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第二十八話 アルバランの休日


 ゴブリンの洞窟から生還して3日がたった。

 俺はその間ほとんど宿屋の一部屋に閉じこもっていた。


 アルバランの港の近くにある、宿屋の1室。

 木造3階建ての最上階、廊下の突き当たり。

 安い部屋だ。調度品にも凝ったデザインのものは1つもなかった。


 部屋の左側の壁から右へいくにつれて、天井は高くなっていく。屋根の傾斜のため、ここは天井裏の秘密の部屋のような雰囲気があった。

 俺は壁際のベッドに仰向けに寝転び、そんな天井と天井の梁を眺めていた。


 今日は朝からずっとそうしていた。

 窓から見える光の具合を看るに、今はもう昼だろう。今日に限らず昨日もそうしていた。


 あれこれと考えている間にそれほど時がたっていたのだ。




 ゴブリン狩りの後、ペステロは訴追された。

 ミラーレに対する拉致監禁強制性行未遂の件。それから他の冒険者の所持品を強奪して売り払っていた件だ。


 ミラーレが危惧していた通り、たいした罪には問われなかった。

 俺はアルバランにある裁判所に出廷し、事件の証人となって証言を行ないはした。だが物的証拠があるわけではないし、共犯のゴブリンは死んだことになっている。あるのはミラーレと、目撃者の俺の証言だけ。


 俺の証言はそれなりに重く扱われはした。俺がエンシェントドラゴンを退治した英雄だからだそうだ。

 それでもペステロがしらを切り続けたので、結局奴は30日間の社会奉仕活動を命じられ、閉廷となった。証拠がまったく残ってないのに罰が与えられるなら、それはそれで不当だなと思わないでもなかったが。


 そういった判決が出たのは昨日のことだが、冒険者ギルドのギルド長パシャールは即座にペステロの冒険者登録を抹消した。


 司法の判断がどうであれ、民間及び政府から魔獣退治を依頼される職業柄、そして命を預け合う冒険者同士の信頼感に傷をつけたこともあり、看過できなかったようだ。奴はそうやって、自分がコンプライアンスを遵守するタフな存在だと見せつけたがっていた。


 ペステロは洞窟において、反抗するゴブリンに対して「サッカレーの転生者を呼ぶぞ」と脅していた。

 俺はパシャールや、裁判所の検察側にあたる役人にそれとなく尋ねてみた。

 ペステロはサッカレーの転生者にコネクションがあるのかと。


 ドラゴン殺しの英雄がそう尋ねるものだから、役人たちは念入りに調べてみたという。

 結果ペステロは尋問に対し、ゴブリンを脅すために嘘をついただけだと供述。

 念のためサッカレー王国にも問い合わせてみたところ、サッカレー側でもペステロなんて知らないとのこと。


 ゴブリン、パンジャンドラムは洞窟で死んだことになっていた。

 ペステロが気絶した後、ミラーレと俺で始末したと役人には話しておいた。ペステロもそう聞かされていることだろう。


 決着はついた。

 ペステロの相棒だった、パンジャンドラムという名のゴブリンはどこへ行ったか知らない。


 それについて考えようと思って、この部屋に引きこもっていたのだが……。


 俺は天井の一角に目をやった。

 細かく木材が入り組んだ梁。その一本を注意深く眺めていた時、ドアがノックされた。


 返事はしなかった。しばらくノックが続いていた。やけにしつこい。やがて声がした。


「ロス。あたしだよ。レイニー。いないの?」


 俺は少しどうしようか考えたが、ベッドから起き上がり入り口へ向かった。

 ドアを開けると、廊下に黒い布を抱えたレイニーが立っていた。


「来ちゃった」

「……誰にも会いたくないとパシャールに伝えていたはずだが」

「君に借りたコート、返しにきたんだよ。ちゃんと洗ったから安心して」


 彼女はそう言って黒い布を広げて見せた。俺のコートだ。

 俺がそれを眺めて黙っていると、レイニーが口を開く。


「何で引きこもってるの?」

「……うるさい奴らがいるからさ」

「王府の人たち? どうして会ってあげないの」

「人に会いたい気分じゃない。1人になりたいんだ」


 レイニーはうさんくさいものを見るような目で俺を見ると、廊下から部屋の中の天井を指差した。


「嘘ばっかり」


 俺は彼女の指に従って振り向いた。指し示された天井の梁は、俺がさっきベッドで眺めていた梁だ。


 そこにはディフォルメされたラリアがしがみついて眠っていた。

 俺は視線を戻して、


「いつの間にかあそこにいたんだ。屋根のどこかに穴が空いてるんだろう。あれじゃコアラというよりネズミだ」

「ふぅん……何かいやらしいことしてたんじゃないの?」


 俺はコートをひったくると、ドアを閉めようとした。


「あっ、ま、待ってよごめん! こないだのお礼をしようと思ってきたの!」


 ドアの隙間からレイニーを覗く。彼女は言った。


「あの……ご飯奢らせて」





 アルバランの港。


 その一角にレストランがあった。

 海沿いに桟橋風の木の床が続き、そこがカフェテラスになっている。パラソルにテーブルと、軽薄なまでにオシャレな雰囲気。何となくパンジャンドラムはここを好みそうだと感じた。

 海と山の色を鮮やかに強める日差しの中、ヨーロッパ風のカフェテラスから焼け落ちた煤だらけの帆船を眺めながらの食事は、そこはかとなく乙なものだった。


 俺は海の対面に座り、その右にレイニー。左にラリアが座っていた。

 ラリアはディフォルメ状態を解除し、すらりと痩せた体で椅子に座っている。レイニーの申し出により、ラリアも同道したのだ。


 そのレイニーは、テーブルに並べられた料理を前にして少し面白くなさそうな顔をしていた。


「味が薄いね……」


 テーブルの上には新鮮な魚介類を使ったオシャレな料理が並んでいた。しかしレイニーの言う通り、やや味が薄く感じられた。


 本来このアルバランの港には、交易により各種の香辛料が水揚げされているそうだ。この港そばのレストランもその恩恵を受け、タイバーンでも屈指の、凝った海鮮料理を出していた。

 ただエンシェントドラゴンの襲来により港の幾つかの倉庫が焼け、香辛料の供給が滞っていたため、今俺たちが食べている料理も本来のポテンシャルを発揮できないでいたのだ。


「ご、ごめんね……。お礼しようと思ってたのに、こんな……」

「楽しんでるよ。裁判沙汰で胃がもたれていたんだ。このぐらいあっさりしてるほうがちょうどいい」


 俺はラリアの大皿(鯛に似た赤い体の魚のムニエル)の隣の、これもラリアの小皿(貝肉とサラダの盛り合わせだ)を指でつまんで持ち上げながらそう応えた。


《ザ・サバイバーのスキルが発動しました》


「それにしても太っ腹だな。俺だけじゃなくラリアの分まで奢ってくれるだなんて」


 新たにコアラ用に調理された小皿へ手をつけるラリアを眺める。


「いいの。Bランククエストを達成してたくさんお金入ったからね。まあその、全部ロスの手柄だけど……」


 そう言うとレイニーは椅子の上で居住まいを正した。


「ロス。この間はありがとう。君がいなかったらどうなってたか……。本当に、ありがとうございました」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。

 謝罪に頭を下げるのはこの世界でも同じらしいことに奇妙な親近感を覚える。

 俺はグラスのぶどうジュースを飲みながら言った。


「気にすることはない。ゴブリンもペステロも命まで取る気はなかった。俺がいなくてもどうということはなかったんだ」

「ううん、そんなの結果論だよ。それに、あたしだってあのまま捕まってたら、剣を盗られてた。これ以上の出費はちょっと……あ、この料理は気にしないでねっ! そういう意味で言ったんじゃないっていうか……」


 レイニーは両手を振り回し弁解したが、


「……ゴブリンのこともだけど……あのAランクの奴らとのことも。あれはロスがいなかったら……」


 彼女は頬を赤く染めうつむいた。


「忘れるといい。奴らは懲役刑になった。俺とラリアが美味しく料理を食べ、結果論として君は礼ができた。それで終わりだ。忘れることだ」


 レイニーは顔をあげる。無理に作ったような笑顔を浮かべてから、気を取り直したようにナイフとフォークを動かしはじめた。


 俺が証言台に立たねばならなかった案件はペステロの件だけではなかった。

 アルバランに戻った後、Aランク冒険者のレイニーに対する強姦未遂容疑の裁判も行なわれたのだ。


 結果、ロボアニメとファイナリックファンタジアには1年の、リーゼントには2年の服役を命じる判決が下った。

 リーゼントはゴンザレスに対する暴行罪に問われたうえに、未遂ではなく実行されていたものだから、他の2人より罪が重かった。

 これらの事件はペステロの件と違い、ミラーレを含むBランク冒険者たちが目撃者となっていたので、彼らも逃れようがなかった。


「ペステロに厳罰がくだらなくて残念だったがな」

「……くだってた方が本人にとってもよかったかもね」

「なぜだろう?」

「あいつに装備を奪われた冒険者は今までたくさんいたみたいだよ。ギルドの人たちの中で話題になってた。冒険者って仕事の失敗を他人に話したがらないけど、裁判沙汰になって、自分も被害者だーって、そう言いだす人が増えたみたい」


 俺は自分の鯛もどきをフォークで口に入れながら続きを待つ。箸が欲しいところだ。


「それでね……ペステロさん、追い込みかけられてるみたい。現場にいたBランク冒険者の人たちも協力してるんだって」


 レイニーはいたずらっぽく、上目使いにそう言った。


 ペステロは司法の取り調べではタフに黙秘し続けていたと、俺も裁判所の関係者から耳にした。


 だが装備を盗まれた者たちはたしかに納得いかないだろう。Bランク含む多数の冒険者に取り囲まれるペステロを想像した。


「どうなるんだろう?」

「みんなの装備をどこの中古屋に売ったか言わされるか……」

「言ったところでどうなる? 中古屋の方では金を払って買った以上、返却もできない」

「弁償でしょうねえ」

「ペステロに金がなかったら?」


 レイニーはちらりと、ラリアに視線を向けた。ラリアは野菜をむしゃむしゃと一心不乱に食べている。レイニーは視線を俺に戻す。


「たしか、ギルドの名義で契約書を書かせるって話になってるんだって」


 何の契約かは言われずともわかった。奴隷の契約書のことだろう。


「そんなことが可能なのか? 法の裁きはくだった。それ以上は私刑になるだろう」

「表向きは、ペステロさんが自分の意思でサインすることになると思うよ。表向きは」


 俺はこの会話を掘り下げるのをやめることにした。

 名義がギルドになるということは、ギルド長のパシャールがこの話に噛んでいるということだ。

 社会の法と、組織の掟。しがらみはどこにだってあり、大きなものから小さなものまである。人は自分でもそうと気がつかないうちに、そのしがらみに雁字搦めにされていくのだ。


 レイニーは皿の上の、口の尖った細長い魚をフォークでつついていた。

 ふと、彼女は顔を上げ、


「装備と言えばロス、剣はどうしたの? 洞窟から出てきた時にはなかったけど」

「折れたから捨てた。いい奴だったが、奴は俺たちの戦いについてこられなかった」

「ミラーレさんが、すごいレベルの戦いだったって言ってたなあ」


 細長い魚は突き刺され続けていた。

 レイニーは食べるでもなく魚を拷問しつつ呟く。


「……ペステロさんの気持ち、わからないでもないけど」


 彼女の顔を見やった。頬杖をつき、魚を見下ろすレイニー。


「……冒険者にとって装備は重要だからね。生死にも関わるし……ランクにも違いが出てくる。安い装備だと、上には上がれない。上に上がれなきゃ、お金も稼げない。お金がなきゃ、上には上がれない」

「……と言うと」

「ペステロさん、装備を売ったお金を貯めて、もっといい武具を買おうとしてたみたい。破魔王の剣」


 聞き覚えのある固有名詞だった。

 レイニーと初めて会った時、一緒に行った武具屋で店主に薦められた、派手な剣だ。


「ねえロス。ロスはすごいよね。君が持ってたあの綺麗な剣、そんなに高級品ってわけじゃなかったのに」


 俺は言った。


「字の上手い奴は筆を選ばない。砂浜に拾った木の枝で書いたって、字の形が変わるわけじゃない」


 今のセリフはいくら何でも図に乗りすぎただろうか。あそこから生還できたのは状況に恵まれていたからとも言えるのに。しかも刀のスキルは俺の力でも何でもない。

 レイニーはちらりと俺を見上げて、また魚に目をやり「……ほんとにすごいんだね」と言った。


 俺は咳払いをした。


「あまり偉そうに言える立場でもないが……物事は道具があれば何とかなるわけじゃない。道具はしょせん後付けの拡張パーツのようなものだ。後から取り付けたものなら、また外れることもある。失くすことだってあるだろう。はじめから頼りきりになるのは危険なことだ」

「……失くしたらどうすればいい?」

「最後の1つで立ち向かうしかない」

「最後の1つ……」

「どれほど外側が変わろうが、変えられないものもある」


 自分の赤い魚を口にいれた。塩が効いていれば完璧ではないかと考えた。だが悪くはない。


「……それをはじめから持ってなかったとしたら?」

「持ってない奴なんていない」

「それって何なの?」

「魂だ」

「……ロスはそうやって生きてきたの? それで……そんなすごい冒険者に……」

「ある意味では、そうだな」


 レイニーはもう何も言わなかった。


 俺は1つの真実と、1つの嘘を話していた。

 彼女の気持ちはわからないでもない。

 はじめに金を持っていなければ金持ちになれないのは、資本主義と呼ばれる俺の世界でも同じだった。


 俺はその資本主義の世界に魂だけで立ち向かい、敗北して死んだからここにいる。

 

 俺の家は裕福だったのだ。

 なのに俺個人はずっと貧しかったし、今はここで焼けた帆船を眺めているだけ。


 金があるだけではどうにもならないのは間違いない。

 だが立ち向かうために必要なのは、魂なんかじゃない。

 必要なのは…………。


 しばらく俺たちは黙って、食事を続けた。

 ふと海風が吹いた。隣でフォークの先の野菜を口に入れようとするレイニーの赤い髪がなびいた。

 彼女の対面では早くも食べ終えたラリアの瞼が、とろりと閉じられかかっていた。


 パラソルの下は当然日陰で、暗い色彩は不思議な落ち着きを感じさせる。

 夏場の海の家というのはこういう感じなのだろうかと思った。

 実際はどうだかわからない。

 海の家なんか行ったことがない。


 港に目をやった。

 異国の見慣れぬ風景。

 口の中には珍奇な味の魚肉。

 ただただ穏やかだった。

 レイニーと目が合うと、彼女はにっこりと笑った。

 トラックはあの日、俺のしがらみをタイヤのシャフトに巻き込んで、引き千切ってしまったのかも知れない。


 




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