第320話 窓の外
不思議なことに、ヌルチート憑き帝都民の攻撃は一切なかった。
城内はただただ静かだった。左側は壁。右側は連柱の間に手すりがある構造で、向こう側は外。浮遊リングがゆっくりと回っているのが見えている。
そういう廊下を、俺とホッグス少佐、そしてアレクシスは静かに歩いていた。
前を歩くアレクシスは、廊下の向こうを伸び上がるようにして見たり、かと思えば頭を下げてみたり、立ち止まったりして、慎重に進んでいる。
俺は言った。
「さっさと歩いたらどうだ」
「……何言ってるんですか。敵が出てきたらどうするんです」
「一直線だぞ。この廊下は部屋すらない。敵が向こうからきたら丸見えだ。警戒するだけ無駄だ」
「飛び道具とか使ってきたらって考えないんですか?」
「奴らは俺たちを傷つけるつもりなんかない。そんな心配する必要なんてないだろう」
「そうかも知れませんけど……」
「上級国民ならもっとそれらしく堂々として欲しいものだな」
「何ですか上級国民って……」
「そうやって立ち止まってこっちを見てる暇があったらさっさと進んでくれ」
「……あのですねえアラモスさん……!」
アレクシスは完全にこちらを振り返って何か言おうとした。
だがそれより早くホッグスが言った。
「ロス。ここは魔女の本拠地であるぞ」
「ああ知ってる」
「ヌルチートもたくさんいる」
「そうだな。だが君がいれば……」
「ヌルチートの原材料にはブアクアの実が必要だそうだな」
ホッグスは俺の背中にしょった魔法銃のタンクに乗っかっているため、俺は彼女を振り向くことはできない。
ただブアクアの実について考えた。小さなイガグリのような植物の実で、触れると体が痺れる毒を持っている。おまけにそうなるとスキルもうまく発動できなくなる。
たしかに以前ガスンバにあった魔女の館で、大量のブアクアの実を見つけたことはあったが……。
「それがどうしたって言うんだろう」
「ブアクアの実は入手が困難ではあるが、帝都では犯罪者取り締まりのためブアクアを練り込んだ武器を使用する場合もある。武器の中には貫通性のない弓矢もあるのである」
俺は首をひねった。
ホッグスは続けた。
「当然帝都民でいらっしゃるアレックス様……」
「あの、少佐。もうアレクシスでいいです」
「ではご無礼いたしまして、アレクシス様も当然それをご存知でいらっしゃる。ブアクアを知る帝都民であればブアクアの矢を警戒なされるのは必然。とやかく絡むのはよすのである」
「俺は別に絡んでなんか」
「早くいくのである! こうしとる間も他の転生者が酷い目にあっとるかも知れんのであるぞ!」
後ろから伸ばされた手によって頬をつままれ引っ張られた。
アレクシスは俺のそんな様を見て鼻で笑うと、
「少佐、ありがとうございます」
そう言って前方へ向き直る。
そうして再び歩き出したが、ホッグスが囁いてきた。
「……なぜそうアレクシス様に突っかかる? チームワークを乱していては達成できる目標も怪しくなるぞ」
「いけ好かない女だ」
「何が気にくわないのであるか……」
「君はどうなんだろう。あいつは勝ち組の獣人差別主義者だぞ」
「アンダードッグ区の連中などかばいようがないのである。しかしロス」
「何だろう」
「貴様そういう倫理観的なものを気にするタイプであったのであるな」
別にそういうわけではなかった。
俺はたんに今日はたまたまアレクシスなる元大卒のエリート官僚と同じ空間にいたい気分ではないだけだった。今日だけじゃなくこの先いつでもそうだろうが。
「む……! ひょっとして、私のために怒ってくれておるのか? 私の獣人としての立場を慮って?」
ふとホッグスが呟いた。何の話かと思ったが、
「むふふ……! まったく貴様という奴は、何と優しい、むふふ、あ、いやでも、喧嘩はいかんぞ喧嘩は、むふふ……」
ホッグスが頭の後ろでなぜか笑いを押し殺していたので、それ以上何か言う気になれなかった。
俺たちはどうやら中央の吹き抜けに出たようだった。
廊下はやや右にカーブを描いてから吹き抜けを囲むように、向こうの棟へと続いている。左には当初この城に侵入した時に見た、バラバラでいい加減な造りの階段の群れが、下へと続いている。上は天井。少なくともここからさらに上の階へはいけないようだった。
吹き抜けを囲む廊下の真ん中辺りに進む。廊下は手すりがずっと続いていて、なぜかここから階段に移る通路のようなものはなかった。吹き抜けの向こう側には丸いステンドグラス。
「下へ降りた方がいいんでしょうか?」
「そうでありますな……魔王殿たちは1階にいたわけですし……」
欠陥住宅とはいえ手すりを乗り越えればすぐに階段に移ることはできる。俺は少し廊下の左右と吹き抜けの下をうかがい、誰もいないことを確認すると、
《ウルトラスプリントのスキルを発動しました》
階段のひとつに跳び移った。
アレクシスも同様だった。それからこの乱雑な階段を余計な動きをせずに効率的に降りるルートについて思いを巡らせようかと思ったが……。
「どうしたんですかアラモスさん? ボヤッとしてないで早く降りましょう」
俺はジグザグに交差する階段を跳び移ったり避けたりしながらステンドグラスに近づいた。
ステンドグラスの中央部は色付きではなく普通の透明なガラスで、窓の向こうには黒い塔が見えている。
ガスンバでアップル・インティアイスが乗って飛び去ったロケット型の塔だ。ちょうどステンドグラスの位置と同じ高さにある窓に、俺の視線は釘付けになっていた。
誰かがいる。
それは窓の向こうの部屋の中で、宙に浮かんでいるように見えた。うずくまるような姿勢の人物がゆっくりと縦に回転している。
その人物は青く長い髪をして、小柄で華奢な少女。
「少佐……アップルがいる」
「ぬぁん?」
遠目だったがアップルは瞳を閉じているのがわかった。眠っているように見える。
そうやって、黄色くて長細い、卵のような物を抱えて、ゆっくりと漂っているのだ。
「む! エンシェントドラゴンの卵である! なぜにインティアイス殿が……実家に帰ったのでは⁉︎」
どうやら奪われた物のひとつは見つかったらしい。そしてホッグスは相変わらず、アップルがこのブラックエッグにいる理由がいまいち理解できていない様子だった。
アレクシスもこちらにやってきて言った。
「あれがドラゴンの卵……? 少佐、下に空中廊下が見えます。向こうまでつながってますから、この吹き抜けの下の方からいけるかも知れませんね」
「む、たしかに。しかし他の転生者と合流してからの方がよろしいかも……?」
俺はまだアップルを見ていた。
別にアップルが今全裸だからではない。ドラゴンの卵など抱えて何をしているのだろうと思っていただけだ。
だがホッグスが言った。
「むっ! あれを!」
ホッグスは窓にへばりつくようにしながら右の方を見て指差した。
俺とアレクシスもそちらを見やった。
角度的に見づらくはあったが、城の壁がやや湾曲しているため、城の右棟の端が少しだけ見えた。
尖塔があり、頂上部の尖った傘の下に、鐘楼というか、細い柱に囲まれたテラスのような空間の部屋がある。
「アールフォー殿である!」
少佐は随分視力がいい。俺には細身の誰かが座り込んで、手すり側に寄り添っている姿が漠然と見えるだけだった。
だがホッグスがアールフォーさんだと言うのならそうなんだろう。もう少し窓に顔を寄せてよく見ようとしたが……。
先にアレクシスが、俺の前で窓に顔を寄せた。
「もうひとりいます! トンプソンさんだ!」
俺は少しばかり背伸びして、アレクシスの頭を越えるようにして目を凝らす。
尖塔の向こう側、やや塔に隠れるようにして、十字架の磔台のようなものがチラリと見えた。
その磔台にはたしかに男のような誰かがくくりつけられている。
そして塔のテラスにはいまひとり。
「む! グスタフもいるのである! 奴めあんなところに……!」
「ど、どうします⁉︎ 魔王さんたちと合流してから向かいますか⁉︎」
だがテラスにいるグスタフの手元がキラリと光ったように見えた。
俺は言った。
「あいつ、刃物を持っているぞ」
「むむ、トンプソン殿に向けているのである……!」
「どど、どうしましょう⁉︎」
俺は階段の下に目をやった。暗がりの中からは誰からも上がってくる気配はないし、音もない。
視線を戻して言った。
「仕方がない、俺たちだけでいく。アレクシス、廊下に戻れ、あのテラスまでつながっているはず」
「アラモスさんは……⁉︎」
《ピンホールショットのスキルが解放されました》
「とりあえずあの刃物を吹っ飛ばしてみる」
俺は魔法銃の銃床でステンドグラスを叩き割った。下の窓枠に足をかけ、上の窓枠を右手で掴んだまま、左手のライフルをテラスへ向ける。
「そんな体勢で当たるのであるか⁉︎」
「なんだか何だってできるような気がするのさ」
銃床を肩に当てた。理由はないがここだという感覚に従い引き金を引く。
SF映画の光線銃のようなサウンドと共に小さな光弾が発射された。それは高速でテラスへと飛んでいき……、
「……当たったか?」
「大当たりである、剣が落ちていった! 奴め、こっちを見とるぞ」
「よし、いこう」
俺は窓枠から階段に体を戻す。
アレクシスはすでに廊下の手すりを乗り越えたところだった。




