第270話 インカーネイション
メリナのヌルチートは俺に向いていた。
井染父のものは魔王に。
井染母のものはハル。
井染息子のものはナヤートを見ている。
トンプソンが俺の後ろをすり抜けた。彼だけがフリーだった。彼の狙いはメリナ。一気に仕留める……はずだった。
《不正な妨害が行なわれています。トンプソンはスキルを発動できません》
俺はトンプソンの襟首を後ろから掴んだ。
引っ張った瞬間、彼の目の前をメリナの箒が一閃。
「何だと……?」
思わず声が漏れた。
今この場にいるヌルチートは4匹のはず。
俺たちサイドの転生者は5人。
カバーできるはずがなかった。
メリナのヌルチートは俺を見ていたはずだ。井染の誰かが視線を移したか? だが奴らは魔王が魔法で引きつけている。
いや……ハルとナヤートは今スキルを封じられている。見たところゴカイの群れに近づけていない。であれば井染が一瞬だけでも目を逸らしたとしても問題はない……?
「トンプソン、もう1度頼む!」
「は、はいっ!」
トンプソンは体勢を立て直す。俺はゴカイの周囲にいるハルとナヤートに、奴らの注意を引くよう言った。
井染一家は3人共そちらにかかりきり。
それを確認した。今だ。トンプソンは走り出そうとして……、
《トンプソンはスキルを発動できません》
立ち止まりつんのめった。
「ロ、ロスさん、スキルが使えません!」
なぜだ?
このロス・アラモスがこんな簡単な算数の問題を間違えるなどあり得なかった。それとも自分ではできていると思い込んでいるだけでその実そうではなく、そんな調子だから大学受験にも失敗したということなのだろうか。
「ロス!」魔王が言った。「どうした⁉︎」
「おかしい、数が合わない! ヌルチートが5匹いる!」
メリナが笑った。
「無駄なあがきはやめて。あなたたちはこの水牢からは生きて出られない。魔王様以外は」
最後の1匹の持ち主はロザミアというお姫様。だがここにはいない。念のため辺りをうかがったが姿はない。間違いない。
井染母も高笑いした。
「あひゃひゃひゃ、息子ちゃんのために皮をよこすザマスよーっ!」
《井染母はボビットワーム・ジョーのスキルを発動しています》
ゴカイの鞭が飛んだ。
ハルはそれを、水を跳ね上げ転がりながら躱した。
「ママーなにやってんだよ下手だなぁ〜! こーやるんだよ見ててーッ!」
井染息子もまたゴカイを飛ばした。
ナヤートの方へ。だがそれは間一髪魔王が彼女を突き飛ばすことでことなきを得た。
「くそーっ! よけんじゃねーよ! よけたら当たらないだろ〜空気読めバーカ!」
《ブアクアの効果で井染一家のステータスが低下》
なるほど。ただの凡人になり下がった転生者にゴカイを避けられてしまうのは、奴らもまた本調子ではないかららしい。
「落ち着きなさい息子よぉ……スキルが使えん以上こいつらはただの人間にすぎんのだァ……いずれ疲れ果てて動きが鈍る。見ろ、アカツキさんの様子を……」
井染父がゴカイの1匹をウネウネさせて魔王を指した。
よく見ると魔王はふらついていた。ナヤートを突き飛ばした反動からまだ立ち直れないでいた。
《魔王バルバロッサのMPが減少。生命力から変換中》
魔力切れだ。
俺自身は魔法を使えないのでよくはわからないが、魔法の多用により魔力を消耗して体調を崩した者は何度か見てきた。
「魔王様っ!」
ヴィエラが走り寄り体を支えてやっていた。
「メリナ! もうやめなさい! 魔王様をこれほど消耗させて……」
「じゃあ抵抗をやめればいい。メリナは魔王様だけがいればいいんだもん」
ヴィエラは舌打ちし、
「魔王様、ここは私が……!」
「嬉しいことを言ってくれる。だが井染の方は転生者だ。これでは……」
さらに井染一家の攻撃がナヤートへと飛んだ。
《ヴィエラはプリミティブダークネスネイルのスキルを発動しています》
ヴィエラの五指から赤い光の爪が伸び、ナヤートをかばいつつゴカイを切り裂く。
だが彼女自身も肩口を切り裂かれた。それでもナヤートを連れ後退する。
「井染、貴様……!」
魔王は呻いたが……ヴィエラではなく俺の方へ近づいてきて囁いた。
「ロス。訊いてもいいか?」
「何だろう」
「その手にあるショットガンだが……」
俺は自分の手元を見た。
パンジャンドラムが造った自家製ショットガンがある。
「あっちのトンプソン氏も持ってるな。それ……2丁だけか?」
「……いや。使えるものはあと1丁あったはず……」
魔王と目を合わせる。
彼はうなずいた。
「……魔王さん。井染をメリナから遠ざけてくれ。メリナとヌルチートは俺たちでやる」
「き、傷つけるのか」
「無傷で倒す秘策がある」
俺は左腕のラリアの頭を撫でた。
魔王は少しの間ラリアを眺めていたが、
「獣人、か。ヴィエラがなぜかゴースラントから外に出すなと以前言っていたが……」
そう呟くと、銃を要求した。
すぐさまアイテムボックスからショットガンをもう1丁、ついでにドラムマガジンをふたつ取り出して魔王に渡す。
「ヴィエラよ! もう少しだけ踏ん張ってもらうぞ!」
「はいっ!」
言うが早いか、魔王は井染一家めがけてショットガンを連射し始めた。
同じ日本からやってきた相手だというのに何の迷いもないようだった。井染一家はゴカイで銃弾を打ち払おうとしていたが、ブアクアのせいかすべては弾けず被弾している。ゴカイが千切れ飛んだ。
「いでぇ〜! アカツキさん、殺す気なのかわたしたちをォ〜!」
「いたいよー! いたいよー!」
「キャー人殺し! 人殺しィ〜!!!」
耳を打つ悲鳴も聞こえていないかのようにゴカイを削り飛ばしていく魔王。
正直、それはそれでどうなのかと思いはしたが……、
《井染一家はインカーネイションを発動しています》
頭の中で声が響いた。
こういう知らせ方の時は……。
『インカーネイションは転生者の固有スキルだぞ』
そらきた。固有スキルだ。
『インカーネイションは、ゴカイのうちどれか1匹でも生きていれば不死身だ。また複数に増殖して再生できる。まあゴカイの寿命って1年ぐらいしかないし、そんなしないとすぐ終わってしまうかな』
どうりで魔王が井染一家に魔法を撃ったり銃を撃ったり、無体な扱いをするわけだった。
死なないのだ。ちょっとやそっとでは。
それにしても……どうも今日のスキルアナライザーは元気がないように思えた。
と言うか説明が粗雑に感じられた。
だいたい固有スキルと言えば、エンシェントドラゴンの《ドラゴンウォール》を突破するためにあるものだが、ゴカイが増殖することにいったいどのような突破能力が……。
『………………』
…………?
『………………』
「ロス! 早く!」
魔王の声が聞こえた。彼はすでに井染一家を押し下げ始めていた。
こちらはこちらで動かなければならない。さらに魔王が言った。
「ヴィエラ、ロスをサポートしてやれ! トンプソンさん、そなたはこっちを手伝ってくれ! 盛大に撃ってもどうせ死なないから思い切ってやってしまってくれ!」
すぐさまヴィエラがこちらへ走ってきた。トンプソンも、おっかなびっくりといったていでゴカイへ向かっていく。
「ヴィエラ!」メリナが言った。「邪魔するって言うの⁉︎ 魔王様をいかせるの⁉︎」
「メリナ、私たちは正常じゃなかったのよ!」
ヴィエラの赤い爪とメリナの箒がカチ合った。火花を散らし打ち合う。
腕は互角だった。このままヴィエラが決着をつけるのは難しいだろう。
俺は言った。
「ラリア、準備はいいか?」
「待ちくたびれたですよ」
「あのゴカイが速くて危ないと思ってな。箒にも気をつけろ」
「はいです」
左の前腕に下がってきたラリア。
俺は両足を少し開き踏みしめる。
ヌルチートの数が合わないことなどたいした問題ではない。
要はラリアが飛べるだけの安全性が確保できればいいのだ。
「いくぞーラリアーッ!」
「おーっ!」
《ラリアは毒素消化を発動しています》
《ツープラトンのスキルが発動しました》
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
光をまとったラリア。
メリナへと向け一直線に飛んでいった。




