第306話 お邪魔虫
「少佐、しばらくの間頼む!」
「仕方ないのであるなっ!」
ホッグスを投擲。
《ホッグス少佐は色即是空を発動しています》
ディフォルメホッグスは空中に躍り上がると同時にくるくると回転を始め、炎をまとう。
こちらへ迫ってきていたヌルチート憑きたちは足を止め、ホッグスの回転する炎のジャイロをぽかんと見上げていた。蟻人間どももだ。
「アリス、音波発生器でヌルチートを! そこの衛兵にも協力してもらえ!」
地面にはヌルチートを引き剥がした衛兵が3人倒れている。気絶はさせていなかったので彼らは身を起こしていた。
アリスが彼らに蟻を先に仕留めるように言っている声を聞きながら、俺はエルフの方へと走った。
エルフは蟻に囲まれていた。彼女の剣術は圧倒的で、まるで寄せつけてはいなかったものの、とにかく蟻の数が多い。彼女も魔女を追おうとしていたがなかなかスピードが出ていなかった。
《パウンドフォーパウンドのスキルを発動しました》
蟻を殴り飛ばしつつそこへ躍り込む。
「ラリアを貸してくれ!」
「ほいきた!」
エルフは蟻の突進を斬り崩しつつ頭をぐるんと振った。その勢いに合わせてラリアはこちらへジャンプ。
キャッチすると同時に、
「いくぞーラリアーッ!」
「おーっ!」
投擲。
ラリアは空間を縦横無尽に飛び回り、その黒い爪で蟻を昏倒させていく。
俺とエルフも蟻を蹴散らして囲みを破った。
離れたところに魔女がいる。魔女はどこから取り出した物やら短い棒で、地面に何かを描いている最中だった。
すでに俺たちの前方には蟻人間の姿はない。ホッグスのスキルの効果が切れる前にキメるべきだ。奴を捕らえるべく、俺は一気に間を詰めようとした。
「ロス! 上っ!」
エルフの声。俺はとっさに頭上を振り仰ぐ。
煙というか、砂埃の塊のような巨大な物が、俺へと迫っている。
やむを得ずバックステップして躱した。砂埃は目の前の地面に直撃し、さらに砂塵を巻き上げた。
「誰だ……?」
魔法か何かによる攻撃のように思えた。蟻人間だろうか? こんな真似ができるような奴らには見えないが……。
「ロス、あそこ!」
エルフが右上の建物を指差していた。
エルフに従い俺はその方向へ顔を向けつつ、同時に魔女に近づこうと体を前に倒した。
俺たちの前ではどうせたいした障害にならないだろうとタカをくくっていたからだ。
だが。
建物の屋上に立っていた人物を視界に入れた時、俺は思わず足を止めた。
金色の髪の男。
エルフが言った。
「うーん……? 丸耳じゃない……? あの耳、エルフじゃない」
そうだ。
尖った耳の、ブロンドの色男。
エルフのグスタフだった。
ただグスタフがそこに立っているだけだったら、俺も特に何も思わなかったかも知れない。たとえそれが、これまでのトラブルの黒幕らしい魔女を眼前に追い詰めている最中で、辺りは蟻人間とヌルチートだらけで、わざわざ彼が建物のてっぺんに立っていたとしても。
だがこちらを無表情に見下ろすグスタフはひとりではなかった。
その腕の中にはアールフォーさんがいた。
「ロ、ロス……? あの女の人動いてないけど……?」
アールフォーさんはぐったりとして身じろぎもせず、グスタフに抱えられていた。
そしてそんなグスタフの背中には……ヌルチート。
「グスタフ、そこで何をしている!」
俺はそう叫んでいた。
どうでもいい質問のように思えたがそう言った。
と言うよりはわかりきったような質問と言うべきか。
グスタフは今日たしか、アリー家の別邸に残っていたはずだ。そこでハルとトンプソンと共に留守番をしていたはず。
そのグスタフがヌルチートを背負ってここにいる。
つまりヌルチートはアリー家の別邸、ノーブレス区にまで放たれたということではないのか? ではハルとトンプソンはどうなった? たしかフリー地区でもドラゴンの卵を運ぶ隊列が何者かに襲撃されたと聞いた。そこにはパンジャンドラムとマジノがいたはず。
俺は魔女を睨んだ。彼女は相変わらずせっせと地面に何か描いている。
「貴様……何をやったんだ!」
俺の問いかけに、魔女はチラリとだけこちらに顔を上げたが、すぐにまた下を向いて作業に戻った。
ラリアが飛んで、俺の左腕に戻ってきた。エネルギー切れらしい。やや後ろを振り返ってみたが、ホッグスの方も回転が弱まっている。
どこからともなく、ブゥンという音が聞こえた。
音の正体はすぐに姿を現した。
屋上に立つグスタフよりもさらに上空。
複数の羽蟻が、エンシェントドラゴンの卵を吊り上げて飛んできたのだ。
「ドラゴンの卵……!」
思わず呻いた俺のそばをかすめ、エルフが魔女へ突進。
同時にグスタフが屋上から跳び降りた。
《グスタフは魔法を使っています。ウィンドブロウ》
まただ。グスタフの放った風の拳がエルフを襲う。
俺は助走もつけず跳躍し、その風の拳に自分の拳を打ち込んで、風圧で消し飛ばした。
「魔女を頼む、捕まえろ!」
「よぉしっ!」
足を止めず走るエルフ。グスタフは地面に着地した。俺はグスタフへ向かい間合いを詰める。
何のつもりかなどとは訊くまい。背中のヤモリ、それが答えだ。あとはアールフォーさんを巻き込まずに奴をねじ伏せるだけ。
だがグスタフは戦うことはせず魔女の方へ向かった。
《グスタフは魔法を使っています。リーフカッター》
何やら緑色(たぶん植物の葉だ)が無数に現れグスタフの姿を包み込んだ。渦を巻くようにグスタフを囲んでいたが、それらが一斉に俺とエルフへ向けて飛来。
「ノーマルエルフ風情が、しゃらくさいわよ!」
《ミステリアス・エルフ魔法うわなんかめっちゃ早いわからん》
エルフの右手のレイピアが一瞬で炎に包まれた。足を止めないまま無造作に振るわれたそれは風圧なのか迫る木の葉をひと振りで払いのける。火のついた木の葉がそこら中に舞った。
俺の方は全部拳ではたき落とすことにした。グスタフの魔法は俺たちに通用しない。
だが奴はまだ木の葉を出し続けていた。
攻撃としては役に立たない。目くらましにしたいとしても、俺とエルフは足を止めるつもりはないし、第一魔女は直線の通りにいる。方向的に、見失うことなど……。
「……ロス、止まって! 風魔法よ!」
《魔女イノシャはポイズンスケールのスキルを発動しています》
目の前でエルフが急ブレーキ。俺も走るのをやめた。眼前で木の葉が舞い、その向こうで魔女が空を見上げていた。
そして魔女の周囲から毒鱗粉。それがグスタフの木の葉を操る風によって、こちらに吹き込もうとしてきていた。
「その程度の手品……!」
《ミステリ、エル、まほ》
エルフは左手のディフェンシブダガーを宙に放り投げるやいなや、そのまま左手で地面に何かを投げつける動きをした。
同時に爆発的に強風が発生。毒鱗粉を木の葉ごと、一瞬で散らしてしまった。
歯牙にもかけぬとはこのことだ。エルフはダガーをキャッチするとすぐに走り出す。
先をいくグスタフが魔女のそばに駆け寄り、アールフォーさんを抱えたままひざまずいた。
魔女はそれに気がついていないかのようにまだ空を見上げている。
俺とエルフはあとひとっ跳びで魔女に何かしらの一撃を加えられる距離。
その時。
魔女がこちらを見た。
《魔女イノシャは魔法を使っています。テレポート》
瞬間、魔女とグスタフの足元が金色に光り輝いた。
「しまった!」エルフが言った。「転移魔法陣を描いてたか!」
叫ぶと同時にダガーを投擲したエルフ。
しかし魔女とグスタフ、そしてアールフォーさんは光に包まれる。
そして一瞬にして光は消えた。あとには誰の姿もない。
エルフのダガーはその無人の空間を虚しく通りすぎた。




