第305話 包囲の貧民窟
ここへきてとうとう対面した因縁の相手に対して抱いた最初の感想は、着痩せするタイプの女というものだった。
おとなしげなシスター・イノシャだった時は細身に見えたが、今魔女として姿を現した女の胸部と臀部のサイズ、そしてくびれた腰部とのコントラストは驚異的なもののように見えた。
「イノシャ様!」衛兵のひとりが言った。「そのけしからん衣服は何事……やはり皇太子殿下やそこのアリス女史が言うとおり、魔女だったとでも……⁉︎」
「ま、まさか……三賢者の魔女なんて……伝説の存在のはず……⁉︎」
どうやら捕縛を仰せつかった衛兵たちにとっては半信半疑のミッションだったようだ。上司の命令にマニュアルどおり従っていただけで、内容についてはそこまで深く考えていなかったように見えた。
まあきっと俺が彼らの立場でもそうだったろう。
捕まえろと言われたから捕まえる。ただの仕事だ。あとのことはあとで考えたっていい。
俺はアリスに言った。
「間違いないのか? この女が?」
「そうだよ! 前に会った時もあの格好だった!」
アリスの日記では、アリスが魔女と会ったのは雨の日だったはず。魔女の格好は露出の多いスタイルだったが、寒くなかったのだろうかという思いが頭をよぎった。
ついで言うと普段から白いローブの下にあの服を着装していたのだろうか? 何のために? 趣味?
まあいい。俺は言った。
「まさかこうもあっさり姿を現わすとはな。意外だったぞ、魔女さん」
シスター・イノシャこと魔女は、エルフのレイピアに向けていた視線をこちらへ向けた。
「一緒にきてもらおうか。あんたには訊きたいことが山ほどある」
俺は1歩前に進み出て、
「抵抗するなら殴ってでも連れていく」
そう言った。ホッグスが一瞬、チラリと俺を見たのがわかった。
「これまで散々女性に暴力を振るわされてきたので今さらあんたを殴る抵抗感もない。俺がどうしてそんな男に成り下がったのか、あんたが1番よく知ってるはずだな?」
俺はこれみよがしに拳の骨をポキポキと鳴らした。
だが当の魔女は首をひねっていた。
「…………あなたは……転生者ね……? アレックス様と、一緒にいたということは……そういうことでしょう……? あなたが……義勇軍の冒険者として、皇太子殿下と共に魔族との戦争へ向かったのは知ってるわ……」
「ああ。そのために君の娘らしいロザミアが死んだ」
「……ロザミア……ああ……帝国が勝利したという報が入ったから……そういうことなのだろうと思っていたけれど……」
魔女の表情はいつもの暗いものだった。
魔女の子供を自称する少女が、自分が魔界に送り込んだロザミアが死んだことを知っても、特段表情が変わったようには見えなかった。
俺は言った。
「アップルもだ。アップル・インティアイス。ガスンバで死んだぞ」
「……ああ……アップル……? どうりで最近街で見ないと思っていたら……そうなの」
「……そうなのだと? それだけか? 言うことはそれだけ……」
「ということは、アレックス様のお屋敷に滞在している者はみな転生者……なのね……? エルフとダークエルフがいると噂には聞いていたけれど……」
「おい、俺の話を……!」
「まさか幽明の森にも……転生者がいたなんて……盲点だったわ……ダークエルフは……カロリアンが連れていたからわかったけど……」
魔女は右手で左肩をさすりながら、下を向いてそんなようなことを言っていた。独り言のように。
「おい……アップルを街で見ないと言ったか? あんたたちはどっちも帝都にいながら一緒に暮らしていたわけじゃないのか? アップルは任務を果たせば、あんたと一緒に暮らせると考えていた。家に帰ってきてくれると。アップルはまさかあんたがシスターとして帝都にいることすら知らなかったのか?」
魔女は肩をさするのをやめこちらを見上げた。
俺は何かを期待していた。
目の前の黒い帽子の女が、アップルに対して何かの言葉を話すのを。
魔女は言った。
「……転生者としてここまでたどり着いたということは……ヌルチートの加護を受けなかったということ……? やはりそこの獣人の力……? ゴースラントの……獣人は根絶やしにしたはずなのに……。ヌルチートを遮る力を持つ者……どうしてあなたが……?」
俺にはわかった。
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
こいつは自分に喋っていた。
こちらの話は聞く気がないらしい。
「ロ、ロスッ!」
「お、おい! 聖女様、いや魔女様に手荒な真似は……!」
ホッグスや衛兵の声が聞こえたが俺はもう魔女に向かって間合いを詰めにかかっていた。
ゴースラントのことやヴァルハライザーのこと、こいつがいったい何のつもりでヌルチートを使い俺たちに嫌がらせをしていたのかなどあとから幾らでも訊ける。なんとなれば自白魔法を頼んででも喋らせたっていいじゃないか。
とりあえずブン殴ってでも捕らえる。まずはそうしよう。
すでにあと1歩踏み込めばボディストレートを打ち込める。そんな距離まで迫った時だった。
突然、足元の地面が下から爆発した。
俺はとっさにバックステップ。土がバラバラと舞い落ちる。
地面から姿を現したのは、蟻の頭をした虫人間だった。そいつが魔女と俺を遮るように立っていた。
さらに魔女の周囲の地面も次々に爆ぜ、蟻人間が姿を現わす。
5匹。
衛兵たちが何だこの化け物はとかなんとか言っていたが、俺は構わず魔女へ言う。
「またあんたの子供か? ずいぶん子沢山なことだ」
「ガスンバだけではなかったのか⁉︎」ホッグスが言った。「ま、まさか帝都にまで……!」
魔女が答えた。
「エンシェントドラゴンの卵の……捜索に必要だったから……」
俺は少し、ホッグスと目が合った。
ドラゴンの卵を見つけたのはモールングとかいうモグラの獣人の協力だったと聞いていたが……。
「卵はすでに何日も前に……この子たちが見つけていたわ…………虫に運ばせると、目立つから……周囲を少し掘り崩して、見つかりやすいようにしていたのよ……」
後ろの衛兵のひとりが言った。
「おおっ、さすが聖女……いや魔女様! 我らをお助けくださるためにドラゴンの卵を……?」
だが魔女はそれには答えない。
俺は言った。
「虫に運ばせると目立つ……? どこへ運ぶ気だったんだろう?」
魔女はそれにも答えない。
ドラゴンの卵は今パンジャンドラムとマジノ、それからアールフォーさんが、帝国兵たちと共にどこかへ運搬しているはず。
アリスが言うには、その列に同行していた魔女、イノシャをアリスがフリー地区で目撃し、それから魔女に捕縛の命がくだり、それで魔女はこのアンダードッグ区へ逃げ込んで……。
俺はアリスと衛兵を振り返った。
「卵はどうなった? 卵をどこへ運ぶ予定だった? そう言えばさっき君は卵がどうこう言っていたような……」
アリスが答えた。
「そうなんだよ、ヤバイんだって! 神殿が、神殿がヌルチートに襲われて……!」
「何だと?」
「皇太子殿下と第2騎士団が食い止めて、そんであーし、ロスくんに知らせろって言われて……おまけに卵運んでる人たちも誰かに襲撃されたって報告が……あーしが神殿にいったあとだけど!」
俺はため息と共に言った。
「どうしてそれを先に言わないんだろう一大事じゃないか」
「だってロスくんがアップルがどうとかお話ししてるから……」
瞬間。
エルフが魔女と蟻の集団につっかけた。
さすがはエルフ、脱線は嫌いらしい。俺もまた魔女へと突進する。
同時にさらに地面から蟻人間が登場した。2匹、3匹、4匹。どんどん出てくる。
俺とエルフはなんなくそれらを打ち倒すが、倒したそばから次々と現れてくる。
その蟻人間の向こうで魔女はゆっくりと後ずさりを始めていた。戦いは随時這い出てくる蟻に任せるつもりなのだ。そしてどこから取り出したものか、手に鈴を持って鳴らしながら後退していた。
「わ、わあっ‼︎」
背後で衛兵の悲鳴。振り返ると、3人の衛兵がバックから出てきた蟻に羽交い締めされているところだった。
「エルフ! 魔女を頼む!」
「ロスぅ、私にだってちゃんとした名前ってものがあるんだけど……」
構わず衛兵のもとへ向かった。
素早く近づき、衛兵に後ろから組みついている蟻を打つべく、ジャンプして背後を取ろうかと考える。
《ウルトラスプリント……》
だが蟻はすぐに兵たちから離れた。
衛兵の様子も、どこかを傷つけられた風でもない。何もせずに離れていた。
何のつもりか知らないがこちらとしても好都合だ。アリスもホッグスをかばいつつ、魔法銃で3匹の蟻のうち1匹に狙いをつけようとしているのが見える。俺もまた、まず手始めに俺から1番近い蟻を……。
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
足腰から一気に力の充実感が失われた。
立ち止まり見やって見れば……3人の衛兵の背にヌルチートが取り憑けられていた。
「ちっ……!」
魔女の方をチラリと振り返る。エルフが剣と魔法によって蟻どもを木の葉のように蹴散らしている。
ラリアはそのエルフの肩にいた。魔女を追うエルフとの距離は離れ始めていたし、尋常ではない数の蟻人間がとめどなく出現し、彼女は囲まれている。
「ロスくん、あーしにお任せ!」
そう言ったのはアリスだ。アリスは肩から下げていた音波発生器を3人の衛兵に構える。
そしてハンドルを回し始めた。
聞こえるか聞こえないかの奇妙な音。それが衛兵の背中のヌルチートを苦しめている。
《剣聖・ジュージュツのスキルが発動しました》
片っ端から衛兵の襟首を掴み、投げ飛ばして背中から地面に叩きつける。潰れたヤモリが血を噴射して3匹とも消滅。
すぐさま振り返り、魔女を追おうと走り出そうと……、
《ウルトラスプリ》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
……したとたん足の力が抜けて転びかけた。
「ロス、大丈夫であるか⁉︎」
駆け寄るホッグスに対し、
「クソッ、どこだ⁉︎ まだいる!」
そう答えつつ周囲を見回す。
すると、いつの間にやら通りのそこかしこに、ボロボロの衣服を着た人間がいた。
「む……? 街の住民である……?」
女性ばかりだった。
汚れた顔の女たちが、通りにまばらに立って、妙に上気した顔で俺を見ている。
アンダードッグ区の住民のわりに、中にはひとりも獣人が混じっていなかったが、なんにせよ周囲の建物からもやはり女たちが続々とまろび出てきている。
その背中には例外なくヌルチートの赤い瞳。
「マジ⁉︎ うっそヤッバ!!! こんなにいるのっ⁉︎」
「ま、待て、あれを見るのである!」
アリスの声にホッグスが通りの向こうを指差した。
そこからはさらに別の衛兵たちが10人ほど、おそらく魔女の捜索のためこの区に入った者たちだろうが、こちらへ走ってくる。
そいつらの背中にもヌルチート。
「こらーそこの黒い帽子の男ッ! 本官は貴様に別に興味はないが、転生者の真の幸福のために貴様を逮捕するーッ!!!」
「神妙に縛につけーッ!」
「御用だーッ!」
ドヤドヤと衛兵たちが走ってくる。それにつられて街の女たちも。
ホッグスとアリスが言った。
「な、なぜであるか⁉︎ 何でこの者たちはロスが転生者だと……」
「そーだよっ! 転生者と知らなきゃヌルチートは動かないのに……⁉︎」
俺は魔女を振り向く。
《魔女イノシャは魔法を使っています。ジェミナイト・テレパシー》
ジェミナイト……ジェミナイトと言えば遠距離で電話やトランシーバーのように遠くの誰かに情報を伝える性質を持った鉱物だったか。
そしてそれはヌルチートの原材料のひとつでもあったはず?
もうとっくに沈み地平に赤い線を残しただけの太陽光へ向けて去っていく魔女の手から鈴の音が聞こえる。
「ロスーッ!」エルフが叫んだ。「あの鈴よっ! あれがヤモリたちに教えてるのよ!」
ヤモリを住民や衛兵に取り憑けたのは蟻人間たちか。蟻たちは言葉を喋れないようだが、魔女の魔法がそれをカバーしているのか。
ヌルチート憑きの男女が殺到してくる。
俺は言った。
「やれやれ……少佐!」
「ええい! そういう関係好きじゃないのであるがっ!」
《コンパニオンとの契約が成立しました》
《ホッグス少佐の色即是空が解放‼︎》
ホッグスがボフンと煙を上げディフォルメ化。俺の肩に飛び乗ってきた。




