第315話 彼女の黒い塔
グローバルイーグルがキャリアーをつけたのは、ブラックエッグの外周である浮遊リング、やや上側だった。
数個の浮遊リングが球形を作り上げるなかで、そのひとつに横に張り出した広い足場があったのだ。イーグルはキャリアーの後部をそこに乗せた。
俺たちが足場に降りると、イーグルはブラックエッグから離れるように飛び去っていく。
「グローバルイーグルはブラックエッグより低い位置で待機することになっているのである。気流に乗って体力を温存しなければならんとのことだ」
ホッグスがそう言いながら、俺たちひとりひとりに小さな笛を渡してきた。笛にはストラップがついていて、ホッグスはそれを首からかけろと言う。
「グローバルイーグルが待機できるのはせいぜい2時間。時間内に皇帝陛下およびアレックス様のご家族の御魂を取り返し、転生者たちを救出できた場合、外へ出てこれでイーグルを呼ぶのである」
「2時間をすぎるとどうなるんだろう?」
「イーグルは帰投する。つまり……」
「ここから飛び降りろというわけか」
「転生者はこの高さから落ちても平気であろうか?」
「たぶんな。俺は心臓麻痺で死ぬかも知れないが」
俺たちはそれぞれ笛を首にかけた。
そうして、ブラックエッグ内部への侵入路を探そうとした。
今いる足場は、浮遊リングを柱と見立てた場合ぐるりと回るようにデザインされていた。浮遊リングが日本刀だとしたら、足場が鍔だ。俺たちはそこに立っていた。
だから寒風吹きすさぶ外縁部からすんなりと内側に回り込むことができた。そうしてブラックエッグ内縁部を見下ろした。
内側もやはり、径の小さな浮遊リング的な何かがジャイロ状に組み合わされていて、それらが中心部まで層のようになっている。
その隙間の向こう、中心部に建物が見えた。
白い色の建物。中心に大きな尖塔、左右にふたつの尖塔を持つ。神殿のようにも見えた。
それが魔女の城なのだろう。城の立つ平地は前後左右に十字状の平地があり、交差点に城がある。平地も白いタイルに見える。十字は道のようで、タイルの左右は緑の植え込み。
静かだった。静かな城が、浮遊リングの作る幾筋かの影の中たたずんでいた。
「そう古くは見えんな……」
魔王がそう呟いた。
「2000年前のものだろう? だがすごく綺麗だ。だいたい……この世界では2000年も前からああいった凝ったデザインを造っていたのか? 時代物としては先進的に見える」
「それは……」マジノが言った。「火奈太君がデザインしたんじゃ?」
「どうだろうな……火奈太君はブラックエッグとかいうものについては話していなかったし……」
「あっ、でも」ハルが言った。「一応ゲーム世界なわけですから、あんまり時間経過って意味がない……?」
「ああ、つまり」アレクシスが言った。「設定だけ存在してる、ってことですか?」
「あっ、でも、火奈太君は関わってないんでしたっけ?」
俺はその時、足場の縁にしゃがんで城を見下ろしていたのだが、背中にいるホッグスが身じろぎをしてから呟いた。
「……ゲームゲームと、よくわからんな……なぜゲームだと時間が経ってないということになるのであるか?」
俺にだけ向けたささやき声だった。俺は城を見下ろしながら、
「想像がつかないだろうから簡単に言うが、絵本のように作り話を読んでいくようなものだと思って欲しい。物語だ」
「む……たしかに貴君らは皇太子殿下にもそう説明してはおったが……」
「この世界の全てはヴァルハライザーが物語のために作り出した架空のものであって、だからものすごく古い建物が壊れずに存在していても不思議じゃないと彼らは話しているのさ。時間というものがめちゃくちゃだったとしても当然だと」
この説明でわかってもらえるかどうかは自信はなかった。
むしろあまり理解して欲しくないような気持ちもあった。
クーコ・ホッグスという女性が人工脳みその妄想の産物であり、彼女がその事実をはいそうですかと受け入れることを。
なぜかはよくわからない。彼女が俺の後頭部で「むう……」唸っているのを聞きながら、何となくそう思ったのだ。
あの城へどう降りて、どういけばリスクが少なく転生者たちを助けられるかアレクシスたちが話し合っている声が聞こえた。
そろそろそれについて俺も考えようとしたが……。
「あ〜そう言えば、あの魔女の館もそうだったわね!」
ふと気づくと、俺の左隣りにエルフがしゃがみ込んでいた。
「何がだろう?」
「ほら、ガスンバの魔女の遺跡。あれも古い物のはずだけど、せいぜい2、300年ぐらいしか経ってない感じしなかった?」
今の話、聞かれていたのか。
エルフの言葉で、ガスンバでのことを思い出す。
たしかにそうだ。森の中に洋館があって、それは数千年ほど前からある『遺跡』と聞いた。だが外観も紀元前にしては都会的なデザインであり、劣化具合もさほどひどくはなかった。ただのボロい空き家という感じだった。
それが、魔女に関わる建物の共通点だった。
俺はふと、あの遺跡がそのぐらい古いという話を誰に聞いたんだったか、思い出そうとした。
「ロス、あれ見て」
思い出す前にエルフが答えを示した。彼女は城の方を指差していたが、具体的にはその方向は、城のやや後ろ。
内径の浮遊リングのためよく見えなかったので、俺は床に腹ばいになるようにしてのぞいた。
城の後ろに、黒い塔がある。
「ガスンバで飛んでいった塔よ。アップルっていう女の子が乗っていった。あそこにブッ刺さったのね」
そうだ。
遺跡の話を聞かせてくれたのはアップルだった。あのガスンバでの戦いのあと、アップルもまた魂を失い、塔に乗ったままブラックエッグへ飛び去っていった。
ではあそこにアップルがいるのか?
「エルフ殿」ホッグスが言った。「アップル・インティアイス顧問のことであるか? 彼女は母親の家に帰ったはずでは……? こんなところにいるはずがないのである」
俺とエルフはホッグスを(俺は完全にはそうできなかったが)振り返った。
たしかにガスンバでのホッグスは、魂を失い人形のようになってしまったアップルを見ても、何の疑問も抱いていなかった。
同じくガスンバにいた、騎士団のツェモイ団長もだ。と言うより帝国の兵士たち。俺とパンジャンドラムにウォッチタワー、ハル、そしてエルフ以外、『アップルが飛び去った』という事実を認識していなかったのだ。
俺は言った。
「少佐。アップルは皇帝のように魂を魔女に奪われたんだ。わからなかったか?」
「え、何?」
「アレクシスの両親のように」
「む? そうだっけか? 実家に帰ったのでは……」
俺は左腕のラリアに目を向けた。
「ラリア、おまえはどうだ。アップルのこと覚えているか?」
「……あんまり」
俺は今度はエルフに目を向ける。
エルフは城を見下ろしていて、俺に横顔を向けていたが、
「……魔女に魂を盗まれた者がいても、そうなってるってことを他のヒューマンは認識しないの。魂を盗まれた人と一緒に何事もなかったかのように暮らしていくわ。普通はね」
俺は、
「詳しいんだな」
と言った。すると彼女は、
「……やはり何かが始まってるのね。とんでもないことが起ころうとしてる気がするわ」
そう呟いた。
背後で足音がしたので振り返るとハルがいて、どうやって城まで降りるかアイディアを出してくれと言ってきた。
浮遊リングを伝い城の真上までいってから《ゼロ・イナーティア》で落ちればいいのではと思ったのだが、
「おうみンな見ろや。お迎えがきたぜ」
それまで黙っていたスピットファイアが周囲を見上げながら言った。
内縁部の浮遊リングたちが回転を始めた。
まず俺たちのいる足場より1段階内側のリングが回り横向きとなる。その輪の縁が俺たちの足場の前に。
それよりさらに内側のリングの縁が、その向こうに。
さらに内側のリングが、また向こうに。
そうやってリングが並んでいき、まるで城まで降りる階段のような形を作った。
「さーどうぞってわけだな。向こうの方でも僕たちに会いたいらしいぜ」
「我輩たちをも捕まえたいのだろうかね。魔女はヌルチートの製造者と聞いているが」
「だろーな。案外ここが1番の工場かも知れンぜ。どっかの工場みたいにまたドカンと爆発せンけりゃあいいが」
「ブラックジョークはやめてくれよ……あの大きな損失については考えないようにしてたのに」
俺は立ち上がった。
そして浮遊リングの階段を降りる。
「あっ、アラモスさん! もうちょっと慎重にいった方が!」
アレクシスが後ろで何か言っていたが構わず降りた。
どうせあの魔女は俺たちを傷つけられない。スピットファイアの言うとおり奴は俺たちを誘っている。ここで落っこちられてもあの女としては不本意なはずだ。
実際十字路まで降りた時も何のアクションもなかった。通路の植え込みでは小さな花が風に揺れていて、静けさだけがそこにあった。
通りの向こうの城には大きな門があって、開け放されている。
暗く、ぽっかりと口を開けていた。
他の者たちも通路へと降り立った。
俺は魔法銃をかつぎ城へと歩き出す。
城の奥の黒い塔が、いやに目についた。




