第300話 ホームカミング
それから俺とラリア、ホッグス少佐の3人でアンダードッグ区を回った。
衛兵からどこまでの区画のチェックが終わっているか聞いたり、現地の住民に少し聞き込みをしてみたり。
以前エンシェントドラゴンがこの区にいるという噂が出回った時、住民たちは大挙してアンダードッグ区を出ようとしたことがあった。
今日ははっきりとドラゴンの卵が発見されたというのに、住民たちは相変わらずその辺をウロウロしたり、意味もなく路傍に座り込んだりしていた。
「もう諦めとるのかも知れんな」
聞き込みの最中ホッグスがそんなことを言った。帝都はアンダードッグ民を見捨てた、いないものとして扱っている。そういう諦観が、実際ドラゴンが見つかったというのに何事もないかのように住民たちをふるまわせている理由ではないかと、暗にホッグスは言いたがっているようだった。
くすんだ色の負け犬の街をホッグスと歩いた。
俺たち歩く道の左右にはいつしか壁にヒビの入った建物が目立つようになってきた。倒壊した建物もある。過去の地震のダメージが大きい場所。ホッグスは、この辺りはアンダードッグ民の中でもさらに貧しい者が暮らす地域だと俺に話した。
「捜査の包囲網は狭まってきていると衛兵たちは話していたのである。もう探し残しはこの旧市街ぐらいだそうだ」
周囲を見やればテントや掘っ立て小屋も並んでいるが、主に丸窓のある石造りの建物が目立っていた。
丸窓にはガラスはなく、木の板で蓋をする構造のようで、こういった形式は帝都の他の地域では見たことがなかった。他の地域の窓はガラスだったはず。
崩れていない建物はみな壁の表面に植物の蔦が這っているか、あるいは苔むしていて、年月の経過をうかがわせている。
そんな旧市街を、午後の日差しが照らしていた。
俺たちは旧市街にいる何人かの住民にカロリアンの似顔絵が描かれた紙を見せながら聞き込みを続けた。
例外なくどんよりとした目つきをしたアンダードッグ民たちは、やはり例外なくそんな男は知らないと首を横に振った。
俺たちは別に彼らにさほど期待していたわけではない。
こうして街をうろついていれば、カロリアンの方で俺たちの姿を見かけて姿を現わすかと思っていたのだ。だから俺は住民に質問するたび、建物の壁に反響するようわざわざ大きな声を出した。アホみたいではあるが、普段大きな声でハキハキと会話しない俺からすればいい腹筋の運動だったかも知れない。
ただそうやって歩き回っているうちに、夕暮れが近づいてきてしまった。
俺とラリア、そしてホッグスは、枯れた井戸のある広場で、その井戸の縁についに座り込むこととなった。
「……収穫なし、か」
「むう……たしかナヤート殿と貴様たちが出会った時、カロリアンがナヤート殿を連れていた、とのことであったな?」
「そうだ。ヌルチートがいてゴタゴタして逃げられてしまった」
「あれからアンダードッグの外に出る、ということは……」
「だとしたら絶望だな」
「いや、自分で言っておいてなんであるがそれはないと思う」
どうしてそう言い切れるのか、俺は尋ねようと思った。
その時ホッグスは周囲を見回していて、
「喉が渇いたな……」
そう呟いた。
たしかに歩きどおしだった。
「ラリア殿はどうであるか?」
「渇いたです」
「実は私の実家がこの辺にある。そこでちょっと休んでいこう」
ホッグスは井戸の縁から立ち上がった。俺もそれにならい、また歩き出す。
「君の実家は引き払ったんじゃなかったか? 君はもうここに住んでないし、君の母は養老院か何かにいったんだろう?」
「まだ完全に引き渡しが済んでないのである。最近休みが全然取れなかった」
ホッグスは石造り3階建てのアパルトメント風建物の、縦長で狭い扉を開けて中へ入っていく。俺とラリアも後ろに続いた。ホッグスは古ぼけた形の悪い木製階段を上っていく。
「カロリアンがアンダードッグ区を出ていないという話であるがな。貴様がグランシにいく前も奴は賞金首として追われていた。衛兵を送って捕縛しようという話になっていたであろう?」
思い返してみればそうだった。
アレクシスがドラゴン復活を企んでいるという容疑をかけられていた頃だ。
カロリアンと行動を共にしていたナヤートがこう話した。アレクシスがある人物に利用されていて、ドラゴン復活の手伝いを知らず識らずのうちにやらされていた。カロリアンはそれを食い止めるべく、やむをえずアレクシスがドラゴンを復活させるつもりだという噂を意図的に流し、帝都の関心をアンダードッグ区に向けようとしていた。
アレクシスを利用したそのある人物というのが、魔女らしいが……。
何にせよそういう騒動が起こった際、帝国では違法である奴隷商を営んでいることで賞金首となったらしいカロリアンを追うため、そして俺たちが日本へ帰る方法を知るため、たしかに衛兵がこの区に送られたことがあった。
ホッグスは3階まで登ると、廊下の1番奥の部屋まで歩いていく。
扉の鍵を開け、俺たちに中に入るよううながす。
ホッグスの実家は殺風景な印象の住まいだった。
扉を入ってすぐのリビングには中央に汚れたテーブルとふたつの椅子が、ぽつんと置かれているだけ。
左はキッチンのような区画が見える。壁だとか敷居がない。
右は壁と扉がある。向こうにも部屋があるようだ。
そんな寂しい部屋が、奥の窓から差し込む夕日で暗く照らされていた。
「そこの椅子に座ってくれ。今飲み物を出す」
俺は言われたとおり中央のテーブルのそばにある椅子に座った。ディフォルメを解除したラリアももうひとつの椅子に。
ホッグスはキッチンの棚を開けて中から壺を取り出した。
壺の口にはポットのようにくちばしがある。ホッグスは同じく棚から出した3つのコップをテーブルに置くと、壺の中の液体を注いでいく。
「梨酒だ。真水はさすがに飲めないのである」
あまりにヨーロッパ的なアパルトメントなので少し違和感を俺は覚えたが、すぐに理解した。水道がないのだ。
こういう世界だと水は甕に溜めたものをひしゃくですくって飲んだりするイメージがあった。と言ってもそれは日本の時代劇、江戸時代のイメージではあるが。古い時代のヨーロッパでは食中毒の懸念があるから子供でも酒……アルコールを飲んでいるという噂を聞いたことがあるが、その辺はどうなのだろうか。詳しくないからわからない。
いずれにせよ水が腐っているとホッグスは言いたいのだろう。
「言ってくれれば俺のスキルで安全な水にできたかも知れないのに」
「切らしているのである。母を養老院に送ったあと水は捨てておいたから」
なるほど。俺はラリアと共に梨酒をご馳走になった。
ここが日本であれば、ラリアは子供だからアルコールはどうなのかというクレームが聞こえてきそうだが、ローマに入りてはローマ人のように振る舞えということわざもある。そしてローマの哲学者はこうも言った。飲め、さもなくば帰れ。大きなお世話だ。その帰り道があるならここでこうしてはいない。
ふと見ると、ホッグスは立ったまま梨酒を飲んでいた。
椅子がふたつしかないのだ。以前までは母とふたりでここで暮らしていたのだろう。彼女はふたたびキッチンへいって、今度は別の壺を持ち出してきた。
「ロス。今度はそのスキル使ってもらおうかな」
彼女が壺を開けると、中にはクッキーのようなものが入っていた。
俺はそれに手を触れた。
《ザ・サバイバーのスキルが発動しました》
「ラリア殿。お菓子である。遠慮はいらないから食べなさい」
「わぁ、ありがとうです!」
壺に手を突っ込み、取り出したクッキーめいた菓子をサクサク、バリバリと食らい始めるラリア。
ホッグスはその様をしばらく眺めていたが、やがて窓の方へ歩いていき俺に手招きをした。
俺がそちらへいくと、彼女は窓の外を指差す。
窓の外には建物4件ぶんぐらい向こうに川が見えていた。
「アンダードッグ区は川の中州にあるのである。よその地区へいくためには橋を渡らねばならんが、前回のドラゴンの噂が出た一件以来ずっと検問が敷かれているのだ。カロリアンなる男がこの区から出ようとすれば必ずわかる」
カロリアンがアンダードッグ区を出ていないというのはそういう意味か。
俺は遠くを流れる川を見やった。
川の向こうにも街が見える。その小さな屋根の群れに、夕日が沈もうとしていた。
「私、あのことの礼は言ったかな?」
ふとホッグスが呟いたので振り向いた。明かりもつけないホッグス家は薄暗く、その中で色の白い彼女は夕日の色に染まっている。
「どのことだろう」
「ガスンバで川に……滝に落ちた時のことである。貴様に助けてもらった。礼は言ったっけか?」
「……覚えてない。言ってなかったとしても礼なんかいい」
「貴様がいなければ溺れ死んでいたかな……」
「どうだろうな。あの時は先に他の兵が落ちていたから彼らに助けられたかも知れない。もしくは俺やパンジャンドラムがいなかったら妖精に回り道させられただけで終わったか、あるいは……」
「スピットファイアの攻撃で全滅していたか」
ガスンバでのことを思い出す。
あの日は初めてホッグス少佐に会った日だった。
「……私とて泳げないわけではなかった」
「この間もそんなことを言っていたな」
「あの川である」
「何がだろう?」
俺がそう尋ねると、ホッグスは窓の外を見たまま話し始めた。




