第271話 ロザミアの影
光をまとったラリアはあやまたずメリナへと飛んでいく。
メリナの注意はヴィエラが引いていた。万が一メリナの箒で打ち落とされることはないはず。
決まった。そう思った。
《メリナはストーンウォールのスキルを発動しています》
突然、ラリアの進行方向の空間にドアの板ていどの大きさの、長方形の石の壁が現れた。
黒い、黒曜石のような光沢のある壁。
「むーん!!!」
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
ラリアはそこに突っ込んだ。錐揉み状に回転しながら壁を爪でえぐる。
だがブチ破れてはいなかった。ガリガリと削れた石の破片が火花となって散っているが、ラリアの進撃は食い止められている。
「ラリア、戻ってこい! もう1度……」
俺の声が聞こえたか、ラリアは反転しようとした。
が、ラリアと俺の間にもう1枚、石の壁が出現。
ラリアが左に飛ぼうとしたのが見えた。だがそちらにも出現した壁。
右もだ。それだけではなく、上にも下にも、今度はこれまでより小さめの板が現れる。
それらがラリアを押し包もうとしていた。
「ラリア、逃げろ!」
「わーっ⁉︎」
叫びはしたが遅かった。
前後左右、上下に出現した石壁はラリアを中心に閉じ、長方形の箱となった。
まるで棺桶のようだった。
石の棺桶は海水が張った床に音を立てて落ちた。
それでも静止することはなく、ガタガタと揺れて暴れていた。ラリアがまだ中で《ツープラトン》のパワーを発揮しているのだろうか。
格闘していたメリナはヴィエラの攻撃を一閃して打ち払うと、下がって棺桶の上に飛び乗った。
「ちっ……ラリアを出せ!」
「嫌だよ。でも心配しないで。空気穴は開けてあるから息はできるから」
ニヤリと笑ってメリナはそう言った。
「ロ……ロス? あれ、どうなったんだ? 上手くいったのか?」
井染一家にショットガンをブッ放す手を止め魔王がこちらを振り返った。
俺が首を横に振ってみせると、みんなが口々に何か言った。
「そなた……無傷で倒す秘策があるとかめっちゃカッコつけてなかったか……?」
「ロスさんとラリアちゃんのコンビっていまいちこう恵まれてなくないです……? あっ、俺が言うのもなんなんですけど」
「晴人、失礼なこと言っちゃいかん。帝国のコロシアムではすごい威力だったじゃないか」
「ラ、ラリアー! こらあんたその箱開けなよっ!」
「ちょっとメリナ、空気穴あるって言うけど大丈夫なの⁉︎ 水に沈んでない⁉︎」
「えっ? ちょっと待って、んーと……あ、だいじょぶ。穴はちゃんと上の方にあるよ」
さっそく起死回生の一手を封じられてしまった。しかもたいへん恥もかいたような気がする。
「ふふふ、人間の勇者さん。残念だったね……?」
にっこりと笑うメリナ。
俺たち転生者のスキルは完全に封じられている。
いっそメリナをショットガンで撃つか? それは魔王に止められている。第一俺にそんな勇気はない。
ではヴィエラに賭けるしかないか? チラリと彼女を見やると、肩から血を流していた。戦力としてメリナとヴィエラのどちらが上だろうか? あの出血は影響したりするのだろうか?
どうする?
4匹しかいないヌルチート。
だが5人の転生者がカカシになっている。
どうする?
そう考えている時。
ハルがトンプソンに走り寄り、ショットガンと樽をもぎ取った。
そしてそのショットガンを構える。
銃口はメリナには向いていない。
どこに向いているかと言えば、それは魔王にだった。
「箱のスキルを解け。ラリアちゃんを解放しろ。でないと魔王を殺す!」
「はあ?」
メリナはハルを振り返った。
「ふふ。やれば? 魔王様は不死身だよ。あなたには殺せない」
「あっ、長い付き合いなのにまさか知らないわけないよね? あの人が不死身なのはスキルのおかげだよ」
メリナの笑みが消えた。井染一家に視線を移した。
井染父の口からのぞいているヌルチートは魔王の方を見ていた。その後ろにはナヤートもいる。
「今魔王はスキルが使えない。君らのせいだよ。今撃てば死ぬ」
「……な、なに言ってるの? あなたは魔王様を連れ出しにきたんでしょ? 撃つだなんて……ううん、撃てない。ヒューマンは同族殺しを嫌うもん」
「何にだって例外はあるさ。俺に殺しができないかどうか、そこのミミズの化け物に訊いてみろ」
井染息子が言った。
「なんだよおまえ〜! また人殺しするつもりかァ〜⁉︎ そんなに人の命を大切にしないとかゲームのやりすぎじゃないのかおまえ〜!!!」
メリナの口は固く引き結ばれ、顔色は白かった。
「早くしろよ。3人殺すも4人殺すも同じだぞ。みっつ数える。数え終わったら問答無用でこのまま引き金を引く」
銃口は完全に魔王を向いていた。
「3」
メリナは棺桶の上からハルへ飛びかかった。だが一手早くヴィエラが割り込み、箒と爪が火花を散らす。
「ヴィエラ! 魔王様を殺す気⁉︎」
「魔王様を生かすか殺すかはあなたが決めることよ!」
ヴィエラは知っていて揺さぶりをかけているのだろうか? ヌルチートが所持者の、理性のない情動を引き出すことを。
「2」
メリナは飛び下がる。
「やめて、やめて!」
「やめて欲しければ箱を開けなさい!」
だがメリナは棺桶に手を触れ、
「く、空気穴をふさぐよ! 中の子供は息ができなくて死ぬんだから! その杖下ろして! 下ろしてったら!」
ハルは答えない。
「うう……イソメ! 魔王様を見るのをやめなさい! 魔王様が死んじゃうっ!」
折れた。
ハルは銃口と顔を魔王に向けたまま、視線だけチラリとメリナを見る。
井染父は言った。
「えっへっへぇ〜、ご冗談でしょうメリナ様ァ〜」
「な、なに⁉︎」
「今スキルを使われたら面倒なことになるじゃないですかァ……ちょっと飲めないですねェ〜……!」
「なに言ってるの、早く口を閉じな! 早くっ!」
だが井染は口を開けてニヤニヤと笑ったまま。
「おまえ……!」
「お言葉ですがねぇ……アカツキさん、いや魔王様を見てるのはわたしじゃないんでね〜なんともできませんなァ……?」
メリナが眉をひそめた。
井染父のヌルチートは魔王の方を向いているはずだった。
井染母はトンプソンを。
井染息子はハルを。
メリナのものは俺を。
フリーなのはナヤート……。
いや違う。ナヤートは魔王のすぐ後ろに立っている。井染父のヌルチートはナヤートを見ていた。
では魔王は誰が?
メリナが叫んだ。なぜか天井へ向けて。
「ロザミアーッ! あなたなの⁉︎ 魔王様を見てるのは! 今すぐやめて! 聞こえてるはずだよッ!」
俺も天井を見てみたが別にそこにロザミアの顔があるわけではなかった。当然彼女のヌルチートも。
メリナはどこへ向かって話しかけているのか? 魔王がすぐその疑問に答えた。
「やられた……監視装置だったか!」
「……何だと?」
「ロスよ、そなたも見ただろう。要塞の制御室で、水牢を映す水晶を」
記憶をたどる。たしかに1度魔王の首を抱えて女たちから逃げた際、そういう部屋があった。
だいたいそもそもあの監視カメラめいた水晶のおかげで、ナヤートとメリナ、井染一家がこの水牢にいることを知ったのだった。
「まさか……水晶越しに見られてもスキルを封じられるのか⁉︎」
「そうだよ!」メリナが言った。「だから魔王様をこの要塞から逃がさないでいられたんだもん! 壁をすり抜ける魔王様でも……」
そして再び天井へ、魔王を見るのをやめろと叫ぶ。
返事はすぐに返ってきた。音声のやりとりもできるらしい。ハイテクだった。
その返事はこうだった。
『……それは無理ですわ』
間違いなかった。ロザミアの声だった。
「無理って……!」
『魔王様から目を逸らせばあなたのヌルチートが一瞬で奪われるのではなくって? そうなれば転生者をひとり自由にさせてしまいますわ』
「ロザミア!」ヴィエラが言った。「聞いてちょうだい! 魔王様は1度ここを発つけれどまた戻ってきてくださるの! これ以上困らせるのは……」
『困らせているのはそちらでしてよ』
ヴィエラが天井を見上げたまま押し黙った。
メリナもだった。
『発たれては困るんですの。魔王様にはここにいてくださらなくては。転生者ですもの』
「あなたはもともとヒューマンの姫でしょう⁉︎ 無理やりさらわれてきただけなのよ、魔王様が要塞を去ればあなたは故郷の国に……!」
天井から声が返る。
『………………ヒューマン、ね。とにかくご自分で頑張ってくださいまし』
それっきり声は途絶えた。
メリナとヴィエラは呆気に取られたような顔で天井を見上げていた。
俺は魔王と顔を見合わせた。ロザミアというお姫様について、ずいぶん友だちづき合いの悪い子なんだなとか、そんな世間話をしたかったのかも知れない。
だが静寂を破って殺人鬼の声が飛んだ。
「メリナ、早く決めろよっ! 1って言うまでだいぶ間を空けてやってるんだぞっ!」
メリナは慌てたように銃口と魔王と天井をかわるがわる見やった。
「あっまだ待たせるのか、もういい、ゼロ……」
「わかったっ! わかったから! 解除する! 魔王様を撃たないでっ!」
ショットガンを構えたまま、ハルは俺に肩をすくめてみせた。
さすがは仮にも王にまで登りつめた男。棍棒外交ならぬショットガン外交だった。
メリナは棺桶から飛び降り、
《メリナはストーンウォールのスキルを解……》
その時だった。
ラリアの入った棺桶が少し浮き上がった。メリナの仕業ではないらしいのは彼女のいぶかしげな表情からわかった。
棺桶は一瞬で、素早く動くロープ状のものでグルグル巻きにされた。
捕らえられた棺桶はメリナの目の前を速い動きで引きずられ、ハルと魔王の間もすり抜け運び去られる。
そして持ち上げられた。
棺桶に巻きついているのは数匹のゴカイ。
「ゲヒャヒャヒャ〜!!! そうはいくかァ〜!!!」
井染父が汚い声で笑った。




