第318話 アングリーモブ
「ナヤートちゃん、ヌルチートを頼む!」
「う、うん!」
廊下からなだれ込んでくる帝都民に対し音波発生器を向けたのは魔王とハルだった。マジノと、魔法銃を持たないナヤートが格闘スキルによって帝都民を殴り倒し始めた。
部屋の中央にいるこちらはと言えば、ホッグスの《色即是空》により足が止まった民衆を、エルフがレイピアの峰打ち? によって昏倒させている。
アレクシスがこちらへやってきて、
「アラモスさん、手伝います!」
「君の仕事なんか残ってないがな」
《ツープラトンのスキルを発動しました》
《ラリアは毒素消化を発動しています》
《カミカゼブーメラン‼︎》
ラリアを投擲。
室内を縦横無尽に飛び回るラリアが次々とヌルチートを引き裂いていく。
無視してやった貴族令嬢アレクシスは、音波発生器のハンドルを器用に回しながら魔法銃の銃床で帝都の民を弾圧していた。
「こりゃすごいわ、どんどん出てくるわね」
エルフが鼻歌まじりにそう呟いた。
俺たちは苦戦しているとは言えなかった。魔法銃に取りつけられた音波発生器はサイズが小さいため部屋と廊下全てのヌルチートを無力化こそできていなかったが、数を揃えていたのが功を奏したか転生者がふたりぐらいはノーマークになれていた。
だが部屋と廊下に輝く魔法陣からはとめどなく暴徒があふれ出てくる。キリがなかった。
俺は言った。
「ハル! 廊下を突破できるか⁉︎ この部屋から撤退する!」
「は、はい!」
「ラリア、先に廊下の奴らだ!」
「はいです!」
空中のラリアが方向転換し出入り口の方へ。
廊下の群衆を突っ切って下がれば、一直線の廊下で相手をすることができると俺は判断した。
「ロス!」回転しているホッグスが言った。「全員片づけられるぞ、無理に下がらんでも……」
「全員って何人だ。こいつらはどこから出てくる?」
「そんなこと私に訊かれても!」
俺にはひとつの懸念があった。
対処は非常にイージーと言えた。帝都民たちも何かの厄介なスキルを使ってくるでもない。
だが気にかかるのは数だった。
正確に言えばこの帝都民の群れはどこからやってくるのか。もっと言えば、どこにこれだけの数が、いつの間に固まっていたのかということだ。
「アラモスさん、少佐に従った方が……!」
アレクシスがまたひとり、銃床をみぞおちに突き入れて倒したが、
「転移魔法陣から出てきてるんだ」
「それがどうしたんですか!」
「こいつらがブラックエッグじゃなく帝都から直接ここに乗り込んできてるとしたら終わりが見えないぞ!」
「えっ……本当にそうなんですか⁉︎」
「そうかも知れないし、違うかもな。だが床を見てみろ!」
俺の言葉にアレクシスは格闘しながら床に視線を走らせたようだ。
床には、エルフやアレクシス、それにラリアが気絶させた民たちがブッ倒れている。所狭しとだ。
数が尋常ではなかった。 エルフは特に帝都民に360度を包囲されていた。
包囲されて困る少女ではない。だが彼女が何気ないような仕草で昏倒させていく帝都民が徐々にうず高く積み上げられていっているのだ。
「このままでは足の踏み場がなくなる。それにこれ以上ここにいても仕方がない、パンジャンドラムたちを探す!」
廊下を振り向くと、通せんぼしている群衆にラリアが突っ込んで蹴散らしているところだった。そこへナヤートが躍り込んで包囲を突破。
《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》
一瞬の隙を突いてハルが包囲の向こう側へ飛んだ。魔法陣からは相変わらず新手が補充されてはいたが、転生者は廊下で逆に挟み討ちの形を取ることができた。
魔王が言った。
「よし、このまま押し切る! ロス、アレクシスさん、いこう!」
俺は、ホッグスをどうするか考えた。
彼女は空中の1点で回転を続けている。体を掴み引っ張って下がるか? だがくるくると回っているのを止めればヌルチートを防げない。第一ホッグスは炎をまとっているので触ることはできなさそうだ。
エルフが言った。
「私がしんがりになるわ! 下がっていいわよ!」
言うが早いか、素晴らしく鮮やかで美しいハイキックで帝都民をひとりなぎ倒したエルフ。お言葉に甘えることにしよう。俺はホッグスにスキルを解除するよう言った。
そして次にアレクシスを先に下がらせようと考えたが……そこで帝都民のひとりが目に入った。
それは最初に倒した、ナヤートに襲いかかっていた3人のうちのひとりだ。オーバーオールを着たガタイのいい男。
そいつがふらふらと立ち上がっている。気絶から目を覚ましたのだろう。
ほんの少し、そいつを連れていくかどうか逡巡した。
だがその考えはすぐに打ち消す。ヌルチートはとっくに落ちている。それにヌルチートの落ちた者は彼だけではなく、他の帝都民が目を覚ますのを待って退避するとしたらキリがない。ヌルチート憑きの帝都民は別に彼らを襲ったりもしないだろう。
ホッグスがスキルを解除した。俺の背中のタンクの上に担ぎ上げる。
「アレクシス、音波発生器を使いながら下がれ!」
彼女は言われたとおりに。
《剣聖・18アームズ・ジョージュツのスキルが発動しました》
あとはエルフと共に出入り口に下がるだけ。
だが、ふと。オーバーオールの男が口を開いた。
「オレは3番街で大工をやっちょるんだ」
左からきた帝都民のこめかみを打ちつつ、それに何と返事をしようかと考えた。そうなのか、俺は期間工をやっていた、もう廃業して今はニートで、働く能力はあるが貴族の屋敷でタダ飯を食らっているところだ、ところで大工は儲かるのか?
「オレは3番街で大工をやっちょるんだ」
オーバーオールは乱戦のなか棒立ちになったまま自己紹介を続けていた。その目はどこにも焦点が合っていない。
「ロス、あの男魂を……⁉︎」
ホッグスも気づいたらしい。何について考えるべきか? オーバーオールは今魔女に魂を奪われたのか? それともこの異世界でしょっちゅう見かけた、最初から魂を持っていないタイプか? ホッグスはアップルの時は気がつかなかったのになぜ今は?
代わりに俺は叫んだ。
「エルフ、退くぞ!」
「はいはーい」
エルフは少しだけ押し寄せる帝都民に構っていたが、こちらへ動こうとする気配を見せた。
まだまだ新たな帝都民は補充されてくる。その時アレクシスが叫んだ。
「アラモスさん! グスタフさんがいます!」
「何だと?」
帝都民の波の向こうに、たしかに金髪で尖り耳の優男の姿がかいま見えた。
いつの間に転移魔法陣から出てきたのか? 俺は叫んだ。
「グスタフ! アールフォーさんをどこへやった!」
「おのれ、転生者ども! よくも今まで転生者だってことを黙って僕を仲間はずれにしてくれたな!
「それについてはあとで謝ってやるから他の転生者を返せ!」
「くそっ、くそっ! アールフォーを連れて前世に帰るだなんて許さないぞ! 彼女は僕のものなんだ、あんな冴えない男の妻になんか……!」
冴えない男とは当然トンプソンのことだ。仲間はずれにされたことを批難するわりに自分も心の中では他人を冴えない男だと思っていたわけだ。
グスタフは部屋の1番奥にいる。俺たちに襲いかかる帝都民には加わってはいない。そこでこちらを見ているだけだ。
「アールフォーさんはどこだ!」
「うるさいうるさい! 早くヌルチートに捕まってしまえ!」
帝都民の猛攻は続いていた。
グスタフへ突撃し奴を引っぱたいてやるべきか? ヌルチートを奪えば正気に戻って協力的になってくれるかも知れない。そうすればアールフォーさんや、他の転生者の居場所を訊き出すことができるはず。
「ロスさん!」後ろからハルの声。「ラリアちゃんのスキルのエネルギーが切れます!」
ちらりと振り返れば魔王とマジノはまだ廊下のこちら側。突破するには俺とアレクシスも加わる必要があるようだ。
エルフが言った。
「あのノーマルエルフに用があるの? 私にお任せ!」
エルフが群衆を蹴散らし俺とグスタフの間に割り込んでくる。
グスタフが言った。
「うう……エクストリーム・エルフ……あの伝説の……!」
「あら、知ってるの? 私はそう言った覚えはないけど」
「魔女様がそう言っていた!」
エクストリーム・エルフ……この異世界の神話について耳にする時、よく登場する名詞だが……。
「なるほどね。太古の魔女がどうしてウロチョロしてるのかはわからないけど、物知りなことは結構だわ。何にしても私が何者か知ってるならノーマルらしく私をリスペクトして、無駄な抵抗はやめてひれ伏しなさいよ」
「ふざけるな! 誰が……!」
「活きのいい劣等種。それじゃあ力づくで序列を叩き込んであげるわ」
そうこうしている間も湧き出てくる帝都民がエルフに群がっている。
それは俺やアレクシスの方も同じではあったが。格闘しつつ俺は、
「エルフ、手伝うか!」
「大丈夫、私のすんばらしい手並みをそこで鑑賞してて欲しいわ」
エルフは言うと同時に左手に持っていたディフェンシブダガーを空中に投げ上げ、
「そぉーれっ!」
《エルフはマジカル・ケンカカラテ・ピアッシングサンダーアテファのスキルを発動しています》
近くにいた帝都民の腹に正拳突き。すると殴られた者の背中が突如放電し、その背後にいた5人ほどの帝都民がブっ倒れた。
次々と繰り出される電撃の正拳突きが、一撃ごとに複数の帝都民を打ち倒してく。そして前進していくエルフ。
「さあノーマルエルフ。わがまま言ってないで長い物に巻かれなさい」
「ふ、ふん! あなたがくるのはわかっていた……魔女様は想定済みだったんだ!」
「あらそうなの。ところであと5歩で間合いよ」
「転生者をかき集めれば、必ずあなたもついてくると魔女様は言っていた……待っていたんだ!」
「ふうん?」
エルフは歩みを止めなかった。
5歩の間合いは4歩、3歩と詰まっていく。
グスタフが言った。
「魔女様は転生者を求めている……だが今日の目当てはあなたなんだよ!」
「今その理由は言わなくていいわよ? そのヤモリを取り上げてから聞いてあげる。ブッ飛ばしてとっ捕まえてからね」
2歩。
だがグスタフは両手の指を組み合わせた。
《グスタフから魔力を感知。魔法を使おうとしています》
「違うね……捕まえにきたのは僕の方で、捕まるのはあなただ」
「……何ですって?」
グスタフの組み合わされた指が発光する。
エルフはあと2歩を踏み込もうとすると同時に叫んだ。
「ロス! 廊下へ出て! 罠だったわ!」
《グスタフは魔法を使っています。トランスレイター》
俺はアレクシスを部屋の外へ突き飛ばすべく動こうとした。
瞬間。部屋全体がまばゆい光に。
「マスターッ‼︎」
ラリアの声が聞こえた。
廊下にいるはずのラリアの声が妙に遠く聞こえた。光のために何も見えない。目を開けることもできなかった。
だがそれ以上は何もなかった。
熱いとか、冷たいとか、あるいは周囲の帝都民に組みつかれる衝撃だとか、そういったものは何もない。強いて言うならエレベーターに乗った時に足元が揺らぐような感覚が少しだけあったぐらいか。
まぶたは閉じていた。そのまぶたを通して見える光も徐々に収まってきた。
俺は魔法銃を前方に構え音波発生器のハンドルを掴むと同時に目を開けた。
屋外だった。
ブラックエッグを覆う浮遊リングと、その隙間の青空が見える。
床は石畳。前方に噴水。静かな水音がしていて、あとは静かだ。
俺はさらに背後を振り返った。
城の壁が見えた。どうやら中庭……というか空中庭園のような場所らしい。植え込みの緑もある。
さっきまでワラワラいた帝都民はひとりもいない。
俺以外に庭園に見えるのはひとりだけ。
「こ、ここは……⁉︎」
アレクシスだ。魔法銃を持ったまま、キョロキョロしている。
俺は呟いてみた。
「……少佐」
「ここにおる」
頭の後ろから声。ホッグスも一緒だったようだ。
「やられたな。転移魔法である。床に魔法陣ができるのが一瞬見えた」
「わ、私たちだけですか? 魔王さんたちは……」
「どうやら他の方々は廊下にいたから難を逃れた……いや、そうかどうかはわかりませんな……。少なくとも部屋の中にいた我々は同じ場所に転移したようであります」
ふたりが喋っている間、俺はずっと周囲に目を走らせていた。
そうして言った。
「……エルフもいないな」
静かな空中庭園には、あの騒がしいエルフの姿がどこにもなかった。




