第290話 白い荒野
見渡す限り真っ白い砂漠が広がる土地だった。
オルタネティカ帝国海軍はまず沖合に船を停泊させると、そこから2隻の小舟を出してゴースラントに向かった。その中には俺とパンジャンドラム、ラリアとホッグスも含まれていた。
斥候だった。10数名の帝国兵士と共に、砂浜から上陸した。
何もなかった。
とにかく真っ白い砂漠だった。
出迎えも、港も、木も、何もない。
見渡す限り真っ白い砂漠が延々と広がっているだけだった。
海を振り返ると帝国兵士たちが突っ立っている。彼らは魔法銃を手に持っていた。魔力供給獣も2体、ボートに積まれている。
俺はその偵察兵たちの、隊長格の人物に声をかけた。
「これからどうするんだろう?」
「我々はここで待ちます」
何をだろうか。
「ロス」ホッグスが言った。「調査のための拠点を作る必要がある。これからキャンプを設営するだろう。私たちはこの辺りを少し調べてみた方がいいと思う。ラリア殿の生まれ故郷の村もそうだし……貴君らも……例の何かを探さなければならんのであろう?」
1度はホッグスの顔を見てから、それから兵士たちを見やったが、彼らは突っ立ったまま。
キャンプを設営する。いいことだ。だが彼らはライフルをかついで立っているだけで、何かの行動を起こそうとする様子はなかった。
パンジャンドラムも兵士たちを見て首をかしげている。俺はさらに何か彼らに尋ねようかと思ったが、ラリアが左腕から降りたのに気づいた。
ラリアは少しだけ波打ち際から離れて、大陸の奥の方をキョロキョロ見回している。何もない白い荒野を。
俺とパンジャンドラムは隊長に言った。
「俺たちはちょっと見て回ってくる」
「なんも目印ないね、ここ。車で走ってくるから、目印に狼煙か何かあげてもらえると助かるんだけど」
隊長は答えた。
「我々はここで待ちます」
俺はパンジャンドラムと顔を見合わせる。
ホッグスが言った。
「ふたり共どうした? 早く始めよう」
俺はラリアの背中からアルマジロのリュックサックを下ろし、ゴーストバギーを出現させる。パンジャンドラムは結局自分でアイテムボックスの中から薪を出して、地面に置いていた。俺は煙吹きの着火装置でそこに火をつける。
煙が十分に上がるのを待ってから、バギーに乗り込んだ。
白い荒野をバギーで走った。
助手席にはホッグスと、その膝に乗せられたディフォルメラリア。パンジャンドラムはバギー後部に連結されているキャンピングカーに乗ってもらった。
そうしてさっきからただただ走っていた。何もない大陸をだ。
本当に何もない。本当に植物もない。枯山水の庭のような砂の風紋がある荒野が続いているだけ。
俺は助手席に言った。
「兵士たち、様子がおかしかった」
「うん? 何がであるか」
「キャンプを設営するとか言いながら何もしていなかった」
「これからやるのではないのか?」
「軍の仕事はずいぶんのんびりしているんだな」
「海軍はそうなのではないか? 知らんけど」
ホッグスは何でもないことであるかのようにそう言い、あとは周囲の景色を見回している。
「なぜここに停泊したんだろう」
「……うん? 近かったからでは?」
「ゴースラントには町とか、コミュニティがあるはずだ。なぜ港とか、そういうところにいかなかった」
「えーと……うん? ないからではないのか?」
「何かがおかしい」
俺はだだっ広い荒野のあちこちに目を走らせながらそう言った。そのためあまり前を見て運転していないのだが、前を見る必要が感じられなかった。それほど何もないのだ。
「何がであるか」
「奴隷商人の類いがここから獣人を誘拐しているはずだ。それを船でカシアノーラ大陸に運んでいるはず。その船はどこに止める?」
「沖合では? 我々もそうしているのである」
言われてみればそうだ。沖合に船を留め、小舟を出してチンピラを送り込み、哀れな獣人を引っさらって、小舟に積んで本船に戻る。
だが本当にそうだろうか?
チマチマと小舟で往復し獣人を運ぶ? それとも1度で運びきれるほど少ない数を捕らえている?
何かがおかしかった。
凄まじい違和感があった。
バックミラーを見ると、後方のキャンピングカーの窓からパンジャンドラムが上半身を乗り出して、辺りを見回している姿が映っている。
本来であればそんな乗り方をしていればパトカーか白バイが吹っ飛んできそうだがこの土地はその心配がなかった。だがそれが問題だった。誰もいない。何もない。ミラーにときおり映る、辺りを見回すパンジャンドラムの表情は険しい。
「それで、ロスよ。どっちから探すのであるか? ここから貴様の世界に帰る方法と、ラリア殿の故郷……いやしかしこう何もないと……」
俺がキョロキョロしているばかりで答えないからか、ホッグスは次にラリアへ言った。
「ラリア殿。ラリア殿の故郷の村はどっちの方にあるかわかるであろうか?」
俺は横目で助手席のラリアを見てみる。
ラリアもまた窓の外をあちこち見回していたが、
「わ、わかんないです……」
「ふむ。そもそも奴隷商人共の船がどこから乗り込んだかわからんからそれも仕方がないのであるな。大陸は広いし……この辺は人が住んでいないのかも……」
俺は言った。
「住んでるはずだ。何かおかしい」
「何がであるか……」
「この辺りに町か村か何かがあるはずだ。地図ではそうだった」
「また地図の話であるか……貴様の記憶違いではないのか? 大陸なのであるぞ。この辺に村がないからという理由でおかしいと言う方がおかしいのである。ガスンバの大森林を思い出せ。あれだけ広かったが、人がいたのは帝国の冒険者ギルドベースとオークの村と、あとは魔女の館があっただけであったろう。そんなものであろう、未開の地など」
まったくごもっともだった。
今俺たちは、ただゴースラント大陸のはしっこに上陸したにすぎない。
ここいら辺がたまたま砂漠地帯であり、人の生活に適していないから誰もいないだけかも知れない。
「……そのとおりだな。まだドライブは始まったばかりだな……」
「そうである。細かいことを気にしすぎなのである。男ならもっとデーンと構えとれ。でないとハゲるぞ」
「それ以上言ったら尻を引っぱたく」
「何でそんな言い方するのであるか!」
たしかに少し神経質すぎたかも知れない。
まだ調査の初日じゃないか。ただちょっと見て回っているだけだ。まだラリアの故郷と異世界脱出路のどちらを探すかも決めずにいるのだ。さすがホッグスは少佐だけある。おっしゃるとおり偵察をバタバタ慌ててやるべきではない。偵察とは慎重にやるためにあるものだ。
そう思ってややアクセルを踏む足をゆるめた。
が、その時ラリアが言った。
「あ、あ、あの、マスターッ……!」
妙にうわずった声だった。
「何だろう」
「あの、ち、地図を見せて欲しいです……」
そう言いながらもラリアはせわしなくキョロキョロしている。
俺は片手でポケットから世界地図を取り出すと、まずホッグスに渡した。受け取ったホッグスは膝の上のラリアの前に広げてみせてやる。
ラリアはそれを食い入るようにして見ている。表面、おそらくゴースラント大陸のある場所を指でなぞったりしている。
「や……? ラリア殿、震えとるのか? どうした?」
ホッグスがラリアの肩をさすっている。
ラリアが呟いた。
「…………ここです」
「何だと?」
「こ、ここです……マスター、止めて……!」
俺は言われたとおりバギーを、白い荒野のど真ん中で止めた。
「どうしたラリア」
「どうして震えているのであるか、く、車酔いか?」
「ここなんです! ボクの故郷! ここにあるです!」
ラリアは地図を見たり窓の外を見回したり、かなり慌てているようだった。
「ラリア殿、何もないのである。別の場所であろう」
「違うですっ! ビアスコトル! ここだったですっ!」
「ビア、何であるか?」
「ビアスコトル! ボクの村の名前! 商人さんが言ってた!」
俺は言った。
「商人ってカロリアンのことか?」
「そうです! ビアスコトルの村……ここ!」
ラリアは地図を指差した。そこはゴースラント大陸西端であり、たしかに我々が上陸した北西部のようだ。
「だがラリア殿、村なんかないのでは。地図にも……」
「待て。ラリア、どうしてここがビアスコトルだとわかる? おまえは自分が大陸のどこから船に乗せられたのか知っていたのか? と言うか、自分が大陸のどこに住んでいたのか」
ラリアは首を横に振る。
「じゃあなぜ……」
「マスター、サッカレーの国で地図を見せてくれたです。ここがボクの故郷だって。そこにビアスコトルって……」
「だがラリア、おまえは文字が読めなかったはず……」
「字はマスターに教わったです! それでボク思い出したです! ここにビアスコトルって書いてあったです! ボク見たです!」
サッカレー王国……。
そうだ、たしか。タイバーン王国で最初にヌルチートに襲われラリアの助けでそこを出た。隣国のサッカレーに逃げ込んで、そこで初めてこの地図を買ったのだ。
たしかにあの時一緒に地図を見た。そのあとでラリアに字を教えもした。
「ラリア……字面を全部覚えていたのか……!」
「お、おい待てふたり共……この地図には地名など書かれてないのである!」
「でもボク見たですよ! マスターは嘘ついてないです! この辺りがボクの生まれた……」
ラリアは急にドアを開け、ホッグスの膝から荒野に飛び出した。ディフォルメを解除して走っていく。かぶっていた黒い帽子を落としたのにも気がつかないまま。
「ラ、ラリア殿⁉︎」
ホッグスがあとを追った。俺も運転席から降りる。
ラリアはしばらく走ったあと、白い荒野を見回していた。
俺とホッグスが追いついた時、呟き声が聞こえた。
「…………でも……ここどこ……? 見たことない……こんなところ見たことない……! ボクこんなところ知らない……!」
俺は途中で拾ったラリアの帽子を手に持ったまま、隣りにしゃがんだ。
「ラリア……」
震えていた。
小さなラリアは瞳を大きく見開き、荒野を茫然と睨んでいた。そうして両手を頭で抱え。
ホッグスも反対側にしゃがみ込んでいた。ラリアの肩に手を置き、
「では……ここに? ここにラリア殿のご両親がいるということ、であるか……?」
だがラリアは頭を抱えたまま地平線の方を睨んで言った。
「パパ……ママ……ママ……? ママって……?」
「ラ、ラリア殿?」
「ラリア、どうした」
「思い出せない……」
「なに?」
瞳から涙がこぼれ始めた。
ラリアは叫んだ。
「思い出せない! パパとママの顔がわからないですっ! パパ……村は……⁉︎ 村……ここにあったはずなのに……! マスター、ほんとです! ここにあったです! ボクの村っ……ボクにはパパとママが……いた……でも思い出せないです……!」
ラリアが俺に抱きついた。
俺の胸に顔をうずめ、震えてすすり泣いている。
白い荒野の中で、かすれるような声が聞こえた。
「マスター、怖いよ……ボクは……ボクは誰……?」




