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第277話 カゲロウ


 要塞は急速な勢いで沈み続けていた。そこいら中から水が流れ込み、床も斜めに傾いていた。


 俺たちは要塞の中を上へと向かった。

 その間も転生者全員で《ウェイブスキャナー》やら《サーモ・アイ》やらを駆使してロザミアを探す。魔王と側近の少女たち3人に案内してもらいながら、その4人はそれぞれやや距離を開けつつ、俺たちも4人のうちの誰かのそばにつくように分かれて捜索を行なった。


「まさかもう水に飲まれただなんてないよね?」

「ドラムさん、あの女の子は制御装置とやらをぶっ壊したんだぜ、自分で。沈むってわかってんだから上に逃げたと思うがな」


 散々スキルを使って注意深く見回しながら要塞内を上ってはいるが、ロザミアらしき存在は影も形もない。ウォッチタワーの言うとおり、彼女はすでに俺たちより上階にいると考えるべきかも知れなかった。


 大きな螺旋階段を上っている時、下の方にいたメリナの声が聞こえてきた。


「魔王様……ロザミアはどうするつもりなのかな? 要塞を沈めて……」

「うむむ……我々を一網打尽にする気なのか……」

「でもさ、魔王様を海に放り出したからって殺せるわけないのはロザミアも知ってるはずだよ? こんなの悪あがきだよ」


 ヴィエラが会話に参加する声も聞こえた。


「それに……要塞を沈めてしまったら、彼女はここからどうやって逃げる気なのかしら? こんな海の真ん中で……」


 トンプソンも混じった。


「ロスさんがおっしゃるには、ヌルチートに取り憑かれた人間は正気を失うそうですよ。パニックになっているのかも知れませんぞ」

「ぬう……」


 パンジャンドラムも会話に加わった。


「あのさ、そのロザミアって子はさ。魔王さんが狙いなんでしょ? で、魔王さんは絶対に死なないスキルを持ってる。だよね?」

「そうだ。どんな状態になっても再生できる」

「ってことはさ、要塞を沈めて俺たちをお陀仏にしてから、死なない魔王さんをゆっくり……」


 だがそれはハルが否定した。


「あっ……でもさっきまでの水牢じゃ、ロザミアは魔王さんのことも殺そうとしてたよ。ヌルチートで見張ったまま水攻めにしようとしたんだ」

「えっマジ? なにそれ……えっそいつどうしたいの?」

「だ、だからみんなそれがわかんないんじゃないです?」


 答えは出なかったのか、みんな黙って階段を上った。


 たしかにロザミアは挙動不審が過ぎていた。

 ヌルチートを得ておきながら、魔王をはじめ転生者に対する執着が薄い。転生者全員を殺してしまっても構わないかのような振る舞いだった。


 これまでのヌルチートの常識をくつがえす……と言いたいところだったが前例はあった。


 俺は階段を上りつつ魔王に尋ねた。


「ヴィエラから聞いたが、ヌルチートが現れたのは1ヶ月ほど前だったそうだな」

「ああ。その頃からみんなが情熱的になったものだから我輩困ってしまった」

「ま、魔王様申し訳……」

「気にするな、すぎたことよ」


 あらためて魔王に尋ねられた。


「しかしロス、それがどうかしたか?」


 返事をしようとしたが、螺旋階段が大きく傾いた。手すりに掴まり体を支えた。女性陣の中には軽く悲鳴をあげた者もいた。

 要塞自体がかなり傾き始めているのだ。


「あとで話そう。完全に横倒しになる前にロザミアを見つけなければ」

「で、あるな」


 俺たちは階段を上る足を早めた。


 疑問を上げればキリがなかった。


 ヴィエラはまだヌルチートに取り憑かれていた時、はっきりとは言わなかったが今回の海峡封鎖作戦を、誰かに頼まれたと話していた。


 リリアンヌは獣人を連れた転生者(おそらく俺のことだ)が魔王を連れ出しにくると知っていた。それはロザミアから聞いたと話していた。


 そして魔王も含めた魔界の住人たちは先ほど言った。ロザミアがいつから魔界にいたのかわからないと。

 ヴィエラは魔王を彼女たちのモノとしたのは海峡封鎖を頼まれた直後のことだと取れる話し方をしていた。


 考えてみれば奇妙な話だった。

 仮にも一国の姫が1ヶ月も前から行方不明だったのだ。にも関わらずそんな噂はどこからも聞こえてこなかった。


 オルタネティカ帝国は今回の魔族との決戦のため、カシアノーラ大陸各国に連合を呼びかけたと聞く。トンプソンやマジノとて、その呼びかけに応えた外国人という扱いだ。


 外国に話がいっているのだ。であればロザミアがどこの国のお姫様であろうと、さらわれた国の者たちが奪還に動いていたっていい。強国オルタネティカが動くとあらば、その国にとっては願ってもないことだ。便乗するはずだ。


 だがオルタネティカの誰もそんな話はしていなかった。

 ただの海戦というふうにしか、ヤマト皇太子をはじめ帝国軍部は考えていなかったようだ。

 ロザミアが魔族に連れ去られたことを彼女の故郷を含め誰も知らなかったと? どこへいったかまったくわからなかった? 散歩中に逃げられた飼い犬でもあるまいにそんなバカな話があるだろうか? カシアノーラには人探しに特化した賞金稼ぎギルドだってあるのだ。


 螺旋階段を抜け、それからも幾つかの階段を上った。最初に魔王たちに出くわした玉座の前も通りすぎた。ロザミアは見つからない。


「魔王様。もうこの先は灯台の尖塔しかありません」

「うむ。ロザミアもそこにいてくれるといいのだが……」


 ヴィエラと魔王がそう話しているうちに、メリナが先に立ち案内を始めた。

 彼女にしたがい廊下の扉を出ると、そこは外壁だった。砦によくあるタイプの、デコボコしたデザインの手すりがある石の廊下。外は曇り空。海風が吹きつけ潮の匂いがした。


「ロス君、セーヴァイ号だよ!」


 パンジャンドラムが指差した先にはヤマト皇太子の乗る戦艦セーヴァイ号と、オルタネティカ海軍の艦隊が見えた。


「かなり近づいてるよ」


 言うとおり艦隊は大きく見えた。

 帝国艦隊は当初、この要塞を遠巻きにしていたはずだった。

 原因は、要塞を取り巻くリングの出す毒の霧を避けるためだったはず。沈みゆく要塞の周囲を見やると、リングがない。


「魔王さん、毒の霧を出す輪っかがあったはずだが」

「浮遊装置もかねてたやつだ。ダメにされたらしい」


 となると、もし要塞が完全に沈んでしまったとしても皇太子たちに救助してもらえるだろう。もっとも少なくとも俺たち転生者は水の上を歩くスキルがあるので溺れること自体はないだろうが……。


「バル、あそこ……! ロザミアがいるよ……!」


 リリアンヌの声だった。そちらに目をやると、リリアンヌは外壁の上を指差している。

 通路は尖塔を螺旋状にぐるりと回る構造だった。尖塔は段状になっていて、上へいくほど細くなっていく構造。最上部を見やれば、かなり小さいがたしかに灯台のような360度に窓のついた部屋がある。


 ロザミアはその部屋の中にはいなかった。

 屋根の上に立って、髪とドレスを風に吹かれるに任せていた。


 ウォッチタワーとパンジャンドラムが運動スキルを発動させ、通路を使わず尖塔を構成する段の上に跳び上がった。ハルやナヤート、トンプソンも続く。

 リリアンヌはコウモリのような翼を広げ飛んだ。俺と魔王はヴィエラ、メリナと共に通路を走った。


 通路の終わりは要塞の屋根。大きなドーム状の屋根のど真ん中に灯台の塔が伸びている。パンジャンドラムたちは塔を中心に囲むように展開して灯台の上を見上げている。


「ロザミア! もうやめなさい!」

「その悪いヤモリを捨てて……! バルが嫌がる……!」


 通路を登りきったヴィエラと空中のリリアンヌが言った。

 ロザミアは灯台の屋根の上でゆっくりと俺たちを見下ろした。


 魔王が言った。


「ロザミア、もう終わりにしよう」


 ロザミアは茫洋とも取れる無表情で魔王を眺めた。

 転生者たちは会話が終わるまで待っているのか、飛びかかるのを遠慮していた。


「ロザミアよ。姫よ。そなたにはたいへん迷惑をかけてしまった。我ら魔族のために魔界へ無理やり連れてこられ、さぞ怖い思いをしていたことだろう。だがそれも終わりだ。うちへ帰る時がきたのだ。我輩と同じように」


 俺たちの誰もそんな説得に効果があるだなんて思っていなかっただろう。パンジャンドラムは魔王を見下ろすロザミアの背後側に回り込んでいた。ウォッチタワーにいたっては、灯台を崩すつもりなのか尖塔のそばに立ち、ラリアットの素振りをしている。


 ロザミアが言った。


「同じことですわ、魔王」

「何がだ……」

「うちへ帰るなどと……ここがあなたの家。ここがあなたの世界」

「何を言ってるんだ。そなたは知らんだろうが、ここは仮初めの世界なのだ。我輩や、ここに並み居る彼らの暮らす世界ではない。帰らなければ。そなたも」


 ロザミアは微笑んだ。にっこりと。


「ですから、同じことでしてよ。帰ったところであなたはまた戻ってくることになる。それはもう決められたこと。誰も幸福から逃げることはかないません」

「そなたは何を言って……決める? 何を?」

「あなた方転生者がこの世界で真の幸福を得ること。あなた方転生者はここで幸福にならなければなりません。それは定められたことです。わたくしの造り主によって」


 魔王は眉間にシワを寄せてヴィエラを見やった。困惑の表情のように見えた。その表情はヴィエラも同じだった。

 1ヶ月とはいえ、今この場にいる我々の中では、魔王と側近たちは最も彼女と付き合いが長いはず。だが魔王たちの誰もロザミアを理解できない様子だった。


「ロザミア……と言ったかな」


 代わりに俺が口を開いた。

 ロザミアは魔王から俺に視線を移した。


「ずいぶんと訳知り顔するじゃないか」

「獣人を連れた黒帽子……やはりきてしまったのですね?」

「俺とラリアのことも詳しいようだ。どうやって俺を知った? 俺はSNSはやってないはずだがな」


 俺を見下ろしつつ、引き結ばれた彼女の口元が薄く開いた。

 魔王もヴィエラもメリナも、空中のリリアンヌも、不思議そうにこちらを見ている。

 俺はさらに尋ねた。


「…………魔界にヌルチートを持ち込んだのは……君じゃないのか?」


 ロザミアは微笑んだ。

 その開いた口の中から、カゲロウが1匹這い出し曇り空に飛んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 私も(孤高を気取ってw)最近までSNSやってませんでした! ロスさんと同じですね!(頭髪を気にするのもw)
[良い点]  飛び立つ虫。 記憶に作用する諜報員。誰も知らないけど、誰もが言う覆面の筋書き。そして良さげで意味深な言葉を吐く推定姫様。転生者の幸福は義務。 井染一家が泣いているぞ。ちっとも幸福はなかっ…
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