第314話 エアボーン
俺は飛行機に乗ったことがない。
人生で1度もだ。だから、戦争映画に出てくる軍用機の中のような、向かい合わせのベンチめいた椅子に座りつつ、窓の外を眺め、下にある帝都がどんどん小さくなっていく様が物珍しく感じられ、ただただじっと見ていた。
「マスターどうして小刻みに震えてるですか」
「たたたたたた高いんだだだだだだ」
「下を見るからそうなるのである……」
視線をキャリアー内に戻した。
俺とラリア、そしてホッグスは、ベンチの1番はし(グローバルイーグルの尻側)に座っていた。
向かい側のベンチ、俺たちの反対側のはしに、アレクシスと魔王がいる。ハルとマジノはその中間ぐらいに座っている。ハルがこちら側、ホッグスの隣り。マジノは魔王の隣り、こちら側寄り。
アレクシスが俺から1番遠い席にいた。アレクシスの席はグローバルイーグル頭側。キャリアーの先頭はガラス張りの窓があり前方を見ることができる。
スピットファイアはベンチの間を、キャリアーの先端から最後尾まで、何度も往復するように飛び回っている。
エルフは俺の真正面だ。何が面白いのか俺の顔を見てニヤニヤとニヤついていた。
ふとその隣りのマジノを見やれば、彼は窓の外をのぞき空を見上げるようにしている。
「しっかし……乗り込んでから言うのもなんだが、鳥であそこまでたどり着けるもんなのかな?」
「うむ」魔王が応えた。「ブラックエッグは衛星か何かのように見えるが」
ふたりはそう言ってエルフを見やる。
エルフは俺からまったく視線をそらすことなく、
「大丈夫なんじゃない? ブラックエッグは高度を下げてるわ。降りてきてるのかも知れない」
俺は尋ねた。
「降りてきてる?」
「うん。そう見える」
転生者たち(それにホッグスも)はみな窓の外をのぞいた。
俺は、猛獣は目を離すと噛みついてくるという話を思い出しながらエルフを眺めていたので、窓からブラックエッグが視認できたかはわからなかったが。
「なぜ降りてきているんだろう?」
「何かをやろうとしてるんじゃない?」
「何をだろう」
「さあ。それはオーナーに聞いて見なきゃ」
そのオーナーに会いにいくんでしょ。エルフはそう言った。
「あのブラックエッグ、いつからあるんだろう」
「そうねえ……2000年……ぐらい前からか知らん?」
エルフは首をかしげて斜め上を見ながらそう答えた。
仮に、この異世界がだ。
中世ヨーロッパ風のこの異世界が、実際歴史においての中世だと仮定してみる。
中世とは地球の西暦で言えば500年代から1500年代までと言われている。仮に異世界の時代が1500年代だとして、2000年前なら紀元前500年頃。ヨーロッパではペルシアとギリシャが戦争をしていて、中国には孔子がいて、日本人が弥生式土器をこねていた頃だろうか。
その時代に大崩壊が起こり、魔女と三賢者が人類をかくまい、そして大地に帰し、文明が発展し、今の状態へ……。
考えても仕方がないかも知れない。
地球の文明と異世界の文明でまったく発達の仕方が同じだなんて言えないと思う。
人類のブラックエッグからの解放が2000年前かどうかは知らないし、もっと後かも知れないが、その時点から土器をこね始めても、今ぐらいに発展はするだろう。
だからこそ俺は少しばかり気になることがあった。
エルフから、往復を続けるスピットファイアに目を移す。
異世界はヴァルハライザーが作り出した世界であり、その大元はヴァルハライザーの開発者である吐院火奈太少年が構想していたファンタジーゲームだ。
だから異世界の歴史というものはただの情報にすぎず……、
「……実際、2000年が経過してるのか?」
「えっ、なぁに?」
俺はエルフをチラリと見やった。それからまたスピットファイアを目で追う。
ホッグスやハルにも呟きが聞こえたのか、不思議そうな顔をして俺を見ているのが視野に入っていた。
ここはゲームの世界なのだ。
そのはずだ。
ゲームというものは、プレイヤーがプレイできる空間しか用意されていないものだ。
設定上、ファンタジーゲームは特に、世界観を含めた歴史が構築されているものだ。
だがそれはあくまでも設定の話であって、プレイヤーはその歴史を体感することはない。
情報はあっても、現実には存在しないのが歴史設定だ。
では2000年とは?
魔女と三賢者なる者が2000年前から存在していて、ブラックエッグは事実ある。
しかもだ。
ヴァルハライザーの関係者が誰もブラックエッグのことを知らなかったのも解せない話だった。
ヴァルハライザーの開発者と記憶を共有しているスピットファイアも。設定資料を見せてもらったはずの魔王も。ヴァルハライザー開発計画にたずさわったアレクシスも。
誰もブラックエッグという『歴史』を知らなかったのだ。
知っていたのは魔女と……、
「ねえ、ちょっとなんか言ってよ」
目の前に座っているエルフだけ。
その辺について魔王かスピットファイアに尋ねてみたかったが、エルフの前でそうする気には、何とはなしになれなかった。
「ねえロスったら。2000年が経過してるのかってどういうこと?」
「……いや。世界が5分前に始まったことを誰も証明することはできない、そんなことを言った奴が俺たちの世界にいたなと思ってな」
エルフは首をかしげたが、その時アレクシスが言った。
「みなさん、ブラックエッグが近づいてきました」
転生者たちはみな前方へ立っていって、キャリアー先頭から外をうかがう。
たしかにブラックエッグが、その巨大な姿を俺たちに見せていた。
この距離まで近づいてみてわかったが、ブラックエッグは無数の輪(と言ってもベルトのように幅がある輪だ)が、ジャイロのように張り巡らされているものだった。それで遠くからは球形に見えたのだろう。
「浮遊リングだな」
そう呟いたのは魔王。
浮遊リングで形成されたジャイロの隙間から、中に何かが見える。おそらくそれが魔女の城の本体だ。
ホッグスが言った。
「アレックス様。上から接近しようと思いますがよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「それでは武装を」
俺たちはそれぞれ、魔法銃用の魔力タンクを背負う。
「音波発生器は魔法銃に装着できます。いざという時にはそれを」
魔法銃の先端下辺りに音波発生器を装着。グレネードランチャーを搭載したアサルトライフルを連想させた。
ホッグスが俺たちに準備はいいかと尋ねた。よくないと答えた者はいなかった。グローバルイーグルは上昇し、ブラックエッグの上を取る。
乗り込む際には、キャリアー後方のゲートが開き、そこから降りることになるだろう。俺はラリアに左腕、ディフォルメ化したホッグスに魔力タンクの上に座ってもらい、その時を待った。
狙いを定めたか、グローバルイーグルが降下しているのがわかる。
マジノが言った。
「今のところ妨害はなかったな。虫が飛んでくるかと思ったが……」
すると、それまで珍しく黙っていたスピットファイアが答えた。
「誘ってンのさ。僕たちをな」
キャリアーが、衝撃と共に金属音を響かせ、それからゲートが開く。
吹き込んだ風は冷たかった。




