第255話 魔王バルバロッサ
「オルタネティカ……人間の兵士か。我輩は魔王バルバロッサ。魔獣兵の猛攻をくぐり抜けよくぞここまでたどり着いた……褒めてつかわそう……」
椅子の背もたれに力なくもたれかかって、思いきりかすれた声で鷹揚なことを言う魔王。
俺は彼が何者なのかもう予想はついていた。
まあ、転生者だろう。
周りにはべる怪しげな女たちが、彼をガリガリの枯れ木にしてしまったのだ。
さて、どうしたものか。
いきなり飛び込む形になってしまったが、探していた転生者がやはりヌルチートに囲まれているらしい。
今のところ俺が転生者だとは知られていない。このまま戦いになっても、周囲の女に負けることはないかも知れない。
「まさか単身乗り込んでくるとは恐れ入ったぞ……人間にしておくには惜しい存在……げほげほ」
しかし問題はバルバロッサと名乗った彼だ。
この期に及んでまだ魔王ごっこを続けるとは見上げたロールプレイング根性と言えるが、そうしているということはつまり俺を味方ではないと認識しているということ。
魔王バルバロッサもまた俺が転生者だと知らないのだ。
彼の中では俺は、小さな獣人を連れただけで魔王の首を取りにきた鉄砲玉。俺が女たちに危害を加えようとすれば、彼は自分もやられると判断して俺と戦いになりかねない。
だが待てよ。
俺の想像が正しければ女たちはヌルチートを所持している。
魔王が転生者なら彼女たちの誰かは魔王を見ていなければならない。
魔王は見られている限りスキルが使えず、脅威とはならない。
では今やってしまうか……?
「ククク、勇者よ……汝の勇気と豪胆さに敬意を評し……」
魔王が立ち上がった。
「我が首をくれてやろう……!」
よし、今すぐ女たちを片付けて……何?
「聞くがいい勇者よ……我輩は今までそのあまりにものっすごい超パワーで魔界を統べ、頂点に君臨してきた……我輩は頂点。ナンバーワン。チャンピオン」
周囲の女たちが口々に言った。
「痺れるわ魔王様! その傲慢さ!」
「さすがメリナのご主人様!」
「かっこいい……好き……」
「くっ……わたくしは忌むべき魔王に自由を奪われているというのに、どうしてこのように胸がときめいているんですの……っ!」
紫髪の美女、青髪のメイド、銀色ツインテール、金髪のお姫様の順でそんなようなことをそれぞれ言っていた。
だが痩せてなお峻厳な魔王はそんな小鳥たちのさえずりなど意に介さぬかのように言った。
「だがな。我輩はもう飽いた……強者でいることに。なんか単純に飽きた。というわけで、我が首を汝にあげちゃおうと思う。もちろん無料で。無抵抗だから安心するがよいぞっ」
俺はラリアと顔を見合わせた。
無抵抗?
「魔王様、なんてこと言うの⁉︎」
「ご主人様、この男は敵です! やっつけましょう!」
「バルを傷つける者……私の敵……!」
「くっ……せっかく魔王から解き放ってくれる者が現れたというのに……なぜわたくしはこの帝国の戦士がこなければよかったなどと考えているんですの……っ⁉︎」
魔王が言った。
「さあ勇者よ早くやるのだ。早く早く! 我輩もう嫌なのここ! こいつらのことは無視していいから! それで、我輩の首を帝国に持ち帰って英雄になったりとかするがいい!」
「魔王様、狂ったの⁉︎」
「ご主人様、早まっちゃいやっ!」
「バル……私のこと……嫌いになった……?」
「くっ……魔王城を脱出する最後のチャンスだというのにこの胸の切なさはなんですの……っ⁉︎」
「勇者早く! 早く! ひと思いにズバーって! ズバー……って思ったらその方剣とか持ってないの⁉︎」
「おのれ魔王め! わたくしをこんな所に閉じ込めて純潔を奪っておきながらいきなり死のうだなんてわたくし許せませんの! 責任取ってくださいまし!」
「ちょっとうるさい! 黙ってなさい! 汝ただ魔族の部下が人間の国から勝手に連れてきただけのお姫様なのになんかここに居座ってるだけでしょ! 帰りなさい!」
「なんと……! あれほどわたくしをもてあそんでおきながらその冷たい仕打ち……! でもなぜわたくしはこんなこと言われてこんなにも胸が高鳴っているんですのっ⁉︎」
「知るかそんなこと!!! むしろ我輩をもてあそんでるの汝だろ!」
……なるほど。
転生者である魔界の王バルバロッサは美少女たちに囲まれて地獄の責め苦を味わい続け、ついに死をもってこの苦しみと不毛さから逃れたくなっているらしい。
俺は言った。
「……魔王よ。ひとつ尋ねても?」
「なに。早くして」
「ひょっとして自分が死にたいからという理由でオルタネティカ帝国に戦争を仕掛けたとか、そういうことじゃないだろうな?」
「そういうことではない。もっと違う理由があったのだ。しかし汝に話してもわからんだろう。この異世界現地人の汝には!」
違う理由……?
この海上に要塞を築いた理由なわけだが、自殺のためではない? しかも異世界現地人にわからない理由……つまり、侵略のような単純な理由でもないということだろうか?
だがそれはそれとしていい状況だ。
魔王は完全に俺が転生者ではないと認識した。なら他の女もそうだろう。
しかも本人は無抵抗を主張している。であればスキルを発動して一気に……。
と思った時だった。
魔王がこちらへ歩もうとした。
階段を1段降りた。
「さあ早く!」
「魔王様そうはさせませんよ!」
女たちが魔王にしがみついた。
全員だ。床に座っていたお姫様などは足にしがみついているものだから魔王は階段を降りられない。
「ちょ、離しなさい!」
「いやっ! いかないでご主人様!」
「バルは……私たちのモノ……」
「ああいったいわたくしはどうしてこの魔王を守ろうとしているのかしら自分で自分が不思議でなりませんのこれが恋かしらーっ!」
どうしたものか。
中心にいる魔王が邪魔になって攻撃を仕掛けづらくなった。
特に真後ろから羽交い締めしている紫髪の美女だ。前に魔王がいるので打撃しにくいように見える。
とりあえず近づいて、出たとこ勝負でいくか?
《パウンドフォーパウンドのスキルを発動……》
「痛い痛い痛い! ちょっとやめなさい! 引っ張るな!」
「魔王様いかせはしませんよ……!」
「ご主人様はこのメリナのモノ……」
「メリナ……それ違う……バルは私のモノ……!」
「あっちょっとみなさま、そのように引っ張ったら魔王が……っ!」
俺の目の前で、女たちが魔王の体をてんで逆方向に引っ張り始めた。
4人いるから4方向だ。紫髪が胴体、メイドとツインテールが両腕、お姫様が両足。お姫様はただの人間のためか引きずられていたが。
「ちょちょ、痛いっていってるだろ! まず離せ、はな、ちょっ!!!」
「ああ魔王様……いつものことですがなんとかぐわしい香り……」
「ご主人様ぁ……メリナもう我慢できないぃ……」
「バル……バル……! 私の……バル……!」
「あっあっみなさん、あの、また千切れてしまいますのっ! 離して! 掃除も大変ですの!」
様子がおかしくなってきた。
お姫様以外の、魔王を見つめる女の目が爛々と輝き、鼻息も荒くなっていく。彼の衣服をビリビリと破き、なおもそれぞれの方向へ引っ張ろうとしている。
どういうつもりでやっているのかさっぱりわからなかった。
それぞれ思い思いにただ引っ張っているだけで行動の着地点が見えない。しかも魔王の表情は歪んでいた。苦痛に耐えるような顔。
「やや、やめろー離せーっ! 痛いっつってんだろーっ!」
そして……。
「ぎゃーーーーーーーッ!!!!!」
絶叫。
俺は素早く俺の体の左側をそちらへ向け、ラリアの頭を押さえた。そうすればその方向はラリアからすれば死角になるからだ。
魔王の五体がバラバラに千切れた。
紫髪、メイド、ツインテール、そしてお姫様は、それぞれ胴体手足を抱えていた。真っ赤な鮮血が玉座の階段を流れ落ちていく。
魔王の頭。
白目を剥いていた。
《魔王が死亡しました‼︎》
これは…………。
「ああ魔王様……なんてすてきな……むしゃむしゃ」
「ご主人様ぁ……ご主人様ぁ……もぐもぐ」
「バル……バりゅ、はむはむ」
「うわっおえっ! みなさん、もう! またそんな……!」
女たち(姫を除く)はそれぞれ、自分が手にした魔王の体の一部を食べ始めた。
何の調理もなしにだ。うら若き女性、中には女の子と言って差し支えのない者もいるが、彼女たちが肉にかぶりつき、血をしたたらせながら魔王を食っていた。
どうしたものなのか。
俺は自分の足が後ろに下がり始めているのを知った。
ああそうだロス・アラモス、たぶんもうここに用はない。おいとまするべきではないのか。
紫髪の美女は胴体を持っていて、それを逆さまにひっくり返すと内臓に口をつけようとした。
それを見たツインテールが魔王の頭に触ろうとしたが、メイドも同様に手を触れようとした。
「これはメリナのですよ!」
「違う……私の……!」
また取り合いが始まった。2人は魔王の頭を引っ掴んで右へ左へ動かしていたが、やはりというか……もぎ取れた。
「あっ!」
胴が逆さまだったせいで魔王の頭は血だらけだった。そのため2人の手は滑ったのだろう、取り落とされた。
ゴン、と鈍い音を立てて落ちた頭は、階段を転げ落ちる。その勢いのまま俺の足元まで転がってきた。
白目を剥いた魔王の首。
「ねえ……そこの人間さん? 魔王様の頭、返してくれない?」
前を向けば、メイドがゆらりと立っている。
ツインテールも、どこからともなく大きな鎌を取り出していた。
お姫様は部屋の隅へいき、紫髪の女も立ち上がる。
なるほど。
俺が食事の邪魔者だと言いたいわけだ。前世の俺ならば腰を抜かしたかも知れないこの状況だが、あいにく今の俺は無敵のロス・アラモス。全員まとめて……。
だが女たちの背中から。
ゆっくりと例のヤモリが顔をのぞかせた。
まあ予想はついていた。ただ彼女たちは俺が転生者と気づいているのだろうか? そのはずはないが。
さらに不思議なのは、そのヤモリ、ヌルチートの瞳に光がないことだ。
あの例の、赤い光。ふたつの意味で、奴らは魔王にも俺にも目を光らせているわけではない。
どういうことか考えていた、その時。
《魔王バルバロッサは不死者を発動しています》
突然、魔王の頭の白眼が元に戻った。
「勇者よ! 悪いが我輩を持って逃げてくれ‼︎」
どういう理屈で呼吸して声を出しているのだろうか? 唐突に口をきいた魔王。そして、
「死ね! 人間の戦士め!」
《紫髪は魔法を使っています。ダークフレアLv8》
《魔族メイドは魔法を使っています。ブラックエアークロー》
黒い火球に、黒い半月状の何かが複数、俺に向けて放たれた。それを追うように大鎌を持ったツインテールが疾走してくる。
これはラリアは投げられないな。逃げてくれと言っているのだからそうしよう。俺は魔王の頭を拾い上げ部屋の入り口に走る。
部屋の外に出た瞬間8体の騎士の彫像が襲ってきた。
ちょうどいい。
《ザ・マッスルのスキルを発動しました》
格闘スキルと併用し、彫像をブン殴っては背中の鎖を引き千切る。それを後方へ投げ、次の奴も千切っては投げ、その次も千切っては投げ。
背中越しに後ろを見やると、魔法が直撃した彫像の噴煙を突き破りツインテールがこちらへ走ろうとしていたが、
《ハードボイルを発動しました》
脅しだ。
これ見よがしに青白い光を飛ばしてやると、ツインテールは転げながら部屋の壁に隠れた。
俺は玉座の間に通じた通路から右へ曲がった。
ラリアが言った。
「マスター、やっつけないですか?」
「手強そうな奴らばかりだった。ひとりずつ仕留めよう」
俺は抱えた魔王の首を見やった。
きつく目をつぶり、どことなく安堵したような顔に見えた。




