第276話 最後のヤモリ
「こいつ、殺してやる‼︎」
凍りついた井染一家めがけてダガーを振りかざしたナヤートを、ハルが抱きとめていた。
「だ、ダメだよナヤートちゃん人殺しは……」
「だって、あたしこいつのせいでこんなところにくるハメになったんだよっ!」
ラリアも俺の左腕から降りてナヤートの制止を手伝っていた。
俺はそれを横目に見やりつつ魔王に言った。
「あとはロザミアだな。制御室か」
「うむ……ではあるが……問題はこやつらをどうするかだな」
魔王は井染一家を見ていた。井染一家の3人は寒いのかプルプル震えている。
「ロス。そなたはたしか、転生者を全員集めて日本に帰すよう、火奈太君に言われていたのだったな?」
「……ああ」
魔王は火奈太少年……スピットファイアこと吐院火奈太少年を知っているかのような口ぶりだった。
俺の前で腕組みして一家を眺める魔王。ロザミアを追うためにはこの氷漬けの問題児たちをここに置いていかざるを得ない。
「そんな必要ないよっ!」
聞こえていたのかナヤートが言った。
「こいつら、前世の時から悪い奴らだったんだ! ハルさんから聞いたもん、あたしを殺しといて、警察に圧力かけてもみ消したって!」
魔王は1度目を丸くしてナヤートを振り返り、それから井染一家を見やり、そんなことをしくさってたのかと呟く。
「おまけに何よ! ハルさんや、ロスさんのことまで殺そうとして!」
井染父が言った。
「うああ〜でもぉ〜……この異世界じゃあ……転生者はみんな異性にモテモテになっていい思いしてるって聞いたし……でもわたしらだけ水牢に閉じ込められて、こんなの不公平だと思ってぇ〜……」
泣きながら話す井染を、魔王はほんの少しの間眺めていた。だが指を2本立てるとそこから魔法の爪を伸ばし、井染たちの口に突き刺していった。
彼らの口の中のヌルチートが狙いだった。
「あがぁ〜!!!」
「これでヌルチートとやらは死んだか?」
「ああ、姿が消えた。こいつらはあまり頑丈じゃない」
「よし、では……」
魔王はヴィエラとメリナを振り返った。
「我輩がヴィエラたちと共にロザミアを捕まえてこよう。ロスたちはここでこのバカ共を見張っててくれないか」
「パンジャンドラムとリリアンヌもどこかにいるはずだな。あとひとり、ウォッチタワーという転生者の仲間がいるんだが迷子になっているようだ」
俺はハルたちをこの場に残し井染一家を見張ってもらい、俺はラリアと共にパンジャンドラムたちを探しにいこうかと考えた。
その旨を魔王に伝えようとした時だった。
「あっロス君、戻ってきてたの?」
「おおロッさん、無事だったか!」
「バル……!」
大階段の踊り場、そのさらに左側の階段から、パンジャンドラムとウォッチタワー、そしてリリアンヌが姿を現した。
ウォッチタワーを見つけられたらしい。階段を降りてきて、パンジャンドラムが言った。
「あれ、この氷漬けの3人は何?」
「最後の転生者さ。前世の時ハルが懲らしめた悪の県知事とそのご家族だそうだ」
「マジ……? え、マジ?」
俺はウォッチタワーを見やり、
「今までどこをほっつき歩いていたんだ、君がいなかったせいで危うく生皮を剥がされそうだった」
「めんぼくね……えっ生皮? あ、いや、そうだロッさん、いたぜヌルチートが」
「ああ。今のところ5匹片付けた」
そこまで言った時、ちょっとした違和感を覚えた。
ウォッチタワーがパンジャンドラムとリリアンヌと合流したのなら、ヌルチートのことはパンジャンドラムから聞いて知っているのは不自然じゃない。
だからそんなことは、俺にわざわざ報告するような調子で言うことではない気がした。
リリアンヌが言った。
「バル……ロザミアがいた……」
リリアンヌたちも制御室を通りかかったのだろうか。
パンジャンドラムが言った。
「ウォッちゃんを見つけたのついさっきだったんだけどさ。ウォッちゃんが制御室でロザミアって子と戦ってたんだ」
「戦ったっつーか、見つかってちょっと襲われた程度の話だけどよ。ちょうどドラムさんがやってきて、そしたらあの女の子逃げちまったな」
魔王が尋ねた。
「こっちへきたということかリリアンヌ? 追いかけたんだろう?」
「うん……見なかった……?」
魔王は俺やハルたちの顔を見回した。
このロビーでロザミアの姿は見ていない。
ロザミアはどこかで別の道に入り込んだりだとかして、パンジャンドラムたちは見失ったのだろうか。
魔王が言った。
「ロザミアのヌルチートで最後……だろうな。彼女も捕まえなきゃあならんな……」
「あのさ」パンジャンドラムが言った。「転生者はみんな揃ったよ。今さら1匹ぐらい残ってても大丈夫なんじゃない? そんな焦らなくても……」
「そういうわけにもいかん。彼女はヒューマンの国からさらわれたお姫様なのだ……うちに帰してやらんといかん」
「へえ、どこの? オルタネティカ帝国じゃないよね?」
魔王は首を横に振った。
「どこかは知らんな……我輩はヒューマンの国は詳しくないし、部下が勝手に連れてきたらしいし……。ヴィエラ、そなたは聞いているだろう?」
ヴィエラを、魔王は振り返った。
話を振られたヴィエラは何か答えようとしたが……首をかしげた。
「えーっと……メ、メリナ、どこだったかしら? あなた彼女のお世話もしてたでしょ?」
「あ〜……ええ……? う……リリアンヌ様、知らない?」
「知らない……」
「あら、おかしいわね……私尋ねなかったかしら……? いやたしか前にそんな話したような……いや、しなかったような……?」
魔族の3人は揃って首をひねっていた。
魔王はそんな彼女たちをいぶかしげな表情で見ていた。
まあそんな顔もしたくなるだろう。側近がそんな大事なことを把握していないのだ。
俺は言った。
「そこは捕まえてから本人に訊いてみればわかることだな」
それからウォッチタワーとパンジャンドラムを向き、
「ウォッチタワー、君はここに残ってハルたちと一緒にそこの氷漬けの3人を見張っててくれないか。ナヤートがこいつらを殺しかねない」
「なんだい、モメてたのかい」
「まあな。パンジャンドラム、一緒にきてくれ。ロザミアを探そう」
「はいはい。最後のヤモリを片付ければやっと下宿先に帰れるってわけだ。がんばりましょ」
パンジャンドラムがそう言って、肩のライフルを担ぎなおした時だった。
床がぐらりと揺れた。
「なんだ……⁉︎」
魔王が呟いた。
床が沈下するような感覚を覚えた。エレベーターが下降する瞬間のような。この感覚、先ほど水牢でも感じたことがある。
俺は言った。
「要塞……沈んでないか……?」
と同時にだ。ロビーのあちこちから水が流れ込んできた。
「なんだ、どうなっとるんだ⁉︎」
「魔王様! ロザミアが要塞を沈めているのでは⁉︎」
「なんでまたそんなことを……? だいたい彼女はもう制御室にはいないはず……?」
だがウォッチタワーが言った。
「そういやぁ……そのロザミア? って女の子。部屋の中のなんかの機械を壊してたな」
「制御室だろうか⁉︎」
「たぶん。それにあの女……」
「何だね」
ウォッチタワーはひと息置いて言った。
「……機械を手でブン殴って壊してた。えれぇパンチ力だったぜ……」
魔王と側近3人が顔を見合わせる。
俺は言った。
「制御室が破壊されるとどうなる?」
「う、要塞が制御を失い海に沈むだろうな」
「だからこうなってるのか。いこう、上だ。ロザミアを探す。錯乱して壊したのかも知れない。このままだと彼女も要塞と共に沈んでしまうぞ」
「た、たしかに! きちんと親元に帰してあげなければ……あ、だがこやつらはどうする?」
魔王は井染一家を見やった。海水は階段の途中にある井染の氷像まで迫りつつあった。
俺はポケットからアイテムボックスを取り出した。
「これに入れていこう。誰か階段から剥がしてくれ」




