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第269話 ナヤートと井染


 話し合いで何でも解決できると言い張る奴がいる。


 前世での俺は、『暴力を使わず話し合いで解決できたらベストだ』という理想を聞いたからと対話の力が万能だと受け取るのはいかがなものかと考えていた。

 あたかも『株で儲けられれば働かずに済むんだけどな』と聞いた瞬間よく知らない銘柄に貯金を全額ブチ込んでも大丈夫と考えるような話だと。


 だが今日という今日は話し合いの力を信じたかった。

 もっと言えば、話し合いで解決できたはずなのにどこで失敗したのかを思い返そうとしていた。

 さらにもっと言えば、そうやって目の前の現実から逃避しようとしていた。


 今俺たちの眼前に、他人の生皮を剥がしてなり代わりたいと喚くゴカイの化け物がいる。そいつはあらゆるスキルをマスターしている転生者であり……そしてヌルチートに取り憑かれていた。


 それがロス・アラモスの今日のトラブル相手らしかった。


「メリナよ……これはいったいどういうことだ……⁉︎」


 そう言ったのは魔王だ。


「逃がさないよ魔王様」メリナが応えた。「こうなるのはわかってた。ロザミアが言ってたもん。いつか他の転生者が魔王様を連れ出しにくるって。でも大丈夫。邪魔者はイソメが片付けてくれる」

「何を……」

「イソメ! 殺って!」


 命じられると同時に動いた井染のゴカイ、その狙いはハルだった。

 メリナの背後に立っていたハルは彼女と魔王の話の最中にも背中に忍び寄ろうとしていたのだ。

 だからなのか、井染の狙いはそうだった。俺の位置からではメリナを挟んでいる。かばおうにも俺のスキルは鳴りを潜めていて……。




《ナヤートはシュリケンマスター・ブラックホールのスキルを発動しています》




 瞬間俺の背後から何かが飛んだ。

 それはメリナをも通りすぎ、ハルを襲ったゴカイを寸断し、向こうの石壁に突き立つ。


 ナックルガード付きダガーだった。俺は後ろを振り返る。

 天井のくぼみにいたナヤートが、投擲しきった姿勢のまま言った。


「井染……あんたもこっちにきてたんだね……!」


 ナヤートは真紅の瞳でゴカイの群れを睨みつけている。

 そう言えばそうだった。

 このゴカイ、井染一家はハルに前世で惨殺された者たち。

 その発端は井染家の息子が前世でナヤートにいじめ……いやさ犯罪行為を行なったからだった。


 その結果、ナヤートは井染息子に殺され、この異世界に転生することに……。


「あぁ〜ん、なんだぁこの小娘はぁ〜⁉︎」

「子供のくせに大人を呼び捨てにするなんてあーなんて躾のなってないガキなんザマスか信じられない! あたし信じられない!」


 井染夫妻が口々に喚くなかナヤートは天井から飛び降りる。もう片方のダガーも抜き払って。


「あたし、あんたたちの息子知ってるよ。その真ん中のブサイクな奴!」

「へあ〜?」


 井染息子が口からヨダレを垂らしつつ間抜け面でナヤートを見やった。


「覚えてる? 覚えてないよね、見た目が全然変わっちゃったから。あたしは佐部真凛。学校であんたと同じクラスだった、佐部真凛だよ!」


 井染息子は聞いているのか聞いていないのか判然としないぼんやりとした面をしていたが、


「佐部……真凛? 学校のクラスの?」


 一応聞いていたらしい。


「そうだよ! あんたに階段から突き落とされた佐部真凛だよっ! あんたのせいであたしはこんな世界にくることになっちゃったんだ! おまけに最後の転生者に会いにいかなきゃって言うからこんなところまできてみれば、それがあんただったなんて!」


「なん……マジぃ⁉︎ おまえ、ほんとにあの佐部かよぉ⁉︎ そんな色黒かったっけぇ〜⁉︎」


「ダークエルフになっちゃったからだよ! それに比べてあんたなにさ! そんなキモい姿になっちゃって! きっと天罰がくだったんだね! ざまぁみろ!」


「天罰とかざっけんなよおまえ! なんでぼくが天罰なんか受けなきゃなりゃねえんらよぉ〜!」


「あたしをいじめて……殺したからでしょ!」


「うるせえ〜! ありゃおまえが、おまえが悪いんだろ、いじめはいじめられる方にも原因があるんだぞ〜!」


「あたしが何したって言うのよ!!! ないよ!!!」


「なにぅおー! ぼく知ってんだじょ、テストでカンニングしたの先公にチクったの、おまえだろぉ!」


「そうだよ!!! 言いつけるに決まってるでしょ!!!」


「おまえ、それトゥイッターで呟いてぼくを笑い者にしただろ〜! なんか5000イイですねぐらいついてたろあれ〜!」


「なんか拡散されちゃったんだよ!!! 一応名前伏せたもん!!!」


「おまけにぼくがおまえに送ったラブレターまで晒して……」


「だってキモかったんだもん!!!」


「あれ2万イイですねとかついてたじゃないかよぉ〜!!!」


「なんかああいうのに飢えてたんだよきっとトゥイッタラーたちは!!!」


 ハルが壁に刺さったダガーを抜こうと頑張りながら言った。


「えっ、それが原因でいじめが……?」


 ナヤートと井染息子は同時に言った。


「「そうだよ!!!!」」


 ハルはダガーが抜けたと同時に尻餅をつく。


「ハルさんから聞いたよ……あんた、あたしを殺したのに親に守ってもらって警察に捕まらなかったって。なんか権力使ってもみ消したって。ほんとは、それじゃあたし死に損のはずだったけど……」


 ナヤートが話し続けるなか、俺はチラリと魔王を見やった。

 彼は険しい表情で井染一家を睨みつけていた。

 ナヤートの方はハルを指差しながら、


「でもあたし聞いたもん! ハルさんがかたきをとってくれたって! ハルさんがあたしの代わりに復讐してくれて、それであんたたちはミミズになったんだよ!」


 ミミズではなくゴカイである。最近のJCはゴカイを知らないのだろうか。若者の釣り餌離れ。そんなことを考えているうち、井染一家の顔がハルに向く。


「なにぃ……? ってことは、あの日うちにきたイカれた暴漢ってのは……!」


 ハルはコートの裾でダガーのブレードを拭きつつ言った。


「あっ、まあ俺ですけど。あの日ブチ込んでやったナイフはもっと短かったけどね。痛かったか? クズ野郎」


 そして、小声で呟いた。


「天罰か……」

「なんだとぉ〜⁉︎ するとなにかぁ⁉︎ 今わたしらがこんな目にあってるのは、全部貴様のせいだったってことかぁ〜!」

「あっ、それはわかんないです。なんでゴカイなのかまではちょっと」

「ブッ殺してやる……ブッ殺してやる貴様ぁー!」


 井染一家は口からヌルチートをのぞかせると、


「これがあればなぁ、これがあれば貴様らのスキルは全部使えなくさせられるんだ! 貴様ら、アカツキさん以外は内側から食い破って殺じでやるぅ!」

「まぁーなんザマしょこの小娘は若いからってうちのかわいい息子をたぶらかして! このメスガキが元凶だったザマスね! 罰としてその若い肉体アタクシによこしなさい!」

「チクショーチクショー! みんなブッ殺してやる! 殺してやるかんなー! クソーッ!」


 だがナヤートが言った。


「ふん。バカじゃないの? なんであたしがわざわざ話しかけたと思ってるのさ」

「なにぃ?」

「そこのメリナって子が持ってるヤモリで1匹。あんたたちで3匹。全部で4匹。でも見なよ」


 ナヤートは俺たちを見回した。


「ここにいるあたしたち転生者は全員で5人だよ。ヌルチートは1匹でひとりしかスキルを封じれないんだ」


 井染一家の顔色が変わった。

 家族同士互いに顔を見合わせ、それからメリナの方を見た。


 彼らはどうやら、ヌルチート1匹につきひとりという仕組みを知らなかったようだった。


「誰かひとりは余るんだよ」


 俺は、ハルがこっちを見ているのに気づいた。

 彼はそうしつつ、時折メリナをチラ見している。


 なるほど。先にメリナのヌルチートから片付けようと言いたいのだろう。そうすればふたりがフリーになる。

 井染一家をどう扱うべきなのか俺にはさっぱりアイディアが浮かんでいなかったが、いずれにせよあの一家は俺たちに敵意を向けている。

 しかも奴らも転生者。これまでと違い厄介な存在だった。対応できる人数は多いほうがいい。


 だが当のメリナはそれを知ってか知らずか、無表情のままナヤートを見ていた。その表情に特段変化は見られない。


 そして言った。


「……やってみれば? その計算が合ってると思うのなら」


 井染一家に向けて顎をしゃくってみせている。

 殺れ、と言うのだろう。

 井染たちは唸り声をあげる。


 俺たちはそれぞれ叫んだ。


「井染! 今度はあたしが自分でやっつけてやるッ!」

「ナヤートちゃん無理はしないで!」

「メリナ! あとで我輩直々にお仕置きしてやるからな!」

「あの、ロ、ロスさん私はどうすれば……!」

「トンプソン、メリナが先だ! やるぞ!」


 魔王がもう一度魔法を、今度は詠唱。

 井染一家を構成するゴカイの一部が吹き飛んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 佐部真凛が黄色かったら戦争なんて起きないのに。
[良い点]  ヌルチート。 ヌルチートを付けてもハーレムを造ろうとしない井染一家。仕様上の注意を良く読んでヤモリを取り付けているのだろうか。ぼんやりしているし、言動も怪しい。不具合が出ている感がすごい…
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