第267話 狂気
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「けんち、なんだと?」
「だ、だからっ! 俺が、こ、殺した県知事の一家です……っ‼︎」
俺だけではなく魔王も振り返っていた。
ハルが殺した県知事一家……。
たしか、ハルは前世で、中学生だったナヤートをいじめにより死に追いやった少年とその家族を殺害し、現場から逃げる際に車にはねられて死んだ、とは聞いていたが……。
「た、たしかか……?」
「あっあっ、だってあの顔……忘れるはずがない……変わってないんですよ!」
俺はゴカイの群れを見やる。
ゴカイの群れからのぞいているみっつの人間の顔。たしかに俺やハル、ナヤートやトンプソン、魔王、つまり俺たち転生者のややコーカソイドめいた顔とは違い、アジア人の風貌ではある。
ナヤートを振り返ってみた。
彼女は天井のくぼみから、俺に向け頭を縦にぶんぶん振っている。
トンプソンも井染一家を見たまま固まっているところを見ると心当たりがあるらしい。
「な、なんだぁ〜……? わたしたちのことを知っとるんかそこの若造は……? それに、殺した……?」
井染父が呟く。
「なーにを言ってるのかしらその子は、あーもうわかんない! 意味がわかんない! あーもうやだ!」
井染母も喚いていた。
「殺したぁ〜? なに言ってんだよおまえー! ぼくたちを殺したのはなんかわけわかんない、なんかわかんない男の奴だったんだぞ! おまえなんか見たことねーしバーカバーカ!」
井染息子もだ。
ハルが1歩前に進み出た。
「おいおまえらっ! おまえらも転生してたんだな! わからないなら教えてやる、俺は……!」
しかし俺はそんなハルの肩を掴んだ。やや乱暴ではあるが後ろに引き戻す。彼は驚いたように見上げたが、俺は首を横に振る。
そしてナヤートとトンプソンにも。
そうしておいて、井染一家の方へ向き直り、1歩前へと出た。
「お初にお目にかかる。俺はロス・アラモスというものだ。そちらの魔王さんから聞いたんだが、あんたたち3人は転生者……だそうだな」
井染一家はゴカイをうじゅるうじゅると蠢かせ、顔を見合わせた。
「ああそうだけどぉ……こんな、こんな気持ち悪い姿になっちまったが〜」
「俺はあんたたちと魔王に会いにきた。ある子供に頼まれて、あんたたち転生者をゴースラントへ連れていかなければならない」
「あ〜? ゴースラントぉ……」
「そうだ。そこへいけば、前世の……日本へ帰ることができるそうだ」
井染一家はそろって粘液にまみれた顔をこちらへ向け、濁った目で俺を見ていた。
このメッセージはもっと喜ばれるかと思ったがどうも反応がにぶい。
隣りに立っていた魔王が囁いてきた。
「ロス。今の話本当かね? 日本へ帰れる?」
「そうだ。そのために俺たちはここへきた」
魔王は1度、横目にメリナを見やった。
「……ゴースラント?」
「ああ」
「するとあれか? 我輩たちがゴースラントへの海峡をふさいでいたから……?」
「それもあるな。ただそれだけじゃなく、ある子供からあんたたちがここにいることも聞いていた。だから話し合いをしにきたんだが……」
魔王は今度は俺たちの後ろの方、トンプソンのそばに立っているヴィエラに視線を移した。
たしか彼女は先ほど、ヒューマンがゴースラントへいけないよう海峡を封鎖したと話していた。
魔王はヴィエラに手招きした。こちらへやってきたヴィエラに囁く。
「我輩に海峡を封鎖するよう進言したのはそなただったな。進言というかあの時は無理やりやらされたが……」
「ええ。そうするよう頼まれたんです」
「誰にだ?」
「ロザミア……」
魔王は口をつぐんだ。
ロザミア。魔王のハーレムのひとりで、人間の国から連れさらったお姫様だということだが……。
魔王が尋ねた。
「ロザミアに? なぜ」
「……そうすれば魔王様をいつまでも私たちのものにできると言われて……ごめんなさい、あの時はすでに私たち、ヌルチートに……」
魔王はこちらを見た。
たしかリリアンヌも、ロザミアについて話していたことを俺は思い出す。
獣人を連れた転生者がいつか魔王のもとに現れる、そうロザミアが話していたと。
ヴィエラは先ほどゴースラントの獣人をカシアノーラ大陸へは入れないために海峡を封鎖したと言った。ということはそれもロザミアの入れ知恵ということだろうか?
今はこの場にいない、4人目のヌルチート保持者……。
魔王は俺から視線を逸らし井染一家へ向き直った。
「まあとにかくだ! 日本へ帰る方法があるらしいとのこと! うぬらもいつまでもギャーギャー喚いてないで矛を納めよ」
両手を広げ魔王はそう言った。
矛を納める……先ほど俺がメリナを倒そうとした時、井染は俺を攻撃してきたように思う。ナヤートもこいつらに襲われたと言っていた。
しかも井染一家はメリナのすぐ隣りで蠢いている。
魔王はさらに言った。
「メリナよ。抵抗はやめてほしい。案ずることはないのだ。なにも我輩とそなたが今生の別れとなるわけでなし」
「嫌だ。ずっとこのままがいい。このままでいいじゃない」
「聞き分けてくれたまえよ。このままでは我輩はそなたに暴力を振るわなければならなくなる。そんなことはしたくないのだよ」
だがメリナは鼻で笑った。
「メリナにはヌルチートがあるよ。これがあれば転生者の力は……」
「こちらのロス・アラモスが言うには、ヌルチートはひとりの転生者のスキルしか封じることはできないとのこと。そなたひとりではもうどうにもならん。諦めておとなしくしてくれ……」
そう言って、魔王はメリナに歩み寄る。
だがメリナの背のヌルチートは魔王に赤い目を光らせていた。
《不正な妨害が行なわれています。魔王バルバロッサはスキルを発動できません》
「メリナ……抵抗はよせ。我輩がやらずともロスか、他の誰かがやることになるのだ」
魔王は立ち止まる。
俺が代わりにメリナに近づこうとした。
だが。
再び井染一家から鞭めいた攻撃が飛んだ。拳で打ち払う。
「井染!」魔王が言った。「うぬはさっきから何をやっとるんだ! なんで邪魔をする! だいたい危ないだろっ!」
井染一家……ゴカイの塊はぐちゃぐちゃと音を立てつつ前に進み出た。
「魔王様……いやアカツキさんよぅ〜……悪いがわたしらはメリナ様につかさしてもらいますよぉ〜……!」
「はあ!?!? 何言うとんじゃおまえ⁉︎」
「わたしたちはさぁ〜あんたと違ってぇ……こんなバケモノの姿になっちまってぇ、ずいぶん苦しんできたんですよぉ〜、妻子にも辛い思いさせてきたわけでぇ〜」
「そうかそりゃ大変だな、だが我輩のせいではない」
「わたしはねぇ〜! わたしは聞いたんですよぉぉ〜‼︎」
唐突に井染父が叫んだ。
「わたしはぁ! わたしは聞いたんだ! この異世界に生まれた転生者はぁ、美女に囲まれて幸福な人生を送るって! すごい力を手に入れて、金も地位も思いのままだってぇ! わたしら以外の転生者はみぃ〜んなそうしてるって! 美味しい思いをしてるんだってぇ! あんたもそうでしょおがッ! ヴィエラ様や、メリナ様と毎日ヤリたい放題ぃ! けどですよぉ! けどわたしらはどうですかッ! わたしらはコレですよッ‼︎」
ゴカイがぐちゃぐちゃと音を立てた。なんだろうか。人間でいうと手を広げて自分を見せようという動きでもしようとしたのだろうか。
「こんなのないでしょおがぁーッ! 転生者は、転生者はこの異世界では無限の幸福を手に入れられるって! そう言ってたんだよ! 転生者はみんなそうなんだよ! そのためにこの異世界はあるんだって言ってたんだよ、ええ⁉︎ そのためにあるんだって! それがあんたこんなわたしらだけ、ええ⁉︎ こんなの納得いくわけないでしょおがぁぁ!!!」
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。
話の途中だが俺は訊いた。
「誰からだ」
「あ〜ん、なにぃ〜?」
「誰から訊いたんだ。異世界ではみんな、美女に囲まれて幸せになれると」
俺は魔王を横目で見て、
「魔界にそんな噂があるのか?」
そう尋ねた。魔王は首を横に振る。
「では魔界で暮らし、そのあとはこの水牢に閉じ込められていたあんたがどこでそんな話を聞けると言うんだろう? 他の転生者がそうしてるだなんてどうしてそんなことがわかる」
井染父は口からよだれ(もしくは粘液?)を垂らしつつポカァンとした間抜け面で俺を見ていた。ややあって、奴は言った。
「……え、ロザミア様がそう言ってたけど……」
また、ロザミアだった。
ヴィエラが言った。
「それで、おまえはいったいどういうつもりなの? 魔王様を助けにきたロス・アラモスを攻撃して、魔王様の邪魔をして。おまえ何がしたいの⁉︎」
井染父はポカァンとした面から、何か締まらない汚らしい笑みを浮かべた。
井染母も、井染息子もだ。
「決まってますよぉ、ヴィエラ様ぁ……わたしらはねえ、人間になるんですわ……」
「……人間? どうやって……?」
井染一家はグヒグヒと笑う。
「ええ、実はですねえ〜、このクソみてーな虫ケラの体から、人間の姿になるための魔法を教わったんですよぉ〜。日本へ帰る? ご冗談でしょお? わたしらはまだこの異世界で、転生者としての楽しみを味わってないんですからぁ〜」
「人間になる……?」魔王が言った。「どうやってだ……?」
「ええそれがねぇ〜! なんかぁ〜、人間の皮を奪えば人間になれるらしいんですよぉ〜! すごくありゃしませんかコレ! 人間になれるんですよぉ〜わたしらぁ〜!!!」
井染母が口を挟んだ。
「そぉなのよぉ〜アカツキさ〜ん、だからね? あたしね? あそこの女の子の皮が欲しいって、宅に言ったんですのよぉ〜! あんな若くてピチピチした子になれるだなんてま〜どーしましょ!!!」
井染母の視線はナヤートに向いていた。ナヤートを振り返ると、目を丸くしてポカンとした顔をしている。俺は向き直った。
「まさか……だからさっきナヤートを追いかけ回して……?」
「そぉなのよぉ〜!!! あらやだよく見ればあなたいい男ね!」
井染母はぐじゅりと父を向き、
「あなたあの男にしなさいよ!!! あんなイケメンと恋に落ちてみたかったのよあたし!!!」
「よしよしあの男か? わーかったわかった、そうしようそうしよう」
「パパ!!! ぼくの体は⁉︎ ぼくのはぁぁぁ⁉︎」
「おまえはたまには自分で考えることをしたらどうなんだぁ⁉︎ えーと、あそこの痩せ型の男でいいだろ」
痩せ型の男というのはハルのことだろう。ハルを見やってみると、彼は顔を赤くして震えていた。こめかみに青筋が立っている。
魔王に尋ねた。
「……なんだこいつらは。正気なのか?」
「う……おい井染! 何を言っとんだおまえらは! アホか!」
だが井染一家は何が面白いのかゲラゲラ笑っている。
「そうだそうだ人間になろう! それがいいそれがいい」
「そーしましょそーしましょ」
「早くやろうよー! 人間! 人間、イイイイイ!!!」
……何だろうか、この状況は。
あれこれすったもんだのあげくやっとたどり着いた最後の転生者。これは何なのだろうか?
隣りで息を吐く音が聞こえた。
魔王だった。彼は腰に手を当てうつむいていたが、やがて顔を上げこう言った。
「わかった。つまりうぬらは我輩らの敵になるとこういうわけだな?」
「敵だなんてそんなぁ〜まさかぁ〜! ただわたしらは、そいつらの体を奪って人間になりたいまけでぇ〜エヒャヒャヒャ。そしたらわたしらアカツキさんにまたお仕えしますよぉ〜!」
魔王は応えた。
「よしわかった。では死ね」
《魔王バルバロッサは魔法を使っています。ハイパーデーモニックダークネスギガメガファイア》
瞬間水牢が一気に光によって照らされた。熱が俺たちを煽る。魔王の手から発された、もはやレーザービームめいた火線はあやまたず井染一家を襲う。
井染一家がいた場所が蒸気の大爆発を起こした。




