第297話 カミングアウト
結局、俺たちはアリー家の別邸に集まった。
そこに魔王バルバロッサがいて、彼とアレクシス、そしてスピットファイアから、ヴァルハライザーについての説明を……ヤマト皇太子にすることになったからだった。
アリー家はかなりの兵でものものしい警戒態勢が敷かれた。
帝国の皇太子が敵国の魔王と会うのはこれが初めてではないのだが、俺たちとしてはアリー家別邸で話すのは皇太子だけとしたかった。そのため近衛兵たちが皇太子の身の安全について懸念して、かなりモメたのだ。
結局皇太子の護衛としてホッグス少佐とツェモイ騎士団長のみが同行することになり、別邸の外に兵を配置する形となった(ちなみにグスタフは別邸の外に追いやられた)。
そうして別邸内の客間で話が始まった。
話したのは主にアレクシスと魔王。テーブルを中心に囲んだソファに座り、皇太子に話していた。俺はそれを、ソファセットの脇に立って聞いていた。
皇太子にヴァルハライザーの世界についての説明を理解してもらうのはやや難しいことだった。
皇太子はテレビゲームをしたことがないからだ。コンピューターゲームも、テレビも、ブラウン管も知らない。
我々からしても、それはアマチュア作家の書いた中世風ファンタジー小説に何の前触れもなく突如として登場するサンドイッチのような、知りすぎているからこそ他に適切な表現の仕方が思いつかない話だった。相手に理解してもらえるような説明に、ふたりは苦心しているようだった。
だがそれでも。
アレクシスと魔王が説明を終えた時、皇太子はこめかみを指で揉みながらも答えた。
「……つまり何か? 俺のような、この世界の人間は……人工の脳みそが考え出した作り物……ってことか?」
皇太子は小さく笑い始めた。
部屋の隅にいるホッグスとツェモイの表情は硬い。
そのツェモイが言った。
「殿下、お耳をお貸しにならぬよう。魔王とは講和が決まったとはいえ、一応敵対する間柄です。まともなことを話しているとは……」
だがソファに座った皇太子は手をあげてツェモイを制すと、彼から見てテーブルの右側に座るアレクシスに顔を向けた。
「……あんたはずっと、脳みそを作ろうとしてたっけな」
「……黙っていて申し訳ありません、殿下。同じ物を作れば、ひょっとしたら元の世界に帰る方法が見つかるのではないかと思っていて……」
殿下は次に、テーブルの上に寝転んだ(沙羅双樹の根元のブッダみたいなポーズだ)スピットファイアに目を向けつつ、
「ツェモイ団長」
「はっ」
「何だったかな……たしかガスンバで、魔女が何かをしてたとかそんな話があったな? あんたとホッグス少佐が、アラモスさんと協力してエンシェントドラゴンを……」
「おおせのとおりでございます」
「その時、こちらの妖精王もいたって話だったな」
ツェモイは肯定した。
皇太子はため息をつくと、どこでもない虚空を見つめるような目をした。そして、
「じゃあほんとなんだろうぜ」
そう言った。
「転生者って存在がどこからくるのか、ちょっとは興味あったんだよ。誰かの生まれ変わりだって話だが、俺たちの知らねえ不思議な知識を持ってるわけだから、この世のものじゃねえんじゃねえかとは思ってたんだ。納得だよ。脳みそなんて作り出して、その中に世界を創っちまうだなんて。そりゃ俺たちが知らねえことも知り尽くしてるはずだ。もはや神だろ」
俺は客間を見回した。
パンジャンドラムとマジノだけがこの場にいなかった。
その2人はアンダードッグ区で発見されたというエンシェントドラゴンの卵を見にいったからだった。
他の転生者は客間に集まっていた。
「それで……親父はいったいどうなっちまったってんだ……?」
「……たいへん言いにくいことではあるが……」
皇太子に答えたのは魔王バルバロッサ。
「お父上……と言うかこの世界の全ての人間もそうだが、ゲームのキャラクターなのだ。我輩たちの世界のゲームキャラは、あらかじめ決められたセリフしか喋れないようになってる。我輩はお父上を実際見てはいないが、魔界でもそんな風に会話が成立せん者を見かけることはあった。我輩もそれで、この異世界が例のゲーム世界だと気づくことができた。おそらくお父上もそういうことでは……」
皇太子は言った。
「……どうにかならないのか? 治す方法は……?」
魔王もアレクシスも答えない。
皇太子は俺の顔を見た。
俺はスピットファイアをチラリと見てみたが、奴は寝そべったままヘソをぽりぽりかいているだけで何も言わない。
「スピットファイア。何とか言ったらどうだ。君が作ったゲームだろう」
「作ったのは僕じゃない。僕の中の人さ。諦めるしかないンじゃないか。もともと皇帝は、もとからそういう存在だったンだ。はじめに戻っただけさ。諦めて受け入れればいいのさ」
ツェモイが言った。
「おい、言葉に気をつけろスピットファイア! そのお方をどなたと心得る!」
「僕は妖精王なンだぜ。こいつは皇帝の息子ってだけ。肩書きはない。僕妖精王。僕のが格上。ガハハハハ」
「そういうことを言ってるんじゃない! ご家族がたいへんなことになっているお方に対してそういう言い方はないだろうと言ってるんだ!」
「ガハハ、ヴァルハライザーを作ったのは僕の中の人なんでね。もう王っていうより神と言ってもいいわけでね。神は子羊に冷淡なものさ」
スピットファイアはそう言って身を起こすと、
「そンなことよりだ。盗まれたヴァルハライザーを追わにゃあならン。協力しなさいンプクども。そのありあまる権力とコネクションを使ってヴァルハライザーを追うのだーッ!」
「スピットファイアよ」魔王が言った。「その言い草で頼みを聞いてもらえると思ってるのか?」
「聞くも聞かンもないッ! 皇帝がどうのと言われようがンプクの挙動になんて責任持てンッ! そういう仕様なンだから!」
「そうは言っても……」アレクシスが言った。「スピットファイア君。もう少し優しい言い方をしてもいいでしょうに。殿下もお辛いはず……」
アレクシスは皇太子の方に、少しズレるように座り直して視線を合わせた。皇太子はと言えばしっかりしたもので、青ざめた顔はしていたがアレクシスに微笑み返していた。
「殿下」ツェモイが言った。「話半分にお聞きになられた方が。そやつ言ってることがいつも支離滅裂なのです。なぁ、ウォッチタワー?」
話を振られたウォッチタワーは、腕組みしたままうさんくさいものを見る目つきでツェモイを見返す。
ツェモイはヴァルハライザーの話を信じていないように見えた。まあたしかに、ある日突然あなた方は別世界の小学生が思いつきで作ったタンパク質が見ている妄想です、と言われて、すぐに受け入れられる人間の方がおかしいのかも知れない。
俺はホッグスの顔色を見てみた。彼女はつま先の辺りの床を見たまま黙っていた。
客間を沈黙が支配していた。
アレクシスがさっきから俺をチラチラ見ているが、俺に何と言って欲しいんだろうか? 皇帝を治してやる方法なんて……。
「あっ、あのっ!」
声がした方を振り返る。ハルだった。
ハルはトンプソン、アールフォーさん、そしてナヤートと一緒に別のソファセットの方にいたのだが、彼は立ち上がってこちらのソファセットの方にやってくる。
「ロスさん、あの。ガスンバでアップルちゃんが……」
その場の全員が俺とハルを見た。
俺は言った。
「……たしかにあの時君もあそこにいたな」
アップルが魂を失った時のことを思い出す。塔の部屋に、ハルも登ってきていた。
「あの、アレなんですかね? 皇帝陛下は、あの時のアップルちゃんみたいになっちゃったってことでいいんですか?」
「そうだ」
「あっ、じゃああのエルフの人が知ってるんじゃ? あの人めっちゃ訳知り顔だったでしょ?」
皇太子も言った。
「そうだ、アラモスさん! さっきそんなこと言ってたな! エルフがどうのって……」
そう、ちょうどあのエルフを探する必要があると思っていたのだった。
彼女は言っていた。アップルは魂を失ってしまったと。心と魂をなくして、人形に……。
ふと、ハルの向こうから彼を追うように歩いてきた人物が目に入った。
ナヤートだ。
ナヤートは俺と目が合ったためか首をかしげたが、それにかまわず俺は言った。
「ナヤート、君はたしか前に言ってなかったか?」
「えっえっ、何を?」
「奴隷商人のカロリアンだ。カロリアンおじさんが言ってたそうだな? 俺たち転生者は早く日本に帰らないと、魔女に捕まって人間ではいられなくなってしまうと」
ナヤートはうなずいた。
魔族の要塞にいく前、ナヤートとふたり(ラリアも一緒だったが)でそんな話をしたのを思い出した。
俺はあの時、ヌルチートに捕まることを指して、人間ではいられなくなると表現したのだと思っていた。カロリアンはヌルチートを知っていたから。
だがガスンバでの時、アップルはブラックエッグに飛んでいった。
エルフが言うにはブラックエッグは魔女の城だそうで、あの一件以来エルフはブラックエッグを調査すると言って消えた。アップルは人形になってしまったと言ったエルフは。
「……魔女の仕業じゃないのか……?」
俺は思わず呟いていた。
「な、何アラモスさん、魔女が何だって?」
「アラモスさん、どういう……?」
皇太子とアレクシスが何か言っていたが俺は振り返り、
「奴隷商人のカロリアンという男、指名手配していたはずだ。もっと捜査の人数を増やしてくれ。カロリアンを捕まえるんだ」
「おい黒帽子ッ!」スピットファイアが言った。「そンな非人道的チンピラのことなんてどうだっていいだろッ! それよりヴァルハライザーが先だーッ!」
「それはそれ、これはこれだ。ヴァルハライザーももちろん探してもらいたいが、カロリアンもだ。奴は何か知っている。奴が俺たちをここまで導いてきたんだ。奴もヴァルハライザーについて何か知っているかも知れない。それと、エルフも」
「エルフがなンじゃいッ!」
「ハルの言うとおり、エルフが皇帝陛下の容態について解決策を知っているかも知れないんだ」
すると、ホッグスが静かに皇太子の後ろに立って、何か耳打ちしていた。皇太子がうなずくとホッグスはそのまま部屋を出ていく。
皇太子は俺に向き直り、言った。
「人員を増やそう。少佐が手配にいった。エルフとやらは帝都の外からくるのか? 帝都の門兵にも知らせるし、帝国中に触れを出してエルフを探す。必ず見つけてみせる」




