第294話 マジノはお留守番
帝都に入ってから、ヤマト皇太子は慌ただしく城へと向かった。
我々はそもそも帝国の戦争相手である魔族の元首、魔王バルバロッサを連れていたし、帝都の直前で出迎えにきた重臣や軍部のお偉いさんは俺たち(転生者)を国の英雄としてアレがアレだから凱旋のパレードもうんたらかんたらとゴチャゴチャ言っていたが、皇太子はそれらに素早く命令をくだした。
魔王と側近の魔族は上級貴族アリー家の別邸に案内し、護衛と監視はツェモイ団長率いる第2騎士団をつけろ、特別顧問としてホッグス少佐もつける、以上。
そう言うだけ言って自分は城へとすっ飛んでいった。
俺たち転生者がアリー家の別邸についた時にはすでに騎士団は配置されていた。屋敷の塀の要所要所に鎧の女騎士たちがついている。それをもうひとまわりさらに囲むように一般の兵士たちの姿。ノーブレス区のアリー邸の周囲にはかなりの数の兵が配置されていた。
別邸で俺たちを出迎えたのはマジノだった。ゴーストバギーが近づく音に気づいたのか玄関先に姿を見せた。
「ロスさん、無事だったか!」
「ああ。最後の転生者とも合流できた」
「うん、手紙に書いてあったの見たぜ」
魔族の要塞での出来事はあらまし手紙に書いて知らせておいたのだ。万が一どこかで紛失し他人に読まれたくもないから、転生者という単語などはぼやかした文面で送ったが。
「まあなんかすごく回りくどい表現とか比喩とか乱発されてたから解読にちょっとてこずったけどね」
マジノはそう言うと、引き結んだ口をひん曲げてややうつむいた。そして右足のかかとで左足のふくらはぎをかきながら言った。
「井染家の奴らがいた……んだっけか」
「……ああ。全員死んだ」
「お悔やみを言うべきかな」
「誰にだ?」
「形だけさ」
マジノはそう言うと、バギーから降りる他の仲間たちに目をやった。パンジャンドラムに手を振ったりしている。魔王の姿を目にとめたようだった。
魔王のそばにはヴィエラたちがいたが、魔王は彼女たちをその場にとどめおくとこちらへ歩いてきた。そしてマジノにお辞儀すると、
「魔王バルバロッサである。お世話になる」
と挨拶する。
マジノが言った。
「暁蛮太郎社長ですか?」
「……うむ。そちらは?」
「週刊聞旬の壁内越郎です」
「ああ、壁内君……このたびはご愁傷様です」
「お互い様でしょう。経産省の荒井枢さんの死の真相を公表しようとしたんですがダメでした……申し訳ない」
そういう会話をしているうちに他の転生者もこちらへやってくるのが見える。
マジノが言った。
「それでロスさん。ゴースラント大陸にいったんだよな? それで、日本に帰れる方法はみつかったのかい?」
俺は無意識に、いつの間にか隣りに立っていたパンジャンドラムを見下ろした。パンジャンドラムも俺も一瞬見上げ、それから目をそらす。
「おいどうしたんだよふたりともそんな顔して。まさか……」
「おうそれよ! 困ったもンだぜよ!!!」
唐突に俺の帽子の中から声がした。
スピットファイアだ。俺の頭に立って帽子を持ち上げているようだ。
「うおっ、ロスさん何だそれ、妖精⁉︎」
「壁内君」魔王が言った。「吐院火奈太君が、ヴァルハライザーを使ってゲームを作ろうとしていたという話はしたっけな?」
「ええ、聞きました……それが?」
「この妖精、そのゲームのナビゲーターキャラクターだ……」
俺は思わず魔王を振り向いた。
魔王の後ろにはウォッチタワーが立っていたが、彼は俺に向かいうなずいてみせた。そう言えばグランシから帝都へくる時、彼と魔王がスピットファイアと話をしていたが……。
「我輩もびっくりしたよ。火奈太君に見せてもらったラフ画とそっくりなんだ。ヴァルハライザーを使ったゲームを作った場合、ゲーム世界にダイブしたプレイヤーに各種説明を行なうNPCとして用意する予定だったようだが……まさかこうして直接お話しできる日がくるとは思わなかったな。しかもこんな性格だとは思わなかった」
魔王はさらにマジノに対し、スピットファイアは我々を日本へ帰すために火奈太少年が何かしらの操作をしている様子だとウォッチタワーから聞いたと話した。
吐院火奈太少年本人というわけでもないらしいことも。
「じゃ……じゃあ社長。この異世界は本当に、ヴァルハライザーの中……?」
「うむ……しかも火奈太君が作りかけのゲームの中のようだ……」
ふたりは難しい顔をして黙り込んだ。
長くヴァルハライザーに関わってきたふたりだ。ショックも大きいのかも知れない。
だがそんな沈黙もどこ吹く風とばかりにスピットファイアが言った。
「おい、そンなこたぁどーだっていいンだよ。問題なのはそのナビゲーターの僕が貴様らを日本までナビゲイトできなくなりかかってるってことだろうがよ。ヴァルハライザーが誰かに盗まれた。どがンかせンといけン」
マジノはびっくりしたような顔をして、俺と魔王、そしてスピットファイアの顔を見比べた。
「なに、ヴァルハライザーが、盗まれ……?」
「マジノ」俺は言った。「その前に、アレクシスは?」
「おお、そうだ」魔王も言った。「荒井さんに会いたい。なんか女性に転生しちゃったって聞いたんだが」
「あ、それが……アレクシスさんは城にいきましたよ」
マジノはそう言った。
「この国の皇帝陛下がおかしくなっちまったらしくて……それで神殿の神官長がすっ飛んできてですね。何が起こってるのか皆目わからない、転生者のお知恵でなんとかならないかと言ってきて……」
神官長……彼はたしかヌルチートに取り憑かれた件でアレクシスが転生者であることを知っていたはず。
だから助けを求めにきたということか?
俺は尋ねた。
「なぜだろう? 皇帝陛下の様子がおかしいとは皇太子殿下からも聞いた。頭がラリったそうだが……何かの病気にかかったということじゃないのか?」
アレクシスを呼んでどうするというのだろう? それともアレクシスこと荒井枢氏は国家公務員の資格だけでなく医師免許も持っている筋金入りのエリートだとでもいうのだろうか。どこまでいけすかなければ気がすむのだろうか。
「わからない。とにかく神官長でも、医者でも、宮廷魔術師でも解決できてないことだそうだ」
だから、アレクシス? 転生者の知恵を借りたいと……。
するとハルが言った。
「あの、マジノさん。母さんは……?」
アレクシスとマジノと一緒に帝都に残ってもらった転生エルフのアールフォーさんのことだろう。
マジノは答えた。
「アールフォーさんかい? あの人も城にいったよ。エルフの知恵も借りたいって言われて、グスタフさんと一緒にアレクシスさんについていった。俺はあんたたちを待つため留守番さ」」
グスタフと言えばアールフォーさんの新しい彼氏だ。俺はトンプソンの方を横目に見たが、彼の顔色は特段変わったところはなかった。
この場の転生者はみんな、何を言うでもなく顔を見合わせ合った。
ラリアはと言えばナヤートに手を引かれ離れたところにいる。ヴァルハライザーの話を聞かせないための気配りだろう。
あとはホッグス少佐がいるだけ……ホッグス?
ホッグスは俺のすぐ右斜め後ろに立っていた。
俺が2度見ぎみにそちらを振り返ると、
「どうしたのであるかロス。アホみたいな顔して」
彼女はそう言った。
他の転生者も驚いたような顔で彼女を見ている。
俺は言った。
「ひょっとして……さっきから話を聞いてたか?」
「うむ。スピットファイアがゲームの案内役でどうたらこうたらと……何の試合であるか? 球技? 格闘技?」
俺がそれに何と答えようかと考えた時だった。
敷地の出入り口の方向から、自転車が1台走ってきた。
乗っている女性に見覚えがあった。第2騎士団、ツェモイ団長の部下のミーシャという女騎士だ。
ミーシャはかなりスピードを出して自転車をこいでいた。我々の手前で後輪ドリフトを決めながら停止するとそのままの姿勢で言った。
「火急の折にて車上にて御免。ロスさん、皇太子殿下とアレックス・アリー様が城まできて欲しいと仰せです。皇帝陛下のご容態についてお尋ねしたいと。ロスさんのお車できていただけませんか?」
アレックス・アリーはアレクシスの通称だ。
俺は他の転生者やホッグスの顔を見やったが……こう言った。
「パンジャンドラム。マジノにゴースラントで何があったか説明しておいてくれ。俺は城へいってくる」




