第308話 暴走せよ! ロス・アラモス! その2
宙をカッ飛んで対岸へ到達したゴーストバギー。エルフの風魔法により、特に激しい衝撃もなくふわりと着地。場所は街路樹の並ぶ広い歩道。俺はその勢いのまま車道へ車を入れた。
車は後部を橋の方へ向けた形となった。橋の手前では帝国の兵たちが封鎖を行なっていたはずだが……。
バックミラーを覗くと橋が見えている。そこに詰めていた衛兵たちが何人も、こちらへ向けて走ってきていた。
その肩越しにヌルチートの顔。
辺りを見渡せば歩道を歩いている通行人もヌルチートに取り憑かれ、バギーめがけて走ってくる。
「何匹いるのであるか⁉︎ まさか帝都中が……!」
「ちっ!」
俺はアクセルを踏み込みバギーを走らせることにした。
道ゆく馬車の、御者の背中にもヌルチート。車をこちらに体当たりさせてこようとするのを避けながら走る。そのため後部のキャンピングカーをかなり振り回してしまっているが、アリスが舌を噛んでなきゃいいが。
「むむ……どうすべきか……もし被害が帝都中に広がっとるとしたら……」
「少佐、ドラゴンの卵はどこへ運ぶ予定だった?」
「む⁉︎ フリー地区の大通りを通ってそのまま東門から帝都の外へ……それが?」
「ルートを教えてくれ! パンジャンドラムとマジノが襲われたはずなんだ、どうなったか……」
「そ、そうであるな! まずそこの角を左である!」
バギーは川沿いの道を走っていたが、ホッグスが指した建物の間へ鼻先を突っ込む。後ろで大きな音がしたのでミラーで確認すると、後ろから追跡してきていた馬車が1台、曲がりきれずに壁に激突していた。
それからホッグスの指示に従い路地を走る。
走行音のためか建物の2階や3階から顔を出すフリー地区住民が見えたが、彼らの背にはヌルチートはない。憑かれている者は転生者を求めて路上に出払ったということか?
大通りへ出た。
両側の歩道に街灯がともっていた。
4車線の道路上、バギーめがけて突撃を仕掛けてくる馬車や衛兵の馬を避けながら疾走する。
「ロス! あれである!」
前方に、長い槍を持った帝国兵が列をなして左側の道路を占有しているのが見えた。
ドラゴンの卵運搬のための帝国兵だ。
その近くには黒い半円の物体が多数転がっている。あれはヌルチートの卵だ。
それだけではなく、兵たちの頭上ではオニヤンマの虫人間が数匹飛んでいる。襲撃はここで行なわれたと判断した。
「ねえ、なんかもみくちゃにされてる人いるわよ?」
エルフが前方の歩道を指差しながらそう呟いた。
見やってみればたしかに、歩道の上に太り気味のおばさんたちが複数いて、それに追い回されている男がいる。
「マスター、マジノおにーさんです!」
ラリアの言うとおりマジノだ。
彼は衣服をビリビリに破かれながらも、なんとか抵抗しようとしていた。
「降りて助けるしかないな……みんな、力を貸してくれ!」
1度加速したあと、帝国兵の列の前で、バギーの左側面を向こうへ向ける形でドリフトし停車。止まると同時にエルフが飛び出した。
《ミステリアス・エルフは剣鬼・カッサツジザイのスキルを発動しています》
俺も運転席からラリアとホッグスと共に降りる。まずバギーの天井越しにホッグスを投擲。
《クーコ少佐は色即是空を発動しています》
ホッグスの炎のジャイロがバギーの真上で回転している間、
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
さらにラリアも投擲した。
俺はヌルチートの憑いた兵をラリアとホッグスに、オニヤンマ人間をエルフに任せようと思い、マジノを助けようとしたが……。
「ヒャッハァー! 転生者よー!」
「うわー、もう勘弁してくれぇー!!!」
……エルフはオニヤンマそっちのけでマジノに群がるおばさんたちを昏倒させると、自分がマジノを取り押さえようとしていた。
俺はそんなエルフに肩パンしてオニヤンマを指差す。彼女はふくれっ面をしながらもそっちへ向かっていった。
「マジノ、大丈夫か? カウンセリングは必要か?」
「あっロスさん……きてくれたのか!」
「パンジャンドラムはどこだ? 一緒だったはず」
「それが……虫と、隊列の中の女性兵士に連れていかれちまった! 空を飛ばれて……それに」
「アールフォーさんだな? さっき見たよ」
「グスタフの野郎が……え、見たってことはアールフォーさんは助かったんだな⁉︎」
「いや。グスタフと魔女に連れ去られてしまった」
「なんだって⁉︎ 魔女……えっ⁉︎」
バギーを見やると、キャンピングカーからアリスと衛兵がヨロヨロと降りてきていた。
どうやら酔ったらしい。それでも衛兵たちは帝国兵の列へ向かっていって、ホッグスの《色即是空》で棒立ちになった者の背中からヌルチートを引き剥がしにかかった。
アリスは魔法銃をオニヤンマに向けようとしていたが、具合が悪いためか銃口が揺れていた。諦めたのか銃はしまって音波発生器のハンドルを回し始めた。
それでも、大通りには次々とヌルチートに憑かれた者があふれていく。
「ロスさん、どんどん集まってくるぜ! この街はどうなっちまったんだ⁉︎」
「たしかにキリがないな……神殿へいったアレクシスたちもこのぶんじゃ……」
すると、ちょうど指からビームのような光線を出してオニヤンマの1匹を撃墜したエルフが叫んだ。
「ロス、まだどこかに転生者がいるの⁉︎」
「ご想像にお任せする」
「じゃあそっちにいって。ここは私が引き受けたわ!」
「すごい数だぞ、大丈夫なのか⁉︎」
「ヤモリを剥がした兵士がこっちにつくわよ。まあ別にひとりだけでもどうにでもなるけど」
たしかに乱戦のなかを見やってみれば、ヌルチートを剥がされた帝国兵たちは衛兵に諭されて、これまた他のヌルチートを剥がす作業に取りかかっていた。
「ラリア、少佐、車に乗れ! 神殿へいく! アリスとマジノはキャンピングカーに!」
「よ、よし!」
「え、マジ勘弁……また乗るの、あれに……⁉︎」
アリスが何かブツクサ言っていたがマジノにうながされて後部車両へ。回転をやめたホッグスと、戻ってきたラリアもバギーに乗り込む。
俺も運転席へ……その前に、
「エルフ、無理はするなよ!」
「最初っからするつもりはないわよ〜」
鼻歌まじりの返事が返ってきたので、席に滑り込んで車を出した。
それからの道中もまだまだバギーへ追いすがろうとする人々の姿は絶えなかったが、深刻と言える妨害は起こらず、俺たちは難なく神殿の前の大階段へとたどり着いた。
だがその大階段前の広場の様子がおかしかった。
「む、近衛兵がたくさんいるのであるな……?」
ホッグスの言うとおり、白銀に金色の装飾が映える荘厳な鎧を着ている者たちがいる。アレクシスと共に神殿へおもむいたヤマト皇太子の護衛だ。
俺は少し、皇太子にまたヌルチートが憑いていたら厄介なことになるのではないかという思いが頭をよぎった。
皇太子は《剣聖》の位に達した手強い男なのだ。
だがその考えはすぐに打ち消した。
ラリアだけなら危険だったろうが、今は遠距離からヌルチートを無効化できるホッグスがいる。それにアリスもだ。前回とてアリスの音波発生器によって皇太子の熱烈な求愛から逃れることができたのだ。
念のため、バギーの速度を落としゆっくりと大階段前へ近づくことにしたが……。
「妙であるな? 近衛兵の方々の背中にはヌルチートがいないのである」
近衛兵はみな、大階段の方を見上げていた。そのため背中が丸見えだったが、ひとりとしてヌルチートを背負っている者はいない。
代わりに、彼らの周囲には虫人間の死体が無数に転がっている。
「彼らは何を見ているんだろう? あんなところに立ち止まって……」
近衛兵たちは俺たちのバギーが近づいてくるのにも気づいていないようだった。
大階段の両サイドは林に囲まれていて、階段に向かって右側から接近していく俺の位置からは階段の様子は見えない。
少し離れたところで車を止めてみた。そこでやっと近衛兵のひとりが気づいたようで、こちらを指差しつつ仲間に知らせている。
俺はラリアとホッグスに警戒するよう言っておいて、ふたりを抱えて運転席を降りた。
こちらに、近衛兵がひとりだけで走ってくる。残りは槍……というかハルバードを階段の上へ向けたまま。
「アラモス殿! 大変だ、巨大な虫が出てきて、アレックス様が……」
「何?」
「アレックス様が神殿にいるのだ! だが階段にモンスターがいて、皇太子殿下が……!」
俺はそこまで聞いて走り出した。
階段の下にたどり着くと近衛兵たちが道をよけてくれた。
近衛兵たちの中心から声が聞こえる。
「殿下、お下がりください! 危険です!」
「バカ言えアレックスが上にいるんだぞ! あんな化け物ごときにナメられてる場合か!」
「しかしお怪我を……!」
兵の囲みが開けた時、言い争う皇太子の姿が目に入った。
彼はサーベルを手にしていたが、ズボンの裾が破れ、血を流していた。
俺は言った。
「殿下」
「あっ、アラモスさん! 無事だったか!」
「何があったんだろう? その怪我は?」
「あれだよ……あの忌々しいクソが……」
皇太子は階段の上を指差す。
そちらへ目を向けてみると、階段の中腹に、全長10メートルぐらいはありそうなどでかいクワガタ虫が、長い顎をガチガチ鳴らしながらこちらを見下ろしていた。




