第264話 水路を進むには?
最近思考能力が衰えてなかなか毎日書けない奥山。
ヴィエラの案内に従い、俺たちは水路の入り口へとたどり着いた。
と言うより外だ。1階の南側、壁の扉を開けるとそのまま外の景色が見える場所。潮の匂いがした。
「この下よ」
ヴィエラは海面を指差した。小さな波が要塞の壁に繰り返しぶつかっている。
俺は言った。
「どうやって向こうまでいけるんだろう」
「水中呼吸の魔法は?」
ヴィエラの答えに、俺はパンジャンドラムとトンプソンを振り返る。
ふたりは首を横に振る。俺もそんな魔法は使えない。
「水牢までは距離がある?」
「かなりね」
「よくないアイディアだったかな」
俺はそう呟いたが……ふいに思い出すことがあってパンジャンドラムを再び見やった。
「君、アイテムボックスを持っていたな」
「えっ? うん」
「あれは……水につけると中に入れている物も水びたしになるんだろうか」
「いやぁ……割とそうでもないよ。持ち物が濡れてたことはないけど。それが?」
「以前それの中に君を入れて持ち運んだことがあったな」
パンジャンドラムはしばらく首をひねり考え込むような仕草をしていたが、やがてうなずいた。
「ああ……ロス君と初めて会った時だね」
あの時はたしか、洞窟の中にいたパンジャンドラムをアイテムボックスの中に入れて、洞窟の外まで連れ出したのだった。
「ヴィエラ、君は水中呼吸の魔法が使えるのか」
「ええ……」
「ではこうしよう。俺たちはアイテムボックスの中に入ってヴィエラに運んでもらう」
パンジャンドラムが言った。
「ちょっと待ってよ。信用できるの?」
だがヴィエラは即座に否定する。
「裏切るとおもっているのかしら? けれど魔王様はまた私たちに会いにきてくださると言ったわ。敵対する理由が見つからないわね」
「でも戦争中だよ」
「ヒューマンとね。転生者とじゃないわ。魔王様はあなたたちを信用しているようだし」
パンジャンドラムはしばらくヴィエラをじっと見ていたが、
「じゃあオレは残る。この子と一緒に」
リリアンヌの腕を掴んだまま言った。
「このこと一緒にウォッちゃんを探してくる。ロスくんとトンプソンさんに水牢のほうは頼むよ」
それからヴィエラを見やり、
「ふたり……いや、転生者に何かしたらこの子を殺す。魔界とか言うところにも乗り込んでいって1族郎党皆殺しだ」
ヴィエラは肩をすくめた。
パンジャンドラムがアイテムボックスを取り出した。
「けっこうこれ中は暑苦しいからね」
そう言って蓋を開く。
俺はそこに指を突っ込んだ。
すると、一瞬景色が歪んだあと、真っ暗な中に緑色の光る線がいく筋も走る奇妙な空間に移った。
地面はあった。床にはショットガンだとか、ダガーだとかが、いくつか散らばっていた。パンジャンドラムの私物だ。どうやらちゃんとアイテムボックスの中に入られたらしい。
ややあってからトンプソンも入ってきた。
上を見上げると四角く切り取られた枠があり、その向こうに巨大なヴィエラの顔が見えた。
ヴィエラは、ちょっと水に沈めて試してみると言った。
アイテムボックスの入り口である四角い枠は蓋で閉じられ、しばらく静寂がおとずれた。
もう一度蓋が開いた。そこにはやはりヴィエラの顔があったが、紫の髪は水に濡れていた。どうやら海に飛び込んだらしい。
彼女は言った。
「お湯加減は?」
ヴィエラは1度アイテムボックスを水の中に入れたようだった。だが中には何の変化も見られなかった。水に沈められたことに気づきもしないほどだった。
「問題ない。やってくれ」
再び蓋が閉じられる。
それからまた静寂。ヴィエラは移動を開始しただろう。
「揺れもしないんですなぁ」
トンプソンが呟いた。
俺はコートのポケットに手を突っ込んで立っていたが、確かに特に揺れると言うこともない。
ただパンジャンドラムの言ったとおり、やや蒸し暑い。
俺はしゃがんで、ショットガンの樽の蓋を開けてみた。
中には5分の1ほど、赤い粘液が入っている。10丁ほど落ちているのでひとつひとつ確認してみることにした。
「魔王さんは……おモテになるんですなぁ」
トンプソンがまた呟いた。
俺はまたひとつ蓋を開く。中は空だった。
「あんたもなかなかだったじゃないか。ハーレムの中心だ」
「いやぁ、私は……ハーレムなのはいいんですが、なんかモテ方がおかしいですよ……」
トンプソンは床に座り込む。
「ロスさんは……この世界で晴人と会っていたんですよね?」
「まあな」
「どうでしたか?」
「と言うと」
「どんな様子だったのか……」
「危ないところを助けてもらったことがあるな」
「ヌルチート?」
「ああ」
いくつかの樽を調べてみたが、半分は中身が空。撃てないようだ。
「晴人……女の子を助けるためにひとりで飛び込んでいって……」
次はドラムマガジンを調べる。銃からひとつ取り外し、中を見てみる。
「……あんなに勇敢な男だとは思わなかった……」
俺はマガジンを覗きつつ言った。
「男子3日あわざれば、というやつだろう」
「昔はおとなしくて、頼りない子だったのに」
「この世界にきてから冒険者学校に通っていたと聞いた。鍛えられたんじゃないか」
それから少しの間お互い黙っていた。
ラリアも左腕から降り、見よう見まねでショットガンのマガジンを外し、俺の前に並べてくれた。
調べてみると弾丸の方は十分なように思えた。弾頭は全て鉛らしき金属の重さがある。
トンプソンが言った。
「ここに残ったほうがいいんでしょうか。あいつ」
俺はトンプソンを肩越しに振り返った。
「……妻も」
「あんたは嫌なんじゃないのか」
トンプソンはあぐらで座っていた。
視線は自分のブーツを見ていた。
「……私は本当に、家族のために働いてきました。私は……そうすることが男のやることだと思っていたから」
「立派なことだ」
そう。ロス・アラモスがロス・アラモスと呼ばれる前にはチャレンジしたことすらない偉業だった。
誰しも……と言えば語弊があるが、まともな男ならたいていそうするだろう生き方。
妻を娶り、働いていくということ。
「ですが……だからこそ嘘なんでしょうね」
トンプソンは顔を上げた。
「何がだろう」
「家族のためだなんて。私は私のために働いてきた。私自身の見栄のために。世間体のために。妻も晴人もそれを見透かしてたんでしょう。だから……」
そして首を振ったトンプソン。
しばらく無言。
やがて言った。
「私は別れた方がいいんでしょうな」
アールフォーさんの顔を思い浮かべた。
アレクシスの屋敷で、エルフのグスタフと仲睦まじそうにしていた彼女の姿。
本当に楽しそうに笑っていたのを思い出す。
「……晴人にせよ。ここにはあのナヤートという子もいる。私は初めて見たんですよ。あいつの目にあれほど強い光が宿ってるところを」
そして口を引き結んだ
話は終わりなのだろう。他人のことだった。どうするかなど本人たちが決めればいいことだ。
俺はショットガンに向き直ろうとしたが……トンプソンまたふいに口を開いた。
「ロスさんはご結婚を?」
向き直りそびれトンプソンを見やる。何も答えはしなかったが。
「ロスさんは見た目より歳がいってるんじゃないかと思って。落ち着いてるし……」
俺が何も言わないでいると、
「会いたい人などは……」
今度こそショットガンに向き直った。マガジンを全て本体に装着。樽に燃料が入っているものは3つだけだったので、空のものとは別にする。
「これは失礼」
後ろでそう聞こえた。
水牢に入ったとして、スキル阻害の効果を持つブアクアの影響が予想される。
これらのショットガンは俺たちを助けるだろう。パンジャンドラムはまったく頼りになる若者だった。
「あのホッグスさんという女性とはどうなってるんですか?」
俺は振り返った。振り返った勢いで帽子が飛びそうになった。
「何だと?」
「いい仲なのでは……?」
「何だと?」
「昨日グランシの町で、パンジャンドラムさんがそんな話をしてたんですが……えっ違うんですか?」
俺が何か言ってやろうとした時だった。
アイテムボックスの天井が開いた。
ヴィエラが覗き込んでいる。外は暗いように見えた。
「もう少しで水牢の中に入るわ。準備はいい?」
俺とトンプソンは立ち上がり、うなずいてみせる。
「魔王様、何事もなければいいのだけれど……」
ヴィエラはそう呟き、蓋を閉めた。
俺はトンプソンにショットガンのひとつを手渡す。使い方も説明した。
彼は樽を背負い、唾を飲み込んで言った。
「いよいよですな。最後の転生者とご対面」
俺は言った。
「ホッグスとの間には何もないだろう」
彼は目をパチクリさせている。
「パンジャンドラムも変な誤解をしているものだ」
「ですが、私の印象としても昨日ふたりで港にいた時……」
「あれほどの女性が俺なんかを相手にするわけないだろう。そんなことより集中しよう」
ラリアが左腕によじ登ってきた。
「……そうですかねえ……? 昨日はお似合いに見えたような……」
トンプソンはまだ何か言っていたが、俺は早くこの蒸し暑い空間から出ることだけを考えていた。
ミステリアス・エルフ「…………」




