第310話 ウィッチクラフト
バギーはすでにノーブレス区へと入っていた。
他の地域と比べ道中ではヌルチートの攻撃はなかった。
そのおかげでたやすくアリー家まではたどり着けた。
だがそのアリー家は戦争状態だった。
帝国兵たちが、白銀の鎧を着た女性騎士たちと争っている。
「第2騎士団です!」
「ヌルチートは一般兵士の方についてるな、スピットファイア、隠れろ!」
スピットファイアを帽子の中へ放り込んだ。
正門の近くには、第2騎士団長ツェモイの部下であるミーシャの姿が。兵士と鍔迫り合いしている。
バックミラーに何かがチラリと映った。ヤマト皇太子がサーベルを手にキャンピングカーから飛び降りた姿だった。
俺はバギーを停止しかけたが、
「アラモスさん、ここは俺に任せろ! あんたは中へ!」
開けっ放しの正門から突入し、本邸前の庭から右へ曲がり別邸へ。
別邸は、壁の一部が破壊されていた。
窓ガラスも割れている。
屋敷の前には今度はでかいカブトムシがいた。
そいつと何者かが、輝く長大な剣を振り回して戦っている。
ツェモイ団長だ。
周囲には彼女の部下たちもいるがみな倒れているか、膝をついている。
ツェモイの鎧もかなりダメージを受けているようで、ところどころへこんで見えた。
カブトムシは別邸の玄関を通せんぼするように立ちはだかっていた。
ツェモイの《ライトソード》はカブトムシを捉えてはいるが、簡易的な《ドラゴンウォール》に阻まれているため刃が立っていない。
《アレクシスはウェポン・ミュージアムを発動しています》
バギーで走り寄るさなかアレクシスがスキルを発動。
カブトムシの内部から突然、ハリネズミのように無数の棘が噴射された。
ドリフトしつつ停車してよく見てみると、カブトムシから飛び出したのは銃剣付きのライフルだった。カブトムシはぐちゃぐちゃに斬り刻まれて死んだのか、姿が消えていく。それと同時にライフルも。
アレクシスが車を降り、膝をついたツェモイに駆け寄っていく。俺もそれに続いた。
「団長! 大丈夫ですか⁉︎」
「め、面目ない……アレックス様、実はご両親が……!」
「……? 私の、ですか?」
「そうです、中に……!」
そこまで言ってツェモイが咳き込んだ。血が混じっていた。
振り返るとマジノとアリス、ホッグスが車を降りてきたところだった。
俺はマジノにツェモイのことを頼むと言い置いて、ラリア、ホッグスと共に別邸へ突っ込む。後ろにはアレクシスとアリスも続いた。
玄関から踏み込んだロビーはだいぶ荒れていた。やはりここでも戦闘があったのだ。
2階からドタバタと暴れる音がするので、階段で上る。
階段を登りきったところから廊下がみっつにわかれるのだが、そこでオニヤンマ顔の虫人間が3匹、右側の廊下から襲撃してきた。
俺とアレクシスはそれらを難なく殴り殺した。その間、アリスが左側の廊下へ走っていく。
そちらが騒ぎの起こっている方向だった。アリスが寝室の1室へ飛び込んでいく。
「あっ、ハルっち!」
「えっ、あっ、アリス⁉︎ 何でここに……あっ、まさかおまえまた……⁉︎」
「いや、ちちち、ちが、違くて……!」
俺とアレクシスも寝室に踏み込んだ。
アレクシスが叫んだ。
「お、お父様、お母様っ⁉︎」
寝室の中では、背中にヌルチートを背負ったアリー家当主とその夫人が、クローゼットに隠れようとしていたらしいハルを引っ張りださんとしている最中だった。
アリスはすぐさま音波発生器のハンドルを回した。
ラリアとホッグスの出番はなかった。俺とアレクシスで、それぞれアリー夫妻のヌルチートを引っぺがす。
「お父様、お母様、しっかり! 私がわかりますか⁉︎」
床に座り込み呆然とした様子のアリー夫妻を、アレクシスが揺さぶっている。
俺はそれを横目に見つつ、クローゼットから這い出してきたハルに尋ねた。
「トンプソンはどうした? 屋敷にいるのか?」
「あっ、いやそれが……父さんと母さんが連れていかれて……!」
「グスタフか」
「はい……あっ、どうしてそれを……?」
「グスタフがアンダードッグ区までアールフォーさんを担いでやってきたんだ。取り逃がしてしまった。すまない」
俺がそう言うと、ハルは頭をかきむしった。
「くそ……っ! ナヤートちゃんも連れていかれたんです! 早く追わなきゃ!」
そうして部屋を飛び出していった。
部屋の外の廊下からはちょうどマジノとツェモイがやってくるところだった。ツェモイは先ほどとうって変わって元気そうに見えたが、マジノの手にリンゴがあるのを見て察した。《ザ・サバイバー》か。
「お、おいハル君、待てよ!」
「いかなきゃ……父さんと母さん、それにナヤートちゃんが……!」
どこへ連れていかれたかも知らないだろうに廊下を突っ走っていくハルをマジノが追っていく。
ふと、俺の隣りにいたアリスが目に入った。彼女はハルの後ろ姿を見送りつつ首をかしげている。
「ねえ、どったの? ハルっちのお父さんとお母さんって……サッカレーにいるんじゃないの? あーし会ったこともあるけど……」
「そっちの方じゃない。もうひとつの家族さ」
「えっ、それって……」
俺はそれには答えず部屋の入り口を向き、そこにいたツェモイに尋ねる。
「虫人間はこれだけか? 他には……」
「今騎士団にチェックさせている」
俺はうなずいて、闇雲に飛び出したハルを追うか俺も屋敷のクリアリングに付き合うかちょっと考えた。
だが廊下の向こうで魔王とその側近たちが、各部屋を覗いたりしている姿が見えた。
ハルを先にしよう。そうしてアレクシスのことをツェモイとアリスに頼もうとした時だった。
「お母様……しっかりして……! 冗談はよして! ねえ!」
当のアレクシスが何か大声を出していた。
そちらを見やると、アレクシスがアリー夫人の肩を激しく揺さぶっている。
アリー夫人は、なぜかずっと微笑んだ表情のままだった。目の前にいるアレクシスに焦点が合っているようにも見えない。
「ねえお母様……」
「アレクシス。すっかり皇太子殿下にふさわしい淑女となりましたね」
「お母様、あの……」
「アレクシス、すっかり皇太子殿下にふさわしい淑女となりましたね」
「いい加減にしてください! もっとちゃんと喋って!」
「アレクシス、すっかり皇太子殿下にふさわしい淑女となりましたね」
アレクシスは夫人の前に座り込んだまま、もうそれ以上何か語りかけることはしなかった。
その隣りでは、やはりアレクシスの父が、焦点の合わない目をして微笑んでいた。
俺はアレクシスを魔王たちに任せて、ラリア、そしてツェモイと共に別邸の玄関を出た。ホッグスもすでにディフォルメを解除して、同じく外に。
庭には頭を抱えてうずくまるハルの背中をさすっているマジノがいる。
戦闘はどうやら収束したらしく、遠く本館の方向からヤマト皇太子が女性騎士ふたりに守られ歩いてくる姿も小さく見えた。
ホッグスが言った。
「ツェモイ団長。こういう時に備えてここにはヌルチート用の音波発生器を置いていたはずでは?」
「それが……屋敷の外の兵士のほとんどがいつの間にかヌルチートに取り憑かれていて、一斉に押し寄せてきたのだ。第2騎士団とヌルチートのいない兵士とで対応しようとしたが、そこへ急に虫がきて……」
「あの大きなやつであるな」
「音波発生器は壊されていた。騒ぎが起きる直前グスタフ殿が別邸に入っていったのは見たが……」
「あの男もヌルチートの虜であった」
「うむ……せっかく護衛についていたのに……我々の力不足だった。ロス殿、本当にすまない……」
俺はツェモイを見やった。
鎧の腹部辺りがわれていた。先ほどの吐血はそれが原因だったのだろう。今はその傷もふさがったようだが、かなりの死闘だったはずだ。
俺は言った。
「気にするな。俺のミスだ」
「バカな……ここの護衛を任されていたのは私……」
「いいんだ」
遮って、こちらの方へ走ってくるヤマト皇太子に目をやった。
そちらを見たことに特に意味はない。
だが皇太子がやってきたので、アレクシスの両親が皇帝と同じ状態になったと伝えると、彼は別邸の中へ飛び込んでいった。
ハルが庭の芝生を掴んで何事か呻いていた。その後ろに、いつの間にかアリスが立っていて、彼の肩に触れようとしてやはりやめるということを繰り返している。
俺はラリアに左腕から降りてもらい、ホッグスとツェモイと一緒にいるよう言い置くと、ポケットからタバコを取り出した。
別邸の玄関左は屋根付きのポーチになっていた。俺はタバコに火をつけつつそこへいき、置いてあった揺り椅子の前に何となく立つ。
誰かのせいにしたかったが自分の顔しか思い浮かばなかった。
この状況で帝都のど真ん中にいた聖女がいにしえの魔女でしたなど誰に想像できただろう?
想像しうる立場にいたのは俺か、せいぜいアレクシスだけではなかったのか。
魔女はずっと知っていたのだ。
俺たち転生者がこの別邸に集まっていたことも。
そしてひょっとしたら、ロス・アラモスが集中力のないうぬぼれ屋で、ヌルチートなんてどうせ弾切れだろうと無意識に思い上がっていたことも。
スピットファイアが帽子を持ち上げて呟いた。
「……なンなンだろうな? あのおっさンとおばさンのンプク……なンで急にバグったンだ……?」
俺は何の答えも思いつかなかったので、タバコの煙を吸い込んで、吐くと、それから揺り椅子を思い切り蹴飛ばしてブッ壊した。
いつもご愛読ありがとうございます。
今後ともヌルチートをよろしくお願いします!




