第284話 夢を見ているかもしれない
当時の我輩は追い詰められつつあった。魔王はそう話した。
「政府の中に裏切り者がいた。ヴァルハライザーの製造法を他国に漏らそうとする奴らがいた。我輩はそれを週刊誌の記者を使って世間に知らせようとしたが……」
「壁内越郎か?」
「知ってるのか? どうして?」
「壁内氏も帝都にいる。ヌルチートのおかげで楽しい青春を送っていたよ」
「ぬ……荒井さんも壁内君もきてたのか……このぶんだと我輩の死んだお爺ちゃんもそこら辺にいそうだな」
「転生者は13人だけだとスピットファイアが言っていた。10人はもう集まった。残りの3人は井染一家だ」
魔王は俺の言葉にうなずき、梨をほおばる。
「工場の爆発を知らされた時は耳を疑ったよ。火奈太君が重症だと聞かされたことも」
「大事故だったとニュースで見たな」
「事故なものか! 金目当ての売国奴か、敵国か、あるいはその両方がやったに決まってる」
「なぜわかるんだろう?」
「火奈太君の家がある工場……正確に言えば研究施設の区画だ。火奈太君は寝たきりだから通えないのでそこに住み込んでもらってたんだ。爆発物なんて置いてない」
俺はくだんの事故のニュースの記憶を引っ張り出した。
アカツキ社の工場の、可燃性の何かに引火したのだろうというのが専門家の見立てで、ニュースでそう語られていた。
たしかに、その何かが何であるかは意見がわかれていたというか……はっきりしていなかった。
とにかく当時は様々な情報が錯綜していたように思う。
だがだいたいにおいて……観音寺塔儀というプロレスラーの死ばかりが報道されていたように思う。
工場の爆発が民家に飛び火し、燃える家に取り残された哀れな少年を身をていして助け出し、それが元で死んでしまった英雄のエピソード。
ウォッチタワーの生前の物語だ。
つまりそういう大衆向けの美談ばかり取り沙汰され、事故の詳細はなんとなくうやむやになっていたような……?
それに俺が見たニュースは火事になったのは敷地の外の民家と報道していたが、実際当事者に聞いてみれば敷地内で起こったことだという。
「じゃあ爆殺だと言うのか? 火奈太少年を? 何のために」
「それだ。どうやらヴァルハライザーの製造法はすでに漏れてしまったんだろうと思う。だから発明者の火奈太君が死ねばと考えたんじゃあ……」
「特許は?」
「まだだった。妙に審査の時間がかかっていてな。法的にはヴァルハライザーはまだ誰のものでもなかった」
魔王は俺の目をじっと見ていた。
国を売るような……もしくは自分の会社のビジネスの邪魔をしていたような井染を殺害することも辞さないらしい魔王。
彼はひょっとしたら、特許審査もどこかで邪魔者の妨害があったと疑っているのかも知れなかった。
そんなことが可能なのか? 俺は言った。
「……特許の審査をやるのは経産省……」
「そうだ。荒井さんの職場だ」
荒井さんことアレクシスも、たしか裏切り者の話をしていた。
アレクシスは経産省の上司に食事に誘われ、そのあと車の運転の操作を誤った事故に見せかけられ殺されたということだったか。
「魔王さん、あんたは何で死んだんだろう?」
魔王バルバロッサこと暁蛮太郎は、自社の工場を吹っ飛ばされた時にはまだ生きていた。火奈太少年が瀕死の時、彼はどこにいたのだろうか?
「我輩は……あの時は女に会っていた」
「生前からお盛んだったんだな」
「そうじゃない……裏切り者からヴァルハライザーを守るための相談に乗ってくれてた女だ」
俺は、何となくその状況を想像しようとした。
アカツキ社の社長が、国の経済を守ろうとする女と、バーかどこかで、手作りの脳みそをカウンターかあるいはスツールに置いたまま会話をしているシーンを。
「その女は裏切り者が誰かを知ってたんだ。リストも作ってあると言っていた。それを壁内君に渡したが、彼が発表する前に殺されたとも話していたな」
そのあと、魔王は少し沈黙した。
俺は黙って話の続きを待っていた。その女とやらと会っていたのは、今後の方策を話し合うためだろうかと想像しながら。その段階なら魔王……暁社長も、すでにアレクシスこと荒井氏が殺害されたことも知っていたはずだろう。
やがて彼は重い声で先を続けた。
「その女にヴァルハライザーを奪われた……」
「……何だと?」
「そなたは最初のヴァルハライザーを知ってるかね?」
「最初の……火奈太少年がプログラミングのコンテストに間違えて送りつけてきた脳みそのことか? たしか名前はゼロとかいう……」
「そうだ、そのゼロを、女が勝手に持ち出していたんだ。ゼロは研究のために火奈太君のいた施設に置いてあったんだが、彼女がそれを持ち出したのを知って我輩は追いかけていて、まぁそれでゼロは無事だったんだが……」
俺はまた黙って続きを待つ。
「工場爆発の件も何とかしなければならなかったが、まずはゼロだ。火奈太君が大切にしていたし、我輩としても大事なヴァルハライザーだ」
魔王はこう話した。
その女はホテル住まいだったそうで、暁社長としてまずそこへリムジンで向かった。
ちょうど女が玄関から出てきた。ゼロは最初テニスボールほどの大きさだったが作成以来火奈太少年がタンパク質を加えて増やし続けていたので、その時は人間の脳と同程度の大きさだったという。女は大きなバッグを持っていて、暁社長はそこにゼロが入っているに違いないと踏んだ。
暁社長がリムジンを降りる前に女はタクシーに乗り込んだ。社長はリムジンの運転手に言った。前の車を追ってくれ。
魔王が言うには、その時たいへん不愉快なことに信号が少しも赤にならかったそうだ。普段は急いでいる時に限って赤になりくさるくせに信号は我輩をナメてる。
タクシーは港で止まった。夜のことで、辺りはコンテナばかり。女が清算を済ませてタクシーを降りたので、暁社長もリムジンを降りて声をかけた。
女は聞こえていたはずだと魔王は言った。だが女は社長に背を向け港の中へ向かい歩き出した。
社長はリムジンと運転手をそこに残し走って追いかけた。
その時社長の頭の中に、実はあの女も他国のスパイか何かではなかろうかという疑念が生まれていたからだ。
人っ子ひとりいない夜の港。社長が女に追いついたのは海の近くだった。
ゼロをどうするつもりだと社長が問うと、女はあなたこそゼロをどうするつもりなんですかと尋ね返してきた。
「……どういう意味だったんだろう?」
「実はな……ゼロを新しいヴァルハライザーの核として組み込み、大型化しようと考えていたんだ。そういう計画があった」
女はそれが気にくわないらしかった。
どうして君がそんなことを気にするんだ、社外の人間なのに、と社長が問う。
女は、そんなことをすればゼロが死んでしまうと言う。
ゼロは死なない、生まれ変わるだけだ、と社長が言うと、記憶は消えてしまうと女は言う。
「記憶が消える? そうなのか?」
「うーん……」
「ゼロはSNSのアカウントを勝手に作って遊んでいたと聞いたが、人格があるのか?」
「どうなんだろうな、そこら辺は……? たしかに会話はできる。だが人工の頭脳なんだ、人間としての人格があるかと訊かれたら……」
魔王は首をひねった。少なくとも女はそう考えているようだったと言った。俺は話の続きをうながした。
とにかく港において、暁社長はゼロを返せと女に詰め寄った。
女は、あなたはゼロが何かを知らない、あなたにゼロは守れないと言う。
社長は言った。知ってるさ、火奈太君が作りたかった、新しいゲーム機だろうと。
俺はそこで疑問を口にしようとしたが、魔王が先にこう言った。
「我輩は力づくでバッグを奪おうとした。すると彼女はそのバッグの中からピストルを取り出して……」
魔王は指をピストルの形にして、
「ズドン、だ。その衝撃で我輩は海に落っこちてしまった」
魔王は下を向いて呟いた。彼女は我輩がリムジンで追ってきてるのを知っていたんだ。だから我輩を殺すつもりで、人気のない港へ向かったんだろうと。そのあとリムジンの運転手がどうなったのかも知らない、無事でいてくれればいいが、と。
俺は言った。
「ゲーム機?」
「何かな?」
「ゼロはゲーム機なのか?」
「ああ……火奈太君がな……MMOをVRでやりたいと言ってて」
「何だろう、MMOって」
「知らないのか? ネット回線を使うことで赤の他人とテレビゲームを遊べるアレだ」
そんなものやったことはないがそれについては黙っていた。そういうゲームがあること自体は知っていたが、名称までは知らなかった。MMOと言うのか。何の略称か想像もつかない。
「それで?」
「火奈太君がこう言ってた。ヴァルハライザーの持つ個人の生体データ再構築能力……生体データ再構築っていうのは……」
「それはアレクシスから聞いた」
「なるほど。つまりそれを使えば、ゴーグルをつけたVRではなく、自分自身を本当にテレビゲームの世界に転送し、自分自身がその世界で遊べると、あの子はそう言ってたよ」
魔王は言った。アカツキ社はそれを用いて、ゲーム業界に参入しようかとも考えていたと。エンジョイステーションやエックスボクサーの時代をアカツキの手で過去のものにできると。
そして、虚空を見つめてこう言った。
「スピットファイアか……たしかにそうだ。火奈太君に会った時我輩に教えてくれた。僕はそういう名前の妖精なんだ。眠る時にゼロがそんな夢を見せてくれる。夜になると、僕は妖精の王様になるんだよって」




