第261話 圧倒せよ! ロス・アラモス!
空中の魔族少女、リリアンヌは明らかにバランスを崩していた。
体を痺れさせるブアクア弾の効果だ。コウモリのような翼を持つ彼女だが、死にかけの蝶のようにガクガクと小刻みに上昇と下降を繰り返す。
やがて螺旋を描くような軌道で下がり始めた。
「パンジャンドラム。まだロープを持っているか?」
「あるけど……あの子を捕まえるの? 投げ縄?」
「いや……」
パンジャンドラムがアイテムボックスから取り出したロープを受け取る。
先端を持って残りは廊下の床に置き、その先端はラリアに持たせる。
頭上のリリアンヌはこちらを睨み下ろしている。絶対に俺たちのいる地に落ちまいとあがいているのだろう。彼女は吹き抜けの窓に視線を移し、翼をはばたかせる。
建物の窓へと近づきつつあった。
「ロス君、逃げられるよ」
「ああ……」
ロープを持たせたラリアを左手で持ったまま、俺はリリアンヌを眺める。
それから言った。
「パンジャンドラム。もう1発撃ち込めば落ちるな」
「あっ、オレ待ち? それは失礼しました」
パンジャンドラムがライフルの銃口を上へ向ける。
《ヴィエラはラビリンスのスキルを発動しています》
瞬間、床が消えた。
ヴィエラが発動させたスキルによって廊下が消えたのだ。
落下を始める直前。リリアンヌの姿が新たに現れた空中の廊下で隠れるのが見えた。
ヴィエラは俺たちが立っていた廊下をリリアンヌの真下に移したのだ。彼女を助けるために。
「だろうと思った。いくぞラリア」
「おーっ!」
《ツープラトンのスキルを発動しました》
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
投擲。
ラリアはきりもみ回転しながら吹き抜けを上昇していく。
ラリアにはロープを持たせておいた。俺とパンジャンドラムもそのロープに掴まることで上昇を開始。
ラリアが空中廊下の床下にめり込んだ。ほんの少しも停滞せずに向こう側へ突き抜けた。俺もまたその穴をくぐり抜ける。
穴から飛び出た瞬間、目前には床に手をついたリリアンヌの尻。彼女はこちらを振り返っていて、俺が飛び出た瞬間床の大鎌を掴みなおすと立ち上がり、
《リリアンヌは種族補正によりブアクアの効果を30%低減》
《リリアンヌのステータスがブアクアの効果により低下中》
《ハイスプレンディッドダークネスサイズのスキルをそれなりに頑張って発動しています》
斬撃を繰り出してきた。
なかなか落ちてこないとは思っていたが耐性があったのか。
だが遅い。
《剣聖・ジュージュツ・ムトウドリのスキルを発動しました》
俺はその鎌の斬撃を、人差し指と親指でつまんで止めた。
《ヴィエラはラビリンスのスキルを発動しています》
再び床が消える。
《パンジャンドラムはレギオンを発動しています》
廊下はなくなったが足場はまだ存在していた。
吹き抜けの端から端までロープがつながっていた。
片方はラリアが、もう片方はパンジャンドラムが、それぞれ窓に取り付いて縛り付けたらしい。
そのロープをつたってゴブリンズたちが吹き抜け間をつながり、橋を作っていたのだ。橋はゴブリン2匹分の幅。どうやらロープも1本だけではなく2本つなげたようだ。なかなかの早技だ。2列のゴブリンズはそれぞれ隣りとガッチリ肩を組んでいるため、俺とリリアンヌが背中に着地しても揺れは少ししかない。
俺はリリアンヌから大鎌をもぎ取る。やや乱暴かと思ったが肩の辺りの衣服を掴んで強引に後ろを向かせた。
背中にはヌルチート。
おとなしくしていてくれて大変助かる。
むしり取って首をもぎ取った。
「ううっ……離して……っ!」
リリアンヌは暴れていた。少女の見た目のわりに、しかもブアクアで体が痺れてもいるのにそれなりに力があるように感じるのは彼女が魔族だからか。それでも俺の前では十分非力だった。ただもがくだけで逃げることはかなわなかった。
「リリアンヌッ!」
声の方を振り向くと、建物の廊下にヴィエラがいるのが見えた。
俺は言った。
「そこで見ているがいい。この女の子を裸にひん剥いてやる」
リリアンヌの背中の衣服を剥ぎ取ってやるべく手を伸ばす……つもりだったが、コウモリの翼の付け根があるため面倒そうだった。かわりにその翼を掴み、
「その前にこの翼を千切り取ってくれようか!」
「や、やめて……っ! いやっ!」
「この……ヒューマン! リリアンヌを離しなさいっ!」
《ラビリンス》か。それとも魔法か。どちらでお仲間を助けるつもりだろうか。
《ヴィエラは魔法を使用しています。魔力充填開始……》
ヴィエラは両手の指をそれぞれバラバラにせわしなく曲げたり伸ばしたりし始めた。
魔法の方か。廊下を通して俺に近寄るのは危険だと考えたようだ。
リリアンヌを撃つつもりはないだろう。
であれば狙いはゴブリンズの橋。それともなにか精密に俺だけを狙撃できる魔法弾でも撃てるのか。
まあどちらでもよかった。
ヴィエラの立つ窓の外の壁。
真下にはすでにパンジャンドラムが隠れるように取り付いていた。
《パンジャンドラムはレギオンを発動しています》
突如大量のゴブリンが窓へ這い上がり廊下へなだれ込んだ。
「きゃあっ⁉︎ この……っ!」
ヴィエラは充填していた魔力を解放した。爆散していくゴブリンズ。
だがどさくさにまぎれるようにして廊下へ乗り込んでいくパンジャンドラム。
ヴィエラがゴブリンズにかかりきりとなっている、その背中から忍び寄り……。
《パンジャンドラムは剣聖・ジュージュツのスキルを発動しています》
すかさず裸絞め。
床に仰向けに倒れたことで、こちらからは窓の死角に入り込んで見えなくなったが、しばらくするとパンジャンドラムだけが立ち上がり窓に姿を見せた。
こちらに向け右手を振っている。
左手にはこれ見よがしにヌルチート。徐々に姿が消えていくところを看るに、完璧に仕留めたらしい。
「うう……おまえたちはいったいなにもの……⁉︎」
俺の手元のリリアンヌが俺を睨んでいる。
俺は言った。
「強すぎてすまんな。悪気はないんだが」
「くっ……まさか……バルと同じ転生者……⁉︎」
「どうだろうな」
まだ何が起こるかわからない。はぐらかしておくに限ると考えた。
リリアンヌの視線は、ゴブリンズの橋を歩いてこちらにやってくるラリアに向く。俺はそのリリアンヌの首根っこを子猫みたいに掴み上げたままラリアの方へ向かう。
「……獣人を連れてる……まさか……あなたは……」
ふと見ると、リリアンヌがまた俺に顔を向けている。
「なにか問題でも? それとも魔界でも獣人を奴隷にするのは禁止で、ひとこと俺に文句が言いたいのか?」
「あなたが獣人を連れた転生者……⁉︎ ロザミアがいつか話してた……」
俺は立ち止まった。
「ロザミアとは?」
「……あのお姫様……ヒューマンの……」
リリアンヌはそう言ってそっぽを向いた。




