第256話 不死身の男
「いやぁ〜助かった! きてくれてありがとう勇者よ!」
魔族の要塞の廊下を走っている時、魔王の首がそう言った。
「どうして礼を言うんだろう? 俺は君の首を取りにきたんだが」
「ああすごくいい。こうしてその首は手に入った。このままオルタネティカ帝国へ持っていってくれたまえよ」
俺とラリア、そして首だけの魔王は今、吹き抜けのある区画に入っていた。
縦に長い空洞の中に、壁沿いの階段や斜めに走る空中廊下がある。階段や廊下は逆さまに設置されたものもあり、それらが入り組んだ構造。なかなか前衛的な建築だった。
背後からは女たちが追ってくる気配はない。ここにくるまで幾つかの分かれ道を通ったから、見失ったのかも知れない。
「どういうことだ。君は魔王だろう。首だけになって帝国へいってどうする」
「別にどうもしない。ここから出たいのだ。もうウンザリだ」
俺は右が壁になっている階段を下りてみたが、行き止まり。というより階段の途中がなくなっている。左を見ると少し離れた空中に続きの階段が下から伸びていたので、そちらに飛び移る。
「ヤモリか?」
「ヤモリ……?」
「あの女たちが嫌になったんじゃないのか?」
階段を下りつつ魔王の首を見やった。彼は目を見開いて俺を見返している。
「汝はあのヤモリを知っているのかね?」
「まあな。そして君はめちゃくちゃたくさんのスキルが使えるんじゃないか?」
「よく知っているな……帝国の情報網もあなどれん……というか我輩、人間と戦闘したのは昔ちょっとというぐらいなのになぜ知られてるんだ?」
「転生者の特徴だ。そしてあのヤモリは転生者のスキルだけを封じる」
下りの階段がVの字になって上り始めた。
とりあえず下にいきたいのだが、もういっそ跳び下りるか? 隣りに逆さまの廊下があったので、そちらに移る。
「汝は何者なのだ……⁉︎」
「今は言えない。あとで説明する。とりあえず君に会いにきたとだけ言っておこう。それより頭だけで大丈夫なのか?」
「かまわん。ちょっと苦しいが……この状態の方がマシなのだ。あのヤモリは我輩がこの状態だと向けられないようだ」
頭の中で《スキルアナライザー》の声を聞いてみる。
『不死者は肉体を破壊されても死ななくなるスキルだぞ! エンシェントドラゴンの《ドラゴンウォール》は細かい物質は通ってしまう場合がある! だから自分の体を《ドラゴンウォール》に押し付けてゴリゴリねじ込んでいけば、細胞のどれかは向こう側に入られる! そこで肉体を再生すればあら不思議! 逆にドラゴンに逃げ場はない! くったばれーッエンシェントドラゴン!』
スピットファイアの《リスポーン》と似たようなスキルか。
スピットファイアは再生する時に自然のエネルギーを必要とする。エネルギーを集めてスピットファイアという存在になるというスキルのため、ヌルチートに見られるとそのまま体を破壊されてしまうが……。
魔王バルバロッサを見てみると首だけでも生きている。
そういうスキル。
「なるほど。今ヤモリを向けられると、君は本当に死んでしまうというわけか」
「汝は本当に詳しいな。それに《スキルアナライザー》も使える」
「それ以上の詮索は無用だ。訊きたいことがある」
「なにかな」
「この要塞の構造だ。俺は他に5人の仲間とここへきた。だが内部が変形してはぐれてしまった」
「ああ……ラビリンスという防衛機能が起動したのだな」
「仲間と合流したい。君を助けやすくなる。俺ひとりでもあの女たちを倒して倒せないことはないとは思うが」
「小さい子を連れているな」
魔王は横目でラリアを見やりつつ、
「賢明だ。あいつらは広範囲の魔法攻撃を使える。防ぎきれず怪我させたら大変だ」
「どっちへいけばいい?」
「そうだな……ああ、そこそこ。そこの通路に入るといい。あがが」
魔王は舌を伸ばして、逆さまの廊下の右側、壁に空いている四角い穴を指した。長い舌だった。
そこはどうも廊下らしい。廊下はあるが吹き抜けへの道はつながっていない。そこへ跳び下りる。
俺は吹き抜けを振り返った。
「魔王さん。君は魔法は使えるか?」
「まあ、かなり得意だ」
「吹き抜けの足場を全部破壊すれば奴らは追ってこられないかも」
「いや、あいつらの中には翼を持っている者もいる。変に音は立てない方がいいだろう。それに……《不死者》が発動中は他のスキルが使えないもので」
なかなか都合のいいことばかりではないらしい。足場崩しは諦め、廊下を走ることにした。
「とりあえず道なりに進むといい。ところで5人の仲間と言ったな。つまり6人だけで突っ込んできたのか?」
「ああ。本当は外に帝国軍の艦隊があるが、毒ガスの攻撃を受けたので待機してる」
「船酔いさせるガスだな。我輩が造った魔法装置だ。海峡の要塞は全てそれを搭載している」
「ここ以外にも?」
「そうだ。海峡は全て封鎖だ。帝国軍の兵士に死人は?」
「出ていない」
「そりゃよかった。いくら偽物の、作られたキャラクターだろうと、無益に消すのは気まずい……いや気にしないでくれ、汝にはわからん話だったな」
俺は狭い廊下で立ち止まった。
「……君は知っているのか?」
「なんだ?」
「この世界がどんな代物なのか」
首だけ魔王は俺を見上げている。目を見開き、しばし無言で見つめていた。
「……つまり汝は……⁉︎」
俺は再び前へ進む。
「それよりどうするかだな。合流するとして、その魔法装置とやらの解除が先か……ここは君とあの女以外魔族を見ないな。海には合成魔獣しかいなかった」
「魔族はもともと数が少ないのだ。準備が足りなかった」
「戦争への動員がか?」
「いや。設定の問題でな。ある人物が魔族を配置しきる前に、色々あってな」
「設定、ね……」
角を左に曲がると階段。
「魔法装置を切って帝国軍に突入してもらう方がいいか?」
「この要塞の魔族は我輩とあの女たち3人しかいない。あの場にいたもうひとりは小国の姫で人間だ。入ってもらった方が我輩も助かるかも」
「……つまり、ヤモリは4体だけ?」
「うむ、それが?」
階段は狭く、10段程で左回りに折れる螺旋のような構造。俺はその角で立ち止まり言った。
「君以外にも転生者がいるはずだ。3人だ。それはどこにいる?」
「ほんとに何でも知ってるな⁉︎ たしかにそうだ。この要塞に3人いる……」
「そいつらはどうしたんだ。あのヤモリを持っている女、あるいは男は異性の転生者を見ると所有物にしようと襲いかかってくる。いや失礼、同性愛者もいはする。いやそこはなんでもいいんだが……」
少し階段の上下を覗き、誰もいないことを確認してから、
「ヤモリ……名をヌルチートというが、ヌルチートが4匹いるのなら君たち4人の転生者を全て捕らえられるはずだ。なのに3人はほったらかし?」
「う、うむ……」
「その3人とは面識がある?」
「まあ、部下という形ではある……」
「……向こうは君が同じ転生者だとは知らない?」
「いや。互いに知っている」
「仲が悪いのか? どうして君を助けない?」
「うむむ……」
魔王は顔をしかめた。
「ヤモリが4匹いるからだ。我々4人では立ち向かえなかった。なんというかその……実質2人しかいないもので……」
「うん?」
「それに、あの女たちはその3人が嫌いなのだ。顔も見たくないからと言って地下に閉じ込めてしまった」
「出られないのか」
「ブアクアの牢獄と言えばわかるかね?」
「……なるほど」
スキルの発動を阻害する魔法の実がブアクアだ。ヌルチートの原材料でもある。
4人いるのに魔王を合わせて2人しかいないという意味はよくわからないが……。
「ならその3人も助けよう。俺たちはそのためにここへきた」
「そ、そうなのか! よくはわからんが……では防衛ガス装置を切るのが先か?」
「それもいいが、5人の仲間と合流すれば俺たちだけであの女たちを無力化できるな……」
「ふむ。それではまず要塞のラビリンスを解除して元に戻そう。これが発動すると要塞内に行き止まりが幾つかできるから、閉じ込められている人もいるかも知れないぞ……」
魔王は俺に下へ下りるよう促した。下に制御室があるそうな。
上から追っ手のかかる気配はない。
それにしてもこの魔王……。




