第313話 離陸
それからもアレクシス、マジノ、と順に試していったが、ラリアは誰とも契約できなかった。
「アラモスさん、何か契約の仕方が間違ってるんじゃないですか?」
「いや、このやり方でいいはずだ」
「ですが……ただの口頭での、つまり口約束じゃないですか? あまりに簡単すぎますし、何かこうもっと、細かい手順みたいなものがあるのでは」
「そんなものはない。口約束だ。最初にラリアと契約した時もそうだったし、ホッグス少佐ともそのやり方で問題なかった」
「よく思い出してください。きっとその時と今とで違う部分があるんですよ」
「君は俺を疑ってるのか?」
マジノが俺とアレクシスの間に割って入り、
「お、おいよそうぜ!」
ホッグスもだった。
「ロス、やめんか! アレックス様は見落としがないかご質問なされとるだけであろう」
「見落としなんかあるわけない。君とラリアが1番よく知ってるはずだ。彼女のような奴隷契約の素人に口を出されたくないんでね」
アレクシスが押し殺したような声で反応した。
「……彼女ではありません。“彼”です。私は……男です」
俺は、それに対して何か言ってやろうとした。
だがそれより早く、
「えっ、男? どっからどう見ても美少女にしか見えないんだけど⁉︎」
……エルフがアレクシスの前に立ち、ジロジロと顔を眺め回していた。
「あ、あの、何ですか……?」
「へぇ〜……! まぁ考えてみれば転生なわけだから、新しい体が男か女かなんて選びようがないかもね」
エルフは両手をワキワキさせると、
「それにしても美少女ね……しかも高貴な貴族令嬢ですって⁉︎ たぎってくるわ……!!!」
「ちょ、何ですかこの人⁉︎」
アレクシスが両胸を隠すようにおさえて後ずさった。エルフが手を伸ばしたからだ。俺は仕方なくエルフの腕を取ってアレクシスから離す。
「そいつは見てのとおり女だぞ。君も女だ」
「だから何? 転生者っていうブランドの前ではささいなことよ。むしろ女の子のことは女の子が1番よくわかってるわけだからね。いやもういっそ私から女の悦びを手取り足取り教えるのもいいわ!」
「女の悦びね……詳しいのか?」
「いや実はあんまり。でもヤりながら覚えるわよ」
俺はため息をついてエルフをさらに引き離す。
魔王が言った。
「ひょっとして……そのエルフさんもブラックエッグへいくのか?」
エルフが答えた。
「何か問題でも?」
「ん……」
魔王……いや、アレクシスやマジノも顔を見合わせている。
「その……ブラックエッグではヌルチートが待ち受けてるだろうと思われる。で、ヌルチートを造ったのは魔女。言いにくいことだが、そこへ転生者以外の者を同行させるのは……」
魔王はどうやら、このエルフがヌルチートに取り憑かれる可能性について言いたいようだった。
俺は魔王たちに、ガスンバでの出来事を話した。エルフはヌルチートを差し出されたが、自分で拒否したということをだ。
「そうだったよな、ハル?」
俺はガスンバでも行動を共にしていたハルにも話を振ったが、
「あっ、えっ……⁉︎ あ、いや、まあ……」
彼はエルフと一瞬目を合わせてからうつむいた。
思い返してみればエルフとハルにガスンバで再開した時、エルフはハルを文字どおり尻に敷いていた気がする。
そして考えてみればこの少女は、ヌルチートがあろうがなかろうが転生者に執着していたのだった。
「ちょっとロス。何よそのジト目は」
どうしたものかと考えた。
だがホッグスが言った。
「共にきてもらえれば心強いと思うのであるが。ガスンバの時は助けられたであろう」
その言葉にエルフがうんうんうなずいている。
まあたしかにそれはそうなのだ。
エルフは結構、いやかなり有能だ。ヌルチートの誘惑にも関心を示さない。万が一の時これほど頼もしい味方もないのは間違いない。万が一の時ではない時は非常にどうしようもない奴ではあるが。
俺は言った。
「しかしエルフ。君の方はそれでいいのか? 戦いの危険があるし、第一君に何のメリットもない」
「危険? 私に危険なんかない。メリットを求めるほどたいしたことにはならないわ。それに……」
彼女は俺たちを見回して、
「転生者は目を離すとすぐいなくなるからね! 今回ばかりはべったりマンマークして監視するわ! ついでに私の魅力を魅せつけてやる。そしてこの私のあふれんばかりの素敵さ加減にあなたたちは恋に落ちることになるのよ」
俺は言った。
「どうして?」
「えっ?」
「いや……何でブラックエッグで戦うことで俺たちが君に恋に落ちることになるんだろう?」
「ええ……ヒューマンは偉大な存在を前にすると全てを投げ出して好きになっちゃうものじゃないの⁉︎ 知らんけど」
俺は他の転生者と顔を見合わせた。
どうもこのエルフの少女の恋愛観は原始的で、どこか薄っぺらかった。
だがこのぐらいの大雑把が彼女の、魅力、なのかも知れなかった。ある意味純粋で、脅威はないように思われた。
そうして俺がため息をつくと、ヤマト皇太子が言った。
「よし、じゃあエルフ様も一緒でいいな。心強いぜ。俺もヌルチートに取り憑かれさえしなければ剣技で役に立てる。ドラゴンじゃない虫なら対処もできる」
ホッグスが言った。
「畏れながら殿下。私……とラリア殿はいかがしましょう?」
「仕方がない、アラモスさんと共にいるしかないだろう。それにだ少佐、例のものの準備はできてんだろ?」
皇太子の問いかけにホッグスはうなずくと、格納庫の方に向けて手を挙げた。
するとそちらの方から、帝国兵によって複数の台車が押され、こちらへ運ばれてくる。その列に、グローバルイーグルを誘導していたアリスも合流した。
運ばれてきた台車には、白い樽状の物と、長い棒状の物。
棒には見覚えがある。魔法銃だった。
ホッグスが魔法銃の1丁を手に取り言った。
「アレックス様をはじめ、転生者の方々。これは魔法銃です。魔力供給獣という召喚獣から魔力の供給を受けることで魔法弾を発射する兵器で、詠唱と個人の魔力消費を必要としない武器です。ブラックエッグ内においてはヌルチートの攻撃が予想されますが、もしそうなった場合みなさまはスキルを封じられてしまいます。
「私も極力ロスと共に排除に努めますが、万が一ということもあります。みなさまに各1丁ずつと、予備を3丁用意しました。おひとりずつ装備していただき、魔女との戦いに使用していただこうと思っております。台車に乗っている白い筒を背負っていただく形になりますが」
ホッグスは白い筒を指差した。
10個ある。魔法銃も10丁。
ホッグスは俺を見つつ、
「ロス。ガスンバで試験投入した魔力供給獣を覚えとるか? あれから小型化に成功してな。背中に背負えるようになったのである」
俺は尋ねた。
「少佐。10個あるぞ。俺、ハル、マジノ、魔王さん、アレクシスで5人だ。スピットファイアにはサイズ的に使えない。予備が3丁なら、全部で8セットでは?」
皇太子が先に答えた。
「ひとつは俺の分さ。もうひとつはエルフ様用……」
「私はいらないわよ。これあれでしょ? クロスボウみたいに指で引き金引かないといけないんでしょ? 私、人差し指がふさがるの嫌なのよ」
エルフが指を回しながら答える。俺は皇太子に、彼女は魔法を使う時指を回すのだと伝えた。皇太子は、
「なるほど。まあライフルはアラモスさんたち用だしな」
そう言った。
さらにホッグスから説明があった。これらの装備はグローバルイーグルのキャリアーに積み込むので、ブラックエッグ突入前に身につけるとのこと。そして、対ヌルチート用音波発生器もまた、10個積まれるとのこと。
「よし、それじゃアラモスさん、アレクシス、みんな。乗り込もう」
皇太子がそう言った時だった。
飛行場(と呼ぶべきか?)の敷地、その出入り口の方から、帝国の大臣の格好をした男たちが数人、血相を変えて走ってきた。彼らは俺たちのところまでやってくると、
「皇太子殿下、なりませぬ! 魔女様と戦いにゆくなどそのような危険なことはおやめください!」
「何言ってんだ、親父の魂が盗まれちまったんだぞ。俺がいかなくて誰がいくんだよ」
「お言葉ながら、だからこそでございます! 今帝国では……」
大臣は声をひそめ、
「皇帝陛下がご不在なのです……! そのような時に殿下までが帝都を離れられては……ましてや殿下の御身に万が一のことあれば……」
「この俺に万が一なんかあるわけねえだろ! それにアラモスさんたちもいる。すぐに片付けてやる!」
「な、なりませぬ! なにとぞ思いとどまられるよう……!」
皇太子はその声を無視し、グローバルイーグルとキャリアーの方へ歩き出そうとした。
だが、
「あっ、あのっ!」
声をあげた者があった。
そちらを見やると、アリスだった。
「えっとぉ……グローバルイーグル、なんすけどね? やっぱ召喚獣だから、頑丈さにちょーっと問題がありましてぇ……。だからその、なんつーか……もし空中で攻撃を受けちゃったら、グローバルイーグルはソッコーで死ぬかもなんで……」
「何が言いてえんだ」
「いえ殿下! その者の申すとおりでございますぞ! あのような高いところから落ちてしまえば殿下のお命が……」
「ああ⁉︎ そんなのアラモスさんたちだって同じだろうが! 国の一大事を他人任せにして、俺だけ休んでるわけにゃ……!」
だがそれでもアリスは言った。
「あ、あ、あのですね? ハルっちは……落っこちても死なないんでぇ……」
皇太子はハルを見やった。ハルはうなずいている。
俺は言った。
「殿下。俺たちは高所から落ちてもダメージをなくせるスキルがあるんだ。だから俺たちは問題ないが……」
「けどよ……じゃあラリアさんや少佐はどうなんだ」
ホッグスが答えた。
「畏れながら殿下、発言させていただきます。私もブラックエッグのことは我々に任せていただき、殿下には帝国の政務にご注力いただくのがよろしいかと存じます」
「少佐……」
「殿下。私は軍人です。帝国のために死ぬ覚悟はいつでもできております」
「けど、ラリアさんは」
こちらを振り向いた皇太子。
ラリアは答えた。
「おそれながらボクはマスターといくです。魔女をこらしめるでありますですよ。おそれながらマスターと一緒ならボクもだいじょぶなのでおそれながらございますです」
黙り込んだ皇太子。
アレクシスも言った。
「殿下……私もその方がよろしいかと」
「アレクシス……」
「陛下の魂は必ずや私が取り返してごらんにいれます。殿下は地上のことを」
皇太子はそれでもしばらくの間、逡巡しているような素振りを見せていた。だがアレクシスが見つめる視線を受け、意を決したように、俺たち転生者の前でひざまずいた。
「……すまない! 親父……オルタネティカ帝国皇帝のこと、お任せする! なんとか取り返してきてくれ……!」
大臣たちがオロオロするなか、俺たちはうなずいた。スピットファイアが皇太子に対して何か調子のいいことを言っていた気もするがいつものことなのでそれは聞き流した。
魔法銃と音波発生器がキャリアーへ運ばれていく。
出陣の時だった。
俺たち転生者、ラリアとホッグス、それとエルフもキャリアーへと向かう。
「ね、ねえハルっち!」
アリスが呼び止める声が聞こえた。
そちらを振り返ると、ハルも足を止めて振り返っている。
「あ、あのねっ? 魔力供給獣は、ライフルだけじゃなく普通の詠唱魔法にも使えるからね! もしヌルチートにスキルを封じられても……」
「……わかった。魔法だけは使えるもんな。知ってる」
「うん……」
「冒険者学校で身につけた早口言葉が役に立つ時がきたね」
「……ごめんね」
「何が」
「怒ってるんじゃん? あーしのこと……」
ハルがチラリとこっちを見た。それからすぐに向き直り、
「父さんと母さんが連れていかれたんだ……ナヤートちゃんも」
「……うん」
「魔力供給獣がきっと役に立ってくれる。ありがとう」
「あ、あのっ……」
「お互い様さ」
「えっ……?」
「あの頃の俺はクズだった。おまえとロスさんはそれをよく知ってる」
「……」
「父さんと母さんには迷惑をかけてきた。取り返すチャンスだ。音波発生器、使いこなしてみせるよ」
「あ……」
ハルは踵を返すとこちらの方、キャリアーの方へ歩き出した。
アリスは立ち尽くしていたが、俺ももういくことにした。




