第263話 魔王バルバロッサ、目標を……透過する!!
「何をやっているんだろう?」
壁の前にいたハルに話しかける。
「あっロスさん、それが……」
「行き止まりになっておるのだ」
ハルが答えようとしたがトンプソンの手にある魔王の首が先んじた。
「行き止まり?」
「そうだ。この向こうがちょうど水牢のはずなのだが……」
彼はそう言って、視線だけをヴィエラに向けた。
「ヴィエラが捕まっているということは、《ラビリンス》ではないな」
「魔王様……」
ヴィエラが呟く。
「いってしまわれると言うの? 私たちを置いて……魔界を捨てて」
「ヴィエラ……」
見つめ合う2人。
リリアンヌも言った。
「バル……いかないで! 私たちと一緒にいて……!」
俺はハルと目が合った。
ハルだけではなくトンプソンもこちらを見ている。
彼らが言わんとしていることはわかるような気がした。
ヴィエラとリリアンヌは、ヌルチートが落ちたというのに魔王への親愛の情がなくなったようには見えない。
今までもたしかに、ヌルチートがいなくなっても転生者への関心をなくさない者はいはした。
ウォッチタワーにとってのツェモイ団長がそうであり、ハルにとってのブリジットがそうだった。
俺ことロス・アラモスも、ひょっとしたら……ヤマト皇太子がそうかも知れないのだ。どうも彼はヌルチートに憑かれる前から俺に好意を抱いていたようなふしがあった。
ホッグス少佐はヌルチートに憑かれた時俺を追ってきはしたが、そのあとはそうでもないような気がする。あんな美女に好かれていると勘違いするほど俺はうぬぼれてはいないつもりだ。
だが魔王バルバロッサときたらどうだろう? ヌルチートを抜きにしてもまだ慕う女性がいる?
その魔王が2人に答えた。
「許してくれヴィエラ。リリアンヌ。我輩はいかねばならん。それよりこの壁を……」
「けれど魔王様!」
「バル……バルはボロボロだった魔界を立て直してくれた……バルみたいにすごい魔族なんて見たことない……私たちにはバルが必要……」
「ありがとう、2人共。だが……だからこそ我輩は戻らねばならんのだ。超優秀な我輩の力を、我が故郷日本も必要としている。魔界がそうであったように」
首を持ったハルが自分の首をかしげている。
「魔王様、私どもをお見捨てになるのですか……⁉︎」
「バル……!」
魔王バルバロッサは壁の方をチラチラ見ていた。俺たちは壁の向こうにいるナヤートと合流しなければならない。最後の転生者たる水牢のあれ氏とも。たしかにお涙頂戴のお別れ劇を演じている暇はない。
だが……だからこそなのか。魔王はため息をついた。壁をチラ見するのをやめ、ヴィエラとリリアンヌに視線を真っ直ぐ向ける。そしてこう言った。
「仕方がない。では言ってしまおう。案ずることはない」
「え……?」
「よいかヴィエラ。我輩は1度故郷へ帰りはする。だが2度と戻ってこられないというわけでもないのだ」
「バル……戻るって……」
「ヴィエラ。リリアンヌ。わかっているはずだ。超優秀な我輩に不可能などないことを。空間を超えてそなたたちに会いにくることなど造作もないことよ……」
そして魔王は「ククク……」と笑った。
ヴィエラとリリアンヌは顔を見合わせる。
「えっと、つまり……」
「お別れ……じゃない……?」
「そうとも。我輩はそもそもある仕事を途中で放り出してここへきてしまったのだ。そなたたちと暮らすことが楽しいあまりつい長居してしまったが、戻って片付けねばならない。だがそれが終われば、また戻ってきてそなたたちと遊べるだろう」
「ほ、本当なの⁉︎」
「本当だとも。我輩はひと仕事終えたら休暇を取る主義だ。なんぴとたりとも休暇の邪魔はさせん」
ヴィエラとリリアンヌが瞳を輝かせ笑顔になった。
「さすがだわ魔王様!」
「ひと味……違う……!」
そして2人は魔王の頬にチュッチュとキスをする。
「バル……怒ってない……? 体を食べたこと……」
「怒ってなんかいないとも。……いや、やっぱりちょっと怒ってはいる。前はちょっと血を吸うぐらいだったのにひどいことをする」
「ごめんね……」
「許して魔王様」
「まあよい。きっとあのヤモリの仕業だったのだろう」
誰か咳払いする者があった。
トンプソンだった。
「あのぅ、お取り込み中失礼しますが、こっちはどうするんですか!」
トンプソンは壁を指差している。
《トンプソンはサーモ・アイのスキルを発動しています》
「見えませんね」
壁は厚いらしい。さすがに赤外線での温度探知もできないようだ。
魔王が言った。
「いやこちらこそ失礼。2人にわかってもらいたくてね」
それからヴィエラに視線を向け、
「そなたではないのだよな?」
「ええ。私は解除してるわ」
「こんなところに壁は作っていなかったはず。水牢は鉄扉で封鎖していた」
「メリナ……じゃないの……? あの子のスキル……」
「それか!」
魔王は俺たちに目を向け、メリナという青い髪のメイドの話をした。
「メリナの《ストーンルーム》だ。ヴィエラの《ラビリンス》とちょっと似ている部分もあるが、メリナのはその名のとおり石の部屋を作り出す。箱と言ってもいい。おそらく水牢全体を石の箱に入れてしまったのだろう」
パンジャンドラムが尋ねた。
「なんのために? 中にはナヤートちゃんがいるんだっけ? あと最後の奴」
「うむ……ひょっとするとメリナは水牢のあいつと一緒に侵入者を排除するつもりなのではなかろうか。メリナにせよ水牢のあいつにせよ、ロスたちのことをただの敵国の兵士としか思ってないだろうし……」
ひとりひとりおびき寄せてだろうか。
ではナヤートを独りぼっちにして魔王のノロケを眺めていた俺たちはとんだ薄情者ということになる。
この壁の向こうはどうなっているのか。
《ウェイブスキャナーとハードボイルを併用しますか?》
突然の脳内の声に、俺はYESと答える。
見えた。
ハードボイルはマイクロウェーブ、たしかに金属以外ならたいていは透過するんだった。うっすらとだが、壁の向こうの様子が見える。
水牢の内部は部屋というより通路のようだった。入り組んでいて、迷路のようにも見える。
その中を、小柄な人物が走っている。
シルエットしかわからないが、メリナではないように見えた。
ナヤートだ。
そして、彼女の背後に追いすがっている、無数の塊……。
「ナヤートが追われている」
「誰にだ? メリナにか」
「わからん。メリナらしき影は見当たらない」
俺はヴィエラを見やり、
「この壁を解除する方法は?」
「本人が解除しないと……」
ヴィエラをトンプソンに預けた。
そしてラリアに準備をさせ、
《ツープラトンのスキルを発動しました》
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
壁へ向けて投擲。
ラリアはドリルのように壁に突っ込んだ。削れた石が火花を散らしていたが……しばらくして俺の左腕に戻ってくる。
ラリアが突撃した壁を見てみたが、ほんの少し傷が入っただけ。
「硬いです……」
どうしたものか……。
リリアンヌが言った。
「水牢のあれ……海水がなければ苦しむ……」
俺たちはリリアンヌを振り返る。
「メリナの《ストーンルーム》は……箱で囲んでしまうけど……完全に囲むと何も入れなくなる……海水も……」
俺はもう1度壁の向こうを見てみた。
「何かの塊が動いている。あれが水牢のそれじゃないのか?」
「動いてるってことは……新しい海水が入ってるってこと……メリナは《ストーンルーム》のどこかを開けてる……?」
魔王が言った。
「水牢は水路で海とつながっているな。つまりそこだけは開けてるのかも?」
「どこだろう?」
「ここからだと、かなり回らないといかんな……」
パンジャンドラムが言った。
「でもナヤートちゃん追われてるんじゃ? ブアクアの水牢ならスキルも微妙だし、間に合わないんじゃ……!」
それはもっともだが他に方法もない。
だがハルが言った。
「あ、あの、ロスさん。そのメリナって奴はヌルチートを?」
「そうだが」
「中にメリナしかいないんだったら、スキルを封じれる転生者はひとりだけですよね?」
「封じ、ら、れる、だが……まあそうだな」
「なら水牢の中の転生者に味方だと伝えれば、メリナのヌルチートだけじゃ封じれ、封じられないってことですよね?」
それはたしかにそうだ。
中にはナヤートと水牢のあれ氏。2人なら1匹のヌルチートではおさえられない。
魔王が言った。
「ひょっとしてヌルチートは1匹で1人しかおさえられないのか?水牢のあいつは正確には3人だ」
「あっ、なら中で伝えられさえすれば……」
俺は言った。
「だからまず水路へ……」
「いや、俺がいきます」
ハルは壁を向いた。
「俺の《プロジェクト・フィラデルフィア》なら中に入れるはず」
入ら、れるだ。
トンプソンが言った。
「晴人、ひとりでいく気か⁉︎ 危ない!」
「でも父さん、ナヤートちゃんの方が危険だよ」
たしかにハルが中に入られれば転生者は5人。
ヌルチートはメリナのものだけではなく、あとひとり。ロザミアとかいうお姫様のものがある。ロザミアがあれからどうしたかはわからないが、水牢にいないとも限らない。中の転生者は多ければ多いほどリスクは少ないが……。
「よろしい。では我輩もいこう」
魔王が言った。
《魔王バルバロッサは不死者・再降臨を発動しています》
首だけだった魔王。その首の下に背骨やら血管やらが続々と伸び……。
長身の偉丈夫の姿となって再生した。
「わあ魔王様かっこいい!」
「痺れる……」
「我輩もあらゆる壁を越えることができる。これで少なくとも……4人だな」
魔王はそう言った。
水牢のあれ氏を含めると6人のはずだが……?
だが魔王はハルに向け、
「若者よ。我輩は魔王バルバロッサ。そなたの名はハルでよかったか?」
「あっはい」
「うむ。ヴィエラ、リリアンヌ。ロスたちを水路へ案内するように。ではハルよ、我輩に続け!」
言うが早いか壁へ猛スピードで突進。
ぐちゃっ、という音を立てて壁にぶつかり……潰れた。
ペラッペラの肉片になってしまった。
床にはらりと落ちた魔王の皮を見つめる俺たち。
《魔王バルバロッサの不死者・クアンティゼイションが成功‼︎》
《魔王バルバロッサは不死者・再降臨を発動しています》
もう1度スキルで壁の向こうを見てみる。
壁のすぐ向こう側で、小さな塊がどんどん大きくなり、長身の人物の形になった。
パンジャンドラムが言った。
「あっえっ、なに、自殺⁉︎」
「トンネル効果というやつだ。クアンティゼイション……量子化という意味だな。すり抜けたらしい。魔王はもう向こうにいる」
俺はハルにうなずいてみせた。
彼もうなずき返し、
《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》
砂嵐の姿となって消えた。
壁の向こうでは、ハルとおぼしきシルエットが現れる。
「確認できた。2人共無事向こうにいけたようだ」
ヴィエラがこちらを見た。
「黒帽子さん。それじゃ、私たちが水路へご案内するわ」
「君らはそれでいいのか?」
「何事も魔王様の仰せのままに」
そう言った。
俺がトンプソンにうなずいてみせると、彼は少し間があってから、ヴィエラの腕を離した。
「こっちよ。ついてきなさい」
駆け出しヴィエラを、俺たちも追いかけた。
通路を進んでいる時、トンプソンが俺の近くへ寄ってきた。走りながら小声で尋ねてくる。
「あの、ロスさん……」
「なんだろう」
「戻って、こられる……とはどういうことなんでしょう……?」
俺はヴィエラと、パンジャンドラムに腕を掴まれたまま走るリリアンヌの背中を見やりつつ、
「さっきの魔王の話か」
「そうです……」
「……ヴァルハライザーのことじゃないのか」
「仮想空間がどうとかいうアレですか? 自由に行き来ができるということなんでしょうか……?」
「そういうことじゃないのか? だからヴィエラたちも納得して協力してくれているんだろう」
「詳しいんですな、魔王はヴァルハライザーについて……」
俺はトンプソンの顔を横目に見る。
「何者なんでしょうな? あの魔王……」




