第307話 暴走せよ! ロス・アラモス!
「ちっ、逃げられちゃったわ!」
「今のは何だ⁉︎」
「転移魔法陣よ! 別の場所にも同じ魔法陣が描いてあって、そこに空間移動できる!」
俺とエルフは、魔女とグスタフ、そして気絶している様子だったアールフォーさんが消えた魔法陣を見やった。
たしかに土を棒でほじくって描かれた、円の中に幾何学模様の図形がそこにある。
「どこへ逃げたんだろう?」
「わからない……移動先の魔法陣がどこにあるのかなんて知ってるのは本人だけ……」
俺は無意味だとは思いつつ周囲を見回す。
辺りにはアンダードッグ区の古ぼけた建物があるだけ。アリスやホッグス少佐たちが街の住民と争っている音が響き渡っている。わざわざそんな魔術を使うぐらいだから近くに逃げているわけはない。
「その転移魔法とかいうもの、かなり遠くまでいけるのか?」
「そうね、そんなに距離に制限はないけど……」
では絶望的じゃないか。
その転移先が帝都の中なのか、外なのか。あるいはガスンバに魔女の遺跡があったように、オルタネティカ帝国の外に出てしまったのかも知れない。
「待って! この図柄……」
エルフは魔法陣の上にしゃがみ込んだ。そうして図柄を指で差し示した。
大きな円の中に、ふたつの円と、ふたつの四角形が、十字状に配置されている。他にも細々とした図柄はあるが、大雑把に言ってしまえばだいたいそういうデザインだった。
「……簡易版だわ。さすがに急いで描くならこれが限界か」
「何だろう、簡易版とは」
「転移魔法陣は他の図柄の魔法陣がある場所にも自在に転移できるの。でもこれは簡易版よ。あらかじめ事前に選択しておいた特定の魔法陣にだけ移動することができる」
「つまりそこはどこだろう」
「うーん……こういうのはたいてい、自分が一番帰りたい場所……まあだいたい自宅とかに設定しがちだけど……」
俺は魔女が消える寸前の様子を思い出す。
奴は俺やエルフが迫るなか、なぜか上の方を見上げていた。
俺は空を振り仰いだ。
日が沈み、黄昏の赤い空は藍色に変わりつつある。
その中に黒い点が浮いているのが見えた。
ブラックエッグだ。
俺はブラックエッグを指差しながら言った。
「その魔法陣、あそこまで移動できるのか?」
「どれ? あ……ブラックエッグ?」
「奴は消える前あれを見ていた」
「まあ可能ね、距離は関係ないわ」
「君は前に言っていただろう、あれは魔女の、三賢者の城だと」
エルフは空のブラックエッグを見つめ、少しの間黙り込んだ。
それから言った。
「…………そうね。古代の城のはずだけど、魔女はここにいた。あの女の人が魔女でたぶん間違いないはず」
俺は言った。
「この魔法陣動かせるか?」
「えっ、どうする気?」
「奴を追う。仲間が連れ去られたんだ」
「あのエルフの女性? まーロスったら私がいない間にノーマルエルフなんぞと浮気なんか!」
「ハルの母親なんだ」
エルフが瞳を見開いた時、さすがにしまったと思った。
これではアールフォーさんが転生者だと白状してしまったようなものだ。
エルフはハル・ノートとガスンバで会っている。彼が転生者であることも知っている。
そしてハルは、エルフ族ではないのだ。
当のミステリアスなエルフの方は、しばらくぽかんとした顔で俺を見つめていたが、その表情がゆっくりとにんまりしたものへと変わっていく。
「ふぅ〜〜〜ん! へぇ〜〜! あの人も転生者! なぁ〜るほどぉ〜……」
「……待て。あの人は君も見たとおり女性だぞ。君も女性だ」
「重要な点とは言えないわねぇ〜〜」
エルフはにちゃついた、結構気持ち悪い表情でにまにま笑っていた。俺がちょっと何と言うべきか考えていた時。
「ロスくーん! 手伝ってよー!」
「ロス、力が切れたのである!」
振り返ると、アリスとホッグス、そして正気を取り戻した数人の衛兵がこちらへ後退してくる。ヌルチートを落とされたなかには街の住人もいるが、その人々は衛兵が避難するよう叫んでいる。
そして、ヌルチートを背負った住民の数自体は増えていた。
まるでゾンビ映画もかくやという風情で、通りを集団となってこちらへ迫ってきている。
エルフと、俺の左腕に掴まるラリアが言った。
「ロス、どうする?」
「マスター、全員片付けるですか?」
「……構っている暇はない。アールフォーさんは今日パンジャンドラムと一緒にいたはずなんだ」
「えっ?」
俺はラリアに背中のアルマジロを降ろすように言った。
そしてアルマジロをゴーストバギーに変身させると、
「アリス、少佐! 衛兵と一緒に後ろの車両に乗ってくれ!」
俺はラリアと共に運転席へ。エルフは助手席に。
アリスと衛兵たちは言われたとおり後ろのキャンピングカーに乗り込むのがバックミラーで見えたが、まだディフォルメ状態のホッグスが窓から飛び込んできた。
「道案内が必要であろう、ロス、出せっ!」
「よし!」
俺はホッグスを助手席のエルフの膝に乗せて、それからアクセルを踏み込むと同時にクラクションを連打しながら車を走らせた。
通りにあふれていた住民たちは驚いたように跳びのき、まるでエジプトをエグゾダスするモーゼの前の海のごとく左右に割れて道ができていく。
「さっきの話だけど、あの男のノーマルエルフ、女の人しか連れてなかったわよ!」
「アールフォーさんはパンジャンドラムとあともうひとりと一緒に、エンシェントドラゴンの運搬をやってたんだ。グスタフがヌルチートを持っていて、アールフォーさんが手もなくやられたというなら、彼らはどうなったか……」
「ロス」ホッグスが言った。「さっきチラッと見たのであるが、イノシャ様のところにドラゴンの卵が運ばれとらんかったか⁉︎ あ、そこ左」
「そうだ。どうもヌルチートを持って魔女の手先にされたグスタフがやったようだ。それでアールフォーさんがさらわれた」
そうしている間も、通りのそこかしこから街の住民やら衛兵たちが現れ、バギーを止めようとしてきた。
さすがに真正面に立つ奴はいなかったが、それはそれとしてやたらと数が多い。バギーを避けながらも、すれ違いざま側面をバンバン叩いてきたり、石を投げつけたりしてくる。
「すごい数ね……これ街中敵なんじゃない……?」
「ロス、そこを曲がれば橋である!」
ホッグスの指示に従いハンドルを右へ。四隅に太い石柱を持つ建物の角を、後輪とキャンピングカーを滑らせつつ曲がる。
ホッグスの言うとおり、前方に橋と川が見えたが……。
「ぬぁん⁉︎ 何であるかあの行列は……!」
橋は人で埋め尽くされていた。
遠目に見ても全員がヌルチートを背負っているのが見える。
そういった人々によって、橋が封鎖されていた。
「まるでヌルチートのデモ行進だな。帝都の人々はよっぽどアラモス政権に不満があったらしい」
「冗談言うとる場合か! どうするのだ、まさか轢いていくだなんて言わないよな⁉︎ それとも降りて戦うか⁉︎」
橋へ向けて走ってはいるが、スピードを落としたい気分ではなかった。通りの左右にもヌルチート憑きがいて、車を止めれば取り囲まれ、ラリアやホッグスを投げるどころじゃなくなるかも知れない。
もっとも後ろのアリスの音波発生器次第ではあるが……。
「ロス、このまま走って!」エルフが言った。「あれ見て!」
エルフが前方を指差した。
橋……というより、橋のやや右手を指差している。
川への落下防止用の石の手すりがある。
そしてそこには、工事か何かの資材だろうか、乱雑に物が置かれたなかに大きな木の板があった。
その板の端っこは、手すりに乗せられ立てかけられている。
「ロス、あれでジャンプしましょう。向こうの街までひとっ飛びよ!」
たしかにジャンプ台のように見えなくもない。
「なるほど、それで飛距離が足りずに川にドボンと落ちて、あとはお魚さんに助けを求めるわけだ。少佐は泳げないんだぞ」
「大丈夫、私が風の魔法でサポートするから。いって!」
エルフは早くも両手の指をくるくる回し始めていた。
俺は言った。
「やれやれ。ラリア、舌を噛むなよ」
アクセルをベタ踏み。一気に加速。
エルフはホッグスを俺の膝の上に移動させると、窓から上半身を出し箱乗りして、雷の魔法を発射して通り沿いの住民たちを威嚇し追い払う。
カミナリ族、という言葉がふいに思い浮かんだ。
バリバリ、バリバリと音を立てて、地域住民の安眠を妨害するチーム荒喪主。それがやけっぱちな若者の群れである俺たちだ。まったくスラムにふさわしいふるまいに思えた。
エルフが車内に戻った。急速にジャンプ台が迫る。何の躊躇もなく、そこに乗り上げる。
衝撃と共に宙へと躍り出た。
間髪おかずに風魔法を発動させたらしいエルフ。俺たちを乗せたゴーストバギーは、日没の帝都の空中をやや左に傾いた状態で滑っていく。
ホッグスが俺の膝の上で、窓から下方の暗い川を覗き込んでいた。
俺の視線に気づいたのか彼女が振り向く。
俺は言った。
「今日は溺れずに向こうへいけるな」




