第303話 掃き溜めの聖女
暮れなずむアンダードッグ区。
俺とホッグス、エルフは3人で橋へ向かい歩いていた。ラリアはディフォルメ状態となってエルフに肩車されて移動している。
「それで」エルフが言った。「あなたたちこんな寂れたとこで何やってたのかしらん? 見目麗しきふたりがイイことするんならもっとふさわしい場所があるんじゃないの? この都、丸耳の街にしては発展してるし」
俺は答えた。
「奴隷商人を探していたんだ。ラリアの元の保護者だ」
「へー、どうしてまた?」
さらなる問いに対して、俺は一瞬黙り込んだ。
その理由について話すためにはヴァルハライザーとゴースラント大陸の件から話さなければならないからだ。元の世界へ帰る方法であるヴァルハライザーが盗まれたらしく、何か知っていそうな人物が奴隷商人カロリアンしかいなさそうだから探しているということ。
実のところそういうことを反射的に答えそうになったのだが飲み込んだ。
このエルフは俺たち転生者をつけ狙っていた。転生者のハーレムを作るという野望を抱いているからだ。
そんな彼女に、もう君の顔を見ずに済む方法をカロリアンに教わるためだよだなんて言うべきではないような気がしたからだ。
では何と答えよう? エルフは俺の答えを待っているのか、歩きながらじっとこちらを見ている。
「エルフ殿の方こそどうしてこんなところへ?」
ホッグスがそう尋ねた。
「うん? だからロスがここにいたから」
「帝都は広い。どうやってピンポイントでターゲットを見つけられるのか、後学のためにお聞きしたいのである。なんか仕事に役立ちそうなのである」
素早い助け舟だった。さすがは苦学してアンダードッグの呪縛を見事に断ち切ったエリート軍人、クーコ・ホッグス少佐である。
「私の転生者を求める本能が……これはもう言ったわね、おんなじこと何回も言ったらつまらないわ」
一瞬、ホッグスの眉根が曇った。
たしかに皇帝の容態にかけたブラックジョークのように聞こえなくもなかったが、当のエルフの顔は涼しげだ。
俺は言った。
「君はガスンバで、足跡を観察する知識を披露していたな。それでか?」
「ロス」ホッグスが言った。「帝都はほとんど石畳である。足跡など残らん」
「少佐さんの言うとおりね」
「ではどうやって?」
「簡単よ。なんかエンシェントドラゴンの卵が出たとか街の丸耳たちが話してたから、どこ? って訊いたのよ。そしたら橋についたから、たくさんいる衛兵に、魔法使いみたいな黒い帽子かぶってて背が高くてクッソイケメンを見ませんでしたか? って訊いたら、こっちへいったって。あとはまぁ……」
エルフは足元を指差した。
今俺たちが歩いている道は土。石畳で舗装されていない。
「それでさ、ロスたちは何でここに……」
また始まった。
「エルフ殿の方こそ」ホッグスが牽制した。「そもそもどうやって帝都に入ったのであるか? あなたが帝都を訪れた際、アリー様という貴族のお屋敷に案内させるよう門番に話を通しておいたのに。だがここにいるということは……」
「あ、そうなの? 全然知らなかったわ! 私、この都に草原からまっすぐ歩いてきて、そしたら壁があるからそのまままっすぐよじ登って入ったの。なーんだ、そういうことなら門番さんに訊けばよかったのか」
俺はホッグスと顔を見合わせた。
ホッグスは片方の眉を寄せて何か言いたげだったが、特に何かが言われることはなかった。
このエルフの前では法も何もあったものではない。オルタネティカ帝国に入るためには身分証明書が必要なはずだが、この少女はその類いの物を持っているのだろうか? 持っていないからこういう行動なのかも知れない。
とにかくいずれにせよ話はごまかせた。あとはアレクシスの家に戻って、いや、その前に城か? 皇帝を見てもらって……。
「さて、それじゃそろそろ私の質問の方にも答えてもらいたいんだけど?」
全然ごまかせていなかった。
ホッグスの方に顔を向けたが、彼女は眉をハの字にして黙っている。ついにネタ切れらしい。
「ねーねー。何で? ここに何かあるの? それともただのデート?」
いっそそう言ってしまおうかと思った。
何がいけない? ロス・アラモスとクーコ・ホッグスが思い出の街を散策するのは考えてみれば著しく自然な行為ではなかろうか? そこにラリアがいて二人きりとは言えないまでも、そこは少しも重要な問題じゃないじゃないか。そうだ、それでいいじゃないか。
俺はエルフを向いて、
「そ、デ。デ」
「なにかしらん?」
なぜか上手く言葉が出なかった。
まさかデートなどというこれまでの人生で1度も使う機会のなかった単語のために発音の仕方がわからないのだろうか? こんなことではいけない。ホッグスの方を横目に見やれば、彼女も何かそう言って欲しそうな顔をしているではないか。
言うんだロス・アラモス。たった3文字の言葉だぞ。アルファベットにしたって4文字にしかならないのだ。さあ言おう。できるだけさりげなく、さも当たり前のように、いかにも使い慣れた自然な言葉であるように。
「デッッッ、デー……!」
「むっ? あれは……⁉︎」
急にホッグスが呻いたので遮られた。
何なんだ。どうしてここへきて裏切るんだ。これだから女は信用ならないと言うのだ。
「ロス、あれを見ろ」
ホッグスが前方を指差した。
ボロボロに崩れて誰も住んでいなさそうな建物の陰から、白い衣服を着た人物が通りに現れた。
「シスター・イノシャ様である……?」
ホッグスの言ったとおり、遠くに見える女性はチレムソー教会のシスター・イノシャだった。
何やら後ろの方をキョロキョロしたりしながら、足早に歩いている。こちらには気づいていないらしい。
「何かしらん、あのいかにも挙動不審なムーブキメてる人。ここら辺に似合わない身なりね?」
「そのとおりである。チレムソー教の聖者である。こんな治安の悪いところで……や? しかもおひとりではないのか?」
ホッグスの言うとおり、シスター・イノシャにはお供の者がいなかった。
午前中は彼女を、たしか橋の手前で見た。
ドラゴンの卵が安全に撤去されたか確認したいということで橋の前のテントにいた。その時は供の神官がふたりほどいた気がする。
だが今はひとりだった。
「ちょっとお声かけしてくる」
ホッグスが小走りにシスター・イノシャの方へ向かっていった。
俺とエルフも足を止めずにその後ろ姿を眺めていた。
俺は尋ねた。
「君は橋の前で俺のことを聞いたと言っていたな」
「うん。それが?」
「あのシスターを見たか? 橋の前にいたんだ」
エルフはやや首を伸ばすようにしてシスターを見たが、
「見てないわね。なんか私がいった時にはみんなドタバタしてたし」
前方では、ちょうどホッグスがシスター・イノシャに話しかけたところだった。
俺とエルフが追いつく。シスター・イノシャは俺たちに、うつむきがちに会釈した。
「イノシャ様はドラゴンの卵を見ようとアンダードッグ区に入られたが、道に迷われたそうである。ロス、我々で橋までお送りしよう」
ホッグスがそう言っている最中、イノシャは周囲をキョロキョロしていた。
俺は言った。
「ひとりでか? 供も連れずに?」
するとイノシャはキョロキョロするのをやめてこちらを見た……のは一瞬のことで、まるで視線を避けるように顔をうつむかせる。
ホッグスが言った。
「お供の神官の方々ともはぐれてしまったそうである」
「ずいぶんドタバタしていたんだな。ふたりもの人間からはぐれるだなんて」
「ロス、失礼であろう……何でそんな箱の隅をつつくようなことを言うのであるか」
そのとおりだった。
空を見上げると、もう日は沈んだのか茜色から暗い紺色に変わりつつあった。
いつまでもここにいても仕方がない。エルフと合流できたことだし、早くアレックスの家に戻って皇帝のことを何とかしなければ。奴隷商人カロリアンの捜索は街の衛兵もやっていることだし、俺たちは今日のところは切り上げてもいいだろう。
俺はホッグスに向かってうなずき、橋へ向かうことにした。




