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第280話 姫と魔王と勇者


 俺は少しの間耳をすませていた。


 《スキルアナライザー》の声を待っていた。


 そうしていれば、井染一家の復活を知らせる情報が頭に流れるのではないかと思っていたのだ。

 スピットファイアがそうだったように。


 だが聞こえてこなかった。

 聞こえるのは瓦礫が海に落ちる水しぶきと、足元が瓦解する音だけ。


「あわわ、マスターッ!」


 ラリアの悲鳴。俺の体も要塞の完全崩壊に巻き込まれ落下を始めた。


《ゼロ・イナーティアのスキルが発動しました》


《オールドスクール・スイミングのスキルが発動しました》


 瓦礫がラリアにぶつからないようかばいながら着水。海に沈むことなく、柔らかいマットのように感じる水面に降り立った。


 要塞は全て海へと沈んだ。

 あとに残ったのは空を飛べる魔王とロザミア、触手に捕らえられたリリアンヌ。そして巨大ウミウシのエンシェントドラゴン。


 振り返るとパンジャンドラムたち転生者がヴィエラ、メリナと一緒に固まっているのが見えた。

 その向こうに、オルタネティカ帝国艦隊。

 俺は言った。


「誰か船までいって皇太子に伝えてくれ! 魔王は味方だがエンシェントドラゴンが出た、こっちへ近づくなと!」


 すぐにパンジャンドラムが水面を走り船へ。

 ウミウシを向き直ると魔王とロザミアが言い争っている。


「ロザミア、もうやめるんだ! こんなことして何になる!」

「それはもうもちろん、あなたが真の強者、畏るべき魔界の支配者であることを示すことができますわ!」

「我輩は別にそんな……いやだからそれを示して何になるって言っとるんだ!」


 だがカゲロウの羽根で舞うロザミアはウミウシの後頭部辺りに移動すると、


「合体ッ!」


《エンシェントドラゴン・シースラグはロザミアの進入を承認》


 ウミウシのそばの空中に波紋が起こり、ロザミアがそこに入り込んでいく。そして後頭部付近に降り立つと、そのまま彼女の下半身がウミウシの頭部に埋まった。


「さあ魔王よ始めましょう! 見事ドラゴンを討ち果たし、その偉大なる力をわたくしに……あのヒューマンたちに、異世界の矮小な現地人に、今こそお示しくださいませ!」

「何をバカな……そなたがそんなところにいては攻撃できないじゃないか!」


 だがロザミアは微笑んだ。

 長いブロンドの髪を海風に乱しながら、彼女の顔には青い血管がびっしりと浮き上がっていく。

 ガスンバで出会ったアップルの最期と同じ。


「お気になさらず。わたくしとてそう長い命ではないのです。わたくしは造り主様が最後の仕上げを行なう間、あなたがた転生者たちがゴースラントへいけないよう足止めをするのが使命でした。我が命尽きるとも、それまでに造り主様の手はずが整えばそれで……」


 手はず……最後の仕上げ……。

 魔女のことだろうか。魔女が何かをしているのか?

 だがその疑問をぶつけるより先にロザミアが叫んだ。


「ですが魔王よ! それでもわたくしは最期に臨み、まだ使命が残っていることに気がつきましたの! 魔王を、あなたを真の転生者へと導く崇高な使命が! 造り主様がお望みたもうた最も重要な使命が!」

「ロザミア、よせ……」


 突如、ウミウシの体表が変化した。

 ボコボコとミミズ腫れのような模様が浮かび上がる。

 ゴカイだった。

 ウミウシの表面が太いゴカイに覆われた。井染一家を吸収したからか。


「さあ、さあ! ドラゴンを討って! そうすればわたくしはあなたを導ける……わたくしがあなたを導けるッ!」


《ロザミアはボビットワーム・ジョーのスキルを発動しています》


 ゴカイが飛んだ。狙いは空中の魔王。

 無数のゴカイと触手の攻撃を避けながら魔王が叫ぶ。


「よせ、よせと言っとろうが!」

「なぜですの? 何をそんなに遠慮して……完全なる転生者として君臨したくないんですの?」

「我輩はそなたと戦いたくない! そなたは……そなたはヌルチートにそそのかされているのだ!」

「まあ! まさかわたくしに情が湧いたとおっしゃるのですか⁉︎ わたしは使命のためにあなたのおそばにいただけ。わたくしはヴィエラさんたちと違いあなたの愛妾ではありませんわ。あなたが情を向ける必要のない者」

「だがそれでもそなたは我輩のそばにいた……我輩に愛を向けていた! それを……」

「オホホおかしなことを、それこそヌルチートの見せる感情でしょう! あなたが気を使うことではなくってよ!」


 ゴカイと触手が魔王を取り囲んでいた。黒い翼で舞う魔王はその猛攻を華麗に避けてはいる。


 だが、突然俺の背後の空中から巨大な火球が飛んだのが見えた。火球はウミウシの方へと吸い込まれるように直進し、大爆発。


 大量の火が飛び散ったが、その向こうには波紋。《ドラゴンウォール》のため火球はウミウシに届かなかったようだ。


「ふん……?」


 ロザミアが火球のきた方向を睨む。

 俺も振り返った。遠くの艦隊、セーヴァイ号船首のトカゲの口に炎が揺れているのが遠目に見える。


「ほら魔王。ああして脆弱なヒューマンが健気な抵抗をしていてよ? せっかくですから格の違いを見せつけてあげてくださいな?」

「ロザミア、我輩は……」


 俺はそれらのやり取りを海上から見ていた。

 すると、いつの間にか俺のそばにウォッチタワーがきていた。


「どうしたんだい魔王は⁉︎ 殺らねえのかい?」

「……どうも情が移ったらしい」

「だがあのお姫様みてえな女……人間じゃねえんだろ? 魔女の手下だ」

「ああ……」

「……気絶させて引っこ抜くか? できるはずだぜ、おれのスキルなら」


 俺はウォッチタワーのオークを見上げながら、彼の固有スキルを思い出す。

 ウォッチタワーは以前 《エッグ・ロジック》というスキルで、《ドラゴンウォール》に直接手を触れることでエンシェントドラゴンを持ち上げ振り回したことがある。


「水面に叩きつければいけるか……?」

「やってみようぜ」


 ウォッチタワーはすぐさまウミウシへ向けて駆け出した。

 幸いロザミアは空中の魔王ばかりを注視していて、海面のウォッチタワーに気づいていない。すでに彼はウミウシのそばに接近した。


《ウォッチタワーはエッグ・ロジックを発動しています》


「そりゃーーーーーーっ!!!」

「きゃっ、何ですの⁉︎」


 波紋を空間に発生させながら、ウォッチタワーは難なくウミウシを持ち上げた。


「何ですの、魔王の戦いに水を差して! 引っ込んでてくださいまし!」

「冗談じゃねえ、付き合ってられるか! このままブン回して海に叩きつけてやるぜ!」

「何ですって……そうはさせませんわ!」


 ロザミアが叫ぶやいなや、《ドラゴンウォール》の内側で触手の一部が動いた。

 リリアンヌだ。触手に捕らえたリリアンヌをウォッチタワーの眼前に持ってきたのだ。


「よろしくって⁉︎ そんなことをすればリリアンヌも死にますわよ!」

「おいオークさん!」魔王が叫んだ。「やめてくれ、リリアンヌが……」

「クソッ、卑怯だぞ!」

「崇高なる神話の決闘を邪魔しないでくださいまし!」


《ロザミアはボビットワーム・ジョーのスキルを発動しています》


 《ドラゴンウォール》の内側から放たれたゴカイが3匹ほどウォッチタワーの体に食らいつく。


「ちぃっ……!」

「オークさん、手を離せ、食われる……」


 ちょうどその時だ。俺の背後から水を蹴り走る音が聞こえた。一瞬それを振り返ると共に、俺は叫んだ。


「ウォッチタワー、離すな! ゴカイは俺に任せろ! 離すな!」


《ウルトラスプリントのスキルを発動しました》


 俺自身もウォッチタワーのもとへ走り出す。

 後ろの方で、


《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》


 次の瞬間には前方の方でハルの姿が現れた。

 彼はリリアンヌのすぐそばに現れ彼女に背後から組みつくと、


「ウォッチタワーさん、慣性は俺のスキルで殺します! やって!」


 俺はウォッチタワーのそばへ近づくと、


《ハードボイルを発動しました》


 障壁の内側へマイクロウェーブを撃ち込み、ウォッチタワーに食いついたゴカイを爆散させる。


「いいぞ!」

「っしゃあッ!!!」


《ウォッチタワーはザ・マッスル・テストステロン・マッドネスのスキルを発動しています》


 俺が伏せると同時に回転が始まった。

 1回転。2回転。3回転。


《ハル・ノートはゼロ・イナーティアのスキルを発動しています》


 4回転目でウミウシを垂直に立て、


「ダッシャッッッ!!!!!」


 直後海面に叩きつけた。


 盛大に水柱が吹き上がり、《ドラゴンウォール》の波紋の光がそれを照らす。

 水しぶきがおさまった。海面に巨大ウミウシがぷかりと浮かんでいた。


 動いていない。かと言って消えるわけでもない。

 つまり死んでいないのだろう。成功か……。


「ぐ……っ!」


 いや、ロザミアは動いていた。彼女がいる側が海面に叩きつけられたわけではなかったようだ。


 俺は叫んだ。


「ハル! ブン殴れ! 気絶させろ!」

「は、はいっ!」


 ハルはウミウシの頭の方にいた。

 つまりロザミアの近くだ。飛び上がってウミウシの頭に乗ると、ロザミアめがけ走る。


《ハル・ノートは剣聖(ソードマスター)・アイキ・アテミのスキル》


《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》


 ハルは立ち止まった。

 ロザミアの背にはヌルチート。


「……ふふふ、おひとりですこと、転生者さん? 虫籠へようこそ……!」


 ハルの足元から、ひときわ太いゴカイが伸びた。3本。

 その頭がハルの両足と右腕に噛みついた。


「うっ……おまえら……ッ‼︎」


 その頭はゴカイのそれではなかった。

 井染一家の3人の頭だった。


「もう意識はなくってよ……その者たちはすでにドラゴンに消化されました。その顔はただの形。ただの入れ物。魂はもうない」


《ロザミアはヒートヘイズのスキルを発動しています》


 ウミウシの姿全体が歪んだ。

 変形しているのではない。空気が陽炎のように歪んでいるのだ。


「ロ、ロッさん、ありゃなんのまじないだ……」

「さあ……?」


 だがよく見ると、ウミウシの表面に這う大量のゴカイがボロボロと剥げ(なんと不吉な言葉だろう)落ちていく。

 熱気を感じた。どうやらゴカイは熱によって死んでいっているようだ。


 ウォッチタワーの言うとおり、何のまじないだろうかと考えていると。


《エンシェントドラゴンはインカーネイションを発動しています》


 こそげ落ちていくゴカイの下から新たなゴカイが元気に蠢きだすのが見えた。同時にウミウシもまた活動を再開しその身をもたげた。


「ロッさん、生き返りやがった!」

「弱った組織を一度殺して再生させたのか!」


 ロザミア、頭部のハル、そして囚われのリリアンヌはウミウシの屹立によって上へと持ち上げられていく。


「じゃ……邪魔はさせませんわ……この海で英雄となるのは魔王……! エンシェントドラゴンを殺すのは……わたくしの命を燃やす権利を持つのはバルバロッサだけ‼︎」


 ウミウシの体から無数のゴカイが伸び上がる。

 10や20では効かない数だった。

 それらが一斉に、俺とウォッチタワーへと向けられた。


《ロザミアはウンディーネ・ソーのスキルを発動しています》


 ゴカイの口先から高速で水が噴射された。

 俺とウォッチタワーは格闘スキルによる防御と運動スキルで躱した。水面に浮いていた先ほどの灯台の屋根の一部が、水の噴射によってあっさりと切断された。


「ロッさん、数が多い、いったん離れよう!」

「ちっ……!」


 俺とウォッチタワーは噴射に追い立てられるようにしてウミウシから距離を置く。

 どうする? 障壁の中にハルが取り残された。今彼はスキルを使えない。


 《ハードボイル》か?

 あのウミウシは井染一家を取り込んだせいか、ゴカイの1匹でも残っていれば復活できるスキルを使える。だが俺のマイクロウェーブなら出力を上げて一気に殲滅できるかも知れない。


 だが問題は……俺は魔王を見上げる。

 羽ばたく彼と同じ高さにいるロザミアが言った。


「さあ魔王……その手でわたくしを討ち果たし、真の転生者とおなりなさい」

「……できん……なぜそなたを……! ドラゴンだけでいいだろう!」

「わたくしはもう永くはなくってよ……? 何を哀れむ必要が?」

「だが……だが我輩とそなたはこの1ヶ月、共に生活していたではないか! そうおいそれとそんなことができるものか!」

「1ヶ月……共に……?」


 ロザミアは少しの間無表情に魔王を眺めていた。

 だが次ににっこりと笑うと、


「1ヶ月……ねえ? たしかにそうかも知れませんわね。わたくしとあなたは1ヶ月の間仮初めの愛の中に暮らしました。ですが……」


 触手で捕らえたリリアンヌを持ち上げて見せた。


「何をする……」

「魔王よ。バルバロッサよ。そういう意味でしたら、このリリアンヌさんはわたくしよりももっと長い付き合いではございませんこと? であればわたくしなどよりもっと深い情を向けていてもおかしくありませんわね?」


 リリアンヌがウミウシの頭部近くへと運ばれていく。

 そしてその頭部に、がっぽりと口が開く。


「あ……」

「や、やめろ! 何をする気だ!」

「わたくしを打ち果たしなさい魔王! でなければリリアンヌさんも水牢のアレのようになりますわよ!」

「正気に戻ってくれロザミア! 頼む!」

「救うのです! 邪悪なドラゴンに囚われた哀れな少女を救って! 今こそ勇者になるのです!」


 一斉に噴射された水のレーザー。

 それが魔王に襲いかかった。



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[一言] >ボロボロと剥げ(なんと不吉な言葉だろう)落ちていく 大丈夫だ、漢字が違う!!(それでも不吉だがw)&(シリアスな場面でしょうもないコメントだ・・・・・・)
[良い点]  人質を上手く使う。 この章は特に人質を上手く使う。さあ言う通りにしないとこいつがどうなるかな。井染一家の亡骸も添えて分かりやすい。さあやれ。ロザミアはほっといても死ぬぞとお膳立てもほとん…
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