第291話 無効の大地
ラリアは俺の腕の中で震えていた。
ホッグスがそんなラリアの背中をさすっていたが、彼女の顔も困惑気味。その顔で俺を見上げていたが、俺も何と言うべきなのか見当もつかなかった。
この辺りには村があった。ラリアの村。だが実際には見渡す限り白い砂しかない。
「ラ、ラリア殿……たしかにここなのであるか? お、思い違いかも知れないぞ。ほら、地図をよく見てなかったとか……」
「そんなことないです! マスターと一緒に見た地図に書いてあったです! ここが、ここがボクの……!」
「し、しかしここには何も……」
ラリアの声は上ずっていて、ホッグスの方は歯切れが悪い。
俺は言った。
「少佐。たぶんラリアの言っていることは正しい」
「何を貴様まで! 何もないではないか、きっと別の場所に……」
「違う、何もないから問題なんだ。ラリアはツドニイの葉という植物しか食べられない」
「うん? ラリア殿はいつも貴様と普通の食事を……」
「あれは俺のスキルで加工していただけだ。見ろ、ここには君の言うとおり何もないんだ。木も、草すら生えてない。植物がないんだ。ツドニイの木がないんだよ。ラリアのようなコアラ族はここに住むことはできないはずなんだ」
「むう……だが、だからであるな……」
ホッグスはまだ信じられないようだった。
ホッグスがそう考えることは自然だった。
俺だって、普段であれば彼女と同じことを考えただろう。
ラリアの記憶が間違っているか、帝国海軍の方が上陸地点の認識を間違えているか。たしかにここがラリアの故郷だというビアスコトルなる地域ではないと考える材料は幾らでもあった。
だがラリアは、両親の顔が思い出せないと言ったのだ。
1度見ただけの地図に書いてあった、読めないはずの文字を、読み書きの練習をしてから思い出せるほど記憶力のいいラリアが、つい最近別れたはずの両親の顔を思い出せないと言うのだ。
しかもラリアの両親は悪党に殺されたと聞いた。
俺だって自分の両親の顔などろくすっぽ覚えてはいないが、それは30年以上会っていないからであって、ラリアにとっては忘れていい顔ではないのだ。
「ロス、答えを急ぐな! 1度海岸に戻って上陸地点が正しいのか確認してみよう。それからもっと兵員を上陸させて調査を……」
「あのカカシみたいに突っ立ってた奴らをか。何の役に立つと言うんだろう」
「何を言って……」
嫌な予感がしていた。
あの帝国軍斥候のリーダー。彼は俺に言った、我々はここで待ちますと。
しかも2度だ。同じことを2度言った。最近その手の人間に出会わなかったので忘れていたが、この異世界にきた当初はそういう語彙の少ない奴らに振り回されてきた。
だいたい魔王が言っていた。この異世界は吐院火奈太少年が空想したゲームのような世界だと。それで魔王は魔界に転生したが、魔界はまだ設定が練られていないので人口も少なくフィールドも粗雑だったと。
このゴースラントもそうじゃないのか?
この限りなく平坦な白い土地は作りかけの粗野なマップではないのか? だからこれほど無機質で、起伏すらないのでは?
ここにはラリアの村など最初からなかった?
「ど……どうするんだ、これから……ロス……」
ホッグスが呟いた。
ラリアは俺に抱きついたままコートをさらに強く握る。すがるように。
いや待て。落ち着けロス・アラモス。だとすればラリアは何者だ? ラリアはここにいる。両親がいたという記憶はあり、ツドニイの葉を食べてこの歳まで生きてきたはず。
ラリアもゲームのキャラクターのようなもの? だから年齢や生い立ちのようなものはなく……いやそんなはずはない。土地がポリゴンゲームの未実装フィールドであろうが、人物までそうだとは限らない。
パンジャンドラムだ。ウォッチタワーも、ハルもだ。俺以外の転生者みんなだ。彼らはこの異世界で生きてきて、20年前後の時間の流れを経験してきているはず。
ハル・ノートに至っては5歳ぐらいから幼馴染と共に大きくなっていたはずで、異世界の人物が生きて成長する存在だということを目撃していた。
それに魔王と魔族……それに奴隷商人。カロリアンだ。
魔族はこのゴースラントから獣人をカシアノーラに入れるなという魔女の指示によって海峡を封鎖していた。
この土地に獣人がいたのは間違いない。
ホッグスが俺を不安そうに見上げている。彼女もまた獣人だ。全て獣人の生まれ故郷がこのゴースラント。獣人はいる。この異世界には時間の流れがあるのだ。
だからあの奴隷商人カロリアンはこの土地からラリアを連れ出した。そのタイミングは……。
「……1ヶ月前だ」
海峡が封鎖され、帝国と魔族の対立が始まる直前。
「1ヶ月前にはここに間違いなく村があったはずだ」
「何を言っとる……ではその村はどこにどうやって消えたのだ……」
「そんなことは俺にもわからない。少佐、君の言うとおりだ。1度海岸まで戻ろう」
「む。貴様らの故郷へ帰る方法はどうする?」
「1度戻って考えを整理する。それからだ」
俺はラリアの帽子越しに頭に触れた。
ラリアは涙のにじんだ顔で俺を見上げる。
俺は言った。
「ここにはたしかにおまえの故郷があった。おまえは間違っていない」
「マスター……」
「カロリアンが何かを知っているはずだ。場合によっては帝都に戻ってあいつを探す」
奴はたしか帝都で指名手配されていたはず。捜査は続いているが、まだ捕まってはいない。だがその捜査に、俺も加わるべきだった。
「だがロス……」ホッグスが言った。「貴様が帰る方法は? 貴様が帰る場所は帝都ではなかろう」
「方法なんて他の仲間だって探せる。アレクシスたちもまだ帝都にいることだしな。だいたい今日はただの様子見だったはず」
俺はラリアの頭をぽんぽんと叩いた。
するとラリアは、涙をぬぐってうなずいた。
「よし、いったん海岸に戻ろう。滞在の拠点を作って……」
そう言いながらゴーストバギーを振り返った。
バギーの後ろにはキャンピングカーがあるのだが、その屋根の上にパンジャンドラムが登っていた。
高いところから周囲の偵察をやってくれているのだろうと思ったが、パンジャンドラムはある方向だけを見ていた。
バギーを向いている俺たちの後ろ、かなり右の方。彼はライフルのスコープを使ってそちらを見ていた。
「パンジャンドラム、どうした」
「ロス君、あれ」
彼はライフルを向けている方向を指差した。
振り返ってみると、遠くの方に何やら黒いものが空に向かって伸びている。
「何であろう、竜巻か……?」
ホッグスが呟いた。
たしかにそう見える。左右にうねって揺れている。遠くにあるせいかも知れないが、太さも高さもさほどあるわけではない。小さな黒い竜巻。
ただ、その黒い竜巻のようなものは時々小さな光を放っているようにみえた。
地面が真っ白で反射もあるものだからはっきりとはわからない。だが黒い竜巻は一部が一瞬白く見える時がある。
渦が作る雷だろうか?
だがパンジャンドラムが叫んだ。
「スピットファイア!」
「なに?」
「スピットファイアがいる! 戦ってる!」
俺は少しだけ、竜巻を見たあと、
「パンジャンドラム、キャンピングカーに入れ! あそこへいく!」
ラリアを抱え上げてバギーへ走った。助手席の扉の前に降ろすと、バギーのボンネットを滑って乗り越え反対側へ。俺が運転手に入ると同時に、ホッグスがディフォルメ形態を取ったラリアを抱いて助手席に乗り込んだ。
パンジャンドラムが窓へ飛び込む尻をバックミラーで確認しざま、ハンドルを切ると同時にアクセルペダルに蹴りをかました。
後輪とキャンピングカーを滑らせバギーは反転。巻き上げる砂埃が窓からも入るなか竜巻へ鼻づらを向けた。
障害物も起伏もないためアクセルはベタ踏みだった。竜巻が急速に近づいてくる。
その姿がはっきりと見えた時理解した。
竜巻ではなかった。
虫人間だ。黒くてデカい羽蟻のような奴らが大挙して、空へ向かい飛んでいる。それらがまるで柱のように見えていたのだ。
羽蟻共が飛ぶ先で、時折何かを光らせてる奴が、口汚く叫んでいる。ゴーストバギーのエンジン音は相当だったし、距離もまだ離れているというのに、そのがなり声はここまでよくきこえた。
「おンどれらーーーーッ!!! 群がっとンやないどーーーーーーーッ!!!!!」
《スピットファイアはかんしゃく玉のスキルを発動しています》
《スピットファイアはヴァイブロブレード・ウイングのスキルを発動しています》
《スピットファイアは多重爆葬のスキルを発動しています》
結論から言ってしまうと、俺とパンジャンドラムの出番はなかった。
光弾が花火大会のクライマックスのように乱射され、スピットファイアに群がる羽蟻は近寄ったそばから粉々にされる。スピットファイア自身も高速で飛び回り、敵に体当たりと同時に切り刻んでいく。おまけに時々スズメバチのような尻尾の先からとりわけ太い光弾を射出。槍のようなそれは羽蟻に刺さると大爆発を起こし、さらに無数の小さな光の針となり、周囲の羽蟻に刺さりさらに爆発。
圧巻の活躍だった。
100匹以上はいたはずの羽蟻たちだったが、俺たちがそこへ到達した時にはすっかり皆殺しにされ、静かになっていた。
白い大地を黒に染める羽蟻の死体をバギーのタイヤに乗り上げさせ、空中にいるスピットファイアの下辺りに近づく。
バギーを止めると俺は窓から顔を出し見上げた。
「スピットファイア、おみごと」
「おっ、黒帽子ッ! 元気しとったかーッ!」
狂える妖精王スピットファイアはひゅるりと旋回するように飛んだあと、バギーのボンネットに降り立った。
俺もラリアもホッグスも車を降りた。パンジャンドラムもキャンピングカーから出てくる。虫共は動く気配もない。
「ガハハーッ! ゴブリンといつかの第3帝国女も一緒か! コアラっ子も……コアラっ子どうした、顔色悪いンでないのガハハハハ」
腰に手を当て、相変わらず何がおかしいのかわからないタイミングで笑うスピットファイア。
俺は言った。
「スピットファイア、君もきていたんだな? 俺たちは君の言うとおりここまでたどり着いたぞ。楽ではなかったが」
「うむッ! まあ僕も約1名見失ったりとかしてね、ちっと泡食ったこともあったわけだけどね、まあダークエルフの転生者のことだけどもね、その子とも合流できたようでよかったよかったガハハハハ」
「君はこの異世界のことに詳しいはずだ。このゴースラントはどうなっているんだろう? ラリアの故郷があったはずだが、見てのとおりただの荒野になっている」
スピットファイアは爆散した羽蟻がまだ煙をあげている周囲を見回した。
「うン。やられた。何かをやられた」
「……何をだろう」
「わからン。何かだ。たいへンなことが起こっとる」
俺はパンジャンドラムやホッグス、ラリアとも顔を見合わせる。
パンジャンドラムが言った。
「ねえスピットファイア。ここにくれば前世の世界に、日本に帰れるんだよな? それはどうやってやるんだ?」
「うン。ここだ。ここで間違いない。この場所から帰れるンだ」
スピットファイアは人差し指を、バギーのボンネット……つまり下に向けた。
「何もないじゃん」
「そう、それよ。それが問題なわけでね。ここに大事な大事なものがあったわけだけどね。まあヴァルハライザーのことなンだけどもね」
俺たちはまた顔を見合わせる。特にホッグスなどは不思議そうな顔をしていた。そう言えば彼女にはヴァルハライザーのことは知らせていなかったことを思い出す。
パンジャンドラムがさらに尋ねる。
「ヴァルハライザー? あれがここにあんの?」
「まあね。なンと言うか……理論上はね」
「えっ、あれって日本にあるものじゃないの? コンピューターでしょ?」
「だから言ったろ、理論上はって。なンと言うかな、ヴァルハライザーの中のヴァルハライザー……自己の中の自己……自我と言ってもいいかな?」
スピットファイアはその場で足踏みしつつくるくる回りながら言う。
「ヴァルハライザーの中でもまあヴァルハライザーを認識することはできるってこった。それがここだ。ゴースラント。ここに置いてたンよ、ヴァルハライザーの自我を」
パンジャンドラムは周囲を見回す。
「……でもないじゃん。脳みそでしょ?」
「うン。かなりでっかい脳みそ。びっくりするほどおっきい脳みそ、ガハハ」
「……それ、どこ?」
周囲には本当に何もなかった。羽蟻の死体と白い荒野があるだけなのだ。
びっくりするほどおっきい脳みそなど影も形も見当たらない。
「そう、それだッ! ここにあったんだッ! ヴァルハライザーがッ! 理論上はーッ! それがね、困ったことに……」
スピットファイアはくるくる足踏みするのをやめ、俺を見て、いつもどおり何がおかしいのかわからないバカ笑いをしながら、言った。
「盗まれちゃったーーーーッ! ヴァルハライザーを誰かがかっぱらいやがったンだッ! だからここにはもうないッ! ガッハハハハハハーーーーーッ!!!」
まるで笑いごとではなかった。




