第262話 水牢のあれ
俺とラリアがリリアンヌを連れて廊下に戻ると、パンジャンドラムもヴィエラを引きずってこちらへやってきた。
リリアンヌをパンジャンドラムに引き渡した。
そして気絶しているヴィエラの頬を軽く叩いて起こす。目を覚ました彼女は目の前の俺を見てしばらく固まっていたが、リリアンヌが捕まっているのを見て観念したか、特に抵抗することはなかった。
俺は言った。
「1階のラビリンスを解除してもらおうか」
「くっ……あなたたち、魔王様を捕らえたようだけど無駄よ! あの方を処刑することなどヒューマンにはできない!」
「ああ知ってる。不死身なんだろう? そんな心配は無用だからラビリンスを解除するんだ」
身を起こしたヴィエラはそっぽを向く。
リリアンヌが言った。
「ヴィエラ……こいつら……転生者よ……バルを連れ出しにきたんだ……!」
俺はしゃがんだままリリアンヌを振り返る。彼女を捕まえているパンジャンドラムも彼女を見ている。
「ずいぶん詳しいじゃないか。君は俺が獣人を連れていることも気にしていたな。獣人を連れてくるということ自体を知っていた。なぜだろう?」
今度はリリアンヌがそっぽを向いた。
パンジャンドラムが言った。
「あのさ……オレ実はどういう状況なのかよくわかってないんだけど……」
考えてみれば要塞の2階で彼と別れて、再会したのは今さっきのことだった。俺はこれまでの経緯を説明する。
「マジ? 魔王が転生者だったわけ?」
「ああ。彼女たちが持っていたヌルチートはそのためのものだったようだな」
パンジャンドラムは女たちを見やりつつ、
「ねえおふたりさん。あのヤモリはどっから持ってきたんだ?」
そう言った。だがふたりの女は黙秘していた。パンジャンドラムはため息をつき、
「まあいいや、それはあとでも。でも話によれば最後の転生者とナヤートちゃんが、他の魔族と接触してるんでしょ?」
「そうだな。だからこちらの紫髪の美女に《ラビリンス》を解いてもらいたいんだ。でないと魔王たちが水牢までいけない」
だが肝心のヴィエラは俺たちと目を合わせようともしていない。
俺は少し考えてみた。
先ほどの戦闘では、このヴィエラはリリアンヌを助けようとしていた。
ヌルチートが憑いている時は情動に逆らえないという副作用が多少ある以上、我々への攻撃よりリリアンヌのサポートを優先していたということは、ヴィエラは彼女にそれなりの親愛の感情があると考えるべきか。
俺は言った。
「解除しないのならこっちのツインテールには死んでもらうぞ」
リリアンヌを指差しながらだ。
ヴィエラは俺を振り向いた。
「そう言えば君たちは、魔王を生きたまま食べていたな。たいへん痛そうだった。なんだったら彼と同じ気分をリリアンヌに味あわせてやろうか?」
「……あなたが食べるのかしら? ヒューマンはそういうことしないわよね」
「実際にかじるのはゴブリンだ。たくさんのな」
パンジャンドラムをチラリと見ると、やや不満そうに見える顔をしていた。
リリアンヌが言った。
「ヴィエラ! 言っちゃダメ……! こんな奴らに負けちゃダメ!」
《パンジャンドラムはレギオンを発動しています》
廊下に複数のゴブリンが召喚された。リリアンヌはそれを見て血相を変える。
「待って!」
ヴィエラはそう叫んだ。
「その子にひどいことしないで!」
「では解除するか」
「……もう解除されたわ」
「うん?」
「私が気絶すれば自然に解けるのよ……」
俺はパンジャンドラムを見やった。彼は肩をすくめてゴブリンズの姿を消す。
となると、1階の魔王やハルたちも間取りが元に戻ったから、水牢へ向かったかも知れない。
我々もそちらへいかなければならないが……。
「……ねえ」
リリアンヌだ。パンジャンドラムに捕まえられたまま俺を見ている。
「なんだろう?」
「……バルをどうする気なの……?」
「この要塞から連れ出す」
「元の世界に……前世に連れて帰っちゃうの……?」
「どうしてそう思うんだろう」
リリアンヌは瞳を伏せて黙り込んだ。
ヴィエラの方も見てみたが、彼女も同様だった。
どうもこの要塞の女たちは奇異に感じられた。
ヴィエラは先ほど、ヒューマンがゴースラントへいけないように海峡を封鎖したと言った。
リリアンヌは、囚われのヒューマンの姫ロザミアという少女が、獣人を連れた転生者の来訪を予見していたと取れるような話をしていた。
そして彼女は今また俺たちが魔王バルバロッサを前世の世界に連れ戻すためにやってきたと、知っているかのような口ぶり。
俺も、あるいは他の誰も、魔王以外の俺たち転生者が転生者であると彼女たちに教えてはいない。
当然、俺たちがこの要塞に乗り込んだのは転生者の姿を求めてのことだったという動機も。
だが魔王のハーレムは、それを全て織り込み済みのように見えた。
「ねえロス君」パンジャンドラムが言った。「ヌルチートはあと何匹いるかわかる?」
俺は指を2本立ててみせる。
「話によれば地下にひとりいっちゃったんだよね? ナヤートちゃんと最後の奴がいるところ。ハルたちもそっちにいってるんだったら、オレらもいこうよ」
もっともだった。俺はうなずいて立ち上がったが、
「問題はこのふたりをどうするかだな……」
「魔族ってロープで縛るだけで逃げられたりとかしないかな」
「君はウォッチタワーを見たか?」
「うんにゃ」
では俺とパンジャンドラムで引っ立てていくしかないか。
1階にいけば、魔王は首だけだとしてもハルとトンプソンもいる。
魔王の不死身はスキルだそうだから、ヌルチートを向ければ死ぬ。彼女たちはそうしないだろう。
ではヌルチートが残り2匹と仮定した場合、ふたりの転生者はフリーになる。仮にヴィエラとリリアンヌを逃してしまったとしても、ヌルチートのない相手なら我々の脅威にはならない。
俺はヴィエラの腕を掴んで立たせる。
「最悪の場合気絶させて転がしておくという手もあるな」
「だね」
結局俺たちはラリアもふくめて5人で1階へ向かうことになった。
1階のロビーの階段を下りると、もうそこにはハルたちの姿はなかった。
俺は《ウェイブスキャナー》を発動して間取りを覚えると共に彼らを探す。
地下へ下りる階段があるようなのでそちらへ向かった。
地下……というのも語弊がある。ここは海上の要塞だった。階段を下りると潮の匂いがし始めた。
石の廊下を歩きつつ俺はヴィエラに尋ねた。
「水牢にも転生者がいるそうだな」
「ええ、そうね。それが?」
「どうしてそんなところに閉じ込めているんだろう?」
ヴィエラは俺を見上げた。
ヌルチートに取り憑かれた女性は相手が転生者とわかると我が物にしようと襲いかかってくるものだ。たとえその対象がオークであろうがゴブリンであろうが変わるものではないはずだ。
魔王の話によれば最後の転生者はゴカイだという。
「姿形が気味が悪いからか?」
「それもあるわね」
「君たちが魔王を捕らえて、それで最後の者……」
俺はそこまで言ってから、
「名前はなんと言うんだろう? その転生者」
質問を変えた。最後の転生者など呼びにくくて仕方がない。
ヴィエラは答えた。
「水牢のあれ」
なるほど。名前はとても重要なものだ。聞いただけでその存在をイメージできるならそれはいい名前なのだろう。
「魔王を捕まえたあとはその水牢のあれ氏を閉じ込めたというわけか。魔王と共闘されないように?」
「ちょっと違うわね……」
ヴィエラは前方を真っ直ぐに睨むようにしながら歩く。
「魔王様は水牢のあれをご存知だったみたいね」
「ご存知、とは」
「前世の知り合いと申されたわ」
「知り合い?」
先ほど魔王はそんな話はしていなかった。
「知り合いを閉じ込めているのか」
「ええ。あれは魔界で生まれたけれど、誰も近寄ろうとはしなかった。気持ち悪いというのもあるけれど……」
ヴィエラは、あれが通常の魔族よりも多彩なスキルを持っていたと続ける。
「魔界ではそのスキルでみんなに迷惑をかけていてね。みかねた魔王様が退治にいったのだけれど、話を聞いてみたら同郷だったとわかったから……仕方なく生かしておくことになされたの」
「ここへ連れてきたのは?」
「もともと海水がなければ苦しい苦しいって喚いてうるさいからというのもあったかしらね。ただ、海峡の封鎖のためにも少しは役に立つんじゃないかと」
俺の頭の脳内地図がハルたちの姿を捉えていた。
あと角をふたつ曲がれば彼らがいる場所へつける。
俺は尋ねた。
「だが気持ち悪いから君たちが閉じ込めた、と」
「だから、少し違うわ。私たち全員の意見が一致して、あれは水牢に放り込んでおこうということになったのよ」
ひとつめの角を曲がった。
「全員?」
「ええ」
「誰と誰だろう」
「私たちと、魔王様」
ふたつめの角は目前だった。
俺はさらに尋ねた。
「魔王もか」
「ええ。あの方はあれを軽蔑なさってるから」
角を曲がった。
廊下の突き当たりが行き止まりになっているのが見える。
そこにハルと、魔王の首を持ったトンプソンがいて、周囲をキョロキョロしていた。




