第293話 胎動
港から迎賓館へ戻った時すでに日は沈んでいた。
だが迎賓館ではみんながバタバタしていた。
帝国兵士たちがせわしなくいきかい、豪勢な馬車が玄関の前につけられようとしていた。
俺はゴーストバギーを迎賓館前庭のラウンドアバウト、その端っこの方に止めて様子を見ていた。だがホッグスはすぐに助手席から降りて、通りすがりの兵士をつかまえて何事か尋ねた。
俺は運転席からそのやり取りを何となく眺めていたが、ふたりはしばらく話したあと、兵士は立ち去り、ホッグスは窓からこちらをのぞきこんだ。
「皇太子殿下が帝都へご帰還あそばされるそうである。みんなその準備をしている」
「今からか? もう夜だろう」
「うむ……」
「どうしたんだろう、みんな妙に慌てているように見えるな」
「わからん。さっきの兵士は、帝都から手紙が届いてから急に殿下がご帰還を決められたと」
ふたりで首をひねっていたが、その時ちょうど玄関からヤマト皇太子が姿を現した。
彼は玄関に横づけされた馬車に乗り込もうとしたが、俺がバギーから降りたのに気づいたのかこっちへ走ってきた。
「アラモスさん、戻ってきたのか? 何で?」
「ああ……ちょっとしたトラブルが発生して」
「マジか。何があった?」
「その前に、帝都から手紙がきたとさっき聞いた。それで、君が帝都に帰るらしいということも。どうかしたのか? ずいぶん慌ただしいが……」
帝都からの手紙と言えば俺もアレクシスからの連絡を待ってもいたところだった。彼女の手紙も一緒にきたのだろうか? それについても尋ねようと考えていた。
だが目の前の皇太子は眉間を指で揉みながら下を向いていたが、やがて顔を上げて言った。
「それがな……今アレックスから」
「もうこの際アレクシスと呼んでくれないか。話しにくいよ」
「だな。アレクシスから手紙がきたんだ。それで……」
一瞬、彼は言いよどみ、周囲を見回した。彼の後ろからは側近の者たちが追ってきていたが、それを手で制した。
彼はホッグスの方もチラリと見た。ホッグスの方では何かを察したか敬礼してからバギーを離れていく。
それを確認してから皇太子は小声で言った。
「親父の……皇帝陛下の様子がおかしいって書いてあった」
「……どうおかしいんだろう?」
「それが……なんか急に頭がラリったみたいなことが書いてあって、俺にすぐ戻ってきて欲しいって……」
「病ということか?」
「わかんねえ……親父はめっちゃ、いやもうウゼえぐらい健康なんだけどな……?」
俺はオルタネティカ帝国皇帝の姿を思い浮かべた。ガタイがよく、体を硬化させるスキルで息子のヤマト皇太子と殴り合う元気な姿しか思い浮かばなかった。
だが頭がラリったという。
体を硬化させるスキルが脳の動脈硬化でも引き起こしたのだろうか?
「それで、今から帝都へ?」
「ああ、そうしなきゃ」
なるほど、人払いもしたいわけだ。皇帝が病にかかったなどと知られれば民も兵も不安になるかも知れなかった。
それに第一今はまだ……魔族との完全な停戦協定も結ばれていないはず。
俺は言った。
「訊いていいか。手紙には魔族とのことはどうするか書いてあったんだろうか?」
「話を引き延ばした方がいいって、重臣もアレクシスも」
となると、魔王バルバロッサには事情は伏せたままこのグランシで何となくリゾートを楽しんでもらい、その間皇帝のことをどうにかするつもりということか。
俺としてはヴァルハライザーの盗難についてアレクシスたちとも話したかったが……。
「あのな、アラモスさん。手紙にはあのことも書いてあって……」
皇太子の眉間にはシワが寄っている。
「あのこと?」
「ほら……帝都のアンダードッグ区のエンシェントドラゴン……」
思い出してみるとたしかにそんな話があったような気がする。
アンダードッグ区の地下にドラゴンが眠っているかも知れないという話。それに備えてアレクシスとマジノ、アールフォーさんには帝都に残ってもらったのだった。
皇太子は言った。
「見つかったって……」
「どうしてそれを先に言わないんだろう、大変なことじゃないか」
「いやそれがさ、なんか……手紙にはデカい卵だって書いてあったんだよ。最初は発見した兵士たちもそれが何なのかわかんなかったらしいが、《ドラゴンウォール》があって触れないって気づいて、そんでドラゴンだとわかったと……」
「じゃあ被害は……」
「今んところないってよ。ただ……」
「ただ?」
「親父がその後からおかしくなったって……」
そこまで言った時だった。
皇太子は急に目を見開いて俺の頭を見た。
この礼儀知らずの坊やはそんなに俺の生え際が気になるのかと思ったがそうではない。
帽子が持ち上がっているのだ。
「ア、アラモスさん、頭に虫が……」
「なンだとッ! 虫ではない! スピットファイア様だーッ!」
どうやらスピットファイアが帽子を少しだけ持ち上げて皇太子を見ていたらしい。
俺は言った。
「殿下、気にするな。この妖精はガスンバの妖精王。ウォッチタワーの友だちだ」
「えっ、そ、そうなのか」
「ガハハハハそうかしこまるなただの密入国者さガハハ」
スピットファイアはそんな挨拶をしたあと、
「黒帽子。ドラゴンが出たって? それにアレクシスってのは……」
「転生者だ。帝都に3人残ってもらった」
「よし、なら僕らもてーととやらにいこうぜ」
俺は目だけで上を見た。頭の上に乗ってるのでスピットファイアの姿は見えないが、
「ヴァルハライザーはどうするんだろう?」
「なンか嫌な予感がする。ドラゴンの卵だと? そンな設定は初めて聞いたぜ」
目の前では皇太子が俺とスピットファイアを見比べてながら、
「な、何だい設定って……それにヴァルハ……なに?」
だが俺はそれに答えず言った。
「殿下。俺たちも帝都へいく。仕方がない、魔王さんも連れていこう」
帝都への帰路。俺たち転生者は2台の車にわかれた。
一台はハルのゴーストバギー。幌馬車のやつだ。そちらにハル、ナヤート、トンプソン。そしてパンジャンドラムが乗っている。
パンジャンドラムがそちらに乗ったのは、ゴースラントへいってきた顛末をハルたちに説明するためだった。
俺の方のゴーストバギーは、後部キャンピングカーにウォッチタワーと魔王。スピットファイアが説明役として乗っているはずだ。
そして運転席には俺。
助手席にはラリアと……ホッグスが乗っていた。
ヤマト皇太子は特別にホッグス少佐に事情を話した。そのうえで、俺たち転生者の護衛につき、帝都へ戻ったらツェモイ騎士団長とも合流して引き続き転生者に協力するよう命じられていた。
ホッグスの部隊の大半はグランシに残り、彼女の副官であるロクストン氏が指揮を執っている。残りはホッグスについて皇太子の護衛として帝都へ。
そうやって俺たちは夜を押して街道を進んでいた。
俺は月明かりのなかバギーを走らせながら、キャンピングカーでの話はどうなっているだろうかと考えていた。
後ろにはスピットファイアと魔王が乗っている。
魔王はヴァルハライザー開発にたずさわっていた人物だ。ウォッチタワーはスピットファイアが吐院火奈太少年だったことを知っているし、魔王は火奈太少年を知っている。
なら話はスムーズに進んでいるだろうか。もうひとつの懸念は、キャンピングカーにはヴィエラ、メリナ、リリアンヌの3人も乗っているということだ。ぎゅうぎゅう詰めになっていなければいいのだが。
そんなことを考えていたのだが、ふいに夜のドライブの静寂を破る者があった。
「ロス。ヴァルハライザーとは何なのだ?」
助手席のホッグスだった。
彼女の膝ではラリアが眠っていた。ホッグスはそんなラリアの頭をゆっくりとなでながらこちらを見ていた。
俺は前方の、皇太子の乗る馬車を見たまま、
「俺たちが前世の世界に帰るための装置だ」
そう答えた。
「ふうん」
ホッグスはそう答えた。
そのあとしばらくは無言だった。
ゴーストバギーのエンジン音と街道の石畳をタイヤが転がる音がするだけ。
「夢なのかな。この世界は」
またふいにホッグスが言った。
俺は言った。
「さあな」
「転生者とはよくわからんものであるな。昔から不思議な知識を持つ人々だと伝説が伝わっているが、貴様らの会話はさっぱり理解できん」
俺だって正直よくわかっていない。いっそそう言おうかと思った。最終学歴高卒の俺には最先端テクノロジーの話など縁遠い。
「そうやって私たちを置いてきぼりにするのであるな。生まれながらに力を持って、私たちとは一線を画す」
「俺だって同じだ。なんにもついていけていない。突然この世界に放り込まれて、そしたらさっさと帰れと言われた」
「そしてその次は、帰る方法はやっぱりありません残念、というわけか」
「そうだ。バカにした話だ」
「残らないのか」
助手席を見やった。
ホッグスは窓の外を見ていてこちらに顔を見せない。
「転生者の中にはこの地に残る人もいると聞いた。貴様は違うのか」
俺は前の馬車のスピードが一定なのをいいことに、ホッグスの方ばかりを見ていた。
こちらを振り向くのだろうかと思っていたからだ。
だが彼女は向こうを向いたまま。
「きっと何か……帰りたい理由があるのであろうな」
俺は視線を前に戻した。
ホッグスが言った、転生者の伝説について考えていた。
この異世界の人間は転生者というものがいるということを知っている。
ヴァルハライザーの夢の中で、彼女たちは俺たちがくることを知っていたのだ。
なぜなのか。
それについてホッグスに尋ねたかったが、そうすべき雰囲気ではないような気がした。




