第259話 疑惑の要塞
久しぶりにこの構文のサブタイトルつけたような気がする。
誘われていると感じていた。
ヴィエラは中庭の見える廊下をぐるぐると逃げ、追いつかれそうになると《ラビリンス》を発動して付近の構造を変える。
だがこちらも見失ってしまうわけではない。
彼女は必ず中庭の空中か、もしくは中庭を挟んだ向こう側に出現する。
俺に姿を見せたいのだ。ヴィエラは《ラビリンス》のたびに上の階へとひとつずつ登っていく。おかげで俺とラリアは1階にいるハルたちから離れてしまっている。
おそらく彼女はそうやって俺たちを分断するつもりなのだろう。
廊下から上階へ向かう階段。その中腹にヴィエラが立っている。俺がそこへ近づくと……。
《ヴィエラはラビリンスのスキルを発動しています》
またもや階段の一画が黒い霧に包まれ、ヴィエラが立っていた場所には壁ができて行き止まり。
次の瞬間には、1階上の廊下に立っているのが、左側にある窓から見えた。彼女はこちらを見下ろし妖艶に微笑み、手すら振っている。
ラリアが言った。
「マスター、ボクを投げてください!」
「それも考えたがな。だが投げた時に奴がスキルを使って、もしおまえだけ別の場所へ移動させられたら……」
「あ……」
ヴィエラはまだ俺が転生者だとは気づいていないはず。だから俺が孤立するぶんには何の問題もない。
だがラリアは別だ。
メリナとかいう青髪のメイドは半地下の水牢にいる。ヴィエラは中庭付近。だが敵はあと2人いる。
大鎌を持った銀髪ツインテールと、人間のお姫様だ。
ツインテールはなかなか素早い動きの少女だった。
お姫様はたんに魔族にさらわれてきただけということだそうだが……だからと言って侮れない。初めてヌルチートを持って俺に襲いかかってきたのは、タイバーンのお姫様だったのだ。なんだかずいぶん昔のことのように思えるが、とにかくいい思い出がない。
あの2人がどこにいるのかがわからない。
ラリアが孤立した時、あの2人のどちらかに捕まりでもしたら面倒なことになる。
俺は窓から見えるヴィエラを注視する。
どうしたものか。いたちごっこだった。
ラリアは投げられない。
《ハードボイル》を使うか? だがヴィエラは魔族とはいえ、パッと見はただの人間にしか見えない。寝覚めが悪くなりそうだ。
これは戦争だと思い込むこともできる。だが実際に魔族が何をやっただろう?
グランシの港町を破壊し、あとは傲慢なエリートのアレクシスを罠にかけて無実の罪におとしいれようとしていたぐらい。
帝国の法はどう判断するか知らないが、ロス・アラモスの法では死刑とまではいかない気がした。
ヴィエラが窓越しにこちらへ投げキッスしている。
待てよ。
アレクシスといえば、以前魔族のスパイが帝都までまぎれ込み、それによってアレクシスを帝都の中央から排除しようとしていたような気がする。
やらせたのは魔王バルバロッサだろうか? 帝国内で内紛を起こさせ力を削ぐのが目的だったと魔族のスパイが言っていたような。
確認してみたいがこの場に魔王はいない。
ヴィエラに尋ねる、そのために生かしておく必要があると言えば……言い訳になるだろうか?
なんにせよ飛び道具がないのは面倒だが……。
その時だ。
ヴィエラが急に中庭の上を見上げた。
俺もそちらを見やる。
中庭の吹き抜け、その上から何かが降りてくる。
ロープ状のものに、逆さまになって降りてくるそいつ。
パンジャンドラムだった。
彼はすでに逆さまの体勢でライフルをヴィエラに向けている。
「ラリア、投げるぞ! 壁だ!」
「はいです!」
《ツープラトンのスキルを発動しました》
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
階段をふさいでいる壁にラリアを投げつけた。ドリルのように回転するラリアは、やはりドリルのように壁をうがっている。
穴が空いた。中心からヒビも入った。
《ザ・マッスルのスキルを発動しました》
《パウンドフォーパウンドのスキルを発動しました》
壁にさらに連続的に拳を叩き込み、破壊。
壁の向こうは階段が消失しただの床になっていて、その2メートルほど向こうに空洞というか、下の階が見える。
その上、俺の背よりもかなり高い位置に上り階段の続きがあった。階段の途中が廊下に変えられていたらしい。
ラリアを戻し、階段のへりにスキルで跳び上がる。
「ヴィエラ、待て!」
わざとらしく声をかけた。彼女は俺と窓の外のパンジャンドラムを慌ただしく見比べたが俺が迫るのを見てか、
《ヴィエラはラビリンスのスキルを発動しています》
またもや黒い霧に消える。先ほどまで立っていた廊下は、突然ほうきやらバケツやらが置かれた小部屋の内部のような構造に変わった。掃除用具入れか。
俺は左の窓を見た。吹き抜けの俺がいる階と同じ高さに新たに廊下が登場。
だがそこにはパンジャンドラムがいる。ヴィエラのはるか真上。
発砲音。ライフルが火を吹き吹き抜けの壁を照らす。
《ヴィエラは魔法を使っています。ポリゴンドーム》
空中廊下の上で、ヴィエラの体が光る多面体のドームに包まれた。
弾丸がヒット。ポリゴンにヒビが入る。
中のヴィエラは無傷だった。
それほど強固なフィールドかと思ったが、よく見ると跳ね返される弾丸はブアクアの実。弾頭に重さが足りず十分な威力が出ないということか。
ヴィエラは慌てたように、廊下を俺から見て向こうの窓へ走っていく。俺も窓をブチ破って空中廊下へ降り立った。
それに気づいたか、ポリゴンをまとったままの彼女は立ち止まって振り向いた。
頭上のパンジャンドラムと俺を見比べている。
「ヴィエラ。観念しろ。君たちでは俺たちに勝てない。魔王もこちらへ投降した。1階のラビリンスを解除して投降すれば悪いようにはしない」
ヴィエラの表情は険しいものだった。
「そうはいかないわね……魔王様を逃がしたりなんかするもんですか」
「彼は嫌がっている。自由にしてやれ。戦争は終わりだ」
窓の向こうへいくタイミングをうかがっているのか、ヴィエラは行動を起こさない。ただ彼女は首を横に降る。
「終わってなんかいないわ。魔王様はここから出さないし、おまえたちヒューマンをゴースラントへいかせもしない」
俺はチラリと上を見上げた。
パンジャンドラムをだ。彼はアイテムボックスからショットガンを取り出したところだった。ひょっとしたらそっちの方に重い弾頭の弾を入れているのかも知れない。ただスライムタンクもふたつになるせいかどう抱えようかともがいているように見える。
いずれにせよ、彼も俺の方を見ていた。
俺はヴィエラに向き直る。
「ゴースラント? ゴースラントが何だと言うんだろう」
「言葉のとおりよ。わざわざ海峡を封鎖してヒューマンが立ち入れないようにしてるの。邪魔はさせない」
「……なぜだ。何のためにそんなことを」
俺の右手に柔らかい髪の毛の感触があった。
我知らずラリアの頭を撫でていたらしい。
「……魔族はヒューマンの国を侵略するために兵を挙げたのでは?」
「そんなことして何になるのかしら? 興味もないわね。あたしたちも、魔王様も」
「ではなぜだ」
「……頼まれたからよ。ヒューマンをゴースラントへいかせるなって」
「何だと?」
「獣人をこれ以上カシアノーラ大陸に入れるなって」
上目にパンジャンドラムを見る。まだショットガンの座りに手こずっている。
「……誰にだ」
「さあね。それを教えるメリットがあたしにあるかしら?」
「教えてくれれば捕虜になった時待遇をよくしてくれるよう帝国に掛け合ってもいいがな」
「ふん。情報によれば帝国は他国から助っ人を呼んだと聞いてるけど、あなたがそれなのねえ? 帝国の人間じゃないみたいな言い草だし」
「誰なんだ。そちらこそ頼まれただなんてよそよそしい言い草だな」
この戦争を始めたのは魔王のはずだ。彼もそれは否定していなかった。何かの理由があって始めたと言っていた。
だがヴィエラの言葉はその動機が魔王にあったわけではないように聞こえた。魔族の誰かが魔王に戦争を主張したなら、進言とか奏上とか、何かふさわしい表現があるはず。
頼まれた……魔王に頼むだなどという立場は、魔界の外部の者にしか当てはまらないように思える。
ヴィエラは右手で左肩に触れた。
「どうかしらねえ? ただ言えることは……」
彼女は左肩を見る。どちらかと言えば背中を振り返りたがっているような動き。
「その人のお陰で……あたしたちは大切なものを手に入れることができた」
俺は言った。
「魔王か」
ヴィエラは言った。
「ええ。転生者」
ショットガンが俺の目の前に落ちてきた。
タンクもだ。とうやらパンジャンドラムは、銃が二丁あって人間がふたりいるならひとつずつ使えばいいじゃないかという至極当たり前の結論に至ったらしい。
俺は手を伸ばしショットガンを拾う。
「その話はあとでゆっくり聞かせてもらおう。痛い思いはさせたくないが、抵抗するなら結果的にそうなるぞ」
タンクをかつぎ、ショットガンをポンプした瞬間。
《パンジャンドラムが剣聖・サッキレーダーを発動。上12時方向》
「どわっ⁉︎」
パンジャンドラムが叫んだ。上をふり仰ぐと同時に中庭へ落下していくパンジャンドラムの姿が視界をかすめる。
それを追わずにロープの上の方を見やる。
ロープが切断されている。
そのそばに、コウモリのような翼を持つツインテールの魔族少女が、大鎌をたずさえ浮遊していた。




