第295話 ワールドエンドビギニング
城へはラリアと、ホッグスも一緒にいくことになった。
道中ゴーストバギーの中で何か質問されるかと思ったが、彼女は特に何か口を開くこともなかった。
かがり火でライトアップされた城の東門につくとツェモイ騎士団長が待っていた。
バギーをアルマジロの縫いぐるみに戻している最中、ツェモイと少し話をすることになった。
「やあロス殿。グランシへいったかと思ったらあっという間に戦争を終わらせてしまったんだってな。さすがの働き、感服すると共に私からも礼を言わせてくれ。オルタネティカのために戦ってくれ感謝する」
「アレクシスから聞いてないのか?」
魔族との戦争は魔王が転生者ということで、ある面においては困難ではなかった。アレクシスへの手紙にはその旨を伝えていたので、アレクシスの護衛であるツェモイも聞いているかと思ったが……。
「アレックス様が何かおっしゃられようとはしたがね。聞かないことにしたよ。誰と誰までが転生者かなど、私には関係のないことだからね」
察してはいるが空気を読んだ、ということか。
帝国騎士の団長まで務めるツェモイのマナーあふれる心遣いに俺は礼を述べ……ようかと思ったがこの女はたんにウォッチタワーにしか興味がないだけではないのかと思ってやめた。
かわりに別の話をすることにした。
「皇帝陛下の様子がおかしいと聞いたんだが」
「うむ……私はそれほど高い身分でもないので具体的にどうなのかは知らされていない。だがアレックス様が」
「めんどうだ、アレクシスで統一しよう」
「それはちょっとな。アレックス様とエルフのおふたりが登城なされて神官長たちとご相談されているのだが、それでもよくわからないそうで貴殿にお出まし願った」
ツェモイはそう言うと、さっそく俺を城内に案内しようとする。
ホッグスが言った。
「ロス。ラリア殿は私がここで預かっておくか?」
だがすぐさまツェモイが、
「少佐。貴殿にも登城の許可が下りているよ」
「む? 私は平民だぞ。それにラリア殿は、言いたくはないが獣人……」
「皇太子殿下のご指示だ。ロス殿の護衛が必要だし……それに殿下は、打てる手は可能な限り打つべきとのこと。無礼講でいくと。どうやら相当只事ではないらしいぞ」
そう言って城内に入っていく。
俺はラリアに左腕に登ってもらい、ホッグスと共にツェモイの後を追う。
廊下を足早に歩きつつ、
「ツェモイ団長、どうして俺が呼ばれたんだろう?」
「ロス殿が陛下のご容態について何か知ってるからでは?」
「俺は医者じゃない。この国の医者はもう呼んであるんだろう? それにアレクシス、ましてやアールフォーさんとグスタフもいるはずだ。俺ごときの出番なんかない」
「その辺は私にもわからないよ。ただ、どうも皇太子殿下が貴殿のことを頼りにしているようでな。それに時期が時期だけに神官長も近衛兵も……」
「何の時期だろう」
「アンダードッグ区でエンシェントドラゴンの卵が発見されたことは聞いていないか?」
たしかに、グランシで皇太子が受け取った手紙にはそういうことが書いてあったとは聞いた。
ホッグスが尋ねた。
「そちらの方はどうなっとるのであるか?」
「とりあえず発見された一帯を第1と第3の騎士団が封鎖した。ドラゴン退治の経験があるマジノ殿に駆除を依頼しようと思っていた矢先に陛下が……」
ツェモイは、そのため俺たちが帰るまでマジノには留守番を頼まざるを得なくなったと言った。
「幸いなことにまだ卵の段階で動きもない。おそらく今頃、私の部下のミーシャがマジノ殿にあらためて調査依頼を出している頃だろう」
そう言えば、俺に登城するよう伝えにきたミーシャはこちらへついてこなかった。まだ用事があったということか。アリー家別邸に残った転生者の誰かが、アンダードッグ区まで出かけるのだろうか。
そうこうしているうちに俺たちは城の上部につき、帝室の居住区前までやってきていた。
以前アレクシスが潜水艦を召喚して壁に大穴を開けた長い廊下だ。見てみれば壁は戸板で応急処置がほどこされて穴は一応ふさがっている。
廊下の奥には近衛兵長と、数名の近衛兵が立っている。俺たちがそこまでいくと、ツェモイとホッグスが帝室前で待つと俺に告げた。
しかし近衛兵長がそれを制すように片手をあげた。
「アレクシス様が、ふたりにも中へ入ってもらいたいと」
ツェモイとホッグスが顔を見合わせる。
ツェモイが言った。
「お言葉ですが近衛兵長殿。さすがに私たちが畏れおおくも帝室に踏み入るわけには……」
「ツェモイ騎士団長殿。アレクシス様は極力貴殿をおそばに置いておきたいそうだ。それにホッグス少佐はロス殿の護衛を皇太子殿下から直接おおせつかっていると聞いた。全ては皇太子殿下のお指図によるもの」
そう言って、近衛兵長は道を開けた。
中に入りにきたのだから中に入らない理由を探してゴネる理由もない。俺はラリアと共に帝室へ進むことにした。
後ろからホッグスとツェモイもついてくる。そうして、また近衛兵がふたり守っている扉をくぐり、皇帝の居室へと足を踏み入れた。
居室の中にはアレクシスとアールフォーさん、グスタフ。彼女らはそろって俺の方を振り向いた。
あとは神官長。それに椅子に座って困ったような顔をしている白いローブの中年男性。知らない顔だが医者のように見える。
そして……ベッドに横たわっている皇帝。
ベッド脇にはヤマト皇太子がいて、アレクシスと共に声をかけてきた。
「アラモスさんきてくれたか!」
「アラモスさん、お疲れ様です。戦いが終わったばかりだというのにお呼びだてして申し訳ありません」
俺はとりあえずアレクシスとアールフォーさんのそばへいった。ホッグスとツェモイはさすがに遠慮したのか部屋の入り口に立ったままだったが。
「殿下。アレクシス。皇帝陛下が病気だそうだが……?」
「病気というか……」
アレクシスが首をひねる。
「何と言うか、受け答えが急におかしくなられて……」
彼女はアールフォーさんと顔を見合わせた。アールフォーさんはそれから俺を見てうなずいた。グスタフは皇太子と共にベッド脇についているが、眉をハの字にして頬をかいている。
皇帝を見やってみた。
はためには普通にベッドに寝ているようにしか見えなかった。
強いて変わったところをあげろと言われれば、皇帝は瞳を開けてずっと天井を見ているということぐらい。
俺が部屋に入ってきてからずっとそうだった。皇太子やアレクシスが俺に声をかけた時も、別にこちらを見ようともしなかった。
「で……俺にどうしろと?」
自分がなぜここに呼ばれたのかわからなかった。
医者は椅子に座って泣きそうな顔をしている。物知りグスタフも蚊がいるわけでもないだろうにずっと頬をかいているだけ。
誰も俺にどんな問題が起こっているのか説明もしてくれない。
皇太子が、仰向けに横たわっている皇帝を向いて言った。
「なぁ、親父……アラモスさんがきたぜ」
俺はちょっと一瞬、ヤマト皇太子は自分の家族に恋人を紹介するような気分で話しかけているんじゃないだろうかと身構えた。
だがそんな俺の懸念はどこ吹く風とばかりに、皇帝が答えた。
「余はオルタネティカ帝国皇帝である」
皇太子が言った。
「ああ、それは知ってるったら。意外な事実でも何でもないって。なぁ親父……」
「余はオルタネティカ帝国皇帝である」
俺はアレクシスの方を見た。
アレクシスは顔は俺に向けたまま、横目に皇帝を見ている。
「おい、親父ったら……」
「息子のヤマトには困ったものだ……」
「うん、だからその息子は目の前にいるって! ちょっと、冗談言ってねえでさぁ」
「息子のヤマトには困ったものだ……」
「おい、ふざけんじゃねえぞ!」
皇太子が突然皇帝に掴みかかった。
グスタフと神官長が慌てたように後ろから皇太子を組みとめ、引き剥がす。
けしてそこまで掴み合いをするつもりはなかったらしい。皇太子はすぐに胸元から手を離した。
皇帝が言った。
「余はオルタネティカ帝国皇帝である」
俺は今度はホッグスとツェモイを振り返った。ふたりは眉間にシワを寄せていた。千円札を何度入れても吐き出してくる自販機を眺めるような目つきで皇帝を見ていた。
視線を皇帝に戻す。
アレクシスが言った。
「今朝からずっとこういう調子なんです。何とお声かけしてもふたつのことしかおおせにならず……」




