第282話 帰投せよ! ロス・アラモス!
魔女のペースにはめられているような気がしていた。
全てが片付き、目的地は目前となったはずだった。
トラックに轢かれたあの日から始まったこの奇妙な旅は終わりに向かっているはずだった。
だがそれでもそんな気持ちがぬぐい去れなかった。
俺はただそこにいた。
そうやってロザミアの昇天をのんきに見ていて、それからセーヴァイ号に戻ってきて、魔王バルバロッサとヤマト皇太子の講和やら何やらの話が終わるのを待っていた。
それで全ては終わるはずだった。
全ては解決に向かっていた。
全ての転生者と出会い、たとえそれが約3名取り漏らしていたとしても、おおむね予定どおりの結末を視界に収められているはずだ。
俺たちは逃げ切った。
ヌルチートの脅威から。あとはただ帰るだけだ。
だがそれでも俺は、会ったこともない魔女とかいう女にどうにも見られているような気がしてならなかった。
タイバーンから始まって、ゴースラント大陸の手前までやってきた。
我ながらよくやったと思う。前世でならもう10年近くは自宅と職場以外の場所にいったことのなかった俺にしてはよくぞここまできたものだと思う。ロス・アラモスはベストを尽くした。
だがそれでも俺は、目の前に、ベルトコンベアがあるような気がした。
そこでやっぱり何かの部品が流れているような。
ロザミアがいなくなった時、俺はそれを見ているだけのような気がした。
船べりの手すりからタバコの灰が落ちていった。
すでに夕日が沈もうとしていた。
海に錨を下ろしたセーヴァイ号から水平線に目をこらしてみたが、ゴースラント大陸の姿が見えるわけではない。タバコをくわえて振り返った。
甲板でパンジャンドラムとナヤートが、ラリアと追いかけっこをしていた。
船首の方ではテーブルと椅子を並べて、魔王とヤマト皇太子が何か喋っていた。
そばにヴィエラ、メリナ、リリアンヌ。ウォッチタワーと、ハル、トンプソンもいる。
あの要塞での一戦のあと、俺たちはセーヴァイ号へと戻った。
その時に皇太子には事情を話した。魔王バルバロッサもまた我々と同じ転生者であり、ヌルチートと魔女の手下 (ロザミア)の企みにより海峡封鎖が行なわれたが、ロザミアが天に昇ったことによってそれは終わりを迎えたと。
そういうわけで、魔王と皇太子は魔族とヒューマンの代表として戦争の終わりについて話し合いを行なっているというわけだ。
俺には関係ない。再び甲板に背を向け水平線を眺める。手すりに置いてある飲み水のコップからひと口。
そうして煙を吸ったり吐いたりしていると、隣りにパンジャンドラムがやってきた。
「終わったねえ」
彼は手すりに跳び乗りそこに座る。
「この向こうにあるのかな、帰り道が」
パンジャンドラムもまた、夕日がオレンジに染める晴れた空と海の果てに目を向けている。
「いやぁ大冒険だった」
「本当にな」
「ロス君と始めて会った時に殴り合いしたのが懐かしいよね」
「お互いあの頃は若かったな」
彼は足をぶらぶらさせた。
「いよいよか」
何かしみじみとした調子で、
「あのインターネットの不毛な炎上と課金ゲーにまみれた世界に帰れるんだ」
「君は課金とかするのか?」
「たまにはね。ロス君は?」
「あの手のゲームは楽しみ方がわからなくてな。縁がない」
「そうじゃなくて。こっちに残るの?」
ふと気づくと、彼は水平線ではなくこちらを見ていた。
「ナヤートちゃんやハルは残るって言ってたじゃん。アールフォーさんも。ロス君は戻るよね? そしたら日本でなんとかして連絡取ってさ。飲みにでもいこうよ」
俺は後ろを振り返った。
ラリアがナヤートの両手に掴まり、ぐるぐると振り回されている。
俺がパンジャンドラムに何かを答えようとした時だった。
ヤマト皇太子が側近と共にこちらへ歩いてくる。俺はコップの水をタバコの火にこぼして消してから吸い殻をポケットに入れてそちらを向いた。
「殿下。めでたく終戦かな」
「あー……それがなぁ……」
皇太子は頭をかきながら、
「アラモスさんが言ってたとおり、魔王にはもう継戦の意思は本当にないみたいだな」
「それじゃ……」
「何せ事が事だからなぁ……こんな終わってすぐ、しかも現場で決められるような話じゃない。俺の一存ってわけにもな……。それに、魔族の方でも海峡に伸びてる他の海上砦があるんだ。そこで他の魔族はまだ頑張ってるらしい。ここでこうなってることを知らないんだ」
俺は何となくパンジャンドラムに目を向けた。
インターネットと課金ゲーか。ここが日本……というか地球なら、電話やメールでお知らせもできたろうにと思った。いや、朝まではやる気満々だった王様が夕方になったら気が変わって戦争をブン投げましたなんてそんなメールが唐突にきたら、兵士一同も信じる気にはなれないか。
俺は皇太子へ向き直った。
「それで?」
「1度グランシの港に魔王を連れていくことになったよ。そこで一応親父……皇帝陛下に報告を送る。その間魔族のほうでも魔王の配下のひとりが他の砦に休戦を伝えてくれることになってる」
俺とパンジャンドラムは、少しだけ水平線を振り返った。
皇太子が言った。
「……すまないな。今すぐにでもゴースラントへ渡りたいだろうけど……」
パンジャンドラムと目を合わせてみたが彼は何も言わない。
俺は皇太子へ言った。
「こちらもまだ全員がそろってない。帝都に待たせてある仲間もいる」
「アレクシスだな」
「報告はこれから?」
「そうだ。これからすぐグランシに戻るけど、着いたら伝令を走らせる」
「俺もアレクシスたちに手紙を書くからついでに持っていってもらってもかまわないだろうか」
「もちろん。あんたたちも全員無事だったってことは伝えないとな」
「3人死んだよ」
「えっ」
「気にする必要はない。転生者は死ぬのには慣れてる」
皇太子は首をかしげていたが、副司令がやってきて指示をあおいだので、彼は司令官としての仕事に戻っていった。
船首近くのテーブルに目をやると、リリアンヌがリンゴか何かを魔王に食わせようとしているのが見えた。
ラリアがこちらへやってきた。その後ろからナヤートもついてくる。
「ドラムおにーさん、遊びましょー!」
「おっ、いいよ。他の船員さんの邪魔にならない範囲でね」
「マスターも!」
ラリアは俺を見上げていた。
「一緒に遊びましょー!」
「そんな歳じゃない」
「いいでしょー? 遊びたいですー!」
「ふたりに遊んでもらうといい」
「むー……」
俺が何も言わないでいると、ナヤートがラリアの手を引き、
「ほら、お船が向きを変えてるよ。前にいって見てみようよ」
そう言った。
たしかに俺たちの乗るセーヴァイ号と周囲の艦隊は船首を巡らせ方向転換している。グランシの港へ帰るのだ。
ナヤートとパンジャンドラムがラリアを連れて船首へ向かった。ちょうどその辺りにいたウォッチタワーがラリアを肩車している。
俺はそれを見届けると、ポケットから2本目のタバコを取り出す。
さらに煙吹きを取り出して火をつける。
そうしてしばらくの間煙吹きをもてあそんでいたが、何となく顔を上げた。
日暮れの空に黒い点が浮かんでいる。
ブラックエッグだ。
俺に煙吹きをくれたアップルという少女は、魂を失ってあそこへ飛んでいった。
ふと、そう言えばあの破廉恥なエルフはどうしているだろうかと思った。あのガスンバでの一件以来、ブラックエッグを調べると言って立ち去ってから姿を見ていない。
いればいたでうるさいが、もし今日もいてくれていたら、要塞の戦いも楽だったんじゃないかと虫のいいことを思った。
彼女は妙に転生者に執着していたが、やはり井染一家にも関心を示したろうか? それとも俺たちを攻撃しようとしていた彼らを排撃したろうか。
あの女の子の考えなど想像するだけ無駄なような気がした。
セーヴァイ号は進路を変え終え、海を真っ直ぐ走っている。
ガスンバのことを思い出したからか。それとも船がグランシに向かっているからか。あるいはタバコに火をつけたからか。
なぜかホッグス少佐の顔が浮かんだ。
煙を吸い、吐く。
どうも今日は女のことばかり考えている気がした。




