第296話 ワールドエンドビギニング その2
それからも皇帝はベッドで横になったまま、ヤマト皇太子の呼びかけに対しふたつの言葉を繰り返すばかり。
「アラモスさん、何かわかりませんか……?」
アレクシスが俺を見てそう言った。
「……どうして俺に何とかできると思ったんだろう?」
「アラモスさんは……ほら、あの、ガスンバの。魔女の子供だっていう……」
ガスンバの魔女の子供……。
アップルか。アップル・インティアイス。
なるほど、俺をわざわざ呼びつけた理由がわかった。
俺はアレクシスにアップルの話をしたことがあったんだった。マジノとトンプソンが帝都にきたあとだ。たしかにその時、アップルが魂をなくして単純な言葉しか話せなくなったという話をした。
アレクシスは皇帝がそうなったのではと推測したというわけか。
俺はアールフォーさんとグスタフの顔を見比べながら言った。
「君たちは何かわからないんだろうか?」
「あ、あの、私もこういうことは初めてで……」
「僕にもまったくさっぱりわからないよ。そこの丸耳のお医者さんが言うには病気じゃないそうだし、じゃあ呪いか何かかと思って調べてみたけど魔力の気配もない……どうなってるのかねぇこれは……」
ふたりも首をひねっている。
俺は言った。
「魂を盗まれた、ということは?」
「えっ、魂ですか?」
「ロスさん、何の話……」
「以前俺は同じような状態になった女の子に出会ったことがある。その時行動を共にしていたエルフ族の少女がいたんだが、彼女はその子を見て魂をなくした、死ん……いやとにかく、魂と心をなくしたからこうなったんだと教えられたんだ」
あの最近姿を見せないストーカーエルフだ。
あの少女はアップルのことを、人形になった、死んだと表現していた。そのため危うく皇太子の前で皇帝は死んだと言いそうになったが。
俺はアールフォーさんとグスタフを見やる。だがふたりは顔を見合わせながら首をひねるばかり。
「グスタフさん、知ってる……? そういう、魂をなくしちゃう病気とか……」
「いや、初めて聞いた。ロスさん、その少女ってほんとにエルフだった? 幽明の森以外にエルフがいるなんて……」
俺は答えた。
「耳の尖ったブロンドをエルフと言うなら間違いなくエルフだった」
ふたりはやはり首をひねっている。
俺はそんなふたりの耳を眺めていた。斜め上にとんがった耳。ダークエルフのナヤートもそうだった。
エルフのふたりなら何か知っているかと思ったが……。
グスタフが言った。
「あのダークエルフの……」
「ナヤートか?」
「そう、その子なら何か知らないかな?」
その線はなさそうな気がした。
アップルの話はナヤートが一緒にいる時にしたのだ。何か知ってることがあったなら、俺たちの誰かに話していたんじゃないかと思った。それとも、特に言うタイミングもなかったから黙っているだけなのだろうか? 親しいハルになら、世間話ついでに話してたりするだろうか?
「よ、よし! ナヤートさんも呼ぼう! アレクシスの家にいるんだよな⁉︎」
皇太子がうわずった声でそう言った。ツェモイがうなずき、自分でいくか誰かに指示でも出すのか居室を出ようとした。
その時だった。
「ガハハハハそンな必要はないッ! 僕から説明してやろうーッ!」
俺の帽子の中から声がした。と同時に帽子を跳ね上げてスピットファイアが飛び出した。
「わわっ、なんだこいつは⁉︎ 殿下をお守りしろ!」
「うわっスピットファイア⁉︎ 貴殿何でここに……⁉︎」
近衛兵やツェモイがバタバタし始めたが、
「みんな落ち着け! ガスンバの妖精王だ! アラモスさんのご友人だ!」
皇太子がそれを制止。
すっかり忘れていた。スピットファイアを帽子に入れっぱなしにしていたのだった。俺がズレた帽子をなおしていると、アレクシスがそばにやってきた。
彼女が「スピットファイアというと吐院火奈太君ですか」と小声で尋ねてきたので、俺はあとで話そうと答えた。魔王……暁社長も君の家で待っていると言うと、アレクシスはうなずいて俺から少し離れた。
「妖精王スピットファイアよ!」皇太子が言った。「教えてくれ、親父はいったいどうなっちまったんだ!」
スピットファイアはベッドに横たわる皇帝の上に浮遊すると、俺たちを振り返って言った。
「うむッ! 要するにこのおっさんはヴァルハライザー内の人格のデータが破損したか、もしくは初期状態に戻ってしまったのだ! ありふれたンプクになってしまったンだッ! 賑やかしとしてそこらをウロチョロしてるだけのゲームキャラクターにッ! つまりこれ自体は元からの仕様なのでみんな気にせず普段の生活に戻ってよろしいッ!」
俺は手を伸ばしてスピットファイアを引っ掴むと帽子の中に戻した。
「モガモガーッ!」
「お、おいアラモスさん何してるんだ、何か喋ってたぞ」
「いいんだ。気にしないでくれ」
「待ってくれ、妖精王は親父のことについて何か知ってるんだろ⁉︎」
「いいんだ。気にしないでくれ」
まさかいきなりヴァルハライザーの名を出すとは思わなかった。
もちろん、以前アレクシスが転生者としての前世の話をした時、そこには皇太子も同席していた。その時もヴァルハライザーという言葉はアレクシスが口にしていた。
だがここには皇太子や、同じく以前同席していたホッグスたちだけでなく、神官長や近衛兵もいる。
しかもゲームのキャラクターなどと……皇帝が奇妙な挙動をすることをそういう形で説明するとは予測していなかった。
「なあアラモスさん、妖精王を離してやってくれよ……」
「エルフを探そう。以前アップルという女の子が、今の皇帝のような状態になったんだ。俺の知っているエルフがその原因について調べにいくとかそんなような理由でどこかへ消えた。彼女なら何か知っているはずなんだ」
帽子の中でスピットファイアが暴れているのを感じた。
皇太子たちは知る必要のないことだ。自分たちが虚構の存在だなんていうことは。
しかも今スピットファイアがくっちゃべったのを聞くに、スピットファイア自身は解決法などなく、むしろこれが自然な状態だと言わんばかりだった。スピットファイアは解決する気がないように思われた。
あのエルフだ。彼女なら何か知っているはず。彼女ならきっと、皇太子が納得いくような説明ができるはず。
俺は居室の入り口につま先を向けた。
まだまだやるべきことだらけなのだ。ヴァルハライザーは盗まれたらしいし、エンシェントドラゴンの卵も見つかったという。そもそも世界の終わりがどうのこうのという話も何もわかってはいなかったし……第一、あいつだ。
あの奴隷商人、カロリアンだ。あいつも帝都にいるようだが奴もナヤートを帝都に連れてきて以来姿を見せない。
奴も何かを知っているはずだ。
ナヤートの話によれば、奴は魔女が帝都にドラゴンを埋めて何かしようとしていると言っていたそうだし、おまけに俺たち転生者が日本に帰れるよう動いていたふしがある。
わからないことだらけだ。だがわかっていることがある。わかっている奴がいるということだ。
俺はそいつらを探すべく、帽子を手で押さえたまま皇帝の居室を出ようとしたが……目の前にホッグスが立っていた。
出口の前で、まるで通せんぼするように立って俺を見上げている。
彼女は俺の胸板を指で突いて、言った。
「ロス。戻れ」
「何だと?」
「部屋にいろ。そして皇帝陛下に何があったのか、スピットファイアの口から皇太子殿下にお聞かせしてさしあげろ」
ホッグスの金色の瞳は厳しい光をたたえて俺を見ていた。
「……少佐、どいてくれ。俺たちには詳しいことは何もわからないんだ。だがそれをわかってる奴がいるから、これからそいつを探しにいく」
「戻るのである」
「大丈夫だ、問題ない。ちょっとコミュニケーションが取りづらくはなるが健康に問題があるわけじゃない。通してくれ。ふらちな奴隷商人に説明を求める必要があるんだ」
「勝手な男であるなロス・アラモス。いつもスカした態度で、自分だけわかったようなツラをして」
ホッグスに突き飛ばされた。やや後方にたたらを踏む。
ツェモイがホッグスを制止しようとしていた。だが当のホッグスは構わずさらに言った。
「何が起こっとるんだ? 説明してくれたっていいであろう! 転生者と言えどとどのつまりがよそ者であろうが! 皇帝陛下が倒れられたのであるぞ。帝国の問題なのである! よくはわからんがそのヴァルハライザーとかいうもののせいでこうなっていて、それは全てよそ者が関わっとることで、事情を知っとる人間は口をつぐんで、僕はなんにもわかりませんって顔をする。貴様らは我が国の中で貴様らの都合で我々を振り回しとるのであるぞ! もっと真面目に話したらどうなんだ!」
さらに掴みかかってこようとしたホッグスを、今度こそツェモイと、皇太子殿下がなだめに入った。
「よ、よさないか少佐……!」
「少佐落ち着けって、何も怒鳴らなくても……」
「殿下! このバカは殿下をないがしろにしてるんですよ! 皇帝陛下が、お父上がこのような有様になって殿下もお心を痛めておられるのでしょうに、このバカはそんなこと関係ないぜって顔して……おいロス・アラモス! 貴様には人の心というものがないのであるかっ!」
ラリアが左腕に掴まる力を強めたのを感じた。
俺はアレクシスを振り返った。彼女は首を横に振っている。
やはり話せるわけはない。
だが、どうも俺の頭の様子がおかしいのを感じた。
前髪が……前髪が引っ張られている!
スピットファイアのバカ野郎が帽子の中で髪の毛を引っ張っているのだ。俺はすぐさま帽子を脱いで、
「いて……やめろッ! スピットファイアやめろッ! ブッ殺すぞ!!!」
「ガハハやっと離してくれたな」
スピットファイアは髪を離して空中に浮遊すると、
「黒帽子ーッ! 何をもったいつけた挙動不審ムーブしとンのじゃいーッ! 今はそれどころじゃないンだーッ! こいつらにも話をしてやらにゃあならンッ!」
「し、しかし……」
「しかしもふ菓子もないッ! ヴァルハライザーが盗まれたンだッ! どこにいったかもわからンッ! この際ンプク共にも協力してもらいヴァルハライザーを追わにゃあならンッ! わからンのかこの状況がッ! 魔女が何かを始めよったンじゃーッ!」
その場にいる、スピットファイア以外の全員が互いの顔を見合わせた。
俺は言った。
「何かって……何だろう」
「いいかッ! 皇帝はンプクに戻ったッ! 人形に戻ってしまったンだッ! それがなぜなのかは僕にもよくわからンが、挙動がおかしくなったのは事実! 考えてみろ黒帽子、この偽物のあの世のンプクは全員ヴァルハライザーが作り出しとンじゃいッ! そのンプクの挙動が突然おかしくなったっちゅーことは、ヴァルハライザーの挙動がおかしくなったっちゅーことやどッ!!!」
そしてスピットファイアは居室の人々をぐるりと指差し、
「説明してくれなきゃ協力したくないと言うなら説明してやるッ! 誰から話すッ⁉︎ 僕からかッ! それともバルバロッサからかーッ!!!」




