第288話 皇太子の提案
ゴーストバギーに坂を登らせて迎賓館へと戻ってきた。
前庭でバギーをアルマジロの縫いぐるみに変えラリアに背負わせると、ラリアはナヤートと手をつないで玄関へと歩いていく。
ホッグス少佐もだ。俺もそのあとに続こうとして……ふと振り返った。
今きた坂道をパンジャンドラムが歩いて登ってくるのが見える。
俺のそばまでやってきた彼に俺は尋ねた。
「……ひょっとしてついてきていたのか?」
「まあね。ロス君に悪い虫……もとい悪いヤモリがつきやしないかと思って念のため」
「……公園にもか。見てたのか」
「いいやぁ? まるでお母さんみたいなホッグスさんにどつかれながらロス君がたいへんぎこちない動きでラリアちゃんの背中を押してたところなんてこれっぱかしも見てなかったよね」
俺は鼻からため息をつき、
「じゃあアレクシスからの手紙が届いてないか君に訊いてもわからないってわけだな」
そう言って玄関へ向かった。
すると玄関から入ってすぐのところにいるホッグスが、左の方を向いて敬礼しているのが見えた。
敬礼している相手はすぐに姿を見せた。ヤマト皇太子だった。彼は俺の姿に気づいたか玄関から出てきて、
「ああアラモスさん、戻ったのか。デートは楽しかった?」
「アレクシスからの手紙は?」
「まだだ。もうすぐだと思うんだけどな……」
皇太子の後ろから、現れた者があった。
魔族に停戦を命じるためにグランシを発った、ヴィエラだった。
「戻ってきていたのか」
「ええ。魔族の軍隊は砦と共に魔界へ転身したわ。海峡はもう自由よ」
皇太子もそれにうなずき、
「今、魔王陛下と話してたんだけどな。誰かゴースラントに先に渡った方がいいんじゃないかって言うんだよ」
そう言った。
「実はゴースラント大陸ってとこは、俺たちオルタネティカ帝国もよく知らない場所なんだ。外国みたいなもんだしな。交流もないし」
俺は頭の中にこの異世界の地図を広げてみた。
そして言った。
「ゴースラントには地名のある地域があったはずだが。地名はチレムソー語だった」
あれはハル・ノートに会う前のことだったか。ゴースラント大陸へいくために地図を購入したが、大陸の西側だけに地名が書かれてあって東は空白になっていたので、その辺りがカシアノーラ大陸人の入植地なのではないかと、その時は漠然と考えていた。
そのゴースラント西端は、このグランシの街から真南。
皇太子は答えた。
「そうだったかな? 俺あんまりこの辺詳しくないんだ。最近は魔族軍のせいで」そこで皇太子はヴィエラをチラリと見つつ、「おっと失礼、とにかくゴースラントに近づいてないし」
「誰かが住んでいるのでは? 街があるんだろう?」
「あ〜……だと思うけど?」
皇太子は、不思議そうな顔に見える表情で俺を見やりつつ首をかしげてそう答えた。
妙に歯切れが悪かった。本当に詳しくないから曖昧な答えなのだろうか。
俺は言った。
「たしか、獣人が奴隷としてカシアノーラに連れてこられることがあると聞いた気がするが……ラリアもそうだし、帝国ではそういうことが禁止されている」
「ああ、そういう法律だよ」
「全ての獣人の故郷がゴースラント大陸。少佐がそう言っていた」
皇太子は振り向いて、「そうなの?」と尋ねた。
ホッグスはやや驚いたそぶりを見せたが、
「ええ、たしか……そのはずですが」
そう答えた。皇太子はそれに「ふうん」と答え俺に向き直り、
「そうだったかな? 俺あんまりこの辺詳しくないんだ」
そう言った。
「それで、殿下。誰かがゴースラントに渡った方がいいというのは……?」
「そうそう、とにかくよくわかんねえところだから、兵を送って滞在先を確保する必要があるかも知れないって話をしてたんだ」
「魔王とか?」
皇太子はうなずいた。俺がヴィエラの方を見ると、彼女は言った。
「ロス様。我々魔族がゴースラント大陸から獣人をカシアノーラに送らないようにするために海峡を封鎖した……ということだったのを覚えているかしら」
たしかに要塞での戦闘の際、そんな話が出てきた。
「ロザミアの意思だったか」
「ええ。ロザミアが私たちにもそうさせたけれど、私たちの方ではなぜそんなことをしたのか思い出せなくて……」
ロザミアはあの時、魔女に命じられたからそうしたというよなことを話していた。
「ロス様。ゴースラントには何かがあると思うの。転生者を陥れようとしている魔女の意思が絡んだ何かが。ゴースラントへ渡ってもあるいはまた何かしらの妨害を受けるかも知れないわ。魔王様はそうお考えであり……」
ヴィエラは皇太子の方を見て、
「ヤマト殿下も同様のお考え」
そう言った。皇太子もそれにうなずく。
「そういうわけよアラモスさん。安全を確保しておきたい。あんたたちや……アレクシスが安全に帰れるルートを」
俺はパンジャンドラムや、まだ近くにいたホッグスやナヤートの顔をそれぞれ見やった。
ナヤートの隣りに立っているラリアの顔も。
「ただな……ちょっと問題があって……」
皇太子が呟く。
「何だろう?」
「とにかくゴースラントがどういうところかさっぱりわかんねえんだ。聞いた話によればヴィエラさんや他の魔族の女の子たちも、魔女の手下に操られてたらしいし……仮にだ、兵士を向こうに送り込んだ時、また魔女の手下か何かが待ち構えてて、何かしらの魔法とか、罠とか、そういうのにかけられたら……」
俺はヴィエラを見やる。彼女はうなずいた。
「つまり?」
「だからさ、アラモスさん。ここは魔女の力を打ち破れる転生者も、先に誰か渡っといた方がいいんじゃないかって話してたんだ。ウォッチタワー殿たちもまじえて」
「全員で……ということか?」
「全員はちょっとまずい。って言うのも、魔王陛下はいちおう捕虜に近い存在だから……俺も帝都からの判断を待たなきゃ。陛下の解放を勝手に決めていいわけでもなくてな……」
皇太子は、別に魔王陛下がまた軍勢を率いて海峡封鎖するだなんて疑うわけじゃないが、ともつけ加えた。
俺は周囲を見回してみた。
辺りには兵士たちの姿が幾人も見られたが、皇太子は玄関先で護衛もつけずにひとりでいる。
皇太子とホッグス以外で、帝国人の中に俺たち……と言うか魔王が転生者だと知る者はいないのだろう。知らせていないのだ。となれば、魔王を海の向こうへやるという判断はヤマト個人の一存で行なわれたことになり、しかも理由もはっきり説明できないということになる。
帝都の皇帝なら転生者のことを知っているので許可ぐらいしてくれるかも知れないが、そもそもこちらはまだその皇帝からの指示待ちの状態だった。
「なら魔王さんだけが残る形か」
俺がそう言うと、パンジャンドラムが口を挟んだ。
「それはまずくない? もしここにまたヌルチートが紛れ込んだら、魔王さんひとりだとやばいことになるよ」
「もしその時は」皇太子が言った。「俺が蹴散らすよ」
俺は尋ねた。
「殿下は魔王さんについてあいつをどう思う?」
「すごく大きいです」
「ではそれもまずいな。君が一番危険な爆弾になる」
皇太子は「ばくだんって何?」と言っていたがそれは置いておき、俺はパンジャンドラムの方を見る。
「魔王さんのボディガードを残さないといけないな」
「うーん……多ければ多いほどいいんだろうけどね……」
俺はあらためてこの場にいる人々を眺めた。
この場にいない転生者の顔も思い浮かべながら。
パンジャンドラムが言った。
「ロス君がいくのは確定だよね? ラリアちゃんの故郷を探さなきゃ」
俺はそれにも返事をしつつ考えていた。
彼が言うとおり居残る転生者は多ければ多いほどいい。だがそれは海を渡る転生者もそれは同じだ。少数でいる時に複数のヌルチートに襲われればまた面倒なことになる。ラリアを投げれば何とかなるかも知れないが、これまで何ともならなかった場面の方が多かった気がしないでもない。
そう考えつつ首をめぐらせていると、ふと目が合った人物がいた。
ホッグス少佐だった。
俺は言った。
「殿下、少佐を借りても?」




