第273話 輪廻
「おびゃあぁぁぁぁぁあづいよぉおおおあづいよおぉぉぉ!!!」
「きィィィィィやあああああアタクシのボクちゃんがぁああああああ!!!」
顔面が大炎上した井染息子。頭を振り回しながら絶叫していた。
「ばおおおおおおお!!!!!」
「おわわ、息子よ、水だ! 海水に頭を突っ込め!」
水牢の水位は俺の股辺りまできていた。井染息子は聞こえているのかいないのか、頭を振り回すばかり。
魔王もまたファイアスライムの樽を投げつけようとしたが、井染母がゴカイを伸ばして牽制。
「ええい!!!」
井染父がゴカイの1匹を使い、息子の頭を掴んだ。そのまま勢いよく海水に叩きつける。消火のため煙が立ち上った。
父は息子の頭を引きずり上げた。
息子の顔は焼けただれていた。白目すら向いて痙攣していた。
「キャアアア、ボクちゃんんんんん!!!!!」
水牢に母の叫びが響き渡る。
「ボクちゃん、ボグぢゃんんんんん!!!」
息子の反応はまったくない。不謹慎を承知で言えば、これぞほんとの虫の息だった。
「お、お、落ち着け、どうということはない!」
「何言ってるのあーたアタクシたちのボクちゃんがぁぁぁぁ!!!」
「こいつはもうダメだ。処分しよう」
「ええそれもそうザマスね」
急に真顔に戻った井染母。
父の方はゴカイを3匹伸ばすと、息子の顔に突き刺した。
「ひっ……⁉︎」
ナヤートの息を飲む声が聞こえた。
井染家の父は、自らの息子の頭を俺たちの前でバラバラに切り刻んでしまった。血が水面をドス黒く染める。
「な、なんということを……」トンプソンが言った。「自分の息子を⁉︎ 狂ってる……!」
「いや待ちたまえ」魔王が言った。「これはまだ正気の範疇だろう」
「何を言って……⁉︎」
《井染息子はインカーネイションを発動しています》
先ほどまで井染息子だった頭は、ゴカイに散々に食い千切られ原型を失い、肉片は海水にブチまけられた。
だが井染一家を構成するゴカイの塊の中から、新たな井染息子の顔が現れる。
「この人殺しィーッ! よくもこのぼくを2回も殺したなッ! 警察に言うぞ!!!」
「ゲハハハハ! 残念だったな! それっぽっちの火ではわたしらは殺せんぞー!!!」
これか。《インカーネイション》。
井染一家の足元にはまだ井染息子だった肉片が浮かんでいる。奴らの固有スキルは、ゴカイのうち1匹でも残っていれば再生できる能力。井染たちはたとえ死んでも別のゴカイに再転生できるということか。
「ゲシャシャシャシャーッ! さあ、ゆっくりとブッ殺して皮を奪ってくれるわァ!」
奇妙なものだった。
人類の代表として魔族の居城に乗り込み戦争を勝利に導くはずが、なぜか魔王と共闘し、最下層で魔族に冷遇されていたゴカイの化け物と最終決戦。
俺は言った。
「そう上手くいけばいいがな」
「にゃにッ!」
井染父がこちらを見た。俺はそちらではなく、井染息子の方を見ながら話す。
「たいしたものだが、どうやら再生できるのは頭だけらしいな」
「それがどうした! わたしらは頭さえあれば全てのゴカイを動かせる! それで十分……」
「息子の口を見てみろ」
井染父は押し黙った。
それから息子と顔を見合わせた。
息子の方は鼻で息をするタイプではないのか、だらしなくポカァンと口が開いている。
「お、おい息子や……おまえ、ヌルチートはどうした⁉︎」
「ふが⁉︎」
井染家のヌルチートは、井染家の面々の口の中に入っていた。だが今息子の口の中は空っぽ。ヌルチートが1匹いなくなっていた。
「どうやらさっきの火で死んだらしいな。それとも口の中だから無事だったかも知れないものをあんたが自分で刻んでしまったか? どっちにしろ召喚獣まで再生はできなかったようだ」
井染一家は揃って驚愕の表情を浮かべた。
「さて、それで……俺たちの中で熱い視線を受けてない者は誰かな……?」
メリナは俺。
制御室のロザミアが魔王のはず。
井染母はナヤート。
井染父はたしかトンプソンだった。
これらはみな、まだ俺たちを見ているのを感じた。
「……俺ですね……」
《ハル・ノートは無詠唱のスキルを発動しています。レーザークロウ》
両手の五指から光の爪を伸ばしたハルが、井染一家睨み立っていた。
「うっ、貴様ァ……!」
何の因果の巡り合わせか。対峙したのはハルだった。
「この人殺し野郎め、1度ならず2度までもわたしらを狙いやがるのか……!」
「あっ、俺でよかったんじゃないのか? ロスさんの固有スキルだったらおまえらなんか1発で全滅させられるぞ?」
俺の《ハードボイル》か。
たしかにゴカイの群れを皆殺しにするには、この中では俺の固有スキルが1番手っ取りばやいかも知れない。
井染一家は《ウォーターシールド》なる水の盾を用いて攻撃を防げる。そして水はマイクロウェーブを吸収する性質があるそうだから、《ハードボイル》は吸収され、透過はしないかも知れない。
だがその場合は出力を上げて水を蒸発させ突き破ればいいかも知れない。
まあ何にせよそれは仮の話で、実際にこの状況でメインで戦えるのはハル……。
ふと、水について考えていたので気になることを思い出した。
ラリアが閉じ込められた棺桶だ。
水に沈んでやしないかと見やってみると、水面にプカプカ浮いていた。中からは内側を叩く音がしているので、ラリアも無事らしい。
その棺桶がずいぶん高い位置にあるように思えた。
下を、水面を見てみる。もう俺の腰まで水位が上がっていた。
小柄なナヤートの方を見ると彼女はヘソの上ぐらいまで海水に浸かっている。
「ぶっ⁉︎」
そのナヤートが唐突に水に沈んだ。
「ナヤート!」
俺が叫ぶと同時に、彼女の近くにいたトンプソンがそちらに駆け寄ろうとした。
だがナヤートはすぐに水面に浮かび上がった。
と言うより持ち上げられていた。
ナヤートは四肢をゴカイに巻きつかれ、水面の上まで持ち上げられた。
「いやっ、離して、キモい!」
「オーッホホホホホ!!! 捕まえたザァマスことよ!!!」
「なっ……てめえ! ナヤートちゃんを離せッ!」
持ち上げられたナヤートの体には、腕にも、足にも、太ももにも、太いゴカイがうぞうぞと這っている。
「動くな人殺しィ! 動くとこのメスガキがどうなっても知らんぞ!」
レーザークロウを振りかざしたハルだったが、それ以上井染一家に迫ることはなかった。
「グヒョヒョこのくされガキ共めがァ〜! 元はと言えばこのメスガキが諸悪の根源だったなァ! こいつがクソ生意気にもうちの息子を咎めおったから、わたしらはおまえに無残にも殺されることになったんだ! それがおまえ、ええ⁉︎ まさかこんなところで復讐する機会を得るとはなァ〜!」
井染一家はナヤート、あとついでなのか同じく捕らえているメリナをゆらゆら振り回しながら勝ち誇っていた。
俺はその状況をいかにすべきか頭の中を目まぐるしく回転させた。
正直、何も浮かばない。
だがそのせいか違和感を覚えた。
そもそもなぜハルは井染と戦わないのだろうか。それは当然ナヤートという人質がいるからだろう。
だがそもそも井染一家は、魔王以外の俺たち転生者を殺す気なのだ。
ナヤートのことも殺す気でいるのだ。であるならなぜ今さら人質に? 人質は生きているから人質になれるのだ。だからハルは立ち止まってもしょうがないのだ。ナヤートは殺される。
そこが違和感の原因だった。ナヤートが死ねば転生者がひとり減る。ヌルチートで見張るべき転生者の数が減るのだ。あの体勢になった以上はさっさとやってしまった方が井染一家のためにもなる。
有利な状況になったからと浮かれているだけなのか。子供向けアニメにありがちな安っぽい悪役がそうであるように?
「この身のほど知らずのガキがッ! わたしを誰だと思ってるッ! 井染県知事様だぞッ! 木っ端ガキ風情が盾突きおってからに!」
「井染!さっさと離さんか!」魔王が言った。「女子供ばかり人質に取りくさって前々から思ってたが貴様ほんとにどうしようもないな!」
「うるさいッ!」
井染父はナヤートをさらに高く掲げた。
「見てろォ〜! おまえらの目の前で、息子に逆らいやがったこのメスガキを殺してやるゥ! グヘヘ……」
ゴカイの1匹がさらに井染の塊の中から伸びた。
それは、宙にいるナヤートの股の間を目指していた。
「ヒャホホ〜〜〜ッ! ここから突っ込んで中身を食い尽くしてくれるわ〜ッ!!!」
「や、やめろぉーッ!」
忍耐の限界か。井染へ向けハルが走り出した。
同時に魔王がファイアスライムの樽を、
「ハルよ、跳べッ!」
井染の頭上へ投げた。
水飛沫を上げハルが跳んだ。井染の上で樽を破壊して燃料をブチまける気だ。ハルも魔王の意図を一瞬で理解していたのだ。
「そうはいくかァ〜ッ!」
樽を砕いたのはハルのレーザークロウではなかった。
井染が振り回したメリナだった。
「いたっ……!」
「火の魔法を使ってみろアカツキィ! おまえの愛するメリナは黒焦げだぞッ!」
メリナの体はファイアスライムを浴びドロドロだった。魔王の表情が引きつった。
だがハルの視線はすでに樽にもメリナにも向いていなかった。足下の井染めがけレーザークロウを……。
《井染父はウォーターシールドのスキルを発動しています》
ゴカイの塊が水の盾に包まれる。
瞬間ハルの体が砂嵐のような模様へと変わった。
《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》
消えた。
そしてその姿は、ゴカイの上から横方向に逸れていたナヤートのそばに出現する。
「ナヤートちゃん、今助ける……!」
足場のない空中にいながら横にズレるとはさすがのスキルだった。ハルの狙いは初めからナヤートの救出だったのだ。
だが井染息子が言った。
「そうやると思ってたぞバーカッ!」
ハルはちょうどレーザークロウでナヤートを捕らえるゴカイを斬り裂こうとしたところだった。
しかしそのナヤートが、ゴカイに引っ張られハルに迫った。
「うわっ⁉︎」
衝突したふたり。
その衝撃でハルは井染に背中を向けてしまった。
《井染息子はボビットワーム・ジョーのスキルを発動しています》
その隙を突いてさらなるゴカイが飛んだ。
「これを待ってたんだよォ〜! ふたりと共死ねェーッ!!!」
ゴカイが食らいつき鮮血が散った。
だがその血はハルのものではなかった。
ナヤートのそれでもない。
「と……父さんっ⁉︎」
ゴカイが食いついた肩。
それは、一瞬早くナヤートの拘束に近づきぶら下がって引きずり下ろし、今またハルをかばった、トンプソンの肩だった。




