第299話 発見! ドラゴンの卵!
シスター・イノシャとは四章でチョロチョロ出てきたチレムソー教の女の人です。
アンダードッグ区への橋を渡り終えて右に曲がると荒れた広場がある。
そこにドラゴン卵対策班のテントが立ち並んでいたが、そこに意外な人物がいた。
神殿の聖女、シスター・イノシャだ。
スレンダーな体に白い法衣をまとった黒髪の彼女の姿を見るのはとても久しぶりのような気がする。彼女は神官の男をふたり従えて、テントの下で椅子に座っている。
ゴーストバギーを降りると、ホッグス少佐がイノシャの方へ歩いていき、敬礼したあと何か立ち話をしているようだった。
イノシャのそばにはイタリア憲兵めいたヘルメットをかぶった口髭の男性がいて、おそらく軍か衛兵の誰かだろうその男ともホッグスは話していた。
ホッグスはやがて俺たちのところへ戻ってくると、
「危ないなぁ……何かあったらどうする気なのであろうか」
と、独り言のように呟いた。
俺は尋ねた。
「どうしたんだろう?」
「イノシャ様がな。卵の駆除の進捗を見たいと言って、押しかけてきたそうだ。衛兵長も他の神官の方々も危険だから離れた方がと言っていたが……」
俺はテントを見やった。
うつむきがちにして椅子にひっそりと座る黒髪の美女。イノシャは視線に気づいたのか顔を上げて俺を見たが、そのままあたかも何も見てませんよという具合に顔の動きを止めずに視線をそらした。
「彼女は好奇心が強いのか」
「さあ、それは知らん。ただ、この街にそんな恐ろしいものがあるだなんて獣人がかわいそうだ、撤去されるところをこの目で見ないと安心できない、そう申されてな」
「心配性か」
「あのお方は帝国各地を回り、貧しい人々……主に獣人を援助していらっしゃった。お優しいお方である。気になるのであろう」
俺はまだイノシャを見ていたが、向こうはまるで蝶々を追いかけるような仕草で斜め上を見上げ続けている。そして蝶々なんかいない。
それから俺たちは、衛兵の案内によってエンシェントドラゴンの卵のある場所に案内された。
アンダードッグ区の南側だった。過去の大地震により崩落してアクセスできなくなった地下道の一角に、それはあったそうな。
俺たちは実際には地下道へはいかなかった。卵があったのは、5階建ての建物に囲まれた小さな空き地。
……空き地があったらしい場所、だ。
そこは空き地の広さいっぱいに大穴がごっそりと空いていた。
周囲にはたくさんの兵士と作業員らしき人々、そして3基のクレーン。
「ロス、覚えているか? モールングという獣人のことを」
ホッグスが言ったモールングなる男は、たしかワルブールという辺境伯に従って、アレクシスを陥れようとしていた連中のひとりだったか。
地下に眠るエンシェントドラゴンをアレクシスが復活させやうとしている与太話を吹聴したかったらしかったが、その企みは俺とホッグス、ヤマト皇太子の手によってついえていた。
「取り調べで奴が吐いたのである。地下で変な球を見かけたことがあると。奴を一時的に釈放し現場検証させたら、卵が見つかった。地図で照らし合わせると真上がここだったのである」
ホッグスが言うには、卵が大きすぎて地下から外へ出すのは難しいと現場の判断があり、上はちょうど崩落で地下までへこんでいたので、上の瓦礫を取り除いて掘り出すことにしたそうだ。
俺は尋ねた。
「なぜその場で破壊しなかったんだろう?」
そばにはパンジャンドラムとマジノが立っている。彼らは昨晩ドラゴンの卵を見にいったはずだった。ふたりはドラゴンを殺せるスキルを持っている。
ホッグスは肩をすくめ、
「死体から毒素が出るかも知れんから遠くに運んでからそこで始末しようと決まった」
「毒素?」
俺はそう尋ねつつパンジャンドラムとマジノを振り向いた。
マジノはドラゴン退治の経験がある。
俺もだ。パンジャンドラムもガスンバでドラゴンと出会った。
ドラゴンの死体から毒素が出るだなんて話は初耳だった。
「うむ。神官の方々がかなり心配していてな。得体の知れんものを迂闊な扱い方はせんほうがいいと」
俺はマジノと視線を合わせたが、彼は首をひねっていた。
何にせよ、瓦礫の撤去作業はもう終わりそうだった。
クレーンが網によって大きな瓦礫を持ち上げ、穴の中では作業員たちが小さな瓦礫を、山羊のような生き物の背中に袋で背負わせている。
山羊は複数いて、どれも背筋の両側から2本ずつ、太いトゲのようなものが突き出している。そこに袋の縄が結びつけられていた。山羊たちは瓦礫を駆け上がり、石を運び出していく。
「労働用の合成魔獣である。これでまたアンダードッグ民の仕事が奪われた」
ホッグスがそう呟くうち、ついにドラゴンの卵が姿を見せた。
白米の粒ような、細長い形の黄色がかった卵だった。と言っても、サイズ自体はトレーラー付き大型トラックを4台固めたような幅と高さのように見えたが。
作業員たちが大声をあげながら、怯えたように穴から這い登ってくる。
「さて……こんな大きな物をどうやって運び出すか……クレーンで持ち上がるかな……?」
ホッグスがまた呟く。
穴の中では現場監督らしきイカツいおじさんが作業員に、卵にロープをかけろと叱咤(罵倒とも言える)していた。
勇敢な作業員たちは言われたとおりロープを巻こうと……する前に、下に隙間を作ろうとしてか木の棒を突っ込もうとしたが……。
卵の周りに波紋が広がる。
《ドラゴンウォール》だ。作業員たちは棒を手にしたまま、卵の周囲でまごまごしている。
ホッグスが渋い顔で俺たちを振り向いた。
俺が何かを言う前に、パンジャンドラムとマジノが穴を降りていった。ひょいひょいと瓦礫を飛び降り、卵のそばまで降り立ったふたり。
《マジノは凱旋を発動しています》
《パンジャンドラムはレギオンを発動しています》
マジノが両手を輝かせ、《ドラゴンウォール》に手刀を突き込んだ。
当然波紋が発生したが、その波紋がふたつに割れていく。
ここから見ていても《ドラゴンウォール》に穴が空いたのがわかった。
パンジャンドラムはゴブリンズに、作業員からロープや丸太を受け取らせている。
それらの物はマジノが空けた穴から放り込まれた。ゴブリンズたちは《ドラゴンウォール》に波紋を起こしながらも、すんなりと中に侵入していく。マジノも空けた穴から入り、《ザ・マッスル》のスキルでゴブリンズと共に卵を持ち上げたりして、ロープを巻く作業を手伝っていた。
それからも作業員の指示によりクレーンで持ち上げやすいようにロープを巻いたり、マジノが別の位置にも穴を空けてロープを通したりしていた。
順調だった。
俺はホッグス、ラリア、それからアールフォーさんと共に、卵がゆっくりと慎重に引き上げられていく様を眺めていた。
ホッグスが、穴を囲んでいる衛兵の方へ歩いていった。ヘルメットに赤い羽根をつけた兵の何やら話し込んでいる。
俺が何となくそちらの方を見ていた時だった。
「……本当なんでしょうか」
ふいにアールフォーさんの声がしたので振り返る。
彼女はドラゴンの卵を見ていた。
「何だろう」
「この世界が……テレビゲームだったなんて。あのホッグスさんも、それから……」
アールフォーさんは一瞬俺の方を向いたが、はっとしたように口をつぐんでまた卵に目を向ける。
そうする直前、彼女は俺の左腕のラリアを見ていたような気がした。
「…………グスタフさんも……?」
辺りには労働者たちの指示や檄が飛ぶ声が支配しやかましかったが、呟きは聞き取れた。
「偽物……なんでしょうか。ここでこうしていること。あの人の私への気持ちも……? 私と、グスタフさんは……」
卵はついに地上の高さまで引き上げられた。あとは地面に移して、そこからどこへかは知らないが遠くへ運ばれていくのかも知れなかった。パンジャンドラムとマジノも穴を登ってくるのが見える。
ホッグスが戻ってきた。
「ロス。例のカロリアンという奴隷商人だがまだ見つかっていないそうである。この間貴様がカロリアンを目撃して以来アンダードッグ区の出入り口は検問が敷かれてるが、それらしき人物の出入りも確認しとらんそうだ」
穴からふたりが上がってきた。アールフォーさんのそばに立って、手をはたいたりしている。
ホッグスが言った。
「カロリアンの顔を見ているのはロスと、パンジャンドラム殿、それからアールフォー殿だったかな」
「そうだ。あとはナヤートも奴と一緒だったが……」
「これより卵を帝都の外に運ばねばならん。万が一のため誰かについていてもらいたいのだが、カロリアンの捜索もせねばな……」
こんなことならナヤートにもこちらへきてもらうべきだったか。だがそれだとアリー家に残るメンバーがハルとトンプソンだけとなり、もしヌルチートが出てきた場合心もとなかったから仕方がないか?
俺はドラゴンの卵を見やった。
かなり大きい。
移動中中から何かが孵化したとしたら、作業員や兵たちも危険だろうか。
俺は言った。
「パンジャンドラムたちは卵を頼む」
「オレたち3人で? ロス君はどうするの?」
「ラリアとカロリアンを探しにいく」
ホッグスの方を見ると、
「仕方がない。では私もロスといこう」
彼女はそう言った。




