第266話 対面
アイテムボックスを抜け出るとそこは水牢だった。
床は水が張っていて、水位は足首ほど。
幅3メートルほどの通路が左右に伸びていて、それぞれ突き当たりは曲がり角のようだった。
《ブアクアの効果によりステータスが低下中》
想像していたよりブアクアの効果が弱く感じられた。全身がビリビリとしびれるような感じがありはするが、体を動かすのに支障があるわけではない。
ただ、《ウェブスキャナー》を発動させてみたが、薄ぼんやりとしたはっきりしない地図しかできなかった。
「いきましょう。魔王様がどこかにいらっしゃるはず」
「広いのか、この水牢」
ヴィエラはうなずいた。彼女は俺たちの先頭に立ち左へ向けて歩き始めた。
その後を追いながら尋ねる。
「メリナという少女、何か厄介なスキルを持ってたりするだろうか?」
「高等な魔法が使えるわ。スキルに関しては近接戦闘と……《ストーンルーム》ぐらいかしら」
「この中はブアクアの影響を受ける。だが《ストーンルーム》が発動しているな」
「解毒の魔法を使っているでしょうね。私もそうしているわ。あなたたちはどう?」
俺とトンプソンは首を横に振った。
「そう。強い効果を持たせれば魔法まで封じられはするけど、この牢はそこまでのものではないから」
トンプソンが言った。
「では、ここに捕まえる転生者も逃げられるはずではないんですかな?」
「あいつはろくに魔法が使えないわ。それに海水のあるところでないと生きられないし。けど……」
ヴィエラは角を曲がりつつ言う。
「魔王様は違うわ。ブアクアの効果を低減する魔法が使える。ロザミアがここにいるかどうかはわからないけれど、いたとしてもただのヒューマンだから戦いは全然得意じゃないし、なら相手はメリナだけ」
今この水牢にはナヤートと、水牢のあれと呼ばれるゴカイの転生者。それからハルと魔王。俺とラリアとトンプソンとヴィエラ。
水牢のあれ氏を除いても7人いる。
しかも話によれば魔王はほぼフルスペックで戦えるらしい。
「それに、私共にはこれもありますしな」
トンプソンはショットガンをこれ見よがしに掲げた。
ヴィエラは少し振り返ってそれを見やり……、
「……ねえ。約束をして欲しいことがあるのだけれど」
「なんですかな?」
「極力メリナにそれを使わないで欲しいの」
立ち止まった。
それに合わせて俺もトンプソンも立ち止まる。
「私の仲間なの。私はメリナと敵同士というわけじゃない。魔王様と私たちの状況が変わっただけ。メリナは私が説得する」
俺は言った。
「なんとだ」
「あのヤモリを外すように言うわ」
「どうだろうな。そう言われて外した人間を見たことがない」
ヴィエラは俺を真っ直ぐに見て、
「あのヤモリ……たしかに持っている時は魔王様と離れたくない気持ちになったわ。あなたたちが魔王様を殺したり、ここから連れ出そうとしていると思ったから戦ったけれど……でも魔王様はまたここに戻ってきてくださると言ったわ。なら私たちが争う必要はない。メリナもわかってくれるはず」
そう言うとまた前へ進み始めた。
だといいがな。おれも後ろへ続きつつ尋ねた。
「そもそもあのヤモリはどこから持ち込まれたものなんだ。ここで造ったのか? 召喚獣の製造設備はあったようだが」
「どうかしら……あまり覚えていないわ。気がついたときにはもういたのよ」
「どのぐらい前からだろう?」
「ええと…… 1ヵ月以上前からかしら? ここで造ったものではないわね。この要塞は3週間ほど前にここに据えたものだから」
3週間前。
たしかにその辺りで魔族軍による海峡封鎖が始まったとホッグス少佐が話していた。
そもそも魔族はなぜ海峡を封鎖したのだろう?
目の前を歩くヴィエラは先ほど、ヒューマンをゴースラント大陸へ立ち入らせないためにやったと話していた。
それはそもそもなぜだろう?
ヴィエラは今ちょうど友好的だし、尋ねてみようかと思ったが。
「何かおかしいわね……?」
ヴィエラが水牢を眺め回しながらそう言った。
「何がだろう?」
「水牢……こんな部屋だったかしら……?」
俺も周囲を見てみた。
水牢は迷路のアトラクションのように壁が入り組んでいる。その壁は天井までつながっているわけではなく、上部は途切れている。狭い隙間ではあるが、隣りとつながっている。
俺たちが歩く先は両側の壁が途切れ少し開けた空間になっていて、その向こうにも石の壁。
その石の壁には泥でできた柱のような物がくっついていて、上部から水が漏れ出している。風変わりなオブジェだった。
「……あんなものここにあったかしら……それに壁の間取りが違うような……?」
ヴィエラは泥の柱のそばまでいって、すぐ近くの壁を見た。
俺もその隣りに立ち同じ壁を見る。
小さな穴が幾つか空いていた。
蟻の巣のような小さな穴。
ヴィエラはその穴を見ているようだった。
その時、左手の方で音がした。
そちらを振り返ったときまた音がする。
爆発音だった。天井の隙間から、オレンジ色の光がストロボのように明滅している。
「……魔法だわ!」
「モメているようだな。いこう」
ヴィエラをうながし先へ進ませる。俺たちは走って幾つかの角を曲がった。
何度目かの曲がり角を曲がった時、ハルの姿があった。
彼は壁側の、土砂が天井近くまで積まれているそばに立っていた。
その壁は水牢の端なのか、天井近くには隙間が空いていない。
そのかわり、天井と壁の角の一部にくぼみがあった。
人ひとりが入られる程度のえぐれたスペースだったが、そこに誰かが入っている。
ナヤートだ。
ハルは俺たちから見て左の方を向いていて俺たちが近づいてくるのに気づいていないようだったが、ナヤートは気づいたようで叫んだ。
「ハルさんっ! ロスさんだよ!」
「えっ、あっほんとだ! 父さんも!」
俺は彼らのもとに駆け寄って尋ねた。
「どういう状況なんだろう?」
ナヤートの方を見上げながらだ。なぜ天井のくぼみなんかにいるのだろうか。
「そ、それが……転生者っていうのが……!」
ハルが答えようとした。
それより先に、また左の方で爆発音。
左は壁だが、ハルが立っている土砂の山の辺りで左へ通路が続いている。土砂はなかばその道をふさいでいるような形だった。俺はその角から顔を出してみた。
広めの空間がそこにはあった。
黒い長髪と長身を持つ魔王の後ろ姿が見える。
その向こうに、青い髪のメイド、メリナ。
そしてメリナの隣りに茶色い塊。
遠目に見ても500mlのペットボトルぐらいの太さがありそうな、巨大なゴカイたちがひとかたまりとなってモゾモゾ蠢いている。
あれだ。
あれが最後の転生者。
ゴカイの群れは、魔王と対峙していた。




