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第272話 火気厳禁


「井染、貴様何をする! メリナを離さんか!」


 魔王が叫んだ。

 しかし井染はメリナを持ち上げながらあざ笑う。


「そぉ〜はいきませんなァ〜! 今その箱を開けられたら、転生者以外の奴が増えて面倒になるじゃないですか、ん〜⁉︎」


 井染父は視線だけで俺の方を見た。


「わかってるんだぞ! さっきの獣人、ヌルチートで見られてるのにスキルを発動してたな! 頭の中に声がしてわかってるんだぞ!!!」


 《スキルアナライザー》か。他人の頭の中で俺とラリアの《ツープラトン》やラリアの《ディジェスター》がどう説明されているのかこちらからはわからないが、とにかく奴も察したらしい。


 ゴカイに拘束されたままメリナはもがいている。


「くっ……離してよ! 勝手なマネはやめなさい!」

「冗談じゃないですよォ、勝手なマネをしてるのはそっちじゃないですかァ」

「何を……⁉︎ イソメのくせに生意気よ!」

「生意気なのはそっちだ! このクソメスガキがッ! 誰に向かって口を聞いてると思っとるんだ! 私は県知事なんだぞッ!」


 メリナは魔王を見た。魔王は答える。


「あー……大きな大きな町の町長……と言えばわかるかな?」

「何よそれ! 魔王様の方が偉いじゃない! 王様よ、王様!」


 しかし、ゴカイの1匹がメリナの足に噛みついた。


「あッ……!」

「イソメ、貴様ッ!」

「やかましいッ! 言うことを聞かんからだッ!小娘のくせに偉そうに! 勝手に箱を開けようとしやがって! バカか!」


 メリナは顔を苦痛からかゆがめていたが、井染父を見て言う。


「でも……っ! スキルを解除しなきゃあいつが魔王様を撃つって……」

「撃てばいいだろうがそんなもん!!!」


 メリナが瞳を見開いた。


「おまえ、何を……」

「それならそれでいいんだよ別にィィーッ! だいたいアカツキさんはよォ〜、わたしらに対して冷たいんだよォ〜こんな何もない牢屋に閉じ込めて! 絶対あんたわたしのことナメてるだろ! 前々から気に食わないと思っていたんだ、この際死んでしまえ!」


 ヴィエラとメリナが言った。


「狂ったの⁉︎ 今まで魔王様のお情けで飼っていただいてたくせに!」

「魔王様が死んじゃったら魔界はどうするっていうの!」


 だが井染父はニヤニヤと笑った。


「そりゃ〜おまえ……わたしが魔王になればいいんじゃないのかァ〜?」

「な、何を……」


 井染父がゲラゲラと笑った。父だけではなく、奴の妻も、息子も。下品な笑い声が水牢に反響する。


「パパ! それいいね! ぼくたちが魔王になって魔界を支配するんだ! 魔王なんてゲームみたいでカッコいいよォ〜!!!」

「もぉ〜名案ざます! 名案ざますよあーた!!!」


 奴らが笑っている間、ヴィエラはおろかメリナさえ、信じがたいものを見るような目で井染一家を見ていた。


 ひとしきり笑って笑うのに飽きたのか、井染父はハルに言った。


「そういうわけだ。さあ撃て。遠慮はいらん。殺せばいい。わたしらを殺したようにな!」


 ハルの銃口はまだ魔王に向けられたまま。

 とっくにみっつ数え終えていた。メリナも棺桶を解除したわけではない。

 だが引き金はまだ引かれてはいない。


「はん、若造め。わかっとるんだぞ、おまえに引き金を引く勇気はない」


 ハルは眉間にシワを寄せて言った。


「……試してみるか……俺は本気だぞ!」

「だから試せと言っとるだろうが。こっちは困らんン〜」


 ハルは魔王へ向けたショットガンを構え直す。


「若造、わかっとるんだろうなァ? 撃てばアカツキさんは死ぬが、そうなるとおまえらの仲間がひとり減る。ヌルチートは5匹。おまえらは4人になるゥ。余計不利になるだけだろうがバカめがァ!!!」


 メリナはハルを見やった。

 ハルの額に脂汗がにじんでいる。


「ほれ見ろ、撃てないだろうがァ! わかったか小娘、これが大人の……いや、魔王の駆け引きというものよォ!」

「さすがですわあーた!!!」

「えっ、パパまた何かやっちゃったのォン!?!? パネェ!」


 勝ち誇る井染一家の前で、ハルも魔王も固まっていた。ナヤートもトンプソンもだ。

 俺はそれを眺めながら、ポケットからタバコを取り出した。


「ヒャッヒャッヒャ!!! それでは貴様ら全員食い殺してくれるわァ! メリナ! おまえはしっかりあの帽子の奴をみてろよ!」

「くっ……何を偉そうに指図なんか……!」

「おっ、いいのかそんな口を利いて! そんなことを言ってると、魔王も殺してしまうぞ!」

「なっ……⁉︎」

「わたしの方が有利なんだ! 言うことを聞かないと!」


 井染父はこれ見よがしにゴカイの1匹の鎌首をもたげ、魔王を睨んだ。

 俺はさらにポケットから煙吹きの着火装置を取り出す。


「くっ……!」


 メリナは諦めたのかうつむいた。その背のヌルチートは相変わらず俺を見ていたが。

 俺はショットガンの樽を背から下ろすと、その上に座った。


 それからタバコをくわえ、煙吹きで火をつける。一服。

 井染一家はメリナを見やりどこか満足そうにニヤつきながら、


「よぉしよし……そうやっておとなしくして、他の転生者共とわたしらが入れ替わるところを見ているがいい……ってそこのおまえ」


 井染父が誰かに何か言っていた。俺はタバコの煙を目で追っていたので誰に言っているのかまではわからなかった。


「いや、おまえだよおまえ! なにリラックスして一服しとるんだ! 状況わかってるのか!」


 俺だったのか。仕方なしに返事をする。


「ああわかっている。あんたが死ぬって話だろう」


 煙をふうと吹いた。


「なにぅお……? 恐怖で頭でもイカレたか! スキルを封じられたおまえがどうやってわたしらを殺せる!」

「なんでもかんでも人に訊くんじゃあない、たまには自分の頭で考えろ。俺は学校の先生じゃないんだ」


 俺はそう言うとタバコの先を水につけて火を消し、吸い殻をポケットに入れた。それから椅子がわりにしていた樽から下りてそばにしゃがみ、ショットガンとつながっているホースを外す。


「なァにをやっとるか……」

「パパ!」井染息子が言った。「あれひょっとして火薬じゃないの⁉︎」

「にゃに」

「ぜってぇそうだって! あいつら銃撃ってきたじゃん!」


 こういう時は子供の方が勘が働くらしい。たとえそれがカンニングしなければテストで良い点を取れないうえにあまつさえそれを糾弾した同級生の少女にラブレターを送って何か素敵な関係になれると盲信するようなアホガキだったとしてもだ。


 俺は言った。


「そういうことだ。この中にはファイアスライムという可燃性のスライムが入っている。無駄に燃えすぎるらしくこの異世界の人間は誰も活用してこなかったみたいだが、ある人物が銃の火薬がわりに使えるということを発見した。つまりそれほど……」


 俺はポケットからもう1本。タバコを取り出し口にくわえ、


「爆発力があるということだな」


 それから煙吹きを取り出し先端に近づける。


「お、おいバカモノやめろっ危ないだろっ! それわかっててなんでタバコ吸おうとしとんだ!!!」

「なんでだろうな。歳を取ると真面目に何かをやる気になれないせいかな。15分おきにタバコ休憩を取りたくなる」


 俺は魔王とハルを見やった。

 その2人は俺と同じくショットガン……の樽を背負っているからだ。

 彼らはすぐさま自分の背から樽を下ろす。


 俺はパンジャンドラムから借りたアイテムボックスをポケットから出す。中からさらにショットガンを5丁ほど取り出した。樽もだ。


「これだけあれば城も吹き飛ばせそうだな」


 そうボソリと呟いてみた。


 この新しい5つの樽、中は空だ。ファイアスライムは入っていない。

 だがそれを知らない井染一家の顔は真っ青だった。


「や、やめろ……そんなことすれば自分も死ぬだろ!」

「量の調節ぐらいするさ。これ一個でもあんたの体を全部焼き尽くすぐらいはできる」


 実際そうかどうかは知るものか。


「たしかあんたは、ゴカイが1匹でも残っていれば復活できるんだったな。いや、全部爆破してもいいな。俺たちはこのボックスの中に入れば安全だ。死ぬのはあんたと、メリナだけ」

「バカモノ! そこの棺桶の子供は……」

「棺桶が守ってくれる」


 魔王とハルが言った。


「ロスよ。なんだったら1個投げつけてみるか? 着火なら魔法でできるぞ」

「俺もです」


 井染父が叫んだ。


「やめろォ! メリナがどうなってもいいのかァ!」

「井染よ。戦争には犠牲がつきものだ。魔界の民は全て我輩のために命を捧げるべきである」


 井染はメリナを見やった。

 何か魔王の心を揺さぶれるような悲痛な命乞いをすることを期待したのかも知れない。

 だが彼女は瞳を閉じ、涙をひとすじ流したのみ。


 俺は井染一家に言った。


「ヌルチートを捨てろ。そもそも争いにきたわけじゃない。日本に帰るんだ。考えてもみろ、あんたたちは前世では勝手放題の生き方をしていたんだろう? またそんな生活に戻るだけだ」


 井染息子を見やり、


「坊や。この世界は退屈じゃないか? スマホもテレビゲームもない。俺はこの世界を散々歩いてきたが、何も面白いものはなかったぞ」


 ナヤートが樽のひとつを持って、井染一家の向こう側に回り込もうとしているのが見えた。


 井染が俺の説得を受け入れるかどうかはわからなかった。

 何せ奴らはヌルチートに取り憑かれている。欲望のおもむくままに行動したいだろう。だからこそ欲を刺激する言葉を投げかけてみてはいるが。


 だめならだめで仕方がない。その時は樽のひとつを投げ込むだけだ。どれか1匹、ヌルチートを始末する。理想を言えばメリナを捕らえているゴカイが千切れて彼女が解放され、そのあとでヴィエラになんとかしてもらいたいというところだ。


 あとはナヤートに、その樽は空だぞとどう伝えるかぐらいだった。


「どうする? 今モメる理由もないだろう?」


 井染一家は互いの顔を見合っている。

 どうやら迷っているようだ。それほど県知事としての生活は魅力的なものらしい。俺も期間工ではなく県知事になればよかったと少し思った。


 その時だった。

 水牢が揺れた。


「な、何だ⁉︎」


 叫んだのは魔王だ。

 水牢は音を立てて揺れ続け、俺も少しバランスを崩した。

 天井から声がした。


『イソメ……何を手こずってらっしゃるの? さっさと転生者を全員捕まえなさいな』


 ロザミアだ。


「し、しかしロザミア様、こいつら爆弾を……それにこの揺れはいったい……⁉︎」

『ええ。ですから爆弾が使えないようにしてさしあげますわ』

「こ、これは何をやっているんで……⁉︎」

『要塞を海に沈めています』


 そう言えば。

 足首ほどだった水位が、急速に増えていっている。

 魔王を見やった。彼は呟く。


「そうか、あやつは要塞の制御室にいたんだった!」

『水牢は海とつながっていましてよ。少し高度を下げれば水牢は水没します。さすればイソメ、おまえのフィールドになるでしょう?」

「さ、さすがロザミア様!」

『魔王様を殺すことはあいなりません。もしそうすれば逆に要塞を宙に浮かせておまえから海水を奪います』

「そ、そりゃもうもちろん……! しかし他の者はどうしますか……?」


 返事が返ってくるまでは少し間があった。

 ロザミアは言った。


『そうですね。おまえに任せましょう。転生者は今はそこにいるだけだとしても……いずれは増えることになりますものね』


 水位が増えていくなか、俺は一瞬ロザミアの言い草をどこかで聞いたことがあるような気がすると考えていた。


 ヌルチートを持っていた女の子。あれは火山だった。転生者に執着させるヌルチートを持つ少女に、いずれ転生者は増えるから俺たちが死んでも構わないとまで言われたことがある。


 俺の手にはそう俺たちに言った女の子が持っていた、煙吹きがある。


「こいつ、そうはさせるか! 死ねっ!」


 ナヤートが樽を掲げて叫んだ。すでに彼女の太ももまでが水につかっている。

 その樽は空だ。


「このアホガキがァ〜!」


《井染父はウォーターシールドのスキルを発動しています》


 ナヤートと井染一家の間に水の壁。その壁を突き破りつつゴカイが飛んだ。

 ナヤートは樽を盾にした。簡単に砕け散った空の樽。ナヤートは転げながら避ける……。


 と同時に反対側でハルが樽を投げていた。

 ナヤートは囮だった。彼女は樽が空なのを知っていたのだ。そりゃそうだった。持てば軽いからわかるに決まっていた。

 わかっていて後ろに回り込んだのだ。わざと死ねと叫んで注意を引き、反対側のハルに樽を投げさせるために。


《ハル・ノートは魔法を使用。フレイムキャノン。ブアクアの効果により威力低下中》


《井染息子はウォーターシールドのスキルを発動しています。ブアクアの効果により強度低下中》


 ハルの樽は新たに出現した水の壁にぶつかる。

 と同時にその後ろから飛んだ火の玉が樽に着弾。

 爆発。


「ぎゃあああああ〜ッ!!!」


 爆発は《ウォーターシールド》を突き破った。

 井染息子の顔が丸ごと燃えていた。





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― 新着の感想 ―
[良い点]  理屈で動くなら手を取り合い仲良く万事仲良くと協力すれば最上なのだろう。たとえ殺した側と殺された側だったとしても。  交渉で意外にも冴える井染父。県知事の席に着くだけはあるのか。ただ、欲し…
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