第311話 一夜明けて
「それで、エルフ様。親父は……皇帝はいったいどうなっちまったんだ……?」
ヤマト皇太子がエルフにそう尋ねた時、俺は窓の外に目をやって隣りの塔を見ていた。
あのヌルチートの大群が現れた大騒ぎから一夜明け、オルタネティカの城、皇帝の居室に俺たちはいた。
俺、アレクシス、ハル、魔王バルバロッサ、マジノ、そして妖精王スピットファイア。昨日連れ去られることのなかった転生者全員だ。
ラリアは相変わらず俺の左腕に。ホッグス少佐も同席していた。魔王の側近であるヴィエラ、リリアンヌ、メリナは特別に入城を許され、今は別室に待機している。
朝の光が差し込む室内に俺は視線を戻した。
エルフが皇帝のベッドの脇に座っていた。皇太子はその後ろ。
エルフはしばし、ベッドに仰向けに寝転んだオルタネティカ皇帝の、顔の前で手を振ったりしていた。
だが皇帝は相変わらず無反応。焦点の合わない目を見開いたまま、まばたきもしない。
その手を引っ込めると、エルフは言った。
「言いにくいことだけど死んでるわね、この人」
「バカな!」皇太子が言った。「こうして目を開けてるじゃねえか! 話もできるんだぜ! 反応がおかしいってだけで……」
「でもねー……まあそういうことなのよ。どう説明すればいいか知らん」
すると、皇太子がやにわにひざまずいた。
「エルフ様、頼む! 親父を助けてくれ!」
エルフはその姿を横目に見つつ、どことなく困ったような顔をしていた。
彼女は、死んだ、と言ったのだ。死んだ者を生き返らせろと言われれば、たしかにそんな顔もしたくなるかも知れない。
だがここで、スピットファイアが唐突に口を開いた。奴はさっきから魔王の広い肩の上に座っていたが、
「死ンだも何も、皇帝はンプクに戻っただけなンだぜ。手のほどこしようがないぜよ。もともと最初から、貴様らンプクはこンな感じのキャラだったンだ。受け入れろよガハハハハ」
魔王は肩にとまっていたスピットファイアをむんずと掴むと、俺の帽子を持ち上げて中に放り込んだ。そしてまた帽子を俺にかぶせる。
頭の上で何かもがもが言っているのが聞こえたが、俺も帽子を押さえて閉じ込めておいた。
「ねーねー、何? ンプクって」
やはりというか、エルフが反応を示した。
「最初っからこんな感じって、どういうこと? キャラ?」
俺たち転生者は、無言で互いの顔を見合わせた。
彼女に説明すべきかどうかということだった。
この世界はヴァルハライザーという人工頭脳が創り出した仮想の世界で、全ての人間が、エルフ自身も、ただのゲームのキャラクターにすぎないということを。
俺たちはそれを説明することを、自分以外の誰かがやってくれるんじゃあないかと顔を見合わせあっていたのだ。スピットファイアは適任かも知れない。だが頭の上の妖精王はデリカシーというものがない。
魔王が一歩、前に進み出た。
ヴァルハライザーの研究開発にたずさわっていたアカツキ社、その元最高責任者として、説明責任を果たすべく自分が先陣を切ろうとしたのだろうか。
だがそれより早くエルフがため息をついた。
「まあ別にいいけど。何とかすることは、まあできるっちゃあできるかも知れないわね」
その口ぶりは何でもないことについて口にするような調子だった。朝飯前、いや冷蔵庫の中の残り物で朝飯を作れるかと訊かれた時の答え方のようだった。
先ほどまで床を見つめて唇を噛んでいた皇太子がはっとしたように顔を上げ、
「な、治るのか、親父は⁉︎」
「たぶんね。絶対ではないけど」
「エルフ様、言ってくれ。何が必要だ? 親父を助けてくれるなら何でもする!」
「ん? 今何でもって……」
エルフはそう言いながらなぜか俺の方を見た。
そうやって、まるで舐め回すように俺を眺めていて、俺は何となく背筋に悪寒が走ったが……やがて彼女は皇太子に向き直り、言った。
「それでは私の願いを聞いてもらいましょう」
「何なりと!」
「朝ご飯食べたいわ。ちょっとなんか作ってくれないか知らん?」
それからエルフが食事を終えるまで俺たちは待たされることになった。
彼女はかなりの量を食べているらしく、城の召使いたちがワゴン車に積んだ料理をひっきりなしに食堂へ運び込んでいる。
皇太子はそれに付き合っていたので、俺たち転生者はその間城の客間の1室に案内され、そこで待つことにした。
客間の窓からは帝都が見下ろせた。オレンジに統一された屋根が並ぶ区画はシビリアン区だろう。街の左の方にいくにつれて建物がまばらになっていく。まばらな地域には、大きな倉庫のような、平べったい建物があるのも見えた。
「スピットファイア君。ああいう言い方はないんじゃないですか?」
声に振り返ると、ソファに座ったアレクシスが、テーブルに寝転んでいるスピットファイアにお説教をしているところだった。
「そうは言われてもね。事実は事実なわけでね。感情をまじえて遠回しな話をしている余裕は我々にはないわけでね」
「余裕がないのは同意しますが……」
アレクシスと魔王、それとマジノはソファに座っていた。ヴィエラたち側近も、魔王の後ろに控えている。ホッグスは少し仕事があると言ってこの場にはこなかったが。
少し離れたところでは、ハルがせわしなく歩き回っていて、こう言った。
「あ、あのっ! 余裕がないとか言いながらどうしてこうしてるんですか⁉︎ みんなさらわれちゃったんですよ⁉︎父さんと母さんも……ナヤートちゃんだって! 今頃どうなってるか……! 何でみんなそんなに落ち着いてるんです⁉︎」
アレクシスが言った。
「お気持ちはわかりますが……しかし、エルフさんのお話を聞かないことには……」
「何を聞くって言うんですか⁉︎ みんなブラックエッグってとこにさらわれたんでしょ⁉︎ だったら早くそこにいって、みんなを助けなきゃっ!」
俺はハルに呼びかけた。
こっちを向いた彼に手招きする。そうして窓の外の、倉庫めいた平べったい建物を指差した。
「ハル。あそこにホッグス少佐がいった」
「え……それが?」
「あそこでグローバルイーグルが作られているそうだ」
俺がそう言うと、隣りに立ったハルもこちらを向いた。
「グローバルイーグルって……アリスが使ってた、大きな鳥の召喚獣ですか……?」
「そうだ。少佐から聞いたんだが、帝国では軍事用のグローバルイーグルの研究をアリスに命じていたそうだ」
俺はそこで少し魔王を振り返るようにしつつ、
「魔族との決戦に使いたかったそうだが結局は間に合わなかったそうでな。だがいちおう製造は続けている」
「あの……それが、あの……」
「皇太子の指示だ。グローバルイーグルでブラックエッグまでいく」
俺がそう言うとハルはもう1度外を見た。
俺は言った。
「今進捗具合を少佐が確認しにいった」
ハルがそのまま平たい建物を見続けていたので、俺はソファの方へいった。
そうして座ったままの転生者たちを見下ろしつつ、
「それで? アレクシスと魔王さんは神殿へいって聖典とやらを読んできたそうだが、何が書いてあったんだろう?」
昨日、アレクシスと魔王、スピットファイアとウォッチタワーは、世界の終わりとやらについて調べるために神殿へいったのだった。
ひょっとしたら聖典を見る前にヌルチートの攻撃が始まっていたかも知れないとは少し思った。だが寝転んでいたスピットファイアがガバと跳ね起き、
「それよ黒帽子。妙なことだったぜよ!」
「何がだろう?」
「聖典が2冊あったンよ。なあ?」
スピットファイアはアレクシスに水を向けた。
「そうです。以前神殿へいった際には1冊だけ見せてもらったんですが、昨日、神官長がもっと古い本を見せてくれて」
「古い本?」
「はい。かなり古い時代から神殿に保管されていたもので、ボロボロだったんですが……神官長が言うにはまったく読むことのできない言語で書かれていて、だから保管したままになっていたものだそうで。チレムソー語ではなく古代語で書かれた聖典ではないかと話していたんですけど……」
アレクシスはそこで言葉を切った。
そして魔王の方を見ている。魔王もまた、アレクシスを険しい表情で見返していた。
スピットファイアも何も言わない。そうやって3人して黙っているので、俺から尋ねた。
「……ひょっとして読めなかったのか? スピットファイアはどの言語でも読めると昨日言っていたはずだが」
「いいえ」アレクシスが言った。「読めました」
「じゃあ……」
「それがなあ、ロス」魔王が言った。「読めはしたんだが……我輩やアレクシスさん、ウォッチタワー君にも読めたのだ」
「うん?」
やはりアレクシスと魔王は顔を見合わせている。
後ろの方で足音がした。ハルもこちらへ歩いてきたのだろう。
やがて魔王が俺を見て、
「……その古代語な。要は日本語だった。ひらがなとカタカナと漢字」
「……何だと?」
「……古い方の聖典は、ただのありふれたノートだった。この異世界の本じゃない、日本の文房具屋で売ってるような、普通のやつだったんだ」
そして魔王はテーブルの上のスピットファイアを見下ろす。
「……火奈太君が持っていた、ゲーム設定の覚え書きだった。火奈太君の字だったよ」
関係ないんですがフルアーマー魔法使いという短編を書いてみました!
よければお読みください。




