第二十六話 赤い帽子のゴブリン
赤茶色のカーテンの向こうから声が聞こえる。2人の人物が言い争っているようだ。
「ちょっと……これどういうことなんだよっ! どういうつもりなんだ!」
男のしゃがれた声だ。しゃがれているが、老人ではない。少し高い声は若い人物を連想させた。
「落ち着けよ! 何をそんなに怒ってるんだ」
……盗み聴きというものは不思議とワクワクするものだ。バレやしないかというスリルと、先を聞きたいという好奇心が奇妙な高揚感を与えてくれる。
盛り上がってきた。
もう1人の声は、ペステロの声だった。
「この洞窟に冒険者を誘い込んで、おまえたちゴブリンが倒す。そして奴らの装備を奪って、僕が町へ行って売る。おまえもそれに同意したはずだろ」
「それは、そうだけど……」
「今日の収穫はすごいぞ! Aランクの冒険者が3人も引っかかった! 勇者王の鎧、気合のローブ、夜王の服……これだけでもかなりの額なんだ、何の不満があるんだ」
「けど、こんなの……これは話が違うよ! 女の子をさらってくるなんてっ!」
…………………………。
「オレ、そういうことしろなんて言ってないよ! もともとお金を稼ぐのが目的だったじゃん! なのに何でこんな……」
「そうだよ。金が目的だ。おまえが人間らしい生活をしてみたいって言うから、僕が協力してやった。ここにある調度品だって、本だって、僕が町で買ってきてここへ運んだんだぜ。もっと感謝して欲しいんだけどな」
「感謝はしてるよ、もちろん!」
「なら、これだって見逃してくれてもいいだろ?」
「マジふざけんなよっ! 自分が何やってんのかわかってんの⁉︎ こんなの強制性交じゃないかっ!」
……………………………………………?
「強制……なに? ずいぶん回りくどい言い方するんだな。けどこの女、僕はずっと前から目をつけてたんだ。少しずつ近づいて、パーティー組んでさ。けど全然なびかないんだよこの女。だからここでモノにしてやろうと思ったんだ」
「なんっ……」
「聞けって。この洞窟のどこかにさ、僕とこのミラーレを閉じ込めてくれればいいんだ。その間ゴブリンがたまに襲いかかったりとかしてさ。それを僕が守ってあげるんだ。数日でいいんだよ。そしたら頃合いを見計らって、飲み物とかにこれを混ぜてさ……」
「何だよ、それ……」
「媚薬だよ。これを飲んで体が熱くなったミラーレは、僕と2人きり。頼れる男との距離が縮まっていき、やがて……」
「バッカおまっ、ここオレの家だぞ。人んちで何やらかそうとしてんだよ! しかも何だよそれ、騙してるんじゃないか! そんなのレイプと何が違うんだよ!」
しゃがれ声の男は大きな声をあげていた。
俺は今来た通路を振り返った。
静まりかえっている。この場には我々以外誰もいないらしい。ゴブリンも。なぜ俺までそわそわして、今の誰かに聞かれてやしないかと心配しなければならないのか。
「なあマジで頼むよ。そういうのはやめてくれよ。かわいそうじゃないか。そういうの心痛まないの?」
「おまえはゴブリンなのに変な奴だな。人間なんかを心配して。何がいけない? おまえもやればいいよ、誰かさらってきてさ。こんなところに閉じこもってると溜まるだろ? 色々と。そうだ、あいつなんかどうだ? 赤い髪の、可愛い子がいたよ。Dランクの身の程知らず。あいつをヤッちゃえよ。ここにずっと閉じ込めれば話し相手にもなるんじゃない?」
「はあ⁉︎ おまえマジ何なの⁉︎ いやマジ意味わかんないわ、犯罪だっつってんだろっ!」
ずいぶん安っぽい喋り方をするゴブリンだと思った。そして山賊のように身ぐるみを剥ごうとしておきながら、妙に遵法精神にも溢れている。
「こんなこともうやめる。ただの出来心だったんだ。ちょっとした贅沢をしてみたかっただけなんだ。もう帰ってくれよ。この女の子はオレが後で洞窟の外へ連れ出すから。おまえと一緒だと危ないからな」
「そんなこと言って、自分で犯す気なんだろ?」
「マッ…………ジおまえぶっ飛ばすぞっ! ……いやもういいよ、マジおまえおかしいよ。出てけよ。これ以上ここにいたらマジ許さんから。そんで、もう2度とここに来るな!」
「いいのか? そんなこと言って。おまえを討伐させることもできるんだぞ」
ゴブリンの鼻で笑う音が聞こえた。
「はあ? 誰が? Aランク冒険者だってオレにはかなわない。夢みたいなこと言ってないで早く消えろよ」
「転生者ならどうだ?」
ペステロの言葉に、ゴブリンが息を呑んだようだ。
「転生者……?」
「ああ。この近くの町に今いるんだ。隣国サッカレーの奴さ。冒険者ランクがSSSS……」
「やめろ。言わなくていい」
「そう。その転生者なら、おまえなんか簡単に片付けるだろうな。ものすごい奴だからな。おっと、そんな目で見るなよ、僕が7日間この洞窟から戻らなかったら、助けに来てくれるよう話は通してあるんだ。俺と彼は友達だからね」
ゴブリンは沈黙していた。
隣国、サッカレーの転生者?
ラバサの町で見た、あのミイラみたいな男のことだろうか。
「だから、さ。いいだろ? 何も誰かを不幸にするわけじゃない。ただ恋人を作りたいだけなんだ……」
俺はカーテンを開けた。
その音に驚いたかペステロとゴブリンが弾かれたように振り向いた。
話の通り中には様々な調度品の並ぶ、ちょいとオシャレな部屋だった。
本棚、そこに並ぶ書物。机。その上にランプ。壁にはポップなデザインの髑髏を刺繍したタペストリー。何かはよくわからないが、ギターのような形の弦楽器も壁に立てかけてあり、隣には小さな太鼓とバチ(スティックと言うべきか?)がいくつか並べてある。
端にはベッド。
そこにミラーレが横たわっていた。気絶しているのか身じろぎもしていない。
俺は言った。
「FBIだ。全員頭の後ろに両手を組んで床に伏せろ」
「ロ、ロス⁉︎ 何でここに……」
「まさか……《レギオンオーブン》が効かなかったのか⁉︎」
《レギオンオーブン》。それがあの死のスクラムの名前なのだろう。
俺はゴブリンを観察した。
これまでに見たゴブリンよりも少し大きく、身長は165cm前後といったところか。裸の上に釣り人みたいなベストを着ていた。ボクシング選手のような引き締まった肉体だ。首には丸いレンズのゴーグルがぶら下がっている。ハーフパンツと、短い足と、ショートブーツ。
赤い帽子を、被っていた。前面にだけツバがあり、全体が柔らかく後ろに垂れ下がった帽子。
俺は言った。
「ペステロ、残念だよ。そんなにハンサムな顔してこんな」ミラーレに目をやり「やり方でしか彼女を作れない奴だったなんて。だがさっきの話しぶりを看るに、性格に難があるようだな。お友達以上にならなかったミラーレはいい勘している」
「く、くそ、聞いてたのか!」
ペステロが腰の剣を抜いた。ゴブリンもまた、壁に掛けてあった曲刀を手に取る。
どうすべきか思案した。
ペステロの悪事は未遂だ。
ベッドに横たわるミラーレには着衣の乱れが見られない。
そしてペステロの計画は卑劣だが、悪事と呼ぶには消極的すぎる。
ペステロはゴブリンと組んで冒険者から装備を盗んで売りさばいていたようだが、しかしゴブリンからすれば自分の家に不法侵入してきた者をどうしようが自由だ。この討伐クエストをペステロがギルドに打診したわけでもないだろう。
もちろん、ギルドにクエストが発注されていた以上、ゴブリンたちが近隣の畑を荒らしていたことも事実だ。だから討伐すべきなのだろうが……。
目の前で曲刀を構えたゴブリンは妙に良識があるのだ。圧倒的な力がありながら、冒険者を1人も殺していない。
ペステロに関しては落とし所が見つからない。
それに……強制性交という言葉。
「パンジャンドラム、やっつけろ!」
ペステロが叫んだ。
ゴブリンが突っ込んでくる。俺は言った。
「やれやれ」
《剣聖のスキルが発動しました》
《スキルアナライザーのスキルが発動しました》
《ターゲットは剣聖のスキルを発動しています》
「何だと⁉︎」
瞬間、部屋が眩い光に照らされた。
火花だ。
目まぐるしく動かされる俺の村正とゴブリンの曲刀が連続的に激しくカチ合い、火花を飛ばしている。
その量が尋常ではなかった。
俺とゴブリンの間で途切れなく生まれ続ける火花はランプよりも明るく部屋を照らす。
音もまたすさまじい。剣戟の音ですらない。もはやドリルの掘削音だ。
火花の向こうでゴブリンは驚いたような顔をしていた。たぶん俺も同じ顔をしているだろう。
さっきまでのゴブリンの比ではない。
ゴブリンといえば、RPGにおける初心者向けのか弱いモンスターだと相場が決まっていた。
そうであろうと思ったからこそ、俺はこのクエストを受けたのだ。
だが目の前のゴブリンは異次元のレベルの手練れだった。
そして俺は不吉な手応えを感じていた。
予感の通りいきなり村正が軽くなった。
半ほどから折れ飛んだのだ。日本刀は折れず曲がらずなどとは誰が言ったのか。俺は跳び退った。
手を止めたゴブリンの曲刀は、折れはしていないものの、叩きすぎて赤く熱されていた。
「パンジャンドラム、こ、殺せ、殺せ!」
ペステロが何か言っている。ゴブリンは逡巡の色を見せていた。叫ぶペステロを鬱陶しそうに横目で見ていたが、
《ターゲットは剣聖・峰打ち御免のスキルを発動させています》
ペステロに対する当てつけのように、曲刀の峰を返した。
《剣聖・ジュージュツのスキルが解放されました》
素早い踏み込みのゴブリン。俺は無意識のうちに左斜め前方に飛び込んだ。袈裟がけに振り下ろされた曲刀を躱すと、奴の右手に手を添え、捻る。左足を引いて投げ飛ばした。
曲刀は奪えなかった。ゴブリンは投げられる最中に回転しながら俺の頭を蹴り飛ばしてきた。衝撃に手を放してしまう。相手は鮮やかに受け身を取り立ち上がる。再び振りかぶって斬撃を……。
俺は俺自身の目にも止まらぬ速度でその刃を両手で叩いた。白刃取りだ。右手を手前、左手を奥にズラして挟む。
曲刀が真っ二つにへし折れた。今度はゴブリンが下がる番だった。
《ハードボイルが発動しました》
《ターゲットはレギオンを発動させています》
ゴブリンが唐突に分身した。
パンジャンドラムと呼ばれた赤帽子を中心に、左右にザラリと増殖する。
それらは見飽きるほど見てきた、赤帽子ではない通常のゴブリンたちの姿だった。
「うわ、パンジャンドラム、こんな狭い部屋でそんなに増やしたら……」
増殖するゴブリンズにペステロが押しのけられていく。
そしてゴブリンズが俺に殺到してきた。




