第二十七話 ア・ショート・グッドバイ
次々と迫り来るゴブリン。
死のスクラム、《レギオンオーブン》を狙っているのか。
俺は両拳から放射するマイクロウェーブでなぎ払う。
吹き飛ぶゴブリンズの肉体、そして血飛沫の陰をパンジャンドラムが高速ですり抜けてきた。
はじめから奴はゴブリンを目隠しの壁として使うつもりで……
《ターゲットはパンクラチオンのスキルを発動させています》
《剣聖・S・J・Jのスキルが解放されました》
パンジャンドラムのタックル。弾丸のごとき速度のレッグダイブ。
俺はあっさりとテイクダウンされた。
しかし仰向けに転倒するなか、無意識に相手の両腕を掴み、自分の両足でパンジャンドラムの胴を挟み込む。
他のゴブリンズは襲ってこない。《レギオンオーブン》は仕掛けないつもりらしい。一度破られた技だからか。
俺の方でも《ハードボイル》を使うか迷っていた。言葉を話すゴブリンを殺すことにためらうせいもある。
「こいつ、こ、こいつめ!」
「いたっ! この!」
パンジャンドラムが俺の手を振りほどきつつ、コツコツと拳で殴ってくる。地味に痛い。
俺は下からの関節技を狙っている(たぶん狙っているんだと思う)が、相手は隙を見せない。パンジャンドラムのトップポジションにおけるバランスの取り方は神がかっていた。
降り注ぐ拳の雨を凌ぎつつ隙をうかがっていると……視界に何かが映り込んだ。
ペステロだ。
ペステロが左隣りに立って、剣を振りかぶり俺を見下ろしている。
「死ね!」
俺の頭目がけて振り下ろしてきた。
「危ないっ!」
瞬間視界が暗くなる。
パンジャンドラムだ。
俺に両足で挟まれたクローズドガードの中から、なぜか俺をかばうように覆いかぶさってきたのだ。
衝撃はこない。
パンジャンドラムも俺の上で身を固くしていたが、いつまで待っても何も起こらないためか俺から身を起こす。
そのため視界が開け俺にも見えた。
ペステロが白目を向いて、床にぶっ倒れていた。
そのそば。
ミラーレが花瓶を持って立っていた。
たぶんそれでペステロの後頭部をブン殴ったのだろう。彼女は言った。
「……さっきから起きてたん……ですけどね。動くタイミングが見つからなくて……えへ」
そう言って、苦笑いした。
★★★
俺とミラーレがロープで縛ったペステロを引きずって洞窟を出た時、辺りは夕暮れが迫りつつあった。
洞窟の入り口には、クエストに参加した全ての冒険者たちがいた。
俺たちの帰還を待っていたらしい。
ミラーレが事の顛末を話すと、彼らはすぐに松明を持って洞窟へと戻って行った。奪われた装備を取り返すつもりなのだ。
「何だあ、オレっちたちはまんまと騙されてたってわけか」
「どうりでこいつ、最初にゴブリンと出会ってから妙に深追いしようとしたわけだね。洞窟の奥に誘い込んで、分断しようとしてたんだ」
ゴンザレスは頭をかき、レイニーはまだ気絶して倒れているペステロをキックした。
俺はそれに見なかったふりをする。彼女はペステロの企みのために失禁までしたのだ。
ミラーレにペステロの処分をどうするか尋ねると、念のため当局に突き出すという。
「まあこの男が白を切れば、どれほどの罪に問えるかは期待できませんけどね。共犯者のゴブリンはあなたに口封じされて証言できなくなったわけですから」
そういたずらっぽく笑って俺を横目に見たミラーレを、レイニーとゴンザレスは不思議そうな顔で眺めていた。
俺たちは他の冒険者が戻るのを待たず、ミラーレとともにペステロを連れてラバサの町へ戻ることにした。
その前に、俺は洞窟入り口の脇にある林に向かう。
「ロス? そっちはラバサじゃないよ」
「先に行っててくれ。すぐに追いつく」
「どこ行くのよ」
「大便だ」
「えー……」
「レイニーさん、さあ行きましょう」
年頃の少女に対してデリカシーのない表現なのはわかっていたが、急を要していた。
ミラーレがレイニーの背中を押していくのを尻目に俺は林へ入る。
しばらく林を進むと、下りの斜面があった。急勾配のはるか下には、森とか、川とか、遠くの山脈とか、まあそんなようなものが広がっている。
それらの大自然が夕日に照らされていた。ほんの少しもコンクリートは見られない。道路のアスファルトもない。
前世での生活の中、道路に挟まれ孤立した小さな山があったりしたのを思い出す。
時々考えたものだ。あそこに住んでいる動物は、あの狭い領地の中でどんな生活をしているのだろうと。鹿とか、猿とかがいたりするのだろうか。そこでの生活は上手くいっているのか。上手くいっていないとしたら、彼らはどこへ行けばいいのだろうか。周囲の道路に狸の死体を見つける時、ああ、そうだろうなと目を逸らす。
眼下の自然にはそんな心配をする必要もない。俺はコートのポケットから小さな箱を取り出した。
マッチ箱ぐらいの大きさの、木箱。俺は言った。
「インベントリ、オープン」
箱の中からゴブリンが飛び出して、草むらに立った。
赤い帽子のパンジャンドラムだ。
彼は少し周りを見回して、
「いやあ、ありがと。約束守ってくれて。ちょっとこのままどっかに監禁されるんじゃないかって疑ってたんだ」
そう言った。
洞窟での決闘、ペステロが気絶した後。
ミラーレに争うのはやめるよう俺たちは言われた。
ミラーレは襲撃により一度気絶したが、パンジャンドラムの部屋に運び込まれる寸前に覚醒したのだそうだ。
だがゴブリンに担がれた自分のすぐそばをペステロが普通に歩いていたので、様子がおかしいと感じ寝たふりを続けた。
そうこうしているうちにペステロとパンジャンドラムが言い争いをはじめて、ゴブリンに悪意がないということ、そして自分を守ろうとしてくれていることを知った。
彼女は俺に、パンジャンドラムの助命を懇願した。
助命もなにも俺は正直あの状態からゲームを逆転させる算段を特に持っていなかったが、パンジャンドラムの方から立ち上がり俺たちに謝罪したことで、俺もノーコンテストを受け入れたのだ。
パンジャンドラムはあの洞窟を去り、もう付近の住民に迷惑をかけないと約束したので、俺とミラーレもギルドには「ゴブリンは全滅した」と報告すると約束。
それで、洞窟を出ることになったのだが……。
「このアイテムボックス、便利だろ? このちっちゃな箱の中に、何でも入るんだよ。まさか自分まで入れるとは思わなかったけど」
今、パンジャンドラムは俺から返却された小箱をもてあそんでいる。
洞窟を出る際問題となったのは、パンジャンドラムが「いつ出るか」だった。
入り口は案の定冒険者が待ち構えていたし、彼らへの装備の返却の問題もある。それに、冒険者は洞窟やダンジョンで魔物を討伐した後、中をくまなく探索して色々な珍しい物品を探す癖があるという。
パンジャンドラムが時間を置いてから出ようとした時、冒険者の誰かと出くわせば、ゴブリン討伐が成功していないことが発覚しパンジャンドラムは追われ続けることになる。
というわけで、俺たちは彼が持っていた「アイテムボックス」なる異空間に物を収納できる小箱にパンジャンドラムを入れて、洞窟を出ることにしたのだ。
ミラーレももちろん、俺が今ここでパンジャンドラムを「放流」していることを知っている。知っていて黙認してくれていた。
夕日に照らされたゴブリンのパンジャンドラムは気まずそうに話しはじめた。
「……あのさ。ほんとに悪かったよ。何か……寂しかったんだ。オレ、あの洞窟でずっと独りぼっちでさ。気晴らしが欲しかったんだ。たまにやってくる冒険者も、命狙われてるのはわかってたんだけど……相手してくれるのがちょっと楽しくてさ。正直に言うと、追っ手を増やそうとわざと悪いことをした部分もあったよ。誰かにかまって欲しくって……そんな時出会ったのがあのペステロって奴なんだ」
少し、話しをしてみようと思ったのだそうだ。
いつもは捕らえた冒険者はそのまま入り口へ捨てていたが、ペステロはほんの気まぐれだったと。
「最初は、本だった。暇つぶしに読める本を買ってきて欲しいって頼んだんだよ。あいつ、律儀にそうしてくれるからちょっと調子に乗っちゃってさ。色々、部屋を飾ろうと思って……。でも、オレお金ないからさ。どうしようかって相談したら」
「装備を奪うことを持ちかけられたと」
「……悪いことだよね」
「冒険者は君の命を奪うことで金儲けしようとした。レートが噛み合ってないんだから君は優しい方だ」
「……撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ、か」
パンジャンドラムはそう言って苦笑いした。
「あんた、強いんだね。あんなに手こずったの初めてだよ」
「俺もだ。他のゴブリンは君ほどじゃなかった」
「あれはオレのスキルだよ。召喚スキルで、無限に出てくる。……でも友達の代わりにはならなかったな」
「普通のゴブリン仲間もいない?」
「オレは……普通のゴブリンじゃないから……」
「転生者だろう」
しばらく沈黙が流れた。
彼は俺の顔を横目にうかがうようにしていた。
聞こえなかったふりをしたがっているように見えた。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだと言ったな。アメリカの小説の一節だ」
パンジャンドラムは目を見開いた。
「アニメのセリフだろ?」
「何というアニメかは俺は知らないが、君はアニメそのものを知っているんだな。それに……強制性交と言っていた。強姦罪の名称から近年変更された、ある種の造語だ。そんな言葉使いをするところを看ると、君は日本人だったんだろう」
「じゃ、じゃああんたも?」
「2日前にな」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。ゴンザレスの声だ。
俺とパンジャンドラムはしばらくその声の方を向いていたが、すぐに彼は言った。
「オレ、もう行かなきゃ」
「それがいい」
彼は茂みへと向かう。俺もそれに背を向けて歩き出そうとした。
しかし呼び止められた。
茂みに半ば入り込んでいたパンジャンドラムは、沈む夕日の赤い光に照らされながらこう言った。
「もっと時間があったらよかったんだけど、手短に言うよ。自分が転生者だなんて誰にも話すな。冒険者のギルドカード、持ってるんだろ? できればそれも人に見せないようにした方がいい。でなきゃ、サッカレー王国の転生者みたいに……」
ゴンザレスの声が近づいてきた。パンジャンドラムはまるで自分を急かすように早口で、
「いいね、絶対だぞ。絶対に言っちゃダメだ。自分の力を過信するな。オレたちは無敵じゃない。絶対に、絶対に……」
茂みに潜り込みながら、彼は最後にこう言った。
「……ヤモリに気をつけて……」
やがてパンジャンドラムの気配は消えた。
しばらく彼が去った茂みを見つめていると、後ろからゴンザレスが声をかけてきた。
「ここにいたのか、遅いじゃねーか。ケツを蛇に噛まれて動けなくなってるのかと思ったぜ。何してんだ? ぼんやり突っ立って」
「夕日を見ていた。ここの夕日は綺麗だ」
「夕日なんてどこでも綺麗だろ」
「違いない」
日は沈みかけ、林は闇に落ち込んでいく。
俺は茂みに背を向けた。
皮肉なことに俺とパンジャンドラムはさよならを言うでもなく別れた。
それでいい。2度と会うことはないと思った。
他はどうかは知らないが、少なくとも俺は。




