシスは俺に気づいているはずだが目を合わせなかった。

 今ならホッグスの力を借りるまでもなくグスタフのヌルチートを仕留められる。アレクシスもたぶんそれを期待しているだろう。俺はテラスにそっと足を下ろし……。


 その時、アレクシスの左後方が視界に入った。


 尖塔から黒い塔へ吊り橋が伸びている。

 その吊り橋に誰かが立っている。


 黒い帽子の魔女だった。

 魔女は短く細い棒を持って空中に何かを描いていて……。


《魔女は魔術を使っています。情欲の淫紋》


 俺は叫んだ。


「アレクシス! 後ろだ、避けろ!」

「えっ、あっ!」


 魔女が細い棒を振ると同時にピンク色に輝く幾何学模様が高速でアレクシスに迫った。

 間一髪だった。アレクシスは横っ跳びにそれを避けた。ピンク色の魔法は俺の右隣りの柱にヒットし紋章を刻んだのみだった。


「うう、イノシャ様……!」


 アレクシスは起き上がりざま呻いた。まだ奴の以前の名を呼んでいた。


《パウンドフォーパウンドのスキルを発動しました》


 俺はテラスに降りすぐさまグスタフに突っ込んだ。

 魔女は後回しだ。吊り橋は距離がある。先にグスタフを片付けるべきだと判断した。


「うっ、ちくしょうッ!」


 グスタフの矢が飛んだ。狙いは俺。難なく手で払った。奴のヌルチートはアレクシスを見ていた。

 あっという間に間合いがつまり、右クロスの射程。


「ちっ!」


 グスタフはのけぞりながら手すりを乗り越え、落ちた。


「グスタフさんっ⁉︎」


 アールフォーさんの悲鳴。

 まさかいきなり自殺を選ぶとは予想外だった。ひょっとしてこれは俺のせいか? 異世界の思い出がまさか自殺幇助とは……。


《グスタフはウィンド・ブーツのスキルを発動しています》


 ロス・アラモスは罪を犯していなかった。1度は手すりの向こうへ姿を消したグスタフだったが、すぐに彼の頭がのぞいた。


 そのまま全身も上がってきた。両足の裏に何か埃が渦巻いているのが見える。どうやら風の上に立っているらしい。グスタフはそうやって尖塔の周囲の空間を、ややヨタヨタした動きで歩き、トンプソンの磔台の近くで立ち止まった。


 そうして腰のベルトからナイフを抜き出しトンプソンに突きつける。


「く、くるな! きたらこいつを殺すぞっ!」


 アールフォーさんの、ひっと息を呑んだ声がテラスの天井に反響。


 俺は横目に遠くの魔女を見やる。


 奴はグスタフの方をぼんやり眺めていたが、やや眉をしかめてため息をついたように見えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] アールフォーさんも煮え切らない性格ですねえ。 今のところトラブルしか起こしてない気が……。
[良い点]  がっかりなグスタフ。 トンプソン殺害をしようとしているグスタフ。やる気ならさっさと殺害出来たろうに。アールフォーとイチャイチャともめていたからだろうか。その手際は悪い。 ロス・アラモスに…
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