第283話 暁
「多いな……」
セーヴァイ号が接舷しグランシの港を見下ろした時、魔王バルバロッサの口から最初に漏れた言葉はそれだった。
港には槍を持ったヒューマンの兵士がぞろぞろと集まっているのが甲板から見下ろせた。
すでに日は暮れていて、かがり火がそこかしこで燃えている。
兵士の群れの向こうにはグランシの民がいる。兵士たちが民を押し戻そうとしている様子だった。もっと広く見渡してみれば、港近くの山の斜面に並ぶ民家にも人がいる。大人や子供が表に出て、こちらの方を見ている。
下船するためにタラップを降りる魔王と、ヴィエラ、メリナ。リリアンヌは魔王にしがみつくようにして、辺りをキョロキョロしながら降りていた。鎧に身を固めた兵士たちが魔王たちの周囲を取り囲んでいる。
地に降り立った時、上等そうなローブを着た老人が進み出てきて、魔王とヤマト皇太子にうやうやしく頭を下げた。
グランシの町長だ。町の迎賓館で魔王に逗留してもらう手はずが整っているというようなことを話す声が、港に立った俺にも聞こえた。
港から迎賓館はそう遠くないが馬車を使うかという話が出たが、魔王はそれでは歩くと言った。
というわけで俺たちもその後ろをついていくことになったが……とにかくリリアンヌが魔王にへばりついてキョロキョロしているのが印象深かった。
俺たちが歩く石畳の先では、兵士たちが町民を追い払っている。左右の建物を見上げれば、窓から顔を出してこちらを見下ろしている男や女がチラホラ。
見物人だらけだった。グランシの港町は何か祭りのような喧騒に包まれていた。
誰かが魔王に投石してくるわけでもない。だがリリアンヌはそんな大勢の町民たちを、怯えた子犬のようにせわしなく見回していた。
迎賓館についてからも魔王と皇太子は少しばかり何かの協議をしていた。
だがそれはすぐに終わり、宿泊用の部屋にいた俺のところに皇太子自らやってきて、これからヴィエラが魔族の砦へ停戦を伝えにいくと話した。
ヒューマンの軍も各海岸線にいる部隊に停戦するよう伝令を送るとのこと。
帝都へ状況を知らせる伝令もこれから発つそうだった。俺は協議の間に書いておいた、アレクシスへの手紙を皇太子の側近に渡した。
皇太子たちが去ったのちも、たくさんの人たちが俺の……正確に言えば俺たちの部屋を訪ねてきた。
軍のお偉いさんだとか、ここいら辺の貴族だとか、そういう人種だ。俺たちのことを救国の英雄だとかなんとか、そんなようなことを口々に言っていた。
俺はそれを他の転生者に任せて部屋を出た。
そういう人々の相手はハルだとかトンプソンの方が得意だろうと考えたからだ。彼らは何せ以前は一国の元首をやっていたこともある親子だ。
ラリアもナヤートに預けた。そうして俺は、魔王とその愛妾がいる部屋へと向かった。
魔王があてがわれた部屋は迎賓館の1番上等な部屋。
部屋の前は廊下が広くなっていて、天井もそこだけドーム型になっている。
たくさんの兵士がいる。
魔王は他国の政治家であると同時に敵国の親玉なのだ。逃げられることを一応警戒してのことだろう。
そんな広々とした廊下の片隅にテーブルと椅子が置かれていて、そこにパンジャンドラムとウォッチタワーがいた。
ふたりは何かのボードゲームで遊んでいるようだった。
扉の前まで近づくと彼らも俺に気づいてこちらを見た。目で挨拶をして扉を開けようとすると、彼らはボードゲームに向き直る。俺はそのまま部屋に入った。
部屋に入ると、扉のそばにメリナが立っていて、俺に一礼。
部屋の奥には大きな窓があってリリアンヌが外を眺めていた。この館は高台にある。窓の外には町の灯と、さらに遠くに黒い海が見える。
魔王は豪奢なひとり用の椅子に座っていた。
俺は言った。
「調子はどうだ?」
「我輩は悪くはないがリリアンヌが不満ばかりでな」
魔王がそう言って笑うとリリアンヌが振り返る。
「だって……変なところ。ヒューマンがいっぱい……びっくりした……」
「魔界は人口が少ないからなぁ」
俺が魔王の前に立つと、メリナがやはりひとり用の椅子を運んできてくれた。礼を言って座る。
「他の部隊への連絡はヴィエラひとりで大丈夫なんだろうか?」
「問題なかろう。帝国はヴィエラに馬車と護衛をつけてくれたよ。他の防衛拠点から船を出して、そこから砦へついたら魔族の乗り物を使えるだろう。ヤマト皇太子殿下は我輩が転生者だとわかってるせいか妙に信用してくださってな」
魔王は、「そなたたちの人徳かな?」と笑った。
メリナが何かの果物を切ったものを持ってきた。梨のように見えた。食べてみると梨の味がしたので梨でいいのだろう。
俺は魔王に言った。
「ヴァルハライザーについて訊きたい」
魔王はしばらくの間、黙って俺を見つめていた。
やがて彼はメリナとリリアンヌに、席を外すよう言った。リリアンヌはメリナにうながされ、部屋を出ていく。
彼女たちが扉を開けた時パンジャンドラムがこちらをのぞいていたが、俺が少女たちを指差すと彼はうなずいて、扉を閉めた。ふたりの少女はパンジャンドラムとウォッチタワーが見ていてくれるだろう。
「魔王さん、あんたはヴァルハライザーを知ってるんだな?」
「うむ。よく知ってる。知りすぎたせいでこうなってるのかも知れんが。まずは我輩の名を名乗ることにしよう」
魔王は梨を口に放り込むと咀嚼。モゴモゴした声で、「ひょっとしたらそなたは我輩の名を知ってるかも知れんが」と言いつつ、梨を飲み込む。
咳払いをひとつ。そして言った。
「暁蛮太郎だ」
俺は少し考えてから応えた。
「……アカツキ重工のCEO……社長の?」
「そう。暁社長だよ」
アカツキ重工。
日本で5本の指に入る大企業。
俺は扉を少し振り返った。
あの扉の向こうにはウォッチタワーがいる。ウォッチタワーはたしか、ヴァルハライザーの開発者である吐院火奈太少年に招かれてアカツキ社の敷地にいった際、工場の爆発に巻き込まれて死んだと言っていた。
そして……俺は魔王に向き直る。
「人工頭脳ヴァルハライザーのスポンサーだ」
「よく知っているな。そなたたちはヴァルハライザーについてどこまで知ってるんだ? 火奈太君のことも知ってるみたいだが……」
俺は魔王にこれまでの出来事を話した。
ガスンバでスピットファイアに転生(?)したらしい吐院火奈太少年のこと。
彼から全ての転生者を集め異世界を脱出するよう言われたこと。
「ヴァルハライザーが具体的に何なのかは帝都にいるアレクシスという転生者から聞いた。元は経済産業省の官僚で、男……」
「なに、経産省? 誰だ?」
「荒井枢」
「荒井さんか⁉︎ たしかか! 彼がここに⁉︎」
「……ああ」
「そうか……! 急死したのは知ってたが、まさか荒井さんまでこっちに転生してたとは……!」
魔王は膝に肘をつき、頭を抱えた。
俺はそれを少しの間眺めたが、尋ねた。
「知り合いか?」
「うむ。経産省の、ヴァルハライズプロジェクトの担当官だった。元気にしてたか?」
「ああ。いい暮らしをしてたよ。順当にいったらあのヤマト皇太子の妃になるはずだった」
「えっ、荒井さんは男だろ?」
「こっちでは女に生まれたんだ」
「困ったなそれは」
「ちなみに皇太子はゲイだ」
「困ったなそれは」
それから俺が火奈太少年とウォッチタワーの関係、例の爆発事故の件を話すと、
「ああそうだ! どこぞのアホが我輩の工場を吹き飛ばしくさったんだ! よくも……」
「それを知っているということは、その時は無事だったということか?」
魔王は顔を上げ首をかしげた。
俺は、転生者はそれぞれ死んだ時期が異なるということを彼に伝えた。
転生者の中で、俺を除けば1番最後に死んだのはウォッチタワーらしいという話をだ。
「なるほど。そうだ、我輩はたしかにあの時はまだ無事だった。ちょっとうろ覚えだが、アレだろう? 観音寺塔儀さんというプロレスラーがウォッチタワー君……」
「そうだ」
「火奈太君が会いたがってたから、秘書に手配させたのは覚えてる。火奈太君の居住してた建物はアカツキの敷地内にあったが、我輩はその時別の場所にいたのでな」
魔王は、「塔儀選手には悪いことをしたなぁ……」と呟いた。
俺は言った。
「ヴァルハライザーというのはよほどヤバイ代物なんだな。どんどん死人が出ている。井染一家なんかは2回も死んだ」
「ああ、あのクズ共か。あれらはどうでもいい。あのバカタレたちが死んだのは我輩も知ってたよ。まさかハル君がやったとは……言ってくれればもっと安全な方法で手伝ってやったのにかわいそうなことをした。まぁ生前は知り合いじゃなかったから仕方がないが」
今度は俺が首をかしげる番だった。
魔王はそれを見てかこう言った。
「ヴァルハライザー……生体コンピューターは国の未来をかけたプロジェクトだった。今の日本ときたらどうだ? 家電はダメ、ITはダメ、売るものと言ったらドヨダの車と萌えアニメぐらいだ。萌えアニメを観たことは?」
「ない」
「我輩もだ。まぁ買ってくれる人がいるならそれに越したことはない。とにかくだ。火奈太少年が発見した人工頭脳の製造法は画期的だった。あれをアカツキ社で造ってるロボットにブチ込めば、アニメにあるような機動戦機ゴンダムを作るのも夢じゃない。ゴンダムを観たことは?」
「ビクトリーゴンダムを少し」
「我輩はF92が好きだ。生体コンピューターを積んでる設定だからな。あとダブルズィータ……いやそれはいい。とにかく我輩は日本の少子高齢化と労働人口の減少をどうにかするために、新しい奴隷を作りたかったんだ。国連が文句を言ってこない奴隷をな」
やや早口で話される魔王の話を聞きながら、俺は日本でのアカツキ社の評判を思い出していた。
この魔王バルバロッサ、暁蛮太郎なる人物。有名人だから俺も知っている。
俺と同い年だった。
暁蛮太郎は若くして起業すると、瞬く間に業績を伸ばしたり、どこかの何かを買収したり、海外に進出したり、とにかく俺のような人間にはよくわからない方法とスピードで会社を大きくし、日本有数の大富豪となった。
そのよくわからないアカツキ社について俺が知っていることはみっつ。
ひとつはアカツキの社長はアメリカの大学でロボット工学の勉強をしていたらしいということ。
ひとつはきちんと税金を納めている近年稀に見る優良企業であるということ。
最後のひとつは、少子化解決の代替案として、かなり早い段階からロボット技術の開発に投資していたという話だ。
たしかそれは、俺が20代前半の頃から始まったらしい。と言うより蛮太郎社長は少子化対策を見据えたうえで大学でロボット工学を専攻したのだと、ネットに書いてあった。
魔王はそれからヴァルハライザーがいかに優れたコンピューターかを俺に話した。
一般的に知られるAIと比べてすら思考の深度は深くうんちゃらかんちゃらと専門用語を交えて早口で喋っていたが、大半は聞き流した。
俺は尋ねた。
「それで、井染が何だって?」
「そう、それだ。某国、まぁどことは言わないが、ヴァルハライザーの製造法を盗もうとしくさったんだ。日本政府の中に送り込まれたスパイを使ってな」
「アレクシスがそんなことを言っていた」
「つまりだな。その中央の議員や官僚と某国をつないだパイプが、井染だったんだ。奴は日本の未来を売ろうとしていたんだ!」
魔王は椅子のハンドレストを拳でドンと叩いた。別にスキルを発動させたわけではなかったが、魔族は力が強いのか、その拍子にハンドレストが折れた。
「おっと、人の家のものなのに……」
「だが奴は死んだ」
「ああ。奴が売国奴だと知ったのは奴らが死んでからだったがな。我輩が死んでから魔界で再開して、名を聞いた時はびっくりしたよ。正直その場で殺してやろうかと思った。だが惨めな有様だったからいい気味だと思って活かしておいたが……」
1度言葉を切って、魔王は俺を見た。
一代で財をなし、国の行く末を憂う男は、苦笑いとも取れる笑顔で言った。
「その時ちゃんと殺してれば今日はあれほどモメなかったのかも知れんな。憎しみは何も生まないんだな! すまん!」
この物語はフィクションです。実在の人物、組織、団体、国、アニメとは一切関係ありません。
なお作者は一桁の足し算すら間違うダメ頭脳なので作中おかしなところがあっても見流してやってください。




