第298話 行動開始
翌朝。
俺はヤマト皇太子から、ホッグス少佐と共にアンダードッグ区へいくよう頼まれた。
エンシェントドラゴンの卵の件かと思ったが、それだけではないと皇太子は言った。
奴隷商人カロリアンの件だ。
奴はもし帝都を出ていないとしたら、おそらくアンダードッグ区にまだいるのではないかと皇太子は俺に話した。あの区は入り組んでいて隠れられる場所は多く、しかも住民は衛兵に協力的ではない。衛兵もあまりあの区の中のことを把握できていないのだ。
「ブラジルのファベーラってわかりますか? あれを思い出していただければ」
そう言ったのはアレクシスだった。
皇太子は昨晩1度城に帰ってから朝になってまたアリー家別邸へすっ飛んできたのだが、アレクシスは皇太子とふたりで並んで俺にそんなことを言う。
ファベーラ……ブラジルのスラム街で、古い建物にさらに廃材の小屋が乱立し車も通れないほど複雑な構造になってしまった、不法占拠者の巣窟だと記憶している。
俺はアンダードッグ区をほんの少ししか見たことはないが、それは氷山の一角で、胡乱な者が身を隠すにはうってつけのややこしい場所だと言いたいらしかった。
皇太子とアレクシス、魔王と魔族の側近たち、そしてウォッチタワーとスピットファイアは、神殿へいくそうだ。
ウォッチタワーがこう言ったのだ。
「なんか不吉な予感がするぜ。そもそもオババに言われた世界の終わりとやらを食い止める使命もあったんだ、おれは。なんかゴチャゴチャあってほったらかしにしてきたけど、この際はっきりさせるべきかも知れねえと思うんだ」
もともと俺たちが初めて帝都にきた時、自力でヴァルハライザーの世界を脱出しようと模索していたアレクシスに協力してもらい、ブラックエッグだとかこの異世界の成り立ちの神話だとかを調べようとしていた。それをもう1度やるというのだ。
「神官長がガタガタ言ったら俺が黙らせる。手段は選ばねえ。まああの人も親父の有様を見てるから何も言わねえとは思うが……」
とは、皇太子の談。
そこにスピットファイアもついていくらしい。
最初にアレクシスが神殿の聖典を読ませてもらった時、古代の言葉で書かれていたので解読にてこずったということだった。
だが今朝そんな話をしていたら、
「僕に任せろ。僕はヴァルハライザー内の全ての仕様を理解して、ヴァルハライザーにダイブした奴らを導くのが仕事だ。どンな文字で書かれてよーが僕に認識できない情報はないッ!」
と、こうだ。
そもそも魔女のこともヌルチートのこともあまり把握できていなかったようなのにその態度はどうなんだと思わないでもなかったが、そこは飲み込んだ。
ハルとトンプソン、そしてナヤートは別邸で留守番。というのも、帝国の手配により帝都の門番たちは、例のクレイジーなエルフが現れたらアリー家へ案内するよう指示されている。アリー家に誰か、特にエルフが知っている誰かにいてもらう必要があるかと考えたのだ。彼女はハルなら知っている。
別邸にはアリスが作った対ヌルチート用音波発生器を数台置いてある。このうちの2台はアレクシスたちが持っていく。
というわけで、俺とラリア、パンジャンドラム、そしてマジノが、ホッグスと共にアンダードッグ区へいくこととなった。
それから……アールフォーさん。
彼女は俺たちと一緒にドラゴンの卵の対処をしたいと言い出した。
別邸でゴーストバギーを出して、そのキャンピングカーに彼女が乗り込もうとした時、グスタフがやってきた。
彼はアールフォーさんに、危険そうだから残ったらどうかと言っていた。
アールフォーさんはそれに対し、
「大丈夫。みんなと一緒だから……」
と曖昧に笑った。
グスタフはそれでも、君はまだ赤ん坊みたいなものだ、なんなら僕も一緒に、と彼女の肩に触れようとした。
アールフォーさんはそれに対して、さっと身を引いていた。
グスタフはびっくりしたような顔をしていたが、
「あ……ご、ごめんなさい。大丈夫。大丈夫だから……」
アールフォーさんはそのままキャンピングカーに乗り込んだ。その後ろからホッグスとパンジャンドラムが微妙な表情で乗り込み、扉を閉めていた。
俺はそれを見てから運転席に乗り込んだが、立ちすくむグスタフをトンプソンが見つめていたのを覚えている。
「厄介なことになったな、まったく」
道路を走っていると助手席のマジノが口を開いた。
「日本ではアレクシスさんと一緒に何とかヴァルハライザーを守ろうとしてた。しくじってこっちに転生したら、またヴァルハライザーを見失った」
マジノは窓枠に肘を置いて前を見つめている。
「それでこうして男ふたりでドライブときた。後ろはすごく華がありそうなのにな。パンジャンドラムが羨ましいよ」
そう言って、彼はふっと笑った。
今はラリアは後ろのパンジャンドラムに預かってもらった。そこにはホッグスと、アールフォーさんもいる。たしかに美人がふたりいる。
「君はもう女はこりたと思っていたんだがな」
「それはそれ、これはこれさ。喉元過ぎれば熱さ忘れるって言うだろ? 悲しいことに、日本じゃ美女なんて縁がなかったからな」
「俺も同じだ」
「ロスさんも独身?」
「ということは君もか」
「ああ」
マジノは前を見つめたまま、1度ため息をついた。
それから黙るのかと思っていたらまた口を開いた。
「もう少しでパンジャンドラムの夢をかなえてやれると思ったんだけどな……」
マジノとパンジャンドラムは、俺が彼と知り合う前に出会っていたんだったか。パンジャンドラムが日本へ帰る方法を探すと言い出し、マジノはそれに協力しようとしたのが、1年ほど前のことだったと聞いた気がする。
「その言い草だと、君はまだここに未練があるように聞こえるな」
「ないよ……と言えば嘘になるかな。あんなに女にモテたのは初めてだった。前世の俺はそりゃもうひどい見てくれだったから」
「俺も似たようなものだ」
「お互い苦労するよな。まあだからこそ、パンジャンドラムの気持ちはよくわかったんだ。人からまともに相手にしてもらえない気持ちはな。だから何とかしてやりたかった」
「ヴァルハライザーは見つかるさ」
「あんたと一緒ならそうなるような気がするよ」
俺はマジノを横目に見た。
「昨日の夜、パンジャンドラムとちょっと話してたのさ。ロスさんって男は、どんなにピンチも気合と根性で何となく解決しちまうって、あいつそう言ってたぜ」
「その場の状況に流されていただけだ。たいていは運に助けられた。今回のことも、エルフやカロリアンにすがる他ない状態だよ」
「そうなのかい? アレクシスさんもあんたのこと頼りにしてるみたいだけど」
「あの女にそんな殊勝なところがあるようには思えないがな」
「男だよ」
「女さ。俺が知っている範囲ではな」
それからしばらくの間、マジノは外の景色を眺めていた。
中世ヨーロッパ風の、中世ヨーロッパ風なりの大都市の風景を。
「帰ったらどうなるのかな」
またふいにマジノが口を開いた。
俺は言った。
「芸能人の粗探しをするんじゃないのか」
「まあそういう仕事もあるな。けど、政治家の不正を暴かなきゃあ。ヴァルハライザーを守るんだ」
マジノとアレクシスはヴァルハライザーを巡る何かの陰謀で命を落としたんだったか。
帰ればまた戦いが待っているのだろうか。
俺は言った。
「残った方が安全かも知れないぞ」
「ヌルチートさえいなきゃあな。たしかに魅力的な提案だ。ここなら俺はイケメンでいられるし。でも俺はいつも思ってたんだ。日本にいる時にも転生者としての力を使えれば、悪党なんかには負けなかったのになって」
マジノは言った。「だから俺、やっぱりあっちのことばかり考えてるんだなって思ってさ」と。
「帰ればペン1本で巨悪と戦うことになるな」
「ああ。世の中悪党が多すぎるよ。とは言っても……」
「何だろう」
「結局そうやって仕事に打ち込むことで、ごまかしてただけなのかな。使命感にひたってればカッコ悪い俺から目を背けてられる」
「人は見た目じゃないさ」
「そうあって欲しいけどな」
ずいぶんハードボイルドな男だと思った。
彼と俺とではどちらがマシなのだろうかと思いながら運転を続けた。リスキーだが情熱のあるマジノの人生と、平穏だが未来はないロス・アラモスの人生。どちらもこの異世界にいるということは、どうであろうが行き着く先が同じということだ。夢のないことだった。
「アールフォーさん、どうするんだろうな?」
マジノが話題を変えてきた。彼は後ろを振り返るようにしている。
俺は尋ねた。
「どうするとは?」
「グスタフさんに対してよそよそしかったと思わないか?」
「まあな」
「屋敷ではいつもイチャイチャしてたのに……」
姿勢を戻したマジノ。
「……やっぱりあれかな。グスタフさんもヴァルハライザーが作ったゲームキャラだってわかったからかな……」
視界の前方に、アンダードッグ区への橋が見え始めていた。




